歴史

ローマカトリックと悪魔宗教の戦い

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ローマカトリックは、正直にいうとキリスト教ではありません。

どうしてそのようにいうのかというと、聖書に書かれている禁じられていることをことごとく実行しているからです。

例えば、ローマ法王は神であり、同じ特権が与えられるという異端な教えがされたり、偶像崇拝をしたりと聖書の教えをその時代にあわせて都合よく変えていっているからです。

 

では、ローマカトリックは、悪いものなのか?というと、そうともいいきれません。

人間的な目でみると、むしろローマカトリックのしてきたことは、しょうがないと思えてきてしまう面もあるのです。

本当のキリスト教徒ならローマカトリックは認められないことは解るのですが、キリスト教徒でもない人からみたら、ローマカトリックのしてきたことは、理解できると見えてしまうでしょう。

 

ローマカトリックを大雑把に解りやすくわけると

①政治のために、キリスト教を利用するもの

②白人文化とキリスト教の融合したもの

③聖書の教えを守ろうとする本当のキリスト教を大切にするもの

④悪魔宗教がローマカトリックの一部に入り込んでいるもの

 

この4つが、ローマカトリックだと言えるでしょう。

このように本当のキリスト教だと言えるのは、多くみて25%程度のもので、③の部分しかないのです。①②④の部分で、ほとんどをしめているものが、ローマカトリックなのです。

キリスト教徒ではない人なら①と②の部分、政治的なもの、現地文化との融合は、理解できなくもないと思えるでしょう。むしろ、まっとうだと思えるはずです。

例えば、現代の日本の社会の常識は、会社に利益がもたらされれば、悪さえも利用するものです。

人の人権を無視して、重労働、長時間労働を利益のために強要するわけです。水俣病や四日市喘息、イタイイタイ病などは、会社の利益のために犯罪をおかしたケースです。マクドナルドが中国工場で不衛生な作業をしていることも、食品偽装や不正建築なども利益のためです。

国として、帝国として平和を維持するために、ローマカトリックはキリスト教を利用しました。日本列島と違い、世界の大陸には国境がありませんでした。言葉も違えば肌の色も違い、価値観もバラバラだった世界に、一神教という固定された正義で統一感を与えて、平和を脳の視点で目指したのです。

 

人間的にみれば、政治的に利用することは正しいことのように見えるのですね。

 

ですが、ローマカトリックは、多くて25%、実際は10%ほどしか、聖書に忠実ではなく、ご都合主義でしかないので、キリスト教とは言えないというわけです。

 

日本の政治家と同じです。

現代の国民の価値観にあわせて、人気を集めようとしているわけです。そこには正義もなく、その時代の都合にあわせた表面的なものでしかないのですね。

 

聖書の教えは、ご都合主義ではありません。多くの聖書の教えは、いつの時代にも変わらないものを教えます。例えば、男は男。女は女であり、異性同士でなければ、子孫は残せないという現実を変えることはないのです。

 

ですが、カトリックやカトリックに流されているキリスト教会では、同性愛を認めることが、人権を守ることだとでもいわんばかりです。今の時代にあわせて、絶対に変わらないものであっても、変えてもいいと教えることは、ご都合主義だという証拠なのですね。

 

ですが、何度も言いますが、ローマカトリックは、正確にいえば、キリスト教ではありませんが、悪なのか?と問われれば、首をかしげてしまうものです。

 

100%悪のものではありません。

 

むしろ、人間的にみれば、80%は正しいのではないかと思えてしまうほどでしょう。今回は、その人間的な目線で、ローマカトリックが世界の平和に貢献したことを見ていきましょう。

