日本とユダヤの共通点

聖書に書かれていた日本人の歴史

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申命記28章62-68節

あなたがたは、空の星のように多かったが、あなたの神、主の御声に聞き従わなかったので、少人数しか残されない。かつて主があなたがたをしあわせにし、あなたがたをふやすことを喜ばれたように、主は、あなたがたを滅ぼし、あなたがたを根絶やしにすることを喜ばれよう。あなたがたは、あなたがはいって行って、所有しようとしている地から引き抜かれる。主は、地の果てから果てまでの国々の民の中に、あなたを散らす。あなたはその所で、あなたも、あなたの先祖たちも知らなかった木や石のほかの神々に仕える。これら異邦の民の中にあって、あなたは休息することもできず、足の裏を休めることもできない。主は、その所で、あなたの心をおののかせ、目を衰えさせ、精神を弱らせる。あなたのいのちは、危険にさらされ、あなたは夜も昼もおびえて、自分が生きることさえおぼつかなくなる。

聖書には、預言というものがあります。

この預言があることによって、多くのひとたちが、本物の神様は、聖書の神様だと確信を持ったのです。

聖書には、神の民といわれるイスラエル人の歴史が書かれています。

神の民だからさぞ、恵まれていたことだろうと思いがちですが、実際は違い、神の民だからこそ、多くの厳しい試練が与えられていたのです。

聖書の神様は、多くの奇跡をイスラエル人にみせては、忠告をしたのにも関わらず、それでも彼らは、道をそれていきました

国は滅び、イスラエル人は、他国に捕囚にあうという預言が与えられたのです。

その預言が成就され、イスラエル人たちは、預言通りの出来事がすでに書かれていたことに驚き、唯一の神を民全体が信じるようになったのです。こうして、復古運動のすえに設立されたのが、ユダヤ教でした。

本当の神が多くの奇跡と恵を与えたのに、時間とともにイスラエル人たちは、それを忘れ、多神教へと心を奪われていきました。

そして、ユダヤ教を設立して、今度こそ、唯一の神を忘れないようにと熱心な信仰を持ったにも関わらず、現在では、自分たちが神の民であったことも、忘れてしまっているのです。

イスラエル人とは、日本人なのです。

時間とともに、唯一の神様のことを忘れ、また多神教へと心を奪われてしまっているのです。

そして、それもすでに聖書に預言されていたのです。

1、モーセ五書 トーラーに書かれた預言

聖書に書かれた神の民を率いたモーセという人物がいました。

彼は、エジプトで奴隷となっていたイスラエル人の血筋だったのですが、桃太郎のように赤子の頃に、川に捨てられ、流された先に、エジプト王の妹に拾われ、王族として、育ったのです。捨てたイスラエル人の親は、拾われたところをみていたのです。

彼は、エジプトの文化とイスラエル人の文化、両方の情報を持ち、現在に至るまでの400年の全体像を知っていたと思われます。

ヨセフというイスラエル人が、エジプトで成功し、エジプトを飢餓から救った英雄。また、アブラハムのエジプトでの出来事から、唯一の神の伝承がエジプトにも存在していたことも知っていた可能性はあります。

