思考の変化

輪廻転生は存在するのか

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聖書は、輪廻転生のようなことは書かれていません。天国では自分として蘇ることが書かれているので、これを輪廻転生のように思えなくもないですが、まったく違う人間や動物になるようなものではありません。

ですが、世の中には、輪廻転生があるかのような出来事があることは確かです。

例えば、2・3歳頃の幼児が自分が体験もしたことがないような過去の出来事を言い当てたりするのです。

それを調べてみると確かに、過去にその子がいった飛行機などや人物が存在していたことが確認されるのです。

そのこどもは、好奇心から言っているとは思えません。

少し大きくなると、お化けや幽霊、UFOなどの不思議なことを不思議だと認識して興味を持ってしまい、見たことをアピールしてしまうこともありますが、2・3歳の幼児がそのようなことをするとは思えません。

また、世界を見渡してみると、生き物と生き物は、共生のシステムによってまわてちることが分ります。

グルグルとまわる生き物の連鎖は、輪廻転生を思わせもします。

果たして、輪廻転生はあるのでしょうか。

1、輪廻転生の矛盾点

世界は、共生のシステムによって循環し、グルグルと連鎖が続いています。

そこから輪廻転生の発想が膨らんでしまったのかもしれませんが、現実をみるとおかしなことに気が付きます。

それは、現代人の人口は70億人程度ですが、2000年前の世界人口は1億人だったという矛盾です。

それは人間だけではありません。他の動物たちも、末広がりしているのです。生き物は、増え広がっていくようになっていることが、矛盾になってしまうのですね。

生き物が同列であれば、輪廻転生もあるかもしれませんが、決してそうではないということです。

ですが、この矛盾をある輪廻思想では、魂は分散するからという考え方があるというのです。

すると、ひとりだった人間は、次生では、70人になってしまったとういわけです。

これも、すこし無理やりな気もしなくもありません。

また、大きな矛盾としては、この宇宙に地球のような奇跡の星は、存在しない可能性のほうが高いことです。

スーパーアースといわれる火星であっても、微生物一匹の死骸さえ10年かけてもいまだに発見されていません。

これは、たとえ、地球に近い環境であったとしても、生き物は、誕生しないという証明です。

宇宙人どころか、微生物さえ、地球以外の宇宙では存在しないかもしれないのです。

水もあり、川の流れさえも存在した火星であっても、微生物が誕生していないからです。

この地球も永遠に存在するわけではありません。いつかは活動を停止する時がやってきます。

その時、生き物は、存在しなくなるのですから、また輪廻転生は、おかしなことになってしまうわけです。

永遠に生き物が存続するのであれば、それも可能ですが、ほとんど無限であっても、わたしたちの具現化された世界は、有限だからです。

2、釈迦は、輪廻転生を肯定しなかった

日本人は、仏教は、輪廻転生の宗教だと思い込んでいる人た多いですが、それは大乗仏教だからです。

釈迦が本当に残したかった教えは、上座部仏教にあり、この上座部仏教はあくまで、学問です。

宗教的なことには、あまり肯定した教えはありません。

例えば、偶像にしても、釈迦は、否定したといわれています。

信者の女性が、釈迦の死後に、釈迦の像を作って拝みたいと言ったのですが、釈迦は、それはわたしではないので、意味がない拒否したのです。

輪廻転生も、釈迦の死後、弟子たちが、キリスト教の異端だとされる宗派の教えと融合して、大乗仏教になり、釈迦が肯定しなかった多くのことを許可するようになっていきました。

釈迦は、学者だったので、呪文や墓、偶像や輪廻転生、天国や地獄などに対する発言はひがえ、現実をみることを教え続けたのです。

輪廻転生などの教えは、バラモンやヒンズー教などにもあり、それらを釈迦の死後に取り入れてしまったのです。

中国では、釈迦は如来像として、女性になってしまっていたりするのが、大乗仏教なのです。

釈迦が否定したことをことごとく行ってしまっているのですね。

よく、言われるのは、釈迦が現代の仏教をみたら、嘆かれる

それほど、釈迦の教えとはかけ離れてしまっているのですね。

ですが、釈迦も肯定しなかったにしても、現実に、前世をみているひとたちは、なんなのか?と思うところです。

彼らはなぜ、自分の経験とは違う記憶を持っているのでしょうか。

3、前世の記憶の正体

こどもなどが、自分の経験ではない記憶を持っていることは、意外と確認されています。

輪廻転生がないのなら、なぜこのような現象が存在しているのでしょうか。

このような前世があったかのような発言や認識する人の共通点があります。それは、多くがこどもだということです。しかも、比率的には男の子が多いのです。

なぜ、こどもで、男の子が前世らしき記憶を持っているのでしょうか。

現代人なら理解できるのは、わたしたちは、親からの情報を遺伝子で得ているということです。

子は、親に似るように、現実的にも、子は親から情報を得ています。

体のつくり、思考など影響されているのです。

では、体や思考だけが情報として、受け継がれているのでしょうか。

近代になり、心臓病のひとが、他人の心臓を移植するケースがあります。そして、不思議なのは、手術する前まで、嫌いだったたべものが、手術後、好きになってしまうなど、以前とは違う何かまで受け継いでしまうのです。

