思考の変化

キリスト教とはどういう宗教なのか

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日本は、主に神道や仏教を信じてきた文化です。また近年になって学校宗教団体によって進化論という宗教を信じはじめ、無宗教というひとや無神論というひとが多くなってきている国なので、キリスト教の存在は知っていても、キリスト教とはどのようなものなのか知らない人が多いです。

神道や仏教のことも本当の意味では分からなくなってきた日本人にも、なるべく解るようにキリスト教を説明していきたいとは思いますが、何千年も続いてきたキリスト教を本来、簡単に説明できるものではないので、説明不足になるとは思いますが、よろしくお願いします。

1、キリスト教は聖書という正典を信じる宗教

キリスト教は、聖書を信じている宗教です。この聖書には、旧約聖書と新約聖書があり、キリスト教は、このどちらも正典として信じています。

新約聖書を信じないで、旧約聖書を信じている宗教がユダヤ教です。

旧約聖書は、紀元前までの人間の歴史が書かれ、新約聖書は、紀元後に生まれたイエスキリストの人生が書かれた4つの福音書とイエスが死んだ後、弟子たちが歩んだ歴史と聖書解釈、また預言書が書かれているものです。

キリスト教は、この2つの新旧の聖書を信じている宗教です。

旧約聖書を書いたのは、イスラエル人という神の民といわれる民族の中の預言者といわれた複数の人物たちです。イスラエル人は、多神教も信じていた時代がありますが、聖書は、一神教の神様のことが書かれている書物です。イスラエル人以外が書いたものやヘブライ語以外で書かれていたものを外典として存在していますが、それらは他文化の影響などがあることから、正典としては利用されていません。新約聖書の時代では、イスラエル人は、ローマ帝国の一部の民族として登録されていたので、ギリシャ語で書かれています。

聖書は、この世のはじまりが書かれた創世記からこの世の終わりが書かれた黙示録までのことをいいます。

創世記を書いたのは、預言者のモーセだとされています。

その後、時間や場所がバラバラの預言者たち40人から書かれた66の書物を一冊の本にしたものです。

もともと、イスラエル人は、一神教の神を信じていたのですが、その後、貿易や政治などの観点から他文化を理解しようとして、多くのイスラエル以外の宗教も信じてきました。ですが、歴史とともに、イスラエル人の国は滅ぼされ、バビロン捕囚などの苦役にあわされるのです。

国が滅び、奴隷となったことで、宗教への関心も深まり、調べていくと、イスラエル人には一神教の神がいて、その一神教の預言者たちが残した書物が見直されると、不思議なことに気づいたのです。それは、預言者たちによって預言が書かれていたのですが、国が亡びること、苦役にあわされることが、すでに詳しく書かれていて、預言通りの現実が訪れたことです。

イスラエル人たちは、多神教を捨てて、未来さえも的確に言い当てる聖書の神を信じるようになり、一神教の預言者たちの書物をかき集めて造られたのが、旧約聖書になるのです。イスラエル人たちは、この一神教の信仰を復古させようとユダヤ教という宗教を作ったのです。ペルシャがバビロンを倒し、イスラエル人が解放された538年の紀元前6世紀の頃のことでした。

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2、本物の神は存在するという科学を信じている宗教

箴言1章7節

主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。

 

 