あまりにも、増え広がったイスラエル人を脅威だと考えたエジプト王は、苦役と幼子のいのちを狙うのですが、それでもイスラエル人は、増え広がっていきました。

モーセは、苦役にあうイスラエル人を助けようと、エジプト兵を殺してしまい、自分のいのちも危うくなると思い、エジプトから逃げていったのです。

その逃げた先で、聖書の神と出会うのです。

モーセは、聖書の神様とともに、エジプトに戻り、不思議な業を多く表して、イスラエル人をエジプトから脱出させたのです。

ものすごい数のイスラエル人を連れて、荒野に40年間、さまよいながら、聖書五書といわれるトーラーを口伝していきました。

神様がはじめて、人間に聖書を与えた出来事でした。

聖書には、律法や形式、多くのルールがあり、イスラエル人の脳を1から鍛え上げられたのです。

目的地は、アブラハムが神様から与えられたという土地、カナンの地でした。

ですが、モーセは、そのカナンの地に足を踏み込む前に寿命が来てしまうのです。

イスラエル人たちは、モーセが残したトーラーを基にして、その預言通りに、カナンの地へと踏み込んでいったのです。

カナンの地とは、現在でいうところのパレスチナです。

まだ、文化的な世界が作り上げられる前の時代なので、悪魔宗教の恐怖政治で、カナンの地は支配されていました。

カナン人たちは、自分がちが悪魔を崇拝し、悪をもって支配していることを正義として、存在していたので、巨大な権力をも打ち破ったとされる正義感のあるイスラエルの民たちを恐れました。

カナン人の中でも、カナン人を裏切る者もいました。

モーセの跡をひきついだ、ヨシュアは、カナン人の町を契約の箱をかかえながら、太鼓をたたいて、何回もまわりました。

現代の日本人の文化の「お神輿」です。本来、神輿は肩にかついで移動することですが、地域によっては、滑車がつけられているところもあり、町をまわって聖書の神様の町であることを表しているのです。

日本人ではない海外の方たちからすると、不思議に思うかもしれませんが、日本人のほとんどは、自分たちがなぜ太鼓を打ち鳴らし、なぜお神輿をかついで毎年、お祭りをするのか、理由をまったく知らずに、行っているのです。日本は、聖書の教えを文化として、道徳観を広めて、存続してきたからです。聖書の民であることを隠して、神様の預言を恐れ続け、海外からの圧力を昔から恐れてきた民族が、日本人なのです。

カナンの地をイスラエル人は、すべて手に入れ、その恵まれた土地で、生きてこれた悪魔宗教を倒したのです。やっとモーセが、桃太郎として、役目を終えた瞬間だとも言えるでしょう。

聖書の神様は、カナン人を女こども関わらず、すべて聖絶せよと言われたのですが、イスラエル人は、それに従わずに、生かして奴隷にしてしまったのです。

そんなひどいことをしたのか?と思う人がいるかもしれませんが、これは3000年以上前の時代の話です。

現代のように、聖書の基準が世界中に広まっている時代ではないのです。

悪は、悪として、堂々と外で権力を振るうことが出来ていた時代の話です。

現代人は、人を殺してはいけないという価値観を当たり前に持っていますが、人を殺してもいいという価値観は、200年前まで、世界中に広がっていたのです。

その文化が、カニバリズムという文化です。

カニバリズムとは、人を食べる文化です。中国でも、インドでも、アメリカ大陸、アフリカ、聖書の価値観が広まっていたヨーロッパや聖書の文化が存在していた日本以外には、すべてカニバリズムの文化が広がっていたのです。それは現代から200年前まで、存在していたのです。

カニバリズムをする神として、讃えられる多神教の神。(神道の中にも、これに由来する偽神道が入り込んでいる。)タギーという秘密結社は、殺人を正義として、オウムのように19世紀まで実践していたのです。

現在でも、連続殺人犯で、人の肉を食べるハンニバルという犯罪者たちがいるのは、そのなごりなのです。

200年前でもそれなのに、さらに大昔の3000年前の話です。

カナン人の末裔であったフェニキア人たちの遺跡を発掘する学者が、どうして神は、彼らを400年も滅ぼされずにいたのかと嘆いたほどの民族だったのです。

しかも、フェニキアは、イスラエル人に奴隷にされた後の文化ですから、カナン人がどれほどの悪をしていたのか、考えると身の毛もよだつというところです。

2、多神教に心変わりしたイスラエル人に与えた預言

神様は、カナン人を聖絶せよと言われたのに、イスラエル人たちは、すべて聖絶せずに奴隷にしてしまいました。

聖書の神は、奴隷にたいする方法も聖書に書かれていたことが、彼らにとっては、生かしておく大義名分にもなりえたのでしょう。

聖書は、奴隷制度を容認しています。それは、悪のプログラミングをされて脳が汚染されている人間を善の脳のプログラミングされた人間の文化や教えを脳にいれて、脳を洗い流すことによって、善の人間に戻す効果があるからです。

