思考の変化

預言者は現代にもいるのか

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聖書には、多くの預言者が登場しています。

有名なのは、モーセやイザヤ、サムエルなどです。

 

聖書は、約2000年前から書かれていません。

その間も、預言者という存在はいたのでしょうか。

 

また、現在でも預言者は存在しているのでしょうか。

1、神様によって導かれる預言者

預言者は、聖書の時代だけの存在ではありません。

聖書の神様は、言葉をバラバラにされ、それぞれの民族によって文化が広がることを許可されました。

1つの言葉で色々な民族がまとまっていただけに、その思想は逆に歪曲させられていこうとした時、世界の共通点を守るかのように、言葉をバラバラにして、人のつながりを抑止されました。

ですが、神様は、すべての人間を守り続けました。

イスラエル人だけを神様は守ったわけではありません。

 

さまざまな民族、すべての人に恵を与え続けました。

悪魔宗教を世界に輸出したカナン人でさえも、400年も時間を与えて、守られたのです。

 

悪人にさえ、神は雨を降らされると聖書に書かれていますが、神様に文句をいう人にさえも、生きていける環境を与え続けえ、今でも同じです。

 

みなさんは、空気があることを当たり前だと思っているかもしれませんが、宇宙では、空気がないほうが当たり前です。

にも拘らず、わたしたちには、常に空気が与えられいるのです。

空気だけではありません。気温や水、食べ物、様々な環境を奇跡的に与え続けられているのです。

 

また、神様は、それぞれの民族に預言者を遣わしては、導いておられます。

 

ヨナというイスラエル人がいました。その時代、ニネベという町があり、そこでは悪が満ちていたのです。

神様が望まないことが続いていました。そこで、神様はヨナを預言者としてニネベに遣わしたのです。

ヨナは、ニネベに行くことや神様の言葉を伝えることをしたくありませんでしたが、それでも神様は行くように言われるのです。

ヨナが、ニネベの町に神様の言葉を伝えると彼らは、生き方をやめて、悔い改めたのです。

そして、滅ぼされる計画から逃れることができたのです。

 

 

2、導き手

日本にも、導き手となっている人たちは存在していたとわたしは思います。

例えば、卑弥呼という存在です。

 

卑弥呼の名前は、卑しい巫女と表されていますが、なぜこのような名前にされているのでしょうか。

藤原家によって日本は1400年も支配され続けていますが、この藤原家はカナン人の子孫です。

イスラエル人といえば、縄文人系の顔で、カナン人といえば弥生人系の顔です。

 

豪族がイスラエル人。貴族がカナン人。

世界の闇のルーツ、カナンの教え>>

 

古くからイスラエル人とカナン人は、ともに生きてきました。内心は、敵対しているにもかかわらず、生きてきた場所は、同じだったのです。

中国大陸でも戦い、朝鮮半島でも戦い、そして、日本列島でも戦うことになり、日本の朝廷は、天皇を人質にされ、乗っ取られてきました。

 

現代の日本人は、イスラエル人とカナン人の混血状態なのですね。

そして、聖書も焼かれ、聖書の代わりに、古事記や日本書紀にされ、情報操作されてきたのです。

卑弥呼は、カナン人からすれば、忌み嫌う存在であり、イスラエル人にとって預言者らしき預言者として、存在していただけに、卑しい存在としてあげられているのです。

 

物部氏も悪者のように歴史ではあげられていますが、決してそうではありません。物部氏は偶像崇拝を禁止し、天皇を守り続け、平和を維持していた存在だったのです。

 

このように、豪族は下へ下へと追いやられてきました。イスラエル人は、平民として、苦しめられてきたのです。

 

神道も、ギリギリのところで保っていましたが、藤原家によって大乗仏教が広げられ、支配されていきました。

 

ですが、人の人数では圧倒的に多かったイスラエル人だったので、神道をあからさまに攻撃できなかったというわけです。

じわじわと力をそぐ形で、神道も追いやられたのです。

 

預言者は、男のイメージが強いです。モーセなどは男だったからです。

ですが、女の預言者も聖書には存在していました。例えば、イザヤの嫁です。イザヤの嫁も預言者だったのです。

イザヤの家系は、イスラエル人を東へと導いた存在でした。中国に進出させ、多くのイスラエル人を守ったのです。

イザヤは、サカ族として残り、そのサカ族から釈迦が生まれたのです。

 

その釈迦の子孫、サカ族がまた中国南部から追い出され、日本列島に渡り、サカ族として、蘇我氏になったのです。

そして、上座部仏教を日本に伝えたのです。上座部仏教は、学問ですから偶像をする思想ではなかっただけに、認められ、物部氏とも共存していたのです。

 

このように、その時代時代によって、導き手が存在しています。

日本人が迷い道を外した時に、導いていく存在が現れては、また昔の日本、聖書の思想へと戻ることを繰り返し繰り返し体験しているのです。

 

