思考の変化

なぜ肉食動物が存在しているのか

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よく進化論宗教を信じているひとは、この世は「弱肉強食」だと思っていることがあります。

日本人で、神道よりの思想をある程度持っているひとは、それを否定するような素晴らしい生き方をしているかたも多いのですが、神道さえも信じていない無神論という宗教信者のひとは、本当にこの世界には、神様がいないと思い込んでいます。

これほど精密で高性能な生き物や自然を目の当たりにしても、それが偶然できたと本気で信じているのです。

車が人間なしに自然に勝手に造られるよりも、不可能なことを信じているのです。車や飛行機は人間は作れますが、人間は人間や虫、動物は複雑すぎてまだ作れないのです。なのに、車などよりも高性能なものが勝手に作られていると本気で信じ込んでいるわけです。

そして、進化論を真剣に信じているので、悪魔宗教と同じ、弱肉強食の思想寄りになっているわけですね。

 

ですが、現実はまったく違います。

この世は、まったく弱肉強食の世界ではありません。

どう考えても、共生のシステムです。人間の体が自然に体のバランスを保つように、それぞれの自然が調和を保っているからこれだけ複雑な生き物たちが、信じられないほどの多種多様な種類のものが生存しているのです。

 

ですが、肉食動物は、実際に存在しています。神様が善であられるのなら、なぜ肉食動物は存在しているのでしょうか。

現代人の目からみると狂暴な存在のようにみえます。

このような問題に、人間がどう考え、どう思うのかではなく、実際の事実を基にして、みていくことにしましょう。

なぜ肉食動物が存在しているのか

1、肉食動物と草食動物の割合

まずは、現代の肉食動物と草食動物の割合は、どれほどだと思うでしょうか。

弱肉強食を信じているのなら肉食動物のほうが多いと単純に考えるひともいます。

肉食動物のほうが多いと思うでしょうか。

それとも、草食動物のほうが多いでしょうか。

 

進化論宗教にかなりの度合い、信仰しているひとは解りませんが、普通は、草食動物のほうが多いことは、みなさんは知っていますね。

もし、肉食動物が多いのなら、わたしたち人間がこれほど平然と外を歩いてなんていられませんからね。

ほとんど動物から命が危うくされることなどありません。わたしたちが外を平然と歩けられている時点で、弱肉強食なわけがないのです。

人間以外の世界でも同じです。

この世界の動物は、95%が草食動物です。

そして、多めにみて5%が肉食です。

もしかすると5%も多いかもしれません。

草食動物は、肉食動物の20倍程度いるといわれています。

 

少し考えれば当たり前ですが、動くものを狙わないと生きていけない肉食動物は、とても不利な環境なのです。

そして、食べるものが動かない草食動物は、安定した食事にありつけるのです。

 

現代だけではありません。

発掘された恐竜も95%が草食です。

肉食動物だと思われている恐竜は5%しかいません。この5%だけを強調して、弱肉強食だと主張するのは、本当に正しいのでしょうか。

 

ですが、この世界で一番、動物の肉を食べているのは、圧倒的に「人間」です。

肉食動物よりも恐ろしいのは、人間なのです。

人間は、現実を無視して、世界が共生のシステムで平和な動きをしているのに、人間の社会の中で、「弱肉強食」という嘘の言葉が広がり、それを信じてしまうと当たり前のように、そのような悪魔的な行動を続けてしまうのです。他人を蹴落としても、自分だけが生き残ろうとするようなものが当たり前だと平然と口に出していうのです。

緊急時ならそれも解ります。ですが、平穏な日々の中でなぜ助け合うことをせず、他人を蹴落とすのが正しいと思う必要があるのでしょうか。

それこそ悪魔的ですね。

 

人間はとても恐ろしい生き物です。

悪魔宗教を心から信じ込んでいるひとは、人間同士でも争い、助け合うのではなく、奪い合うことをはじめると、どんな動物よりも悪魔的になるのが、人間なのです。

現実を無視できる唯一の動物、それが人間だとさえ言えるほどです。

人間は、草食動物の2倍にもなる数広がっています。

そのすべての人間が、弱肉強食だと信じたら、ゾッとしますね。

同じ種類同士で戦争をするのも人間だけです。

2、肉食動物は、肉を食べたがっているのか

肉を食べるイメージの動物といえば、ライオンやトラなどではないでしょうか。

彼らは肉食動物として、狩りをして生きています。

ですが、知っているでしょうか。

肉食動物のほとんどは、肉ではなく、草食動物の腸を食べようとお腹を食べているのです。

肉食動物は、草食動物の腸の長さが、極端に短いのです。

草食動物の腸の長さ、ウシや羊などは、身長の20倍、人間や馬やブタなどは、10倍程度です。

肉食動物の腸の長さは4倍ほどしかないのです。

動物や人間は、植物を消化することができません。

植物を分解し、消化できるのは、微生物です。

その微生物・バクテリアを動物は、腸内に住まわせて、そのバクテリアに食べ物を分解させ、栄養を体に取り込んでいるのです。

そして、腸の長さが長ければ長いほど、バクテリアが生息できるスペースも広くなるので、植物などを分解しやすくなるのですね。

人間は10倍程度あるので、現代でも植物を分解できる生き物です。

ですが、腸が短い動物は、自分たちで植物の栄養を得ることができないので、その栄養を分解している草食動物の腸を食べて植物の栄養を確保しているのですね。

ということは、ライオンやトラなど肉食動物は、肉ではなく、植物を求めているということです。

肉そのものを食べるのは、腐食しかけた肉を食べるハイエナなど限られたものしかいないのです。

ほとんどの肉食動物だといわれているものは、肉ではなく、植物を求めているのですね。

3、大洪水前の世界の動物たちは、みな草食だった

大洪水前と大洪水後の世界は、まったく環境が違うことを”創世記時代の人間の長寿の理由”に書いたように、洪水前は、地球全体で環境が整っていたのです。

ですから恐竜など巨大な生物も存在し、それだけではなく、すべての生き物が巨大だったのです。

 