現代人は、日本人も、聖書の基準で生きているので、奴隷になる必要はありません。あくまで、悪の基準で生きている人は、奴隷になる必要があると聖書は教えているのです。

聖書は、奴隷にするだけではなく、善の脳に洗い流された人は、解放することも書かれているのです。

洗脳の真実>>

ですが、カナン人は、それでも聖絶せよと神様が言われたほどの民族でした。それに従わずに、イスラエル人は、カナン人を奴隷にしてしまったのです。

イスラエル人は、カナン人を忌み嫌いながらも、奴隷にして、断固な姿勢で、脳の中に、神様中心の人権を教え込んでいったことでしょう。人を食べてはならないなどです。

生き残ったカナン人は、北へと追いやられるようになるのですが、カナン人の女性は、イスラエル人に忍び寄り、欲望を利用して、入り込んでいったのです。

江戸幕府でも、将軍に政治の話を持ち掛けることは、正室だとしてもご法度でした。それは女性に魅入られた男性は、その女性に流されてしまうからです。

カナン人は、とても狡猾な民族だったので、世界中にスパイを盛り込ませ、文化やアイディアを盗んでいたのです。

世界に悪魔宗教を広げたカナンの教え>>

世界の悪魔宗教のパターン>>

カナンの地を手に入れて、栄え始めました。ヨシュアも寿命を迎え、サムエルという預言者が跡をついでいた時代に、イスラエル人たちは、自分たちの民には、王様がいないと言い出しました。

その発想も、カナン人による情報流入から来ていたかもしれません。

それまで、神の基で、民主主義だったイスラエル人の文化だったのです。神様の言葉を授かる預言者が、民の上に存在し、それぞれの12部族の長が、聖書を基準に部族を治めていたのですが、戦争に強くなるために、王を求め始めたのです。

預言者サムエルは、とても残念に思いましたが、神様は、彼らの希望をかなえようとして、初代イスラエル人の王サウルを預言者サムエルによって決定づけられたのです。

サウル王は、戦争に強く、次々と敵を打ち破りました。ですが、彼は聖書の神様に対して、軽んじた態度になり、聖書のルールを破ってしまったのです。

サムエルはとても怒りました。

サムエルは神様から、新しい王様になるダビデを導かれました。

ダビデは、サウルよりも戦争に強く、次々と戦歴を積み上げていき、サウルに命を何度も狙われるようになるのです。

ダビデは、サウルを捕えたりもするのですが、油注がれた王に決して手は出しませんでした。

結局、サウルは、戦争でいのちを落としてしまうのです。

ダビデは、神様から油注がれた者を手に架けたとして、その兵のいのちを取りました。

そして、ダビデは、2代目のイスラエル王になったのです。

それ以来、ダビデの血筋である王様に、手をかける人たちは、悲惨な目にあうようになります。

1400年間、日本を裏で支配し続けた藤原家が、ダビデの子孫である天皇家の男系に手を出し、自分たちの血統に乗り換えようとした時、藤原家は、滅びる寸前まで追い込まれました。藤原全盛期とさえ言われていた時代に起こったことです。

アメリカは、日本に戦争で勝ち、天皇のいのちを自由に決定することができましたが、それでも、アメリカは天皇のいのちを取ることはしませんでした。あそこで、天皇に手を出していたら、アメリカの裏の支配者たちは、滅びるところまで、追い込まれていたかもしれません。

女系天皇にしようとしているひとたちも、同じ目にあうかもしれません。

アダム→ノア→セム→アブラハム→イスラエル→ユダ→ダビデとつながり、時代を超えて→天皇になっているのです。

そして、アダムは、イエス様の形に似せてつくられた最初の男性であり、その遺伝情報は、男系によって継承されているので、天皇は男系を守り続けなければ、イエス様の関係が崩れ去ってしまうのですね。

