聖書

マナとはどのような食べ物なのか

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聖書の出エジプト記に、マナという食べ物が出てきます。

聖書のことを知らない人でも、モーセという名前は聞いたことがあると思いますが、モーセはエジプトからイスラエル人を脱出させた人物で、奴隷として膨れ上がっていたイスラエル人は、エジプトを出て、海が裂ける道を渡ったあと、荒野で40年間さまようことになるのです。

荒野ですから、木もなく、水も食べ物もない土地にはいると、人々は、モーセに文句を言いだします。

こんなところでさ迷うのなら、エジプトにいたほうがましだったというのです。

そこで、神様は、天からマナという食べ物をお与えになり、100万人を超える人々の食を助けてくれるという内容が書かれているのです。

 

そのマナとは、どのような食べ物だったのでしょうか。

 

マナは、りんごだったのではないのか と言われたり、カイガラ虫などの排泄物だったのではないのか、また、キノコのようなものだったのではないか、などと色々な憶測が建てられいます。

 

ですが、わたしは、日ユ同祖論が、正しいと考えているので、聖書と現在の日本の文化とを比較して、マナという食べ物は、何だったのかについて、見ていこうと思います。

1、聖書に書かれている マナの情報

まずは、マナはどのような食べ物だったと聖書に書かれているのでしょうか。

 

出エジプト記16章13

それから、夕方になるとうずらが飛んで来て、宿営をおおい、朝になると、宿営の回りに露が一面に降りた。その一面の露があがると、見よ、荒野の面には、地に降りた白い霜のような細かいもの、うろこのような細かいものがあった。

同15節

モーセは、彼らに言った。「これは主があなたがたに食物として与えてくださったパンです。」

同19節

モーセは彼らに言った。「だれも、それを、朝まで残しておいてはいけません。」彼らはモーセの言うことを聞かず、ある者は朝まで、それを残しておいた。すると、それに虫がわき、悪臭を放った。

同31節

イスラエル人の家は、それをマナと名づけた。それはコエンドロの種のようで、、白く、その味は蜜をいれたせんべいのようであった。

 

聖書に書かれているマナの特徴は

  • 白い物
  • 霜のような細かいもの
  • うろこのような細かいもの
  • 神様が与えてくださったパン
  • ほっておくと、虫がわくもの
  • コエンドロの種のよう
  • 味は、蜜を入れたせんべいのよう

だということです。

白色の食べ物は、いくつか想像できます。

霜のように細かく、まばらに広がる小さなもの

形は、うろこ状

そして、それは、パンだというわけです。

大抵の食べ物は、ほっておけば、虫がわきます。

 

コエンロドとは、現代では、コリアンダーのことです。

このような花を咲かせます。

そして、コエンドロの種は

こういった見た目です。

味は、蜜をいれたせんべいのようだというわけです。

 

これだけでは、どんな食べ物なのかは、解りません。

 

ですが、マナ自体の特徴だけではなく、聖書には、そのマナの管理やどのように扱えばいいのかというイスラエル人の文化や作法までが書かれています。

ですから、イスラエル人の子孫である日本人の文化と聖書の文化を見比べてみましょう。

本当のイスラエル人とは、日本人>>

2、聖書に書かれているマナの管理方法

出エジプト記16章16節

主が命じられたことはこうです。「各自、自分の食べる分だけ、ひとり当たり一オメルずつ、あなたがたの人数に応じてそれを集めよ。各自、自分の天幕にいる者のために、それを取れ。」

※一オメル=2.3リットル

同22節

六日目には、彼らは二倍のパン、すなわち、ひとり当たり二オメルずつ集めた。会衆の上に立つ者たちがみな、モーセのところに来て、告げたとき、モーセは彼らに言った。「あすは全き休みの日、主の聖なる安息である。あなたがたは、焼きたいものは焼き、煮たいものは煮よ。残ったものは、すべて朝まで保存するため、取っておけ。」それで彼らはモーセの命じたとおりに、それを朝まで取っておいたが、それは腐らず、うじもわかなかった。

同32節

モーセは言った。「主の命じられたことはこうです。「それを一オメルたっぷり、あなたがたの子孫のために保存せよ。わたしがあなたがたをエジプトの地から連れ出したとき、荒野であなたがたに食べさせたパンを彼らが見ることができるために。」」

モーセはアロンに言った。「つぼを一つ持って来て、マナを一オメルたっぷりその中に入れ、それを主の前に置いて、あなたがたの子孫のために保存しなさい。」

主がモーセに命じられたとおりである。そこでアロンはそれを保存するために、あかしの箱の前に置いた。イスラエル人は人の住んでいる地に来るまで、四十年間、マナを食べた。彼らはカナンの地の境に来るまで、マナを食べた。