もちろん、腸も長かったのです。

ライオンやトラなどのイヌ・ネコ科は、長さこそ全長の4倍だったのは同じでしょうけれど、大きかった分だけ腸のスペースが広がり微生物も住めるのです。

ですから、ライオンやトラなども、植物や果物を食べていたのかもしれません。

その証拠として、ライオンやトラなどは、牙がとがった鋭いものがあります。

あれらは、肉を食べるには不向きで、果物などを刺して中の栄養素を食べるのに適している牙なのです。

 

肉を食べるのに適した歯は、人間のような前歯で、フォークのような平らな歯は、肉を切るのに適しているのです。

 

フォークで肉を切ろうとしても切りにくくてしょうがないのです。

 

凶暴さを強調しようと進化論宗教などは、あれらは肉を食べるものだと説明していますが、そうではないのですね。

コオモリやゴリラは、鋭い牙を持っていますが、草食なのです。

4、獣を造られたわけ

神様がなぜ獣を造られたのか、謎のひとつではありますが、神様は未来をみることができる方です。

聖書には、多くの預言が書かれていますが、預言が書かれているということは、未来を神様はご存知なのですね。

 

ですから、神様はこの世界を創り、人間を造り出した時には、すでに未来を知って、獣の存在を用意されたのかもしれません。

 

人間は、善だけではなく、悪というプログラムを取り込むことをご存知で、その善悪の両方を併せ持つ人間の子孫が、どのように歩むのかもご存知だったのです。

 

上でも書いた通り、人間は、生き物の中で、一番恐ろしい存在でもあります。

 

動物と違ってこの世界のルールを破って悪を続けることができるのです。

 

そんな人間の中には、悪魔のような人物も存在しています。

 

そのような存在が世の中にいることを忘れると善良なひとであっても、危険なのです。

 

善が存在していることを否定できないように、悪が存在しているのも否定できません。

 

ですから悪に注意することは、とても大切なのですね。

 

聖書の中でも、いくつか悪の存在は、忌み嫌われるものになると書かれている箇所があります。

悪はエデンの園の後から人間に入り込んでいるのですから、神様は人間に悪に注意するように、さまざまなことで気づかさせてくださっているのです。

人間に悪のプログラミングがない時は、人間は自由でした。

 

何をしてもよかったのです。

 

何をしても、善のプログラミングしかないので、悪を想像すらできないので、自由に行動できたのです。

 

ですが、人間に悪が入り込んだことで、その自由を悪の行動に変えることも、人間は選択できるのです。

だからこそ、それを否定し、悪を忌み嫌うように、自然界でもあらかじめ、注意として残されているのかもしれません。

現代の多くのキリスト教は、綺麗なことしか語りません。

ですが、それでは危険なのですね。詐欺師の手法を知らなければ、詐欺師に簡単に騙されてしまうのです。

 

大洪水のきっかけは、人間の悪からでした。

 

当時の人間は、多くの恩恵を得ながら現代よりも豊で、豊富で、長寿の世界をいいことに、堕落していき、悪しかしなくなっていったのです。

この時、さまざまな悪魔的な行為が作り出されたのかもしれません。

この時代は、脳も大きく寿命も1000歳ほどだったので、とても頭のいい人間ばかりだったと思われるからです。

 

考古学を調べると現代でもできないことを太古の人間ができていたことが解ります。

 

昔ほど現代では不可能な文化を広げていたのです。

 

それは現代とはまったく環境が違っていたからできたことでしょう。

 

ヨハネの黙示録には、悪魔の象徴は、獣として書かれています。

不可思議な獣がわたしたちを苦しめるというのです。

大洪水後から獣は忌み嫌われるようになり、恐れられる存在になったのです。

腸も小さくなるにつれて、栄養が取れなくなり、草食動物を狙うしかなくなったのでしょう。

 

動物はもともと人間の助け手として造られました。人間はひとりではいけないといって神様が用意されたのです。

 

エデンの園の時代は、すべてが良いものだったのですが、人間によって世界は歪められ、不自然な世界にされたのです。

 

神様は人間のために試練を与えられ、悪に対して注意をうながしてくださっています。

 

獣の存在は、その注意のひとつなのかもしれませんね。

 

旧約聖書のイザヤ書は預言書とも呼ばれていますが、そのイザヤ書には、またこの地にエデンのような世界が訪れることが書かれています。

その時代では、ライオンなどの動物とも仲良く暮らし、人間も病気しらずで、長寿で暮らし、短い人生で終わったものは、稀な存在として、何か悪をしたのだとさえ言われてしまうような世界が来ると書かれています。

海もなく、多くの広い土地があり、現代の世界とはまったく違う環境が未来では、訪れているのかもしれませんね。

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