天皇は、民の象徴となり、神事にはげみ、神の基の民主主義で国を支えている形に、現在はなっているのです。

ダビデ王の息子ソロモンは、神様から愛され、多くの知識と知恵を持つようになりました。彼の時代、イスラエル王国は栄え、どの国にも、知らないものはいないほどに成長しました。

ですが、ソロモンは、聖書の教えを守らず、多くの外国の女性を妻にし、カナン人の妻まで愛してしまったのです。

彼は晩年、悪魔宗教に傾き、グローバル思想へと知識を伸ばそうとしてしまったのです。

ソロモンの時代から、民は、心を離れはじめ、ダビデのユダ派ではなく、エジプトで成功したヨセフ派が多くをしめていくようになるのです。

カナン人による情報操作が、彼らの目をくらませていったのです。

国が安定するとともに、祝福は増し、奇跡といわれるものは、必要なくなるとひとは、ひとの価値観で、物事を決めようとしはじめます。

ひとにとって、上にある神様は、都合が悪いので、下に神様を置く多神教へと政治目的で利用しはじめたのです。

イスラエルの土地は、陸づたいにある貿易ルートです。ですから、さまざまな国の文化や宗教を理解して、貿易を広め、国を豊かにしようとする考えが増すように、多神教の考え方をする集団が、力を持つようになったのです。

時代が進むにつれて、イスラエル人は、聖書の神様を忘れるようになり、唯一神信仰は、影にかくれ、聖書であるトーラーも、忘れされた時代もあったのです。

この頃のイスラエル人を基準にして、イスラエル人はもともと多神教だったという学者もいますが、違うのですね。

このような未来をすでに、聖書には預言されていました。

そして、イスラエルは、南北に王国が別れていきました。

様々な攻撃にあい、多神教の北朝が紀元前722年に滅亡し、その後、紀元前586年に南朝も滅び、最後には、バビロン捕囚にあうのです。12部族のうち、10部族が世界中に離散して、どこにいったのか、正確には解っていません。

申命記

かつて主があなたがたをしあわせにし、あなたがたをふやすことを喜ばれたように、主は、あなたがたを滅ぼし、あなたがたを根絶やしにすることを喜ばれよう。あなたがたは、あなたがはいって行って、所有しようとしている地から引き抜かれる。主は、地の果てから果てまでの国々の民の中に、あなたを散らす。

という預言は、成就されたのです。

3、東へ東へと追いやられたイスラエル人

聖書の預言通りに、せかいの国々に散って行ったユダヤ人ですが、その多くは中国大陸に移動したと考えられます。

それは中国に、さまざまな聖書の教えや伝統が存在し、その文化のなごりも垣間見えるからです。

日本の文化ほど、聖書に忠実ではありませんが、中国全土に、聖書の教えは広まっているのです。

例えば、赤色の鳥居なども中国には存在しています。獅子舞や儒教など、聖書の律法の教えが深く根付いています。

孔子や老子、荘子や荀子など多くの中国の著名人たちは、イスラエル人であった可能性があるのです。

孔子は、生前から、自分の教えは先人による教えを伝えているにすぎないと弟子たちにも発言しているのです。

イスラエル人が、カナンの地を追われ、世界に離散するまで、中国大陸には、小国が乱列していました。そこには荒れ果てた文化がバラバラに存在していました。特に勢力をほこっていたのは、イスラエル人に敗れたカナン人たちの末裔だと思われるひとたちです。

それらによって中国には、カニバリズム文化が根強く存在しているのです。

日本人は、教えや伝統、人への思いやりなどは、そのまま受け取り、心の底からそれらを大切にします。しかし、中国では、それらは表向きに使うものであって、裏では、利用するものだという思想が、いつの時代も支配していたのです。文化や芸術、哲学なども発展しているにも関わらず、カニバリズムが容認し続け、嘘や裏切り、親族さえも信じることのない深い闇がそこにはあったのです。