現代では、ミュージシャンなどがそれに当たったりするのかもしれません。尾崎豊などは、知らないうちに聖書的な思想を歌詞で表現していたりするのです。

彼の家の宗教の影響があって、彼の天才ぶりが、発揮されたとも言えるかもしれませんが、仏教にしても、神道にしても、聖書の影響が色濃く残り、日本人に影響を及ぼしてきたのです。

 

これは決して、イスラエル人の末裔の日本人だけではありません。アメリカも同じです。キング牧師などその時代によって人々を聖書の思想へと押し戻そうとする導き手が存在しているのです。

 

ガンジーもそういった存在だったのかもしれません。

 

すべての宗教には共通点があり、もともとはノアの教えから広がったものや歪曲させていったもので、1つだったものが、浮気をするかのように、歪曲させられていき、カナンの思想によって捻じ曲げられていったのです。

それをまた、1つへと集約され、回復されていっているのです。

 

マホメットにしても、神様がイスラム教の存在を導いているかのようにみえます。

マホメットが本当にガブリエルと出会ったのかは解りませんが、イスラム教が存在しているおかげで、世界の悪魔宗教への介入が阻止されているのです。

 

悪魔宗教は、キリスト教に入り込んで、利益と権威を手に入れています。

カトリックだけではなく、プロテスタントにも入り込んでいるのです。

 

キリスト教が世界を支配しているようにみえますが、その裏には、悪魔宗教が経済や偽学問、偽科学などによって情報規制され、キリスト教を汚しているのです。

その勢力に逆らえているのは、イスラム教を信じる国々でした。

 

イスラム教が誕生した時代も、多くの偶像を破壊することができました。

一見、人間の目からすると異端であったり、聖書とは関係のないもののようにみえますが、大きな枠の外からみると、信じられないほど、バランスよく、人間社会は、進んでいるのです。

 

悪魔宗教は、聖書を隠して、本当は自分たちだけで利用し、世界を支配し続けたいと願っています。なぜなら、聖書には、悪魔宗教を暴く秘密が隠され公にされているので、一般人が目覚めてしまうからです。

 

悪魔宗教からすれば、聖書は世界から消したいのに、その聖書のおかげで、世界を支配できているので、手出しもできないのです。

 

とても、不思議な関係なのですね。

 

表向きは、悪魔宗教は、キリスト教であったり、聖人のように振る舞い、人権や法律を大切にしているかのようにみえますが、その中身は、悪魔的なのです。

ですが、聖書を表で正当化していたカトリックほど、本当のクリスチャンたちを苦しめてきたものはありませんでした。

 

このように、人間の目からすれば、聖書的な組織のようにみえても、実は悪魔宗教以上に、恐ろしい組織も存在していましたし、今でも存続しているのです。

ですが、それらは残るべくして、残るように神様から許可をもらっているのですね。

 

それは、人間が自分たちの自由意志によって、本物の神様を選ぶためです。

人間は、神様を選ぶこともできれば、選ばないこともできるからです。

 

事実を認めることもできれば、非現実的なものを選ぶこともできるのです。

 

だからこそ、自分たちで選んできた悪に対して、苦しみながら、また神様へと悔い改めていく存在として、悪的な存在も今は許可されているのです。

ですが、いつまでもそれらがゆるされるわけではありません。カナン人も400年間は、許可されていましたが、イスラエル人によってほとんど滅ぼされました。

 

歴史は、善悪を繰り返し、それが永遠に続くかのように感じるかもしれませんが、実は少しずつ善へと導かれているのです。

憲法という人権が表で堂々と宣言されていることからも、解かる通りです。

 

支配者にとって、憲法は邪魔な存在です。だから、王族貴族は憲法を作ろうとはしてこなかったのです。

聖書の後押しがあり、プロテスタントなどの裏に、悪魔宗教の財産と知識があって、のぼせ上っていた王族貴族、カトリックに楔を打つことができたのです。

 

悪魔宗教は、憲法を使って王族貴族を縛り、法律を使って、一般市民を縛り、自分たちはどちらにでも移動できるご都合的なシステムの中にいるのです。

 

王族貴族よりも上にいて、コントロールしている権力者にもかかわらず、彼らには憲法が適応されていないのです。ですが、憲法は表向きには、必要なので、存在しているのです。

 

このように、不思議ですが、善悪のバランスが、絶妙に存在し、利用され、ご都合主義のように思えても、人間社会全体としては、成長し続けているのです。

 

今は、憲法も善も表向きでしかありませんが、いつかはこれも中身とともに手に入れる日が来るとわたしは思います。

 

イエス様は、主の祈りで、この地にも御国が来るようにと祈られているからです。

イエス様が十字架刑に架けられてから、世界は悪から善へと急激に影響され、世界中に人権が広がっていきました。今ではカニバリズムをしている人間は、表ではほとんどいません。

 

人間を食べることは、悪だと未信者でも認識できているのです。

 

まだまだ、悲劇や戦争、多くの悲しみや悪が存在していますが、それらも聖書へと思想が戻るにつれて、改善されていくことでしょう。神道の文化も、世界に広がり、聖書の本当の文化も取り戻す日も来るとわたしは思います。

 

ほとんど無限のエネルギー>>

 

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