1、反乱との戦い

日本では、鎖国派と開国派に別れて、争いが起こりました。

どちらが正しいとみなさんは思うでしょうか。

実際は、どちらも正しく、どちらも正しくなかったと言えるでしょう。

明治政府は、江戸幕府の政治手法について、100%否定することはありませんでした。ですから、政治の中にも徳川側の政治家も多く参加させたのです。

解りやすく言えば、鎖国派は、守り。開国派は、攻めです。

守りと攻めは、どちらが正しいのかと言い合っているようなもので、どちらも正しく、どちらも間違っているのですね。

時には、守りのほうが正しいでしょう。ですが、時には攻めのほうが正しいのです。

国を守ること、帝国を守ることは、常に守りと攻めを同時に持つことなのです。未来では解りませんが、少なくとも今の時代まではそうです。

特に2000年ほど前の時代なら尚更、その平和を維持するためには、極端な守りの姿勢と攻めの姿勢が要求されたのです。今よりも過酷な時代だったからですね。

国や帝国をまとに維持しようとすると、変革が必要になります。ローマ帝国は、さまざまな変革にチャレンジしながら、その文化をはぐくんできました。

その都度、反乱のようなものが起こり、変革していったのです。

守り派が長くローマ帝国を支配すれば、支配者たちは、その安心感からあぐらをかいては、腐敗していきました。その腐敗から悲劇が起こり、不満が起こり、反乱のような変革がもたらされました。

その反乱は、正しいと言えるでしょう。明治維新が僅差の差で正しいと思えるように、心から変革を願った良い反乱もあるのです。

ですが、悪い反乱というものも、大量に存在しているのです。

それは、悪魔宗教がわざと平和を壊すために、しかける策略型の反乱です。

悪魔宗教は、悪の行為をすればするほど、楽しめ、嬉しいと思うものです。神様にまっこうから逆らうことで、気持ちよくなるのですね。

彼ら悪魔宗教には、善悪はなく、善悪を超えて、悪ができるのです。

ですから、平然と普通の人にはできない大それた行動を取れるので、多くの資産を持つことができたのです。

例えば、奴隷商人や戦争のための武器、拷問器具や悪の思想などを売ることで、利益をあげていったのです。

そこで手に入れたお金、資産を使って人を雇い、哲学などの学問を利用しては、プロパガンダを広げて、ローマ帝国に無理やり変革をもたらして、支配しようとしたのです。

不正や腐敗もきちんと統制され、規制されて平和が保たれていても、悪魔宗教は、その資産を使っては、あらぬ情報を流して、平和を壊そうとするのです。

このような悪の反乱に対しては、ローマ帝国は、帝国を維持するために強固な守りの姿勢をみせては、平和を守ろうとしたのですね。

これは、みなさんなら理解できるのではないでしょうか。

江戸幕府も同じでした。

イエスズ会という表向きキリスト教の振りをした悪魔宗教が、日本に入り込んで、わざと江戸幕府を転覆させるために、必要以上の情報を流しては、日本の平和を壊そうとしたので、江戸幕府は、悪魔宗教であったイエスズ会を弾圧したのです。

このように、国や帝国の平和をわざと壊そうとするものに対しては、断固とした態度で臨むことは、支配者としては、正しい選択だと言えるのですね。

2、カトリックと悪魔宗教の戦い

みなさんは、魔女とか悪魔宗教の邪悪さ、残酷さをあまり理解されていないと思います。

なぜなら、現代人の価値観とは、すでに聖書的なものが基準になっていて、平和が基準とされているので、残酷さにうとくなっているからです。

現代人では、まったく理解できないほどの残酷さを魔女や悪魔宗教は行っていましたし、今でも行っているのです。

その行動は、あまりにも残酷すぎて、平和を基準とした現代人では、想像もつかないものです。

解りやすく言えば、連続殺人犯やホラー映画などで行っているような価値観や行動以上のことをしているのです。

現代は、その悪魔宗教が表向き、キリスト教徒や神道や仏教徒、イスラームのようにみせながら、裏で恐ろしいことをしては、世界をお金システムで支配しているので、テレビや歴史などでは、魔女は悪いものではなかったなどの価値観がありますが、決してそうではありません。

確かに、冤罪としてあげられた魔女などは、もちろん悪をしていたわけではありません。ですが、本当の魔女や悪魔宗教は、想像もできないほどの残酷な行為をしていたのです。

だからこそ、カトリックは、強固に悪魔宗教を拒否していたのです。

もともと、ローマ帝国は、キリスト教を認めず、キリスト教徒を捕まえては、殺すほど、弾圧していました。なぜなら、ローマ帝国に従順に従うユダヤ教のプライドを守ることで、ローマ帝国を維持しようとしたからです。ユダヤ教徒が嫌うものは、ローマ帝国も一緒になって嫌い弾圧していたのです。

