思考の変化

キリスト教やユダヤ教は、金利を許可していたのか

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ユダヤ教やキリスト教などの歴史や現在の世界情勢をみると、まるで、金融を受け入れていたのではないかと思えてくる人もいるかと思います。

 

ユダヤ教はもちろん、カトリックなども、世界の金融を支配していた時代がありました。

 

聖書は、金融、金利などを認めていたのでしょうか。

1、聖書は偶像禁止

偶像とは、虚像、虚空、存在しないもの、まやかしなどのことです。

例えば、木や石で人間の手で造られた神々は、明らかに神ではありませんね。

人間が、それらを神だと「思い込んでいる」だけで、それらは歩くことも、話すこともできない神なのです。

本当の神は、人間の手で作ることなどできない存在なのです。

 

このように、嘘やトリック、詐欺を信じる人が多くなればなるほど、世の中は、腐敗し、悲しみや苦しみが増え広がっていきます。

なぜなら、現実ではないからです。

現実と一致しないもの、神に反逆する本当の意味での「悪」、人間の善悪ではなく、事実という「善」を壊すように、嘘やまやかしで、存在しない思想や物によって、世界そのものの神様を否定し、悪魔的に流されていくからです。

聖書の教える善悪とは、事実ことそが善であり、非現実が悪なのです。

 

地球には、空気がある ということは善です。

地球には、空気がない ということは悪なのです。

宇宙には、空気がない ということは善であり、宇宙には、空気があるということは、悪なのです。

有る無しではなく、それが事実なのかどうかです。

 

そして、お金というものが、偶像崇拝で一番成功したものだと言えます。

お金は、木(紙)や石(鉱物)に数字をあてはめて、価値があるかのように人間に勘違いさせるものです。

空想であるものには、善悪の価値観をゆがめてしまうのです。

 

宇宙には、空気がある という嘘であっても、人間は信じてしまう人が出てくるのです。こどもなどに、そう教えれば、そのまま信じ込むのです。信じた人は、何の装備もつけずに、宇宙に出て、危険な目にあうわけです。

 

お金というものには、善悪はありません。ですから、まともな国や帝国ほど、お金というものは否定され悪だと教えられてきました。

お金を恐れたのです。

 

お金には、人の心を惑わす力があるのです。

なぜかというと、お金は、腐ることがありません。ですから、そのお金で他のものと取り換えることができ、物々交換という難しいやり取りをしないで済むので、お金があれば、何でもそろうと錯覚してしまうからです。

人は、これに惑わされると善悪を見失います。

 

善悪を見失えば、お金のために、詐欺をしても、不正をしても、嘘をついてでも、自分たちだけ利益を獲ようとするように、生活していってしまうのです。

すると、世の中には、偽物だらけになり、人々は、市場にでまわった商品や会社、人を信じなくなります。

信頼の欠如です。

信頼がなければ、人は商品を買いません。そうすると、お金はまわらず、不景気になり、人々が苦しんでいくことになります。

経済がまわらなくなるのです。

善を大切にして、お客や従業員のためにと考えている会社なども倒産していってしまうと、国に税金は入らず、滅んでいきます。

負の連鎖が引き起こされるのですね。

 

ですから、ちゃんと経済を理解しているひとは、信頼や親切、思いやりなどを大切にするのです。

自分だけ生き残ればいいと考える人が増えれば増えるほど、それはまわりまわって、自分にふりかかるのです。不景気になれば、自分の製品も買ってもらえなくなるからです。

 

このように、私利私欲、お金を求め、崇拝するようになると、善悪はなくなり、道徳心