それらの乱れた戦乱の世で、生まれ育った孔子などもカニバリズムを好んでいたとさえされているほどです。

シロという弟子の肉が孔子に贈れたのですが、さすがに孔子は、それを食べることができなかったといいます。

イスラエル人の奴隷になったカナン人は、深くイスラエル人の中に入り込んでいたので、中国大陸でも、それらの善悪が入り乱れ、悲惨な歴史が繰り返されます。

イスラエル人といっても、カナン人に脳を汚染され、人間的な思想に走る者が多く存在していました。悪魔宗教に心変わりしたイスラエル人たちもいたのです。こどもなどに火をくぐらせたりする他文化の祭司がいたのです。それらはヨセフ派に多く存在し、ユダ派は、聖書に忠実で祖国に多く存在したと思われます。

ですから、中国では、カナン人とユダ派のイスラエル人との戦いと争いが、繰り広げられ、その両者の中間的な思想であるヨセフ派が存在していたので、表向きは、儒教などが存在しているにも関わらず、犯罪的な歴史とそれを根絶やしにする歴史が、続いていると思われるのです。もちろん、それ以外の民族も入り乱れているのですから、さらに複雑さを増しているのは間違いありませんが、王朝といわれるひとたちには、イスラエルに影響される共通点があったことは、間違いないのですね。

時間とともに、聖書や聖書の教えが、儒教のような哲学に変わったり、カナン人に利用されることで残酷さに拍車を掛けられたりしたわけですね。

その入り乱れた価値観の乱世の時代でも、商人は、着実に力をつけて、王族を利用しながら、存続し、呂不韋というイスラエル人によって秦国が、強化され、その息子とされる秦の始皇帝が、中国を統一することで、中国に人間的な共通の基準を与えたのですね。

バラバラな中国大陸をイスラエル人、カナン人によって基準の体型がみえはじめ、春秋時代になり、さらに統一させたのが、秦の始皇帝だったと思われます。

祖国のイスラエル人たちは、王族を滅ぼそうとする秦国からダビデの血統を守るために、さらに東へ東へと向かい、日本列島へと入っていったと思われます。

ですが、それよりも前に、日本列島にはイスラエル人の一部が来ていて、住みついていたからこそ、日本の存在も彼らは知っていたと思われるのです。

過酷な中国大陸では、何が起こるのか解らない以上、安全な場所を先んじて、確保しておくのは、当然考えられるからですね。

土地に対して保険を用意していたと思われるのです。

そして、イスラエル人の本体であるユダ派の多くが、日本に基盤を置き、紀元前2世紀頃には、日本にある程度のイスラエルの国を打ち建てていたことでしょう。

聖書には、預言者イザヤによって、このような預言がされていました。

イザヤ書24章14-20節

彼らは、声を張り上げて喜び歌い、海の向こうから主の威光をたたえて叫ぶ。それゆえ、東の国々で主をあがめ、西の島々で、イスラエルの神、主の御名をあがめよ。わたしたちは、「正しい者に誉あれ。」という地の果てからのほめ歌を聞く。しかし、私は言った。「私はだめだ。私はだめだ。なんと私は不幸なことか。裏切る者は裏切り、裏切り者は、裏切り、裏切った。」その恐れの叫びから逃げる者は、そのわなに捕らえられる。天の窓が開かれ、地の基が震えるからだ。地は裂けに裂け、地はゆるぎにゆるぎ、地はよろめきによろめく。地は酔いどれのように、ふらふら、ふらつき、仮小屋のように揺り動かされる。そのそむきの罪が地の上に重くのしかかり、地は倒れて、再び起き上がれない。

これはイエスキリストの預言の1つです。クリスチャンであれば、これを読むだけで、イエス様のことだと解ると思います。

イエス様が生まれた時、東の国の博士3人が現れ、イエス様を崇めます。そのイエス様は、12弟子のひとりに裏切られ、多くのひとびとの罠にはめられるのです。そして、十字架刑の時に、嘆きの叫びをあげられるのです。イエス様のいのちが亡くなった瞬間、大地震が起き、神殿の幕屋は割れ、ゆりうごかされて、ひとびとは、まさに彼は本物の救世主だったと言うのです。