みなさんは、わたしが適当に鉄くずを100万回投げたら、偶然テレビになったと言ったら、信じるでしょうか。

わたしたちが生きている地球には、信じられないほど多くの生き物が生息していますが、その1つ1つが、規則正しい形で現実に存在しています。

みなさんの家にある鏡で自分の顔をみてみると、両目がバランスのいい場所に絶妙に、置かれていることが解るでしょうか。

目が離れている人もいますし、目がよっている人もいますが、目が離れている人も、目がよっているひとも、その人の顔では絶妙な場所に2つの目が置かれているのです。

右目は、上に、左目は、下にずれているというひとは、ほとんどいません。

人間は、背が高い人もいますし、背が低いひともいますが、ほとんど100%の確率で、すべての人間は、同じ形をしています。腕は2本。足は2本です。

進化論という宗教は、この世は偶然に発展したと非科学的なことを信じるものですが、実際には、この世界は、あまりにも美しすぎるほど、整った世界なのです。

現在、科学や学問が発展していますが、それらの8割は、神を信じた科学者たちによってもたらされた恩恵です。

ガリレオも、コペルニクスも、ニュートンも、熱心なキリスト教徒でした。偉大な発見をした多くの科学者は、神を信じた科学者たちだったのです。

神を信じたひとたちは、この世には、法則があり、神様が規則正しく造られたと信じたのです。

神を信じなかったひとたちは、この世は偶然で、法則などないと信じたのです。

どちらが正しかったでしょうか。

車もあり、スマホもあり、飛行機もテレビもあります。この現実をみれば、この世界には、間違いなく法則があることは証明されているのですね。

そして、これらの証拠は、キリスト教徒たちは、信じてきたのです。

聖書には、このように書かれています。

ローマ1章20節

神の、目に見えない本姓、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。

現代の学校宗教団体では、宗教と科学の対立のように思わされていますが、実際は、宗教の中の科学と宗教の中の科学との対立だったのが、地動説や天動説なのです。その他の多くの対立も、科学と科学、宗教と宗教の対立だったのです。

ドイツの独裁国家とその他の民主主義国家の戦いが、第二次世界大戦だったと思っているひとがいますが、違います。ドイツは民主主義国家だったのです。民主主義と民主主義の戦いでした。日本は天皇による独裁国家だと思っているかもしれませんが、天皇はあの時代からすでに象徴で、国民から選ばれた政治家たちによって決められる政治に天皇は、従う姿勢を常に持っていたのです。

日本は完全民主制とは言えませんでしたが、ドイツは完全民主制だったのです。ヒトラーは、絵描きのただの1国民で、国民から選ばれたのです。そのため、常に軍とは仲が悪かったのです。

科学や学問だけではありません。資本主義も、民主主義も憲法も、聖書の思想から人間は手に入れることができたのです。現在に、日本人で聖書の恩恵を受けていないで生活しているひとは、ほとんどいないのですね。

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3、イエスキリストを神様だと信じている宗教

現在、キリスト教徒は10億人を超え、20億人も超えているとさえ言われています。

なぜ、これほどまでに、イエスキリストを信じているひとたちがいるのでしょうか。日本の20倍ものひとたちが、キリスト教を信じているのです。当たり前ですが、科学や学問を無視しているわけはありません。

それは、人間の能力を超えた事実をキリスト教だけが、証明できているからです。

イエスキリストは、突然生まれて、新しい画期的なユダヤ教の教えを言い始めたから、神様だと言われているのではありません。

イエスキリストが、神だとして信じられているのは、イエスキリストが生まれる前から存在したユダヤ教が大切にしていた旧約聖書に、すでに何百年前から、イエスキリストの人生が、300カ所も預言されていたからです。

イエス様は、そのすべての預言を成就して、預言どおりに、十字架刑にかけられたのです。

「それはキリスト教徒たちが、旧約聖書を改ざんしたからだろ?」とキリスト教のことを知らないひとは、思うかもしれませんが、それは不可能なのです。

なぜなら、原始キリスト教徒たちは、ユダヤ教だけではなく、ローマ帝国にも、いのちを狙われていて、激しい迫害にあわされていたからです。

ローマ帝国は、多神教を国教としていました。それは政治的に、寛容さを表すことで、加盟国を納得させる目的だったからです。イスラエル人たちにも、文化や宗教の自由を与えて、なんとか反乱させずに、統治することを続けたかったのです。

ですが、ユダヤ教は一神教で、とても熱心な宗教なので、ローマの提督は、常にユダヤ教の反応を気にしているほどだったのです。ユダヤ教からローマが認められていれば、安泰ですが、ユダヤ教からローマが反対されれば、提督の仕事は認められなかったからです。

ですから、ユダヤ教からいのちを狙われるほど、原始キリスト教は嫌われていたので、ローマも同じ立場を取っていたのです。

ユダヤ教を汚すものは、石を投げつけられ殺されるという時代です。石とは、大きな石のことです。何キロもあるような石を倒れても投げつけられ続けるのです。

原始キリスト教は、何人も殺されました。

この状態で、もし、原始キリスト教徒が、旧約聖書に、手をくわえたとしたら、どうなるでしょうか?

