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                       箴言9章10節

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世界の法則

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世界の法則

聖書とは

永遠のベストセラー聖書

クールー病という病気を知っているでしょうか。

この病気は、同じ種を食べるものに起こされる病気とされています。

 

現代人であるのなら、同種を食べるというものは、おぞましいことだと思うことでしょう。

 

ですが、それらは実際に行われてきたのです。

生き物の極一部にも、そのようなものもありますが、人間ほどそれをしてきた生き物はいないのです。

 

今回は、このクールー病とカニバリズムによる話です。

1、カニバリズムとクールー病

信じられないかもしれませんが、世界に聖書の基準、人権が広まるまでは、世界では、カニバリズムという人間が人間を食べるという文化ばかりが広がっていたのです。白人、ヨーロッパ世界では、2000年ほど前から聖書の基準が設けられ、戦争や争い、犯罪や反乱などが劇的に減少しました。

その中でも、カニバリズムという行為が悪であるとして、それらは悪魔宗教のすることであると断罪して、正義の価値観を固定すると、人は、カニバリズムをしなくなり、それらの行為は悪であると判断できるようになり、悪魔的な行為だとされるようになったのです。

 

大航海時代がはじまると、ヨーロッパ世界だけが世界ではなく、その外側も白人は出ることになるのですが、どこの場所にいっても、カニバリズムが広がっており、正義の価値観は、統一されていなかったのです。

 

ですから、非人権的な宗教は淘汰され、人権的な宗教は認めながらも、白人は、世界中に人権を広げていったのです。ですが、カニバリズムをする正義、犯罪をする正義、悪をする正義がかれらにとって文化だったわけですから、純粋に彼らはそれらを信じて行ってきたので、それを変えようとする外から来たものには、反発をするので、奴隷にして、生活を強制的にかえて、聖書の基準を脳に植え付けたのです。

 

犯罪者を刑務所で強制的にまともな生活をさせて、社会復帰をさせていくように、奴隷制度は、決してすべてが悪いわけではなかったのです。

 

聖書は、奴隷制度を容認しています。悪の行為を正義だと錯覚するような人間は、刑務所などにいれて、まともな生活を強制的にさせ、脳を洗い流すように説いているのです。

 

日本人は、これらカニバリズムの民族、日本列島の先住民をすべて滅ぼしました。そのおかげで、善を正義だと認識する価値観の日本人が広がり、支配できる国になったのですが、もし、その時に、滅ぼすことをしなければ、日本にも、あらゆる価値観が存在し、カニバリズムも中国のように広がっていたことでしょう。

 

中国は、人間の肉を牛や豚の肉と同じように、露店で売り買いしていました。

100年ほど前であっても、日本人は、中国人に食べられ、あまりにもひどい行為のため、満州から日本兵が立ち上がったのです。

 

日本は、奴隷にされていた中国人を解放したのですが、その解放した中国人に日本人は切り刻まれ、食べられたのです。

 

例えば、現代人は、紙切れで作ったお金が大切だと思い込んでいますが、事実は、それらは紙切れなのです。

ですが、紙切れが大切だと錯覚できるのです。

 

このように、人は、たとえ事実ではない悪の行為であっても、それを善だと認識することが出来てしまう恐ろしい生き物なのです。

 

このような生き物は、人間しかいません。動物は、そこまで複雑なことを考えられないので、一部は悪のような行為にみえるかもしれませんが、その多くは、規則正しい行動しかできないのです。

 

人間だけが戦争をし、人間だけが、同じ人間を大量に食べてきたのです。

 

これらのおぞましい出来事を神様は、ゆるされていなかったと思えるのが、クールー病です。

同じ種類の生き物同士が、食べ合うとこのクールー病になるのです。

 

牛だと狂牛病。犬だと狂犬病です。

 

脳が徐々に、萎縮していき、一度かかってしまえば、100%死に至る病気です。

 

イギリスでは、牛に牛の肉の粉末を食べさせていた時期がありました。そのため、大量の狂牛病が起こされ、その牛の肉で造ったハンバーグなどを食べた人間まで、10年後発病して、クールー病になってしまったケースもあります。

 

この病気にかかると、脳が委縮していくので、まるで呪われた人のように、うめいたり、突然笑いだしたり、体がいうことを聞かなくなり、狂暴な面をみせはじめたりするのです。触っただけではうつりませんが、その人から怪我を負ったひともうつってしまう場合もあるのです。

 

ドラキュラや狼男といったものは、空想上の存在のように思えますが、このような病気で苦しんだ病人から生まれたのかもしれません。

クロイフェルト・ヤコブ病もそうですが、一度かかると100%死んでしまうような危険な病気は、人は、人を食べてはいけないことを神様から教えられているかのようです。

 

現代は、進化論的歴史感があり、まるで人間は、過去よりも現代のほうが優れていると思いがちですが、決してそうではありません。

むしろ、昔の人のほうが情報を持っていて、正しいことを正しいと認識していたのに、国や政府などの情報規制によって、情報が止められ、嘘の情報を流されてしまい、まるで退化してしまったかのように、劣っているのです。