今回は、ここの東の国からきた博士や東の果ての島々とは、一体どこなのかということです。

パレスチナの場所を中心にすると、東の果ての島々とは、日本列島しか存在しません。パレスチナからすれば、西の大陸といえば、アメリカ大陸になるわけです。

聖書に書かれていた預言通りに、イスラエル人は、世界中にバラバラにされ、東の果ての島々で集められたというわけです。

楚国に存在したイスラエル人の中で、イザヤの末裔であったサカ族の中に、インド北の場所で生まれ育ったのが、釈迦です。のちに釈迦の子孫であるサカ族が日本列島に逃げ延び、原始仏教を尊ぶ、サカ族である蘇我氏が豪族の1つとして存在することになります。

孔子はまた、イスラエル人のヨセフ派の中、10氏族の中の子孫で、聖書の中のルールを儒教として残しました。聖書の中の神様を抜かして、神のいない宗教を形づくったのです。

そして、孔子も釈迦も、すべてを回復させる偉大な人物が、西の地域から生まれると発言したと言われるのです。

彼ら中国やインドからすれば、西といえば、パレスチナで、紀元前からすれば、のちの時代とは、イエスキリストの存在をほのめかしているともいえるのですね。

なぜ、彼らがそのような予言めいたことを言ったのか、それはすでに、聖書の中に救世主伝説と預言が大量に書かれていたからです。

日本でも、もちろん、聖書は研究され、そこから博士3人がはるばるパレスチナのイスラエル人の基へと赴き、預言どおりにイエス様を対面したというわけです。

4、東の果ての島々に住みついたイスラエル人

イスラエル人は、ことごとく聖書の預言に書かれているように、預言が成就することで、預言を恐れ、自分たちがユダヤ人であることを隠しながらも、聖書の文化を残し続けてきたというわけです。

ユダ族の末裔である物部氏を筆頭にして、蘇我氏や忌部氏などの豪族が天皇を頂点にして、大和朝廷を築き上げ、平和で争いのない土地を生み出したのですね。

もちろん、それに至るまで、縄文土器などを造るカニバリズムをする原住民を聖絶しつくした戦いはありましたが、それを過ぎれば、ほとんど1つの民族で日本を支配して、中国大陸などからイスラエル民族を呼び込んでは、イスラエルの国を再建していったと思われます。

世界中に長く散らばっていたイスラエル人の末裔なので、言葉はすでにバラバラだったことで、いまでも方言などが様々存在しているというわけです。

もちろん、聖書の神を崇める方法もさまざまな形に変化してしまっていたので、神道は、神社によってバラバラなしきたりが存在しているのでしょう。

もともと、イスラエル人は、一神教の派閥ユダ派と多神教の派閥ヨセフ派も存在していたので、複雑になっているわけです。

ユダ派が物部氏で、一神教。偶像は絶対にゆるさない思想です。

ヨセフ派は、出雲系で、多神教に近い思想なので、偶像に対して容認する風潮があるわけです。

蘇我氏は、もともと偶像をしない原始仏教の教えで、学問としての教えでした。

忌部氏は、信長の祖先にあたる氏族で、レビ族ではないかと思われます。レビ族は、神事をするように聖書には書かれているのです。

その後、新約聖書を持ったイエスキリストを信仰する秦氏が、日本へと大人数で渡来し、物部氏に認められ、新旧が習合されたのです。

秦氏は、パレスチナの土地から大移動をして、朝鮮半島にも一時期、止まりながらも、日本へとたどり着いたのですね。

このように聖書を基準にしながら、神道として形を変え、言葉も変えて、これ以上、試練の預言が成就しないように工夫をするのですが、そういうわけにもいきませんでした。

そして、日本人は、そのことを忘れないように、歌にして残したのです。それが、「カゴメカゴメ」なのです。

かごめかごめ ⇒ カゴ・メー カゴ・メー(誰が守る 誰が守る)