ユダヤ教やローマ帝国に大義名分を与え、さらなる迫害に発展して、キリスト教は滅んでいたことでしょう。

原始キリスト教は、迫害されていたからこそ、旧約聖書には、手出しできなかったのにも、関わらず、その旧約聖書にイエスキリストは300カ所も、預言されていたのです。

これは、人間のできる能力を超えた事実なのですね。

ローマ帝国は、世界中の宗教を研究し、世界中の学問の知識を持っていました。ローマ市民は、世界中の情報をもっていたのです。そのローマ市民に、絶大にキリスト教は認められました。なぜなら、聖書があまりにも世界を説明できすぎていたからです。圧倒的な論理が、聖書に書かれていることから、哲学よりも、優先される神の言葉として、認められたのですね。

これらの事実を無視して、イエスキリストは神ではないただの預言者であると主張しているのがイスラム教です。

また、旧約聖書にあまりにも、イエスキリストがいるので、ユダヤ教は、旧約聖書よりもタルムードという新しい書物を優先するようになっているのです。

それほど、イエスキリストには、影響力があるのですね。

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4、現代のキリスト教は、聖書の文化が消え去っている

もともと、キリスト教という宗教は、白人の宗教ではありませんでした。イスラエル人という有色人種の宗教で、そのイスラエル人は、紀元前から忽然と逃げるように、姿を消していたのです。

イエスキリストの時代に残っていたイスラエル人は、12部族のうちの2部族、その一部だったのです。

ローマ帝国は、キリスト教の聖書を認めましたが、多神教であった文化を捨て去ることができませんでした。クリスマスの12月25日も、キリスト教のものではありません。多神教のものです。

多神教の文化とキリスト教の教えを混ぜ合わせて造られたものが、クリスマスなのですね。

その他、イースターやハロウィンなどからもみえるように、多神教の文化、白人の文化の上に、聖書の教えが存在しているのです。

聖書はあっても、聖書の文化は消え去り、白人の文化の上に、聖書を置いて融合させてきたものが、カトリックという宗教だったのです。

ローマ帝国は、政治目的にキリスト教を利用しようとしはじめました。ローマ市民にキリスト教徒が増えたこともありますが、政治目的に利用できると考えたことで、キリスト教を国教としたのです。

ですから、政治がキリスト教の上に存在して続いてきたものが、カトリックという多神教と一神教が融合した宗教なのですね。

その後、王族貴族の上にまで発展したカトリックは、世界の科学や学問、情報を独占し、カトリックこそが基準となっていました。カトリック組織が時間とともに腐敗することで、聖書には書かれていない教義などが現れることで、抗議する者たちが現れてきたのです。

それが抗議する者、プロテスタントです。

プロテスタントは、カトリック組織のキリスト教ではなく、原始キリスト教の教えを復古させようとしはじめたのです。

カトリックとプロテスタントは、それぞれ、聖書をどのように解釈するのかで討論を繰り返しては、正当性を議論するのですが、圧倒的に権力をもっていたカトリックに勝てるはずもないので、プロテスタントは、現実の事実、自然の法則、学問や科学から聖書を逆説的に、説明し、正しい聖書解釈を訴え始めたのです。

そのような論理的な聖書解釈は、カトリック組織には都合が悪いので、異端として、処刑していきました。

抗議する者たちは、1200年間で、6000万人もころされたとさえ主張するひともいます。冤罪をつくりあげられ魔女として殺されていったのは、ほとんどプロテスタントのひとたちだったのです。

ニュートンは、黙示録に書かれた恐ろしい悪魔の竜が教皇であると激しく批判しました。

プロテスタントは、あまりにもひどいカトリックのやり方を目の当たりにして、カトリックこそが悪魔宗教だとして、逆にカトリックを魔女として悪に対して、強い抵抗を示したところもあります。

