歴史

新興宗教の危険性

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現代は新興宗教が乱列しています。

新興宗教はいつの時代にもあり、聖書や神道、イスラームのように科学的、学問的で論理的に生活や自然の法則に沿っているものではなく、宗教を利用するものとして作られているのです。

主に悪魔宗教が作り出したもの、国や帝国が権力を維持するために作られたものが多いのです。

宗教のことを理解できていないひとは、新興宗教と伝統宗教の違いを判別することは非常に難しいです。

伝統宗教を信じていた人の中でも、論理的に理解せずに、ただ信じているだけのひとであれば、新興宗教に騙される人も出るほど、現代の新興宗教(悪魔宗教)はとても狡猾に成長しています。

一見、伝統宗教よりも、科学的にみえ、正しいことをしているように見せている分、人間にはそれらを判断することは困難だからです。

悪魔は、まるで天使のように白い衣を着て、人に近づいて騙しに来るのですね。

1、プロテスタントは、新興宗教なのか

現代の新興宗教を理解するためには、プロテスタントが世界中に広まった経緯を知る必要があります。

なぜなら、悪魔宗教は、他の文化、他のアイディアを盗んでは、それらと類似したものを造り出して、人を騙して歪曲させるのです。

本当のものを複雑にして、本物を汚すとともに、人を騙して悪魔の道へと導くからです。これはカナンの教え悪魔宗教のパターンでも書いた通りです。

よく聖書の歴史を知らないひとが騙されている教えは、プロテスタントはカトリックから枝分かれした新興宗教だというものです。

この教えは、まったく事実とは違うものです。

プロテスタントという言葉を日本語にすると、「抗議する者」という意味です。

カトリックという新興宗教を抗議して、原始キリスト教を復活、復古しようとしたものが、プロテスタントなのです。

カトリックをみれば分かるように、カトリックは聖書が禁止している”偶像”や”女神崇拝”をしています。

聖書はこれらの偶像崇拝や女神崇拝(忌み嫌うべきアスタロテ)を深く禁止しているのですが、カトリックはそれを続けています。

もともとカトリックとは、ローマ帝国の政治に利用するために作られた、キリスト教に見せようとした新興宗教なのです。原始キリスト教と現地宗教を政治のために融合させたハーフのような宗教がカトリックなのです。

ですから原始キリスト教の教えが邪魔なものがあれば、それを排除して、みてみないふりをしながら、歪曲させた聖書の教えを説き続けてきました。

聖書よりも、政治によるマインドコントロールのほうが優先されたのです。

当時のカトリックは学校の役目もしていました。文字や言葉による教育もカトリックが担っていたのです。

現代の学校宗教のように、嘘や非科学的なことをこどもの頃から当然のように教えこまされると心からそれらのことを信じ込んでしまう現代人が大量生産されているように、カトリックも捻じ曲げられた聖書解釈を信じ込むひとたちを大量生産していたのです。

わたしたち日本人が、日本語でしか物事を考えることができないように、人間は悪のプログラミングであっても、それを打ち込まれるとそれが正しいと疑うことが出来なくなるのです。

そして、当時のカトリックは、聖書は一般人には読むことはゆるされていませんでした。聖職者でなければ、聖書を読むことができなかったのです。

ですから、カトリックの不正を暴くことができなかったのです。

ですが、そのような聖職者の中にも、論理的で、聖書の本質を見抜くひとがいました。そのような聖職者は、カトリック本部の教えていることと聖書の教えていることの違いに疑問を抱いていたのです。