籠の中の鳥は ⇒ カグ・ノェ・ナカノ・トリー(硬く安置された物を取り出せ)

いついつでやる ⇒ イツィ・イツィ・ディ・ユゥー(契約の箱に納められた)

夜明けの晩に ⇒ ヤー・アカ・バユティー(神譜を取り、代わるお守りを作った)

鶴と亀がすべった ⇒ ツル・カメ・スーベシダ(未開の地に水を沢山引いて)

後ろの正面だあれ ⇒ ウシラツ・ショーメン・ダラー(水を貯め、その地を統治せよ)

日本語とヘブライ語の共通点>>

聖書には、このようにさらに日本に住むイスラエル人たちの預言が書かれていたのです。

5、木や石で造られた神々を拝まされるイスラエル人

申命記18章36-46節

主は、あなたと、あなたが自分の上に立てた王とを、あなたも、あなたの先祖たちも知らなかった国に行かせよう。あなたは、そこで木や石のほかの神々に仕えよう。主があなたを追い入れるすべての国々の民の中で、あなたは恐怖となり、物笑いの種となり、なぶりものとなろう。畑に多くの種を持って出ても、なたは少ししか収穫できない。いなごが食い尽くすからである。ぶどう畑を作り、耕しても、なたはそのぶどう酒を飲むことも、集めることもできない。虫がそれを食べるからである。あなたの領土の至る所にオリーブの木があっても、あなたは身に油を塗ることができない。オリーブの実が落ちてしまうからである。息子や娘が生まれても、あなたのものとはならない。彼らは捕らえられて行くからである。こおろぎは、あなたのすべての木と、地の産物とを取り上げてしまう。うちの在留異国人は、あなたの上にますます高く上っていき、あなたはますます低く下って行く。彼はあなたに貸すが、あなたは彼に貸すことができない。彼はかしらとなり、あなたは尾となる。これらすべてののろいが、あなたに臨み、あなたを追いかけ、あなたに追いつき、ついには、あなたを根絶やしにする。あなたが、あなたの神、主の御声に聞き従わず、主が命じられた命令とおきてを守らないからである。これらのことは、あなたとあなたの子孫に対して、いつまでも、しるしとなり、また不思議となる。

わたしたち日本人の先祖、イスラエル人は、神様から聖書という偉大な言葉をもらったにも関わらず、それらとは正反対のことを続けたことで、自分たちの奴隷にしたはずの、カナン人にいつまでも、まとわりつかれ、彼らはわたしたちの上に君臨し、わたしたちは、苦しめられ続けるのです。

あの時、神様はカナン人を聖絶せよと言われたのですが、それに従わなかったことで、イスラエル人の脳にも、悪魔宗教の汚染が広まり、善悪のハーフへと変貌していったからです。

そして、それは、当時のイスラエル人からみると、まったく知らなかった日本列島でも続き、それらは不思議となっているのです。

天皇を中心にして、物部氏などの豪族が日本を支配したのですが、平和が続くとともに、聖書の神様を軽んじはじめ、貿易国であり、同盟国の朝鮮半島の1国である百済から偶像が贈られてきたのです。それを天皇や蘇我氏は、容認して、受け入れたことで、天皇家に疫病が蔓延したのです。

物部氏は、偶像を断固として拒否したのですが、天皇の選んだ選択のために、また恐ろしいのろいがつきまとうことになるのです。

せっかくカナン人を遠ざけたにも関わらず、また、百済の滅びとともに、カナン人の王子を入れてしまったのですね。

それが中臣家に迎え入れられた、中臣鎌足です。

中臣鎌足の狡猾さは、凄まじく、物部氏と蘇我氏を対立させ、豪族同士の争いに持ち込み、物部氏や忌部氏を失脚させ、あろうことか、次は、蘇我氏をも策略にはめて、天皇の目の前で、蘇我入鹿を手にかけたのです。