ですが、ローマ帝国は、そのような政治的な面だけではなく、哲学や論理学などが進んでいた国で、正論であれば、認める価値観が、ローマ市民には、根付いていたのです。

ですから、圧倒的な論理に裏付けされていた聖書やキリスト教が、正しいということをローマ市民は、気づいていったのです。

キリスト教は政治的には、否定されてはいても、多くの論理的なローマ市民からは支持されていったのです。

神話などの抽象的な宗教とは違い、聖書やキリスト教の教えは、論理的であったので、ローマ市民は、論理に裏付けられたキリスト教を認め、信仰していったのです。その熱心さは、イスラエル人以上に高まっていったのですね。

ローマ市民だけではなく、政治家の中にも、キリスト教徒が増え、特に学問に携わっていた人たちが救われていったのです。

ローマ帝国のキリスト教による理解は、上からではなく、下からじわじわと広がっていったのですね。

そのキリスト教の存在が無視できないようになったところに、ローマ帝国に対して、多くの反乱が起こったのです。

ローマ帝国は、多神教を国教にしていました。それは帝国を維持するのに都合がよかったからです。

言葉も民族も価値観もバラバラな国々の集合体であったローマ帝国は、それぞれの文化や宗教を認めることで、寛容さをみせては、属国にしていたからです。

ですが、何度も言いますが、現代と違い、その時代の価値観は、悪であっても善であると考えるものもあったのです。盗みも善、人を殺すことも善、詐欺も善であり、利益になれば、それが正しいという民族も存在していたので、ローマ帝国に嘘をつきながら、反乱を繰り返していたのです。

多神教は、過酷な大陸では、通用しません。日本が多神教的な思想で通用したのは、ほとんど同じ民族という統一感と正義感が統一していたからです。ですが、世界は何も統一された価値観が無かったのです。反乱を起こされれば、その都度、遠い場所に軍隊を派遣して、制圧し、また反乱が起これば、そこに赴いて、制圧しての繰り返しで、ローマ帝国は、疲弊していったのです。

そこに、キリスト教という一神教がローマ市民に広がっていたこと、政治家にもキリスト教が広がり、ローマ皇帝でさえもキリスト教の知識が入り込んだことで、政治にも利用できると考えたのです。

ローマ帝国の国教が多神教であることの利点は、属国として認めさせることでしたが、価値観を固定させることができないというものでした。

ですが、一神教では明確な善悪が固定され、盗みや人殺し、詐欺や私利私欲は悪だという価値観です。

その価値観を世界全体に広げることで、平和を固定しようと考えたのです。

現代では、大陸では一神教が支配しているのは、そのためなのですね。狭い範囲であれば、多神教でもなんとか平和は維持できるのですが、広い範囲では、多神教は、無力なのですね。

特に大陸の多神教はとても残酷です。動物から人間は形を変えていったという思想があり、動物と人間を融合させ、虫と人間を融合させるような教えがされ、人も残酷に動物のように扱い、食べていたのです。進化論は、まさに悪魔宗教の思想そのものなのですね。悪魔宗教をあたかも学問や科学のようにみせている現代宗教が進化論なのです。

このように人の脳を上手に錯覚させては、悪の教えを広げて、世の中に残酷さを広げていくものが、悪魔宗教なのです。悪魔宗教は、自分たちの手で神や宗教をつくっては、自分たちの都合のいい教えで人々をコントロールしてきました。今もまさにそうです。

このような悪魔宗教は、さまざまな国で反乱を起こしては、ローマ帝国を崩壊させようとしてきたので、ローマ帝国は、世界中にキリスト教を教え、悪魔宗教を弾圧し続けたのです。

悪魔宗教を弾圧するということは、当時の人々の目からすれば、ローマ帝国やカトリックは正義にみえるものなのですね。

現代の警察とまったく同じです。犯罪者を取り締まるという大義名分を見せびらかすことであたかも正義の見方のようにみせているようにです。

一神教の価値観が広まると共に、国や帝国が平和に維持できるようになったことで、カトリックは、王族やローマ帝国よりも上の存在になっていったのです。

思想こそが、平和を維持するものだと証明したのですね。

ですが、変化したのは、ローマ帝国だけではありませんでした。弾圧された悪魔宗教も、学び変化していったのです。

悪魔宗教は、表で悪魔宗教をすると弾圧されることを知って、裏に隠れて悪魔の行事をするようになり、表ではキリスト教徒のふりをしはじめたのです。

悪魔宗教は、善悪を超えた行動が取れるので、資産があり、その資産を使いながら、教会などを建てては、キリスト教の中でも上の位にまで上がっていき、カトリックの中にいつの間にか、悪魔宗教が入り込んでいったのです。