当時の科学者は、このような聖職者や医者などが多く、論理的に考えることができるひとは、ほとんど聖職者だけでした。

人間は、教えられいるプログラミングや知っているプログラミングがなければ、考えることができないので、科学的に考えられるひとはごく一部だったのです。

カトリック本部の聖書解釈に、このような論理的な聖職者たちや医者という科学者たちが、聖書の解釈に異をとなえはじめたのです。

すると政治を優先にしていたカトリック本部は、このような組織正義の邪魔になる意見をいうひとを異端者として裁きはじめました。

ですが、本物の科学者であった論理的思考を持ったひとたちにとって、現実の現象と聖書の一致は、誰が何をいおうと覆すことができないものであることを知っていました。

男であるのに、女だと主張しても、その男は子を産むことができないのです。

このように自然の法則は、人間がどれほど歪曲させようとも、覆すことはできないことを主張していきました。

現実に起こっている自然の現象を基にして、聖書の正しい解釈を求め始めたのです。

カトリックは、一応その時代の基準だったので、反逆者といえども、裁判をちゃんと開きました。もちろん、東京裁判と同じで、一方的な裁判です。

抗議する者たちは、一方的な裁判であっても、自分の命をかけて、主張し続けました。

それを続けるうちに、その裁判を目にした人々の目のウロコが取れはじめ、政治主体のカトリックに疑問を持ち始めたのです。

正しい主張をしている人を一方的な裁判で殺し続けることで、人々の目が開かれ始めたのです。

巨大なカトリックの価値観から多くのひとたちが、疑問を持ち始め、聖書を読むようになっていきました。

すると聖書に書いていることとまったく違うことをカトリックが教えていることに驚いたのです。

それを辿ると、カトリックは原始キリスト教を歪曲させ続けたことで、違う宗教を作り出してしまっていたのです。

抗議する者たちプロテスタントの中には、次々と科学的発見がされ続けました。

今まで、カトリックの教えに沿った科学的発見でしか許されていませんでしたが、カトリックを超え、本当の聖書に立ち戻ることで、自由になり、本物の科学が発展することが出来るようになったのです。

例えば、カトリックは、聖書は地球が丸いと書いていても、その時代のカトリック本部は、世界は丸いと思っていなければ、聖書よりも非科学的なことが正しいとされていたのです。

ですが、本物の科学や現象を聖書を通して、地球が丸いと証明されはじめたのです。

地動説と天動説は、宗教と科学の争いのように、現代人は騙されて信じ込まされていますが、実は、宗教と宗教の争いだったのですね。

この科学の発展は、現代の多くの科学による恩恵のはじまりでした。世界中に抗議する者たちが現れ始め、事実を基にして、自然の法則を発見し続けたのです。スマホがあるのもパソコンがあるのも、車や飛行機があるのも、この講義する者たちによる解放があったおかげなのです。

自由にしたものは、科学だけではありません。経済も同じように、カトリックによって制限されていました。

カトリックは現代の中国という共産主義と同じだったのです。

カトリックが許可しない経済は、することもできなかったので、発展しませんでした。

ですが、抗議する者たちによって、聖書を信じているひとたちは、正しいことをしてしまう現象から経済も自由にしていったのです。

政治も自由の思想が広がりはじめました。王族貴族による支配から民衆を主体にした政治へと自由になりはじめたのです。

フランス革命で、ナポレオンが連戦連勝した理由のひとつは、ひとびとが、王族貴族のための戦いではなく、自分たちの物や国のためという新しい価値観で戦う人々が生まれたので、逃げるひとが圧倒的に少なかったからです。

国の大義名分から、自分たちの大義名分を持つことによって圧倒的な力を発揮したのです。

日本がなぜ世界でも圧倒的に強かったのか、それは日本は2000年前から海という境界、壁があり、すでに国が存在し、自分たちの国のためにというものが、すでにあったからなのですね。圧倒的に日本人は逃げるひとが少なく、中国などは、すぐに逃げる兵たちだったからです。

このように抗議する者、プロテスタントによって巨大なカトリック支配さえも、変えられていったのです。

科学=無神論

のように現代人は信じ込まされていますが、実際は、科学=宗教なのです。

実際、偉大な発見をした90%は神を熱心に信じる宗教家の科学者たちで、偉大な発見をした無神論者は5%もありません。

残りの5%は、どちらともいえない科学者です。

このように現代多くの科学や経済、憲法や民主主義や人の人権があるのは、神を信じた人々からの恩恵なのです。

科学的にも学問的にも、論理的にも正しいことを主張している聖書を信じているひとびとを殺し続けたカトリックは、実は反聖書的組織で、悪魔宗教であるという考えも広まっていきました。

しかし、これらの抗議する者、プロテスタントの成功を悪魔宗教は、また盗み、歪曲させて、人々を騙しはじめたのです。

プロテスタントを利用しはじめたのです。

2、自由・平等・博愛の悪魔宗教

カトリックは、カトリックの正義がありました。カトリックは、悪ではあっても、邪悪ではありませんでした。悪と善のハーフのような宗教がカトリックなのです。人間的な目でみれば、カトリックの正義も理解できるひとは多いはずです。