そして、朝廷を中臣鎌足、藤原鎌足が、掌握し、豪族をことごとく追い払ったのです。自分を迎え入れてくれたはずの中臣家でさえも、反乱分子として、追い詰めていくほどでした。

朝廷は、イスラエル人の豪族ではなく、カナン人の貴族が支配するようになったのです。

カナン人にとって他民族は、動物であり、畜生です。それまでの聖書の文献などを焼き捨て、豪族の力をそいでいきます。

偶像崇拝をする大乗仏教を日本中に広げ、神道にもなかば無理やり習合させていきました。

カナン人藤原にとって、イスラエル人は、宿敵です。宿敵であるにも関わらず、それらに寄生しながら存続してきたのです。しかも、日本にはカナン民族は、少ないので、大量に存在する豪族を否定することも、神道を禁止させることもできないわけです。

天皇を人質にして、朝廷と権力を掌握しながら、時間をかけて、イスラエル人の力をそいでいったのですね。

イスラエル人と共生しなければならないにも関わらず、力をそいでいかなければ、いけない藤原家という構図です。

争いごとを好まない秦氏こそ、認められてはいましたが、それ以外は、榧の外の状態にされていたのです。

聖書は燃やされ、かわりに、古事記や日本書紀を歴史として脳に埋め込み、日本人が、イスラエル人であることを忘れさしていったのですね。

平安時代とは、豪族であるイスラエル人からすると、地獄のような時代だったわけです。

どれだけ働いても、年貢を納めることで取られ、犯罪は多発し、無法地帯となりはてていたのです。

そこで、物部氏の末裔だった源氏などの武士が、ボディーガードとして、犯罪を止め始めることで、権力と支持を得ていくのです。

さすがの藤原家も無視できないほどになっていき、平家によって、朝廷は懲らしめられるのです。

その後、藤原と源氏が手を組み、平家を倒して、幕府を開いたのですね。

藤原に朝廷は渡しても、まつりごとは、幕府が担うという形が、生まれ、それが明治時代まで続くことになるのです。

幕府と朝廷の対立は、イスラエル人とカナン人、聖書と悪魔宗教の戦いだったのですね。

幕府は、朝廷に逆らえないという立場にして、天皇を陰で守り続けてきたのです。その幕府の中でも、源氏は、イスラエル人ですが、北条氏は、藤原家の血筋です。結局、鎌倉幕府は、北条家に乗っ取られ、藤原家になったので、次はまた源氏の子孫である足利が新しい室町幕府を立ち上げ、イスラエル人による政治を取り戻すのです。

室町幕府と朝廷の戦いは、何度も繰り広げられ、暗殺や殺害はあとを立ちませんでした。

朝廷の藤原は、大乗仏教を利用して、世の中を木や石でつくられた神々を拝ませ、悪魔宗教を広げては、民の脳を汚染させて、世を狂わせていったのです。

神道系の思想を持つ、織田信長などが偶像思想を打ち破ったり、明治時代では、日本中の偶像を壊して回ったのですが、まだ残ってしまっているのですね。

太平洋戦争に日本を追い詰めたのは、藤原家の子孫である近衛文麿元総理です。彼は、天皇派のように表向きはみせていたのにも関わらず、裏では共産主義者で、日本を闇へと陥れたていくのです。

いつの時代も、カナン人によって、日本人は苦しめられ続けているのです。まさにこれは、不思議としかいいようがないのですね。

今も、多くの中国・朝鮮派の政治家が多く、フジテレビ系列のマスメディアが支配している状態なのですね。

ですが、一概にこれは悪いというわけではありません。日本の中の悪魔宗教の勢力が、海外の悪魔宗教の勢力とのバランスを良くも悪くも、保っているのです。

ですから、実際はロボットのように奴隷状態ではあっても、表向きは自由や民主主義、人権がまかりとおっている絶妙な世界になっているのですね。

 
 
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