聖書

モーセ五書トーラー

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聖書で有名な書物といえば、黙示録だと思います。

黙示録を題材にした映画やアニメなどは多くあるので聖書のことを知らない人でも黙示録は知っていたりしますね。

その黙示録と同じぐらい有名だとされているのが、創世記でしょう。

 

創世記を知らなくても、アダムとエバといえばなんとなく解ると思います。

創世記は、この世界がどのように創られ、どのような経緯で動物や人間や植物が作られたのかが書かれているものです。

 

そして、その創世記を書いたのがモーセというイスラエル人の中の預言者といわれる人物です。

モーセの十戒といえば、映画などにもなりリメイクもされているので、解るひともいるかもしれませんね。

 

聖書という書物、巻物が書かれることになったはじめての預言者が、このモーセという人物です。

 

ですが、創世記の内容は、このモーセが生まれる2000年も前の話からはじまっているのです。

どうして、そのような人が2000年前、現代から数えれば6000年以上前のことを書くことができたのでしょうか。

 

それは預言者といわれる存在だったからだといわれ続けているのですね。

聖書には、聖書は神の霊感によって書かれていると述べられています。

モーセも含めて、多くの預言者が、神の霊感に導かれて、腕を動かし、文字にしたのです。

 

ですが、そのようなことを突然、言われても、信じていない人からすれば、雲をつかむような話にしか聞こえません。

わたしなどは、創世記だけではなく、他の内容などを論理的に目の当たりにしているので、神の霊感によるものだとしか説明がつかないことに納得できるのですが、聖書のことを何も知らないひとからすれば、ドラえもんは本当にいるんですよ?といわれているようなものですからね。

 

ですが、あなたのお母さんを一言で説明してください。とわたしがお願いして、その一言で、お母さんを理解できるわけがないように、聖書も、1つ1つ謎や奥義を解き明かして、はじめて納得できるようになるものなのです。

 

ひとりの人間を一言で説明できないのならこの世界のすべてを書かれた聖書を一言で説明できるはずもありませんし、それで理解できると言われたほうが疑問が残ってしまいますね。

ですから、解らないことは解らない。理解できないことは理解できないと思うことは大切です。

不思議なことも理解できないというのであれば、まずはそれでいいとわたしは思います。

 

ちなみに、わたしは小さい頃から教会に行き続けていましたが、それでも不思議なことには懐疑的でした。

神様の話は何千何万と聞かされ続けていても、それでも神様の存在を理解できたのは18歳の時でした。

誰よりも懐疑的で、信仰心がない人間だったという認識は、わたしにはあります。

 

ですが、理解した瞬間、多くの積み重ねによって得た知識や知恵は、信じるのではなく、認めるという行為にまで発展させてくれました。

 

これからの時代は、信じるのではなく、”認める”時代に入ったのだと思います。

 

1、言い継がれてきた物語

 

モーセが生まれたのは、今から約3500年前のことです。

イスラエル人といわれる民族が、エジプトで奴隷として過酷な労働を強いられていた時代の人物です。

 

わたしたち日本人でも、テレビなどで時代劇などを目にしますが、当時の日本人のちょんまげなどやその世界観をみると別の世界のように感じてしまいます。

 

わたしたちは、親や祖父母の半生や人生をある程度知っているかもしれませんが、それより前の先祖の人生のことを知っているひとは多くありません。

 

これと同じで、当時のイスラエル人たちは、自分たちがイスラエル人であるということは理解してはいても、その祖先については、忘れてしまうほどの時間エジプトに住んでいたのです。

400年間、イスラエル人は、労働の民としてエジプトに貢献してきたのです。

12人のこどもを持った1つの家族でしかなかったイスラエル人たちは、400年間という期間で、60万人もの人口に膨れ上がったのです。

12人の中に、ヨセフという賢い子が、エジプトで王の次に偉い位にまで上り、エジプトを繁栄させたことで、イスラエル人たちは、エジプトに住むことを許可されたのですが、そのヨセフのことさえも知らない王様の代になると、増えすぎたイスラエル人たちが邪魔になりはじめたのです。

 

イスラエル人が増えないように、中国のようなひとりっこ政策を行い、男の子の命を取るという行動にエジプトが出ました。この時、モーセは親に川に捨てられたのです。

川に捨てられた赤子のモーセは、運よくエジプト王の妹に拾われ、貴族として育ったのです。

イスラエル人でありながら、エジプトの貴族として育てられたモーセは、エジプトの歴史やイスラエル人の歴史などにも目を通したことでしょう。

その後、イスラエル人との交流や本当の親からの情報で、自分たちイスラエル人の歴史の物語を聞かされたことでしょう。

実際に、ピラミッドの壁画に、エジプト人ではない種族の内容が書かれているのです。

ツタンカーメンは、この聖書の記載されている初子の王子ではないのかという議論もされているほどです。

このように、創世記は、霊感だけではなく、イスラエル人の歴史やいい告がれてきた内容を基に書かれている文献としてみる学者も少なくないのですね。

2、モーセ五書

 

モーセ五書は

創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記の5つの書簡です。

キリスト教やユダヤ教だけではなく、イスラム教も、このモーセ五書は大切にしていて、このモーセ五書が教えの基礎となるように教え説かれているです。

 

モーセ五書のことをトーラー(Torah)といいます。

 

創世記は、この世界が創られ、アダムとエバから人類が広がり、イスラエル人がエジプトで住み始めるまでの内容が書かれているものです。

出エジプト記は、その400年後からはじまり、神様のいわれる約束の地といわれるカナンの地へ到着するまでの内容が書かれています。

レビ記・民数記・申命記は、主に律法が書かれています。

 

律法とは、神様が与えた人間が守るべきルール。法律です。

十戒という10個の律法が有名です。

その内容を聖書を信じない人が読めば、これがどうして大切なんだ?とか、傲慢な法律だとか読めてしまうものなのですが、深く世界や人間をみていけば、どれほど理にかなった内容なのかが、解るものが十戒なのです。

 

この十戒は、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教だけに留まらず、仏教・神道・儒教その他、数多くの宗教の基礎として取り上げられているものです。

ですから、この十戒だけを読むと世界の謎の1つを少し触れることができるかもしれませんね。

 

10個の律法だけでも、これほど世界に影響を与えているものが聖書ですから、それ以外の内容も、本当はものすごく奥が深いのです。永遠のベストセラーであり続けている理由が少しは理解できたかもしれませんね。

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