 

カニバリズムなどの歴史も伏せられ、歴史を改ざんされていると、まるでキリスト教がすべて悪いかのように思えますが、そんなわけはありません。

もし、キリスト教が世界に聖書の価値観、人権を広げなければ、今頃、日本人は、中国人の食料とされていたかもしれないのです。

 

今でも中国は、信じられないことが起こっている国ですが、100年前になれば、さらに驚愕するようなことを行い。人々はそれが当たり前だと思って生活していたのですね。

 

中国が、聖書を禁止するのは、聖書が人々に基準を与えてしまうからです。正しいことを認識されれば、自分たちの都合のいい情報が通用しなくなってしまうからなのです。

 

聖書は、日本を明治から劇的にかえました。そして、ヨーロッパも劇的にかえ、世界を変えたのです。

 

悪を悪だと認識できているのは、聖書のおかげなのですね。

 

現代人の当たり前は、100年前の人たちの当たり前ではありません。なのに、現代人の価値観で、歴史をみようとするからおかしくなるのです。

当時の状況を踏まえて、自分たちの今の価値観で考えてしまえば、理解できなくなるのは当たり前なのです。

 

飛行機もなければ、車もない。スマホもなければ、ラジオもないので、「東京(江戸)にいく」の感覚は、まったく違うのです。同じ距離であるのに、同じではないのです。

 

 

クールー病やクロイフェルト・ヤコブ病は、プリオンが原因だと言われています。プリオンとは、タンパク質からなる感染性因子だと言われているのですが、これらに対抗できる抗体がなければ、感染してしまえば、死んでしまうわけです。実際に、イギリスでその抗体が無かった人は、死んでいるのです。

 

日本でも、一時期、狂牛病が広まりました。日本人がこれらが広まらなかった理由は、抗体があるからです。

抗体があるということは、祖先のどこかで、わたしたち日本人の多くが繋がっている人間を食べていた祖先がいたことを予想されるのです。

 

カニバリズムは、カナンニズムであり、世界に悪魔宗教を広めたカナンの子孫が、行って世界中に広めたものです。

聖書では、いくつか、このカナン人とイスラエル人が交わっていることが書かれているのです。

 

ヤコブの12人の息子のひとり、ユダは、カナン人の女性との間に子を産んで子孫を残していますし、イスラエル人は、カナン人を奴隷にしていた時期もあります。神様は、カナン人を滅ぼすように言ったのですが、イスラエル人は、その命令に従わずに、生かしておいてしまったのです。

 

そのため、イスラエル人は、腐敗していきました。

 

こうして、日本人の祖先のイスラエル人とカナン人は、交わって行ったのです。

すべてのイスラエル人がそうしたわけではありません。奴隷であるカナン人と結びつこうとする人は、稀だったとは思いますが、幸か不幸かそのために、日本人にも、クールー病などの抗体を手に入れられているかもしれません。

 

もし、それがなければ、日本人は、狂犬病や狂牛病から広がって滅んでいたかもしれません。

 

世界では、まだ狂犬病は、存在している場所が多くあるのですが、日本は、すでに狂犬病は駆逐されて発見されていません。

それほど、日本では、カニバリズムは行われてこなかったのです。

 

日本は、聖書の民、イスラエル人ですから、聖書の文化を神道として、残して、聖書の価値観で知らないうちに統一されています。

それらの影響のおかげで、大陸の歴史と比べても、とてもまともな歴史を持っています。恐ろしい歴史ももちろんあるわけですが、世界に比べれば可愛いものです。カニバリズムという文化を日本に入れなかったおかげだとわたしは思います。

 

人が人を食べることを正義としてしまえば、明らかに、善悪は無くなります。人に価値はなくなるからです。ご都合主義でコロコロ正義が変わってしまう世は、恐ろしいものです。連続殺人犯をみればわかるように、あれが集団でも適応されたとしたら、ゾッとするわけです。

 

人を殺してはならないという聖書の教えは、当たり前のようであって、実は当たり前ではなく、人の正義や愛そういったものを正しいものへと導くための素晴らしい教えなのですね。

 

なぜ人を殺してはいけないのか>>

 

人間の感情論や考え方であれば、人を食べたり、犯罪をしたり、悪をすることは正しいと思い込めるかもしれませんが、事実からすれば、それらは明らかに否定するものであり、悪なのです。

人間の善悪の話ではありません。世界の事実であり、現実であって、人は、それを現実だと見えなくされるほど脳が汚染されているので、錯覚しているだけなのです。

ですから、人は、確実に悪を悪だと認識し、否定することができるのです。もちろん、神を信じていない人には、それは無理なことです。偶然の中には、善悪など存在しないからです。神がいるという事実を否定している人に、愛や正義は、存在しないですし、従う必要もなくなるからです。

 

真実の愛とは、何なのか>>