世界中に悪魔宗教が乱列していた時代である中世では、人が人を食べるカニバリズムが世界中に広まっていたのです。

まるで悪魔的なその文化は、家族であっても食べていたのです。

巨大な地域を支配していたカトリックは、このような悪魔宗教を否定しては、退治することによって、人々から信頼されていました。

悪がいたからこそ、正義だと信じ込める人々がいたのです。

現代日本の警察と同じで、悪を取り締まっているという意識が、正義の味方のように警察が振る舞うようになっています。

ですがフタをあけてみれば、ヤクザよりも闇が深いものが、現代の警察組織です。

中世の正義の味方であったカトリックは、悪魔宗教を弾圧することで、平和を維持していたのです。

悪魔宗教とカトリックからされていたものは、フリーメイソンやイエスズ会、グノーシスなどもあげられます。

織田信長や江戸時代などに日本に来ていたものは、イエスズ会です。悪魔宗教だったので、日本は禁止したのですね。

その判断は正しかったとわたしは思います。

この見解は、カトリックも正しかったと思います。

悪魔宗教は、悪のレッテルを貼られて、一般の仕事は禁止されていました。ですから人々から忌み嫌われるような金融業をさせられていたのです。

犯罪者の次に悪いとされていた職業です。

悪魔宗教は、奴隷商人や経済によってお金を多く集めていました。ですからカトリックは、経済=悪であり、お金=悪だという正しい判断をしていたのです。

日本の江戸時代も同じで、お金=悪という正しい考え方があったので、田沼意次のような賄賂を肯定する考え方を否定できていたのです。

ですから、カトリックは経済に自由を与えると世界が滅ぶので、平和のために規制し、平和のために、カトリックに反対するものを裁いていたのです。

しかし、抗議する者たちは、聖書を信じるひとたちから出ているので、はじめは堂々と裁くこともできなかったのです。

その後、堂々とそういったプロテスタントたちを魔女だとして、悪魔宗教として、裁きはじめました。その数は1200年間で6000万人とも言われています。

組織正義のために、カトリックは心からプロテスタントを裁いていたのですね。世界の平和のためにやもなしと考えていたのです。

プロテスタント以上に、弾圧されていたのは悪魔宗教でした。悪魔宗教は、王族貴族にお金を貸しては、金利で王族でさえもコントロールしては、王族の武力によって、その金利を打ち消され、利益が0になっていたのです。

時間をかけて、王族貴族に取り入ったものをすぐに武力によって無しになることを繰り消されていた悪魔宗教は、プロテスタントの流れを見逃しませんでした。

悪魔宗教のレッテルを貼られていたフリーメイソンを中心にして、その資金力を革命へと注ぎ込んでいったのです。

聖書からはじまったカトリック支配からの解放から悪魔宗教の資金を使って、「自由・平等・博愛」という歪曲された悪魔宗教の革命がはじまったのです。

それがフランス革命でした。

カトリックは、正義という意識があったので、きちんと裁判をしていましたが、フランス革命を起こした人々は、裁判さえもせずに次々と王族貴族、カトリック信者を処刑しはじめたのです。