はじめは、ミトラ教やゾロアスター教、マニ教など悪魔宗教をキリスト教のようにみせた宗教をローマ帝国にはびこらせようとしたのですが、それには失敗して、逆にそれらは異端だとして弾圧されていきました。

ですから、外からではなく、中に入り込んでいくようになり、イエスズ会やフリーメイソンなどの勢力が強くなっていくのです。

 

十字軍の中にテンプル騎士団がありましたが、これらもカトリックの中に入り込んだカルト系が裏に潜んでいたのです。グノーシスやフリーメイソンなどが彼らを後押ししながら内部からローマに対する反乱を企てていたのです。

 

当然、江戸幕府と同じように、カトリックも、彼らを弾圧して、悪魔宗教をなんとか廃絶しようとするのですが、必要以上に大げさに彼らの悪を作ることもしてしまったことが、今では逆に問題にされています。例えば、バフォメットという悪魔を彼らが崇拝していたということにして、イスラームのマホメットを悪魔宗教のようにみせようと画策したりしたのです。一石二鳥だとでも安易に考えたのでしょう。

 

このようなことをせず、ありのままの事実を追求して、正義を貫けばいいのですが、帝国の維持を優先しようとする気持ちが、ありもしないことまで、発展させていったわけですね。

 

その後、テンプル騎士団の中心人物たちは、処刑され、騎士団も消え去っていくのです。

 

カトリックはこのような組織に公然と立ち向かい、それらが悪魔宗教であるとして、弾圧していきました。

実際、何度も何度も、彼ら悪魔宗教は、わざと反乱を起こしては、鎮圧されていきました。ルネサンスやフランス革命もそのひとつでしかありません。明治維新もそのひとつです。

 

悪魔宗教は、表で悪をすると弾圧され滅ぼされることを歴史から学び、次は、表向きはキリスト教徒などにみせては、裏では悪魔的なことをして、悪魔崇拝者を生み出してきました。恐怖と残酷さ、悪を極め、嘘や詐欺の知識を持って、内部からキリスト教を破壊しようとし続け、今でも続けているのです。

 

このような悪の思想に対して、強硬な態度を取ったカトリックは、100%悪いと誰が言えるでしょうか。

 

江戸幕府が100%悪いと誰が言えるでしょうか。

 

キリスト教的には、認められませんが、政治的、国や帝国の安定を考えたのなら、致し方のない選択だともみえるのですね。

3、キリスト教徒と悪魔信徒を区別するのは難しかった

固定された価値観によって多くの平和と幸せを現実的にもたらしたローマカトリックでしたが、キリスト教という宗教から政治というものに移行され、政治的に都合のいいキリスト教が作られていきました。

偶像を拝んでいることも、多神教のころからのなごりです。女神崇拝と偶像崇拝、支配階級などの制度も、キリスト教的なものではありません。勝手に政治的に利用できるから作り出したのです。

このように、多くの聖書に反する教えさえも堂々と広げていったものが、ローマカトリックです。

国民をコントロールしやすいように、聖書は一般人には、読ませませんでした。聖書を読むことができるのは聖職者だけだったのです。

情報を規制することで、一般人の脳の範囲をせばめ、コントロールしたのです。学問や科学、言語学や哲学なども、カトリックが学校として使われ、支配したのです。

ですが、聖職者たちの中には、本物のクリスチャンも存在していて、聖書の教えとローマカトリックの教えが矛盾していることに気づき始めたのですね。

そして、本当の教えを伝えはじめると、ローマカトリックは異端審問として、その聖職者を弾圧していったのです。

聖職者には、情報が集まるため、多くの科学者や学者が排出されていきました。その情報から多くの論理的な聖職者が、ローマカトリックの教えに疑問を抱きはじめました。

現実に起こっている現象、原理原則、自然の法則を解き明かしながら、本当の聖書の正しく読む目線を取り戻そうとしはじめたのです。

聖書と現実の世界は、一致している、人間や政治が関われるものではなく、自然の法則に従った聖書解釈が大切だと説いたのですね。それを証明するために、科学と学問が用いられたのです。現代人の多くが勘違いしていることですが、現在の科学や学問が発展したのは宗教のおかげなのですね。