これは、「細胞記憶」というものなのかもしれません。

遺伝子は親からの遺伝子情報だけではなく、生前の記憶まで、蓄積され、まるで自分が体験したかのように錯覚してしまうわけです。

こどもは、まだ自分自身の人生経験がないので、親からもらった細胞記憶に影響されやすいので、あたかもその記憶が自分が体験したもののように感じているのかもしれないのです。

また、男の子は、女の子よりも言語中枢の発達が遅れます。

女の子は、小さいのに大人のような言葉や思考をするのに対して、男の子は、かなり遅れて、自分自身を認識するようになります。

このことから、男の子のほうが前世らしき記憶に左右されやすいことも一致するのです。

そして、共通点として、大きくなるとその前世の記憶も忘れてしまう場合が多いということです。

自分の人生経験のほうが記憶に残るのは当たり前で、自分の祖先からの情報よりも優先されていくわけです。

このように、前世を体験したかのような発言は、嘘ではないのですが、それは前世ではなく、祖先の体験談、その人物が、主観的な自分だけではなく、影響された他人を自分だと勘違いしている場合もあるかもしれません。そうであれば、白人の子が、前世では黒人であったように勘違いするのも解ります。

自分を鏡でみるより、他人をみるほうが普通は回数が多いからですね。

友達を自分だと思い込むようなものだというわけです。

夢のような状態と変わらないものが、前世の体験なのかもしれないのですね。

この細胞記憶や遺伝子情報は、聖書は、古くから教え続けてきました。

アダムによって悪が入り込んでから、すべての人が罪を背負うようになったことを「原罪」といいます。

子が親が似るように、悪も受け継いでしまっているわけです。

その罪より、本来、人間の形として、正しい設計図をもって生まれてくるものが、先祖の罪による継承によって、設計図が壊れた状態で、生まれてくる奇形児が誕生してしまうと考えられてきました。

ですから、ユダヤ教も、キリスト教も、奇形自体には、本来、寛容ではありません。同性愛もそのひとつです。

イエス様でさえ、盲目の人には、自ら近づくことをしませんでした。

もちろん、奇形の人を差別するというわけではありません。本来、あるはずべき、手がなかったりすることが、悲しいということです。

それは、先祖から引き継いだ罪による設計図破壊だったと考えるのです。

わたしたちは、知らないうちに、罪をおかしている場合も多々あります。

例えば、洗剤には界面活性剤という猛毒が使われていたりするのです。体をあらうソープなど付けたあとに、性行為をしたら、奇形児が生まれやすくなるのは、当たり前です。また、不妊治療で使われるワクチンには、子宮破裂などの副作用が大量にあり、出産したい女性の体を出産できないようにしてしまっているのです。ですから、不妊治療では、奇形児の確率が高いのです。

このように、気づいていないところで、悪の情報によって流され、そのマインドのせいで、自分の子孫たちが苦しむはめにあうのですね。

輪廻転生は、聖書は否定しても、細胞記憶は、否定はしないことだということです。

4、輪廻転生は、詐欺商法だった

当時、インドでは、バラモンという貴族が、支配していました。

そのバラモンは、人々から読み書きを奪い、人々の脳の情報を規制することで、コントロールし続けてきたのです。

人は、言葉によって多くの認識を得ています。例えば、日本語だけしかしらないよりも、英語やフランス語、イタリア語なども使えるひとは、アメリカの情報やフランスやイタリアの情報まで、手に入れることができるのです。

吉田松陰も、海外の言葉や情報を得たことが、明治維新をめざす弟子たちを排出できた原因です。

日本の常識と世界の常識の2つの常識、3つの常識を持っているからこそ、見比べられるのですが、バラモンは、限りなく自分たち有利の情報だけを人々に規制しつづけたのです。

そして、輪廻転生とは、都合のいい人々を自分たちの言いなりにする脅し文句だったのです。

バラモンが提唱する正しさを行わなければ、来生では、人間にもなれないとか、バラモンとして生まれることが出来なくなると脅し、食べ物がないひとたちから、さらに食べ物や品物を集めるという詐欺商法だったのです。

これは、日本の仏教でも行われてきた手法でした。

現実が苦労すればするほど、来生では、よい人生を送れるといって、現世をよりひどい人生へとしてしまう教えだったのです。重税で食べ物がない農民からさらに食べ物を奪えば、死んでしまう時代では、多くの人々が犠牲になり、死んでいってしまいました。

このような脳の錯覚を教えることを釈迦はしなかったのです。

墓にしても、先祖を大切にしたいという親族の想いを利用して、ランクをつけてお金儲けをするひともいまでも存在しているのです。

もちろん、どんなものも悪用すれば悪いものになり、悪用しなければ、心の拠り所にもなります。

ですが、矛盾点が多いことや異端とされたキリスト教の流れから生み出された輪廻転生の教えは、危険をより含んでいることを認識したいものです。

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