日本とユダヤの共通点

ヘブライ語とひらがな・カタカナの共通点

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ヘブライ語と日本語の共通点

日本とユダヤの共通点は、これでもかというほど、大量にあります。

今回は、その中でも、ひらがな・カタカナに絞って、その共通点をみていきましょう。

 

まず、日本語の不思議について考えてみましょう。

 

1、日本語の不思議

日本語は、世界でも、とても難しい言葉とされています。

それはどうしてかというと、普通言葉は、1つのパータンだけを使うのに対して、日本語は、大きく分けて、2つのパターンで分かれていて、それを組み合わせて使われているからです。

世界の言葉には、表音文字というものがあります。

これは、音にあわせて、文字をあてはめる文字のパターンで、英語やひらがな・カタカナが、それに当たります。

例えば、「I love you.」という他国語の発音を日本人に解りやすく書き表そうとすると、「アイ ラブ ユー。」と書きますね。

「愛 羅撫 友。」と漢字では書きません。

このように、耳で聞こえたものをそのまま聞こえた通りに、日本語に変えるような文字、それが表音文字です。

ですから、英語は、1つのパターンだけでいいのです。もちろん、英語にも、ブロック体と筆記体という2種類の書き方が、ひらがな・カタナカと同様にありますが、どちらも”音”をベースにしたものです。

表音文字なら新しい言葉が生み出されても、発音さえ分かれば表すことができるので便利です。

ですが、海外に暮らすと分かりますが、音をベースにしているだけ、英語圏のひとたちは、平気で誤字を書くひとがでてきてしまうのです。

 

また、世界の言葉には、表意文字というものがあります。

これは、発音そのものは、外国人だと分からないのですが、その文字の形を見ることで、その言葉の意味がわかるような、”漢字”のようなものがそれに当たります。

普通は、この2つのパターンのうち1つのパターンだけで、言葉は使われます。

イギリス・アメリカなどのように表音文字なら、英語。

中国のように、表意文字なら漢字を使うわけですね。

 

ですが、日本語は、なぜか表音文字表意文字が、交互に使われている、複雑難解な言葉なのです。

 

2、日本の歴史観への疑問

学校ではよく、もともと日本語は、中国のように、漢字が使われていたけれど、後に、ひらがな・カタカナを使うようになったと教えられいます。

 

本当にそうなのでしょうか。

 

なぜ、わざわざ言葉を複雑に、足し表す必要があるのでしょうか。

 

漢字があって、ひらがな・カタナカが産まれてきたのではなく、もともと、漢字を使う民族とひらがな・カタカナを使う民族に、分かれていたのではないでしょうか。

歴史に詳しくなると、学校で教えられた歴史は、意図的に歪曲されていることに気づき始めます。

熱意のある歴史家などは、その歪曲された歴史ではなく、調べた通りの歴史観をベースにして、教えようとします。そして邪魔な事実を語る学者は、学会からつまはじきにあってしまうという悲しい組織形態になってしまっているのです。

事実に基づいて本当のことをいうと、学校で教えられた宗教をそのまま信仰し続けているひとたちの先入観に、押しつぶされてしまうのですね。

とくに、組織は、現代の常識の上に成り立っているので、その常識から利益を得ている分だけ、タチが悪いのです。

その常識を否定されてしまえば、死活問題につながり、生活さえできなくなるからです。

純粋な学問ではなく、ビジネスになってしまっているのですね。

 

本来、学問とは、事実を基にして、新しい発見や研究がされるべきものなのですが、固定することで利益を獲はじめる宗教団体のようなものになると、学問よりも宗教組織を大切にしはじめてしまうのです。

間違っていても、それを押し通すのです。

何も知らないこどもたちは、先生たちが嘘をつくはずはない、先生たちが騙されているとは、つゆにも思わないので、教科書通りの歴史をそのまま、信仰していくようになるのです。