 

中世、聖書を読むことも禁止されていた一般人たちは、とても驚きました。まさかローマカトリックが嘘やねつ造をしては人々を騙していたとは思っていなかったからです。

現代でいうと、マスメディアや政治家、学問や科学、警察などが嘘やねつ造をしていた事実を知る衝撃です。

信じていたもの、常識だと心から信じていたものが、実は嘘やねつ造だと知ったひとたちは、次々と変えられ、聖書を刷っては世界中に聖書を読める環境にしていったのです。

聖書によって、聖職者も政治家も王族や貴族さえも、見定める能力がつきはじめたのですね。

正しい人を、不正裁判で、裁き、火やぶりにすればするほど、人々は、ローマカトリックに疑問を持ち始めたのです。

正しいひとたちによる反乱の芽が出始めていたのですね。

ですが、その動きをキリスト教に入り込んだ悪魔宗教が知らないはずはありません。悪魔宗教も同じように、科学や学問的な思想によって、主張しはじめたのです。

わざと反乱を作り出し、争いを生み出そうとする悪魔宗教も実際に存在したのです。

ローマカトリックの立場でものをみたら、どうすれば、彼らが熱心なキリスト教徒なのか、悪魔信徒なのかを見分けることができたでしょうか。

悪魔宗教は、アイディアを盗んでは、自分たちが考えたと言わんばかりに、利用するものです。中国人がドラえもんやガンダムに似たものを利用したり、マクドナルドに似た店を作っては自分のアイディアだと主張するようにです。

ローマカトリック側の裁判官も、見分けることは難しかったわけですね。

 

しかも、キリスト教のスパイとして潜り込んでいた悪魔宗教たちは、悪魔宗教を取り締まる役目などについたのです。

 

悪魔宗教を取り締まる人たちが、まさか悪魔宗教だとは思いもよらないので、カトリックたちも騙されたのです。

彼らは、信じられない悪魔的な拷問を繰り返し、わざと冤罪を作り出しては、世の中に混乱を広げていったのです。

 

太平洋戦争中の日本も同じでした。海外からのスパイを取り締まる監視官が、スパイだったのです。

何も知らない日本人たちが、スパイ容疑を突然かけられては、拷問されたのです。

山本五十六という軍人大将がいますが、彼はアメリカとの戦争に反対していました。ですが、フタを開けてみれば、誰よりもアメリカとの戦争に首をつっこみ、日本が引き返せないほどにまで追いやったのは、この山本五十六です。

パールハーバーに攻撃をしかけたのも彼で、アメリカと深くつながったスパイだったのですね。

 

このように悪魔宗教は、マジシャンのようなトリッキーな思考パターンを利用しては、まともな宗教に入り込んで、内部から組織を壊そうとするのです。

表向きは誰よりも平和主義者のようにみせて、人格者のようにみせますが、内心は悪魔なのです。

 

カトリックは、なんとかこの悪魔宗教を組織から追い出そうとし続けました。フリーメイソンとも戦い、テンプル騎士団とも戦い、魔女裁判や異端審問でも戦い続けてきたのですが、結局、資産を持ち、人間の欲望を知り尽くした悪魔宗教によって、現在はカトリックの中心を乗っ取られてしまっているのです。悪魔宗教信徒の女性や幼児、麻薬などを使っては、入り込むのですね。

日本の政治家にしていることと同じです。

世界の悪魔宗教のパターン>>

 

それはカトリックだけではありません。プロテスタントも、神道も、仏教も同じです。

 

カトリックが一番、権力と悪魔的に染まってしまっているというだけなのですね。

 

もともと、カトリックはキリスト教を政治的に利用したものでしかないので、悪魔的に染まってしまうのも、しょうがないことなのですね。もちろん、心から聖書と神様を信じている熱心なクリスチャンもいるので、そういった人たちにカトリックで頑張っていただきたいものです。

 
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