カトリックがこれほどまでに、激しい弾圧を繰り返したのには、実は理由があったのです。その理由とともに、大義名分が根強く存在し、プロテスタントを弾圧しなければいけない理由が存在したのです。

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プロテスタントも、カトリックのその大義名分を理解し、お互いに認め合うような流れへと時間をかけて、存在するようになりました。ですが、プロテスタントは、ヨーロッパを超えて、アメリカ大陸へと逃げていき、プロテスタントの国をつくりあげたのが、アメリカです。

とは言え、やはり、聖書の文化ではなく、白人の文化のまま聖書が上にあるものが、現代のキリスト教なので、アメリカには、偶像の自由の女神が存在しているのです。

また、プロテスタントでも、クリスマスを祝ったり、イースターを祝ったりするところが数多く存在しているのですね。これらは多神教の文化なのですが、聖書だと思いながら、信じられているのです。

カトリックの十字架にかけられているイエスキリストらしき人物は、白人になっています。映画などでも、モーセやダビデ、イエスキリストは、白人の俳優さんが演じています。これらは多神教文化であった白人の文化のなごりなのですね。

5、実は聖書を書いたのは、日本人の祖先

イスラエル人は、聖書に預言された厄を恐れるように、世界中に散らばり、消え去っています。ナチスドイツによって世界中に散りばめられたユダヤ人は、イスラエル人ではありません。彼らはユダヤ教を信じた白人の血統のユダヤ人なのです。イスラエル人ではないのです。

ですから、彼らが聖書の預言を利用しながら、パレスチナで、神の民として、イスラエルの国を作っているように思えますが、まったく違います。

ナチスドイツの時代よりも2000年以上も前から本物のイスラエル人は、世界中に散りばめられたのです。

そして、本物のイスラエル人は、どこにいったのか、解らないようにされているのです。

本物のイスラエル人は、自分たちがイスラエル人であることを隠すことで、また世界から迫害されることを防ごうとしました。ですからヘブライ語ではない言葉にしては、聖書の預言通り、東へ東へと向かっていったのです。

聖書には、イスラエル人はとても独特な格好であったことがうかがえる箇所が書かれています。

彼らの恰好は他の文化とは、違っていたのです。

そして、聖書を信じれば、イスラエル人とは、黄色人種で、土色の肌を持った民族です。

同じ黒系の黄色人種だと思われるカナン人と競るように、中国大陸で一大勢力として、生き残るのです。

北には、モンゴル。南には楚国と分かれて、東の果ての島々へと追いやられるように、移住していったのですね。

そして、日本につく頃には、神道になり、偶像を否定する物部氏などを中心にして、日本国家を作り上げていったのです。

聖書物語によって造られた漢字とヘブライ語であった、ひらがな・カタカナを交互に使いこなす、独特な民族日本人へと姿を変えていったのですね。

日本は、豪族として、日本を統一し、平和の時代を長く保ったのですが、カナン人の末裔である藤原家によって朝廷は支配され、日本人は、多神教の神々と偶像崇拝をさせられるようになっていったのです。

豪族の顔だちは、縄文人。

貴族の顔だちは、弥生人です。

藤原家は、日本中の書物を焼き払い、日本書紀や古事記から日本を作り上げていきました。日本は、聖書の文化がありながら、聖書を失ったキリスト教なのです。

神道は偶像崇拝をするものではないので、明治初期には、日本中で偶像が壊されたのですが、今でも残ってしまっているのです。

天皇は、ダビデの血筋であり、アブラハムの血筋を何千年も守り続けてきた神の民の王族なのですね。聖書には家系図がアダムとエバの頃から書かれていますが、天皇は、そのアダムの男系の血統を受け継いでいるのです。