問答無用とはこのことです。

カトリックは正しいひとたちまで処刑し続けたことで、悪魔宗教とプロテスタントから激しいしっぺ返しをされたのです。

プロテスタントたちは、問答無用で処刑していく方法には反対して、王族貴族を守ろうとするのですが、悪魔宗教は、ここぞとばかりに処刑しようとしました。

カトリックを中心にして、フランスでとんでもない革命が起こされたとされ、悪魔まで解放して無法地帯になったとしたのです。

そして、世界中のカトリック地域が手を組んで、ナポレオンに挑み続け、最後は、ナポレオンを幽閉することができたのです。

悪魔宗教は、王族貴族、カトリックと手を組んで、第二の隠れ貴族になったのです。

経済は、もともとプロテスタントによる自由が基でした。

聖書的なひとは、自分にお金を使わずに、他人に分け与えてしまうという経済を広げて、カトリックの主張を論破していったのです。

禁欲主義によって経済を発展させていったのです。

自分にはお金は使わない禁欲主義であって、他人にお金を使う経済が、認められて、発展していきました。

実際、カトリック地域ほど、経済発展はしませんでした。

ですが、悪魔宗教は、欲を肯定するものなので、自分のためにお金を使い、誰よりも地位や名誉を求めました。

プロテスタントは、自分に厳しい禁欲主義なので、地位や名誉を求めないので、社長や政治家などになりませんでした。

多くは表向きキリスト教徒でありながら、本当は悪魔宗教の者たちが、社長や政治家になって、国を支配していってしまったのです。

ですから、プロテスタントの国であるアメリカであるのに、自由の女神という悪魔宗教のシンボルがあるのです。

宗教の自由という表向きの言葉は、裏をかえせば、悪魔宗教も自由だということなのです。

悪魔宗教は、憲法を利用して、自分たちをおびやかす王族貴族を縛ります。

そして、法律を利用して、自分たちに反旗を翻す、一般人を縛り付けるのです。

そうすることで現代は、悪魔宗教が世界を支配しているのです。

日本も例外ではありません。

お金というものを紙切れにして、紙切れをの発行権利を利用しながら、世界中をお金システムで支配しているのです。

この流れに、プロテスタントのルターは、気づき悪魔宗教がプロテスタントの中に入り込んでいくことを懸念しました。多くの偽ユダヤ人の存在をルターは暴露したのです。

その後、ヒトラーが、そのルターの教えが正しいことに気づいて、お金システムによって真面目なドイツ人から利益をむさぼっている偽ユダヤ人たちをドイツから追い出したのです。ヒトラーはホロコーストをしたと嘘のプロパガンダが広がっていますが、そのような証拠は1つもありません。ヒトラーは、実際は虐殺などしていないのです。それどころか偽ユダヤ人たちのために、場所を作り、食料を与え保護していました。そして、ちゃんと働いている偽ユダヤ人たちには、自由を与えるようにしていたのです。収容所は、保護施設なのですね。

ですが、衛生的に悪い環境だったので、チフスという病気で亡くなる偽ユダヤ人たちもいたのです。ですから多くのお金を使って、衛生的な巨大な施設を建てていました。今でもドイツに建設途中の巨大建造物が存在しています。そのチフスで死んだひとたちの骨だけを展示して、ホロコーストで死んだと言っていますが、そのほかの600万人もの死骸はどこにもありません。骨さえも燃やす石油も戦争中のドイツにはないのに、どこにもないのです。

日本やドイツが完全に正しかったとは言いませんが、ナチスによるホロコーストや日本の南京虐殺などは、戦勝国によるでっちあげなのです。

みなさんが一般人なら、汗水たらしてお金を稼いでいることでしょう。しかし、現代のシステムは、裏をみれば、まったく違います。紙切れというお金を好き放題、彼らだけが刷っては、自分たちの銀行に流して、自分たちの会社や政治家や警察、学校、メディアに流してコントロールしているので、汗水などたらさなくても、紙切れを手に入るのです。ゲームでいうところの裏技をしているのです。

そして、一般人には住宅ローンという詐欺で縛って働かせているのですね。今回は詳しく説明しませんが、銀行はお金がないのに、一般人に住宅ローンを貸しているのです。詐欺行為です。

抗議する者を作らないようにコントロールしているのです。口があっても物を言わない人間を作りしているのです。

プロテスタントのルターは、まるで未来を預言したかのように正しいことを主張していたのですね。

そして、そのルターから学んだヒトラーも絵が好きな純粋な少年で、はじめの動機は間違っていなかったのです。ですが、ヒトラーは、逆に悪魔宗教に騙され、彼らの仲間になってしまい、偽ユダヤ人ではなく、ドイツ人をわざと死なす日本と同じ行動に出たのです。

では、これらの事実と現代の新興宗教がどうつながるというのでしょうか。

3、現代の新興宗教

カトリックという巨大な組織であっても崩壊させるほどの力をみせたプロテスタントは、抗議する者という正義によって自由になりました。

科学や自然の法則と聖書が一致していて、聖書の正しい解釈を導き出したのです。

ですが、これを悪魔宗教は、また盗みマネをして、歪曲させているのが、現代新興宗教なのです。

例えば、世の中が実は悪魔宗教に支配されていることを教えてくれたひとをあなたは、信じてしまうでしょう。

わたしのサイトを読んで、あなたが世の中のシステムを理解して、目を覚ますことができたのなら、わたしに信頼を寄せるでしょう。

しかし、この効果を悪魔宗教は、さらに利用するのです。

ニュースやさまざまなトリックを垂れ流している世の中は、証拠だらけです。

悪魔宗教である新興宗教は、この事実を利用して、脳が汚染されているひとを一旦、脳を洗い流し、目を覚まさせます。

すると、目を覚ましてくれた悪魔宗教である新興宗教に信頼を寄せるようになるのです。

そして、信頼を得た新興宗教は、違う脳の汚染をし始めるのです。

2重に脳汚染させるのですね。

オウム真理教などには、多くの高学歴のひとたちが騙されました。これは激しく現代悪魔宗教を学校宗教団体や塾宗教団体に脳が汚染されていたので、そこから解放してくれたオウムを激しく信頼を寄せたのです。