ですが、どれだけ組織が、歪曲させた色で、塗りつぶそうとしても、事実は、変わるようなものではありません。

わたしたちの親は、その親だという事実は、変わらないのに、歪曲させて、まったく血のつながりもないひとを親にしようとしても、見た目も違えば、性質も違うので、分かってしまうのですね。

 

ですが、それらは当然と言えば、当然なのです。

何か変だぞ?と追及するような学者は、歪曲させて隠そうとしている組織からは、嫌われるのは、いつの時代も当たり前の歴史です。

イエスキリストもブッタも正しいことを正しいと論理的に話しましたが、それが邪魔だとされるひとたちに弾圧されたのです。

悪から弾圧されることが分かっても、まわりから白い眼でみられることが分かっていても、彼らは正しいことを正しいと柔らかく語っていったので、2000年以上も経った今では、多くの理解者が億単位でいるのです。

ですから、みなさんも、固定された考えではなく、視野を広く持って、あるがままを素直にみる能力で、新たな発見をみる楽しさ、純粋な学問の徒として、見比べてほしいところです。

キリスト教や仏教がただの宗教で心で信じているだけだと先入観だけでコントロールされるのではなく、実はもっと深く科学的に考えていることを理解するべきなのですね。

ひらがな・カタカナもそのように、見方を変えると見えてくるものがあるのではないでしょうか。

意味もなく現代までつながっているのではないのです。

 

日ユ同祖論などで、日本の歴史をみていくと、むしろ、漢字よりも、ひらがな・カタカナがベースだったのではないかと思わされます。

1400年前、大化の改新によって、この国の書物は、焼却・抹消されてしまいました。

新たな歴史観を日本人は余儀なくされたのです。

日本を支配していた豪族は、朝廷から追い出されるように、つまはじきにされ、豪族の代わりに、貴族が台頭していったのです。

 

それまで、日本の文化がベースにしていたものが、歪曲された歴史観に塗りつぶされそうになったのです。

ですが、それをよく思わない勢力(豪族)との関係上、すべてを貴族によって書き換えられることはありませんでした。

ですから、貴族と豪族の合同で作り上げられた、古事記や日本書紀が生み出されたのです。

 

古事記は、豪族寄りの日本の歴史書です。

日本書紀は、貴族寄りの日本の歴史書です。

 

貴族が圧倒的に力を保持していた時代でも、なんとか日本の歴史を残したいと頑張って作られたのが、古事記なのですね。

 

古事記も日本書紀も、漢字の表意文字で書かれた書物です。

 

ですが、後に、豪族が武士として、また力を取り戻しはじめると、ひらがな・カタナカが復活しはじめたのです。

それらは、正式な言葉として使われるというよりも、俗語・娯楽として、詩に乗せて、また復活を果たし始めたのですね。

 

 

 

3、ひらがな・カタナカとヘブライ語の共通点

 

みのもんたの日本ミステリーという番組であげられた、日本語とヘブライ語の共通点が指摘されました。

現在の地上波の電波では、NHKをベースにした報道しかゆるされていません。

どのチャンネルをみても、違う会社のはずなのに、どの放送局も、みな同じニュースばかりなのがその証拠です。

10人のひとがバラバラに、文献を書いて、それらが、みな同じ文献の内容を偶然書いたなど、ありえあるでしょうか。

これは、偶然ではなく、必然的に、同じ放送が流され、情報規制されている証拠なのですね。

テレビ報道だけではありません。新聞にしても、同じ内容があり、朝日新聞などのトンデモ情報を面白く載せるような新聞以外は、載せません。

その朝日新聞でさえ、テレビでは、同じような報道をしています。

 

テレビでは、トンデモ論や都市伝説のような番組だけでしか、本当の情報は、流されず、それを口にしたひとは、トンデモ論だと刷り込まされるようになっています。

ですが、よく考えてください。

 

1億年前の地層に、ハンマーが出土した。

 

というケースがあります。

 

こんなこと、ありえない!!

