十戒

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1、あなたには、わたしのほかに神々があってはならない。

この十戒の1つを聞くと、反応してしまうひとがたまに日本人にはいます。

日本は、多神教の神道を信じていると思っている人ですね。八百万の神を信じている人がこれを読むとまるで否定されたかのように思ってしまうのでしょう。

ですが、これは否定というよりも事実を語っているだけにすぎません。

例えば、この記事を読んでくださっているあなたは、この世界にひとりしかいません。わたしがどれだけあなたは100人いるんですよ。と主張したとしても、現実には、あなたはひとりしか存在していないのです。

1つしかないものを1つじゃないと主張すると問題が起こり始めます。

この世界の図式は、ピラミッド型です。

 

集団・組織になればなるほどピラミッド型になっています。

多神教をよく調べてもらえば解りますが、多神教もピラミッド型になっています。一番上に絶対神といわれる存在がいて、その下に、まるで人間のように不完全な神々が存在しているという形になっているのです。

もちろん、神道も仏教も同じです。

 

そしてそれらが共通しているのは、三位一体の神の形なのです。

 

家族という組織にしてもピラミッド型になっています。このピラミッド型が崩れたとき歪がではじめるのです。

とはいえ、わたしの他に神々があってはならないという教えは、どうなのだろう?と思うでしょうか。

 

会社などで考えてもらえば解りやすいです。

会社に社長はひとりです。社長が二人・三人いたらどうなるでしょう。

その会社は、会計もバラバラになれば、どの社長についていけばいいのかさえ、解らなくなり、組織は安定できなくなります。

 

家族でもこどもが家の要になっていることなどありません。14歳とか10歳ぐらいの子が家をまわしているなどみたことがありませんね。

どうして、聖書の神は、わたしの他に神々があってはならないというのでしょうか。

これを聞いて、反応してしまい傲慢な神だと簡単に発言するひとがいますが、よく考えてください。本当に傲慢な神であったら、どうしてこのようなことを人間に言う必要があるのでしょうか?

全知全能の神なら人間に言う必要もなく、人間は、唯一神だけしか神を作れないようにプログラミングすればいいだけです。

なのに「作ってはいけない」ということは、作れるということです。

そうです。聖書の神様は、傲慢ではなく、むしろ人間にどこまでも自由意志を尊重して、注意をうながしているということなのです。

 

そして、また危険なのは、人間には愛や正義がないということです。

人間に本当の愛や正義があったのならどうして人間は、間違いをおかすのでしょうか。罪を重ねるということは、人間には愛や正義がない証拠なのです。

そんな人間に、もしさまざまな神々が存在していれば、人間は自分勝手な神を選んでは、悪の決定をしてしまうようになるのです。

さまざまな神々に仕えるということは、人間の狭い目でみれば、寛容のようにみえるかもしれませんが、何百年、何千年という長い目でみれば、とても危険なことなのですね。

 

十戒2 

あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。>>

 

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