何も知らない親や深く世の中を知らない伝統宗教のひとたちよりも、深い事実を教えてくれるオウムにこそ論理的だと信頼したのですね。

このやりかたは、宗教だけではありません。思想も同じです。共産主義という一見宗教ではないような宗教も、思想によって激しく入り込むひとがいます。これは、共産主義者が事実を教えるからです。

一旦、正しく本当の情報を教えることで、信頼を勝ち取るのです。

すると、ひとは今まで信じていた世の中を疑い、闇であることに気づいて、テロ行為にまで発展していってしまうのです。

あさま山荘のテロリストたちの虐殺などを普通のひとたちが、理解できない理由はそこにあるのです。何も知らないひとは、どうしてあのような意味不明な行動を彼らが取るのか理解できるはずがないのですね。

だからこそ、騙されるのです。

ちゃんと知っていれば、どれだけ正しいことを教えてくれても、疑問をちゃんと持てるようになるので安心してください。

人間は信頼しないことを常に心に持っていればいいのです。

わたしであっても信頼してはいけません。何が正しく何が正しくないのか、自分でも調べながら、私の言っていることが正しいのかを再度検証しなければいけないのです。

現代の医者や警察官や教師や塾講師も、心から正しいと悪のプログラミングで生活しているように、わたしもただの人間なので、間違いがあります。どれほど正しく論理的なひとであっても、人間は完全に信頼してはいけないのです。そのひとが心から善意でやっていても、その人自体が気づいてなく、騙されているケースが多いのです。詐欺でも、一般人に勧誘させる方法を取ります。知り合いだから信頼して一緒にやってみたら実は詐欺だったというものです。知り合いは善意からやっているのでタチが悪いのですね。これは医者も警察も教師も同じです。

また、悪魔宗教である新興宗教は、プロテスタントのように、科学や学問を背景にして、信じ込ませます。

悪魔宗教は、正しいアイディアや文化を盗み、正しいものをわざと汚すように行動をします。

 

ですが、新興宗教の教える科学や学問は、怪しいものが多いです。特にグノーシスなどがそうです。

ヘレンケラーのように悪魔的な人間のような思想を持っているのですね。

世界を支配している悪魔宗教は、表向きには、悪をすることはできません。もし、カトリックのように表向きに堂々と悪で一般人を弾圧すれば、反乱がおこるからです。ですから悪魔宗教は、反社会的な組織にお金を流して、新興宗教や共産主義の組織を作り出し、一般人を騙しては悪の道へと誘導しようとしているのです。

オウムのマインドコントロール手法は、CIAと一致していたのは、つながっているからなのですね。

反社会勢力の組織だと思わせてはいても、実は彼らは仲間なのですね。

上の悪魔宗教組織と下の新興宗教組織は、仲間なのです。

 

西郷隆盛は、反明治政府の人物で、靖国神社でも否定されている人物としてあげられていますが、西郷隆盛は、わざと反対勢力のリーダーになって、無謀な作戦ばかりをして反対勢力の人間を殺していきました。その後、処刑されたといわれていますが、西郷隆盛も元新選組の土方歳三もロシアに逃げたという話もあるのです。

このように悪魔宗教は、正規の組織のリーダーも反対組織のリーダーもコントロールして、どちらが勝っても自分たちが勝つように仕向けているのです。

悪魔宗教は、西郷隆盛にも、江戸幕府、どちらにも援助をしていたのです。

アメリカにも、日本にも、ドイツにも援助をして、どちらが勝っても勝つようにしていたのです。

 

現代日本の政治も同じで、自民党や民進党、共産党などと分かれているようにみせて、激しい言い合いを一般人にみせて、敵同士のような演技をしていますが、実は同じ勢力によって作られた党であって、どれを選んでも、悪魔側になるようになっているのです。

このように反社会的な思想を熱く語っていても、実は正規組織のために動いているというトリックが隠されているのです。

 

エデンの園にいた蛇は、1つも嘘をいわずに、アダムとエバに悪の道を誘導して、選択させました。本当の悪魔ほど、ほとんど正しいことをいって、いつの間にか悪へと引きずりこむのです。