 

とオーパーツとして、そのハンマーは、不可思議な存在へと変えられてしまいます。

ですが、それは、そのハンマーがおかしいのではなく、進化論という宗教がもともと、事実とはまったく違うことをいっているからおかしいと思えるだけで、そのハンマーは、自然にそこに埋まっていただけなのだとは思わないのです。

少し前まで、進化論は、地層で年代がわかるとされていましたが、地層では、年代はまったくわからないことが、定説になりはじめました。

地層など、まったく年代とは関係がないのです。

 

簡単にいうと、恐竜などの化石が発掘されますが、普通にチリが積もって、地層に埋まるわけがありません。

みなさんは、生ものを外に置いておいたら、数年後、その生ものが、土に埋まると思うでしょうか。

普通は、埋まるまえに、腐って、なくなります。

 

自然界では、死んだ遺体は、微生物や動物などによって分解され、骨さえも残らないのです。

小学生でもわかる足り前のことです。

なのに、進化論宗教は、何年もかかって、その死骸の上に、チリが溜まっていったと説明しているのです・・・。

そんなわけありませんね。

このように、発掘されたものが、おかしいのではなく、進化論という宗教がもともとおかしいので、発掘されたものが、進化論では説明できないからとオーパーツとして扱われているだけなのですね。見ているひとの目が汚染されていたら、世界も汚染されているようにみえるのです。同じ世界をみているようで、まったく違う世界のように、いつの間にかイメージしてしまっているのです。

 

そして、このような事実をいうことは、地上波では御法度なので、トンデモ論のような番組でしか、報道されることはないのです。

 

ですが、ひらがな・カタナカが、ヘブライ語と似ているだけでは、そういうこともあるだろうという見方をするひとが、わたしはまともだとは思います。

 

例えば、日本語の「微妙な三角関係」という色恋の言葉は、韓国では、同じ意味で、同じ発音で「ミヨンナサンカクワァンケ」と通じてしまうようなものです。

ですが、それ1つなら、偶然もありえますが、共通点が、多くあれば、それを偶然だというほうが、トンデモ論になってしまいます。

偶然ではなく、必然的だと考えたほうが、納得がいくのですね。ひらがな・カタカナだけではなく、その他の共通点も大量にありすぎるのです。

 

ヘブライ語のアルファベットは、22文字の子音だけです。

ローマ字でいうと

「he bu ra i go」ヘブライ語という文字が、母音を無くすと「hbrg」といった具合になるわけです。

そこに、母音を組み合わせて、外国人でも読めるようにしていったのです。

子音だけだと日本語と少し似ているぐらいですが、母音表記と組み合わせると、なんとなく、ひらがな・カタカナは、そのままヘブライ語から造られたかのようにもみえてくるのですね。

子音だけが似ているのなら、偶然だということも、ありえなくもないですが、母音との組み合わせで似てくるのは、本当に偶然なのでしょうか。

 

なんらかの由来が、ヘブライ語とひらがな・カタナカには、あるかもしれないのですね。

 

 

 

4、見えてくる背景

もともと、豪族は、漢字とヘブライ語を使う子音の民族で、貴族によって弾圧され、漢字だけを使うように朝廷では、管理規制されたのですが、のちに、武士が政をするようになると発音ができるような母音を含めたヘブライ語のひらがな・カタカナが復活しはじめたのではないかということです。

 

日本人が、何人なのか、先祖は何民族なのかは、日本は多国籍群(多種民族)なので、判別は難しいのですが、中国経由から日本列島に移り住み始めたのは、近年の進化論でさえも、一致しているところです。

ですから、まったく漢字を使わなかったとも思えません。

日本文化と似ている国は、楚という国です。インドの北、中国の南方の場所に、巨大な楚という国が存在していました。中国の戦国時代で苦しんだ楚人は、そこに留まることをせず、さらに東へと移動していったと考えられます。そして、さらに秦の始皇帝によって多くの楚人は、逃げるように移動して、東へ向かう者もいれば、インドへ向かうものまでいました。

お米を中心にして、栄えていた楚は、日本列島へと向かったのかもしれません。

故郷のことを日本語では、「祖国」と書きますが、「楚国」から来ている当て字なのかもしれません。

 

 

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