一オメルは一エパの十分の一である。

※一エパ=23リットル

3、日本の文化

日本の文化といえば、何を思い浮かべるでしょうか。

神道や祭り、踊りや御神輿などがあげられるかもしれません。

ですが、それと同じぐらい、日本の文化といえば、お米ではないでしょうか。

稲ですね。

神道では、神様が人に稲を贈り、天皇もその稲を大切にして、国をあげて食料を保存し、平和を保とうとしたのです。

稲作革命といわれるのは、画期的だったからですね。

普通は食料は、現代のように冷蔵庫がないわけですから、すぐに食べなければいけません。

ですが、お米は、保存することができるのです。

したがって、日本では、お米を単位にした国作りが中心でした。

日本の政治は、人が食べて、生きていけることが、第一条件だったのですね。

そして、稲はとても便利な保存食品だったのです。

また、日本は、お米で単位や基準を統一していました。

大名100万石と言われたりするように、お米を基準として、その勢力を保持してきたのです。

お金などによる偶像支配ではなく、必然的に生きていれば必要な食料を基準にしてきたことが、日本の人徳教育に繋がっていたのですね。

江戸幕府は、かたくなにお米にこだわりました。何度も、お金を基準にした思想が入り込もうとしたのですが、それにも負けずに、お米を大切にして、質素倹約で日本を支配していたのです。

明治時代から1俵の重さは、約60キロ 半俵は30キロになっています。半俵の場合は紙袋になのですが、人が持ちやすいようにわけているという説もありながら、文化として、尺などを基準にして、測って来たのです。

海外との貿易にしても、測る単位は、尺であったり俵であったりしたのですね。

明治以前は、30キロ以下の重さを基準としていたということです。

4、聖書と日本文化からみえてくるマナ

うろこのような形をした、小さい種。保存もできるもの。そして、それをパンにすることもできるもの。蜜のように甘い食べ物。

それは

お米なのではないでしょうか。

もちろん、殻の部分が取れた白米が、マナの正体だったのではないでしょうか。

お米の形は、うろこに似てなくもありません。また、お米は、デンプンがあり、糖分が含まれているので、蜜のような甘さがあります。蜜のようなせんべいとは、なくもない表現ではないでしょうか。保存も効きます。

ヘブライ語で、マナのことをマーン (מָן)と言います。

ですが、日本に辿り着いたイスラエル人は、旧約の神道だけではなく、新約の神道も含まれています。

約2000年前ということです。

この時代のイスラエル人は、ギリシャ語を話していました。ギリシャ語でマナは、マンナ(Manna)と発音したのですね。

日本では、ご飯のことを何と言うでしょうか。

ライス?お米?ごはん?

その他には、「まんま」と言いませんか?

赤ちゃん言葉で、なぜか日本人は、こどもに「まんま」と言います。

これは、マンナの発音で、マナを指しているのではないでしょうか。

日本には、真名井神社という神社が古来よりあります。

この真名井神社は、伊勢神宮と直線的に結ばれた位置に存在しています。

その中央には、鞍馬寺があります。鞍馬寺とは、源義経が、生まれ育った寺だとされ、義経は、鞍馬寺の虎の巻物を読んで、自分が何者だったのかを把握して立ち上がったとされています。

この虎の巻物は、聖書5書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)のトーラーだったのではないかと言われています。

トーラーの巻物というわけですね。

平安京もそうですが、主要な日本の建物は、このように複雑に結界を貼るような位置に配置されているのです。ちなみに、平安京は、聖書に出てくるエルサレムのことです。

真名井神社には、古来より、黄金の壺があったというのです。

まさに、マナの壺ですね。

今は真名井神社からは移されているということですが、このように真名井神社という日本の文化の1つも聖書と一致している部分があるのです。

例えば、真名井神社だけではありませんが、神様に祈りを捧げる時、壺をおいて、そこにお酒をいれることがあります。日本酒といえば、稲であり、その稲を発行させることで、お酒をつくるわけです。ノアは、ブドウ酒作りの専門家でしたから、食べ物を発酵させて、お酒や体にいいものを作ることを子孫に残したといわれます。

マナとは、マンマのお米のことで、殻を取った白米のことなのかもしれません。

聖書には、種なしパンを年越しに作り、その種なしパンを食べるように書かれています。

まったく、日本人は、そのような文化を続けています。

正月に、お米をついて、お餅という種なしパンをつくり、それを毎年のように食べるのです。

種なしパンとは、発酵させていないパンのことです。

白いお餅をついては、食べる文化を続けてきた日本人こそ、本物のイスラエル人であり、聖書の文化を残している民族なのですね。

神様からマナという保存食糧の種をもらい、それを保存することで、子孫に聖書が現実に起こったことだということを証明し続けているわけです。

キリスト教と聞くと、まるで白人がしている宗教のように思うかもしれませんが、白人は、聖書を書いた民族ではありません。聖書を書いた民族の上に立って、支配していたのが、白人であり、ローマ帝国でした。

ですから、現代のキリスト教には、聖書こそありますが、やっている文化は、多神教であったり、他宗教のものばかりなのです。

例えば、クリスマスも、聖書には書かれていません。イエスキリストは12月に生まれたとは書かれていないのです。

12月25日に祝うのは、ミトラ教などの他宗教であり、カナンの甥であるニムロデの誕生日なのです。

イースターなどもそうですし、あからさまに悪魔宗教のハロウィンを祝ったりするのも、当たり前ですが、聖書の教えではありません。

このように、現代キリスト教は、聖書はあっても、文化は消え去っているのです。

そして、日本は、聖書こそありませんが、聖書の文化が残っているのです。

お互い欠けた状態になっているのですね。

日本人は、目の前に聖書に書かれている証拠が存在していながら、みえないようにされているのです。それは不思議となるという聖書の預言どおりなのですね。

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