イエス様や釈迦のように、正しい人物は、善悪を超えた正義がありますが、本当に邪悪な悪魔的な人物は、善悪を超えた悪があるので、まるで天使のようにみえて、正しいことをいうので、わたしでも見分けがつきません。

何も知らない一般人の日本人は、普通のひとなら嘘をつけば、心が痛むはずです。

ですが、善悪を超えて理解している人間は、心が痛まないのです。

会社のため、製品を売るためにセールスマンは、嘘や誇大な言葉を口にする日常を送りつづけると、いつの間にか心が痛まなくなっていくのです。それ以上に、邪悪な人間は、善悪を超えて悪を行うのです。

一般人では考えもつかないほどの悪を本当に実行して楽しめてしまうのですね。

ですから、何も知らない一般のひとも、知っていたとしても、新興宗教には極力近づかないほうがいいでしょう。ものすごいレベルの高い脳汚染が繰り広げられるからですね。

4、国レベルの新興宗教

カトリックもそうですが、有名な国レベルの新興宗教は、靖国神社というものがあります。靖国神社は神道だと一般人は、思い込んでいると思いますが、あれは明治時代にできた明治政府の正義のために作られた、神道のようにカモフラージュした新興宗教なのです。

伊勢系神道では、神道とは認められていないのが靖国神社なのです。

 

ですから、大げさな思想が、入り込んで、日本人を騙し続けたのです。

日本という国のために命をささげて戦死したものを神にしてしまうという思想です。

 

明治政府の正義に反した人物は、祭られていません。

西郷隆盛などは表向きは、反明治政府なので、祭られていないのです。

カトリックに反した者は、聖書を信じていても魔女にされたように、反政府的な日本人は、いくら正しいことをいっても、スパイだとして弾圧されたのが、昭和の日本という宗教でした。

神道を利用して、新興宗教によって日本人を騙し、天皇さえも利用したのです。

 

とても悪魔的な神風特攻隊や人間魚雷やわざと死ぬような作戦ばかりを実行させていきました。最後の最後まで、日本人は日本が勝っていると思い込んでいたほど、強いマインドコントロールがされていました。

 

御国のためにと叫びながら特攻していく光景は、オウムや連合赤軍と一致するものです。

 

こういう発言をすると死者を冒涜するなという人がいますが、そのように死ぬしか選択権がなかったひとたちを想えば、彼らを美化することこそが、冒涜です。

彼らは国のためとおもって死んだひとは少なかったでしょう。彼らは家族のため、愛するひとたちのためと思って死んでいったのです。「お母さん!」と叫んで死んでいったひとたちも多かったといいます。

で、あったのなら、自分と同じように家族が死んでほしいとは望まないはずです。

 

自分たちの行動を否定することこそが、家族ためになるのですから、もうあのような特攻隊や人間魚雷などを国が国民に強要するような世界にはしてはいけないのですね。

 

その以上な日本のマインドコントロールは、アメリカ兵さえもおびえさせ、頭を狂わせるほど恐怖させるものでした。

アメリカはアメリカのマインドコントロールがありましたが、日本のように閉鎖されたマインドコントロールではなかったので、死をも恐れない日本兵に恐怖したのです。

このように国レベルの新興宗教は、恐ろしいものなのですね。

 

ヒトラーは

「人は小さな嘘より、大きな嘘を信じる。」

と言いました。

 

ひとりの嘘より、複数人の嘘。複数人の嘘より、大勢の嘘。大勢の嘘より国の嘘。国の嘘より、国連の嘘。と大きな嘘ほど信じてしまうのです。

 

これが正しいと国や大勢から言われたものを間違いだとして行動できるようなひとは、ほんの一握りの人間しかいません。聖書もひとりで生きれるひとは少ないと教えています。

 

また、イエス様は、「耳のある者は、聞きなさい。」とおっしゃられました。これは裏を返せば、耳の無いひとばかりであって、耳があるひとは少ないともいえる言葉です。

 

イエス様の言葉でさえ、聞く耳のないひとばかりであるのが人間なのです。ですから、国レベルの信仰宗教の力は、とても巨大であって効果的なので注意する必要があるのですね。

 

現代では、本当に非科学的なとんでも論ばかりを主張する進化論という宗教を国レベルで広めているので、それを疑うことさえできない人々が大量生産されているように、国レベルの新興宗教は、今でも展開しているので、注意なのです。

 

 

 

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