その証拠に、みなさんは、ヘブライ語で、神を讃える歌を歌えるのです。

それは「君が代」です。

君が代は、実はヘブライ語なの歌なのです。

【日本語】  【ヘブライ語】        【訳】
君が代は   クム・ガ・ヨワ        立ち上がり神を讃えよ
千代に    チヨニ            シオンの民 イスラエルの歴史的地名・形容詞
八千代に   ヤ・チヨニ          神の選民
さざれ石の  ササレー・イシィノ      喜べ残された民よ 救われよ
巌となりて  イワオト・ナリタ       神の印は成就した
苔のむすまで コ(ル)カノ・ムーシュマッテ 全地に語れ

このように、世界中の人々が信じている聖書を神様から言葉をもらって書いたのは、日本人の祖先なのですね。神道は多神教だと思っているひとが多いですが、実は一神教なのです。

八百万の神という言葉も、聖書には、「万軍の主」と書かれているものを表しているものなのです。

現在のキリスト教は、まだ不完全な状態です。神道とキリスト教が習合した時、はじめて本来のキリスト教が復古されるのですね。

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6、聖書を利用する者と聖書に従う者

キリスト教といっても、宗派は数多く存在します。仏教ほど分かれてはいませんが、それでも数多く100以上もの宗派があるとされています。

聖書という固定された正典があることで、数が抑えられているのです。

ですが、キリスト教といっても、その聖書を利用する組織もあれば、その聖書に従おうとする組織もあるのです。

カトリックは、政治が上に存在し、聖書を利用してきましたが、すべてのカトリック信者がそうというわけではありません。なぜなら、そのカトリックからプロテスタントが生まれたからです。カトリックの中でも聖書に従おうとする信者さんはいるのです。

その方々の導きによってカトリックもギリギリのところで、保たれているのです。

プロテスタントだからといって、聖書に従う組織だというわけではありません。もともと聖書に従うものとして、立ち上がったプロテスタントですが、時代とともに腐敗して、カトリック以上に聖書を利用しようとする流れもあるのです。

聖書学校なのに、ハロウィンという悪魔宗教のお祭りをするところもあるほどです。

このように、不完全な人間のつくった組織は、完全なものはありえないのです。キリスト教徒だとしても、学校宗教団体に通う人も多く、いくつかの思想に流されていることで、聖書を理解できないクリスチャンもいるのです。

進化論さえも信じているクリスチャンも多少存在してもいます。

聖書には明確に否定されていることも、その宗派によっては、実行していたり、許可している組織もあります。そのような組織は、聖書を利用し、人間の下に聖書を置いている思想です。

人間社会がどのように歪んでいても、聖書の教えに従うひとは、聖書を人間の上に置いている思想のものです。

この戦いは、いつの時代にも存在し、どの組織でも対立するものです。イスラエル人が多神教に流されていたことも、人間の下に神様を置いて、利用しようとした神様への反逆だったのですね。

もちろん、無神論や学校宗教団体よりも、キリスト教の教会は、聖書的で、平和です。いまでは政治と切り離されていることが多いので、尚更、平和的に教会は維持されています。

とはいえ、人間が集まったところなので、完璧なわけがありません。教会に通わなくなる理由は、聖書の教えではなく、人間関係によるものだと言われてます。

これは、また問題です。自分の納得する組織だけを望むのなら、いつまでたっても見つけることはできません。ある意味、我がままだからこそ、離れると言えるのです。

聖書を読みながら、聖書研究を個人でしていき、完全ではなくても、完全な組織に近づけるように、教会組織を清め続けることが、求められることですね。

7、世界の闇を唯一説明できる宗教

聖書は、なぜ世界に闇の現実があるのか、なぜ悲しみ苦しみがあるのか、悪の組織や日本、世界の悲劇が存在しているのかを唯一説明している書物です。

世界のはじまりから、終わりまでが書かれている書物であり、人間に悪が入り込んだことが書かれているからですね。

悲しいことですが、現在では、必ず悪が存在しています。それを否定するひとはいないでしょう。

ですが、多くのひとたちは、なぜそれらが存在しているのか、理解していない人のほうが多いはずです。

聖書は、それらの人間の能力を超えた問題にも、答えを見出すことができるものです。

そして、その悪のルーツが書かれているだけに、そこからの脱出の道、救いの道も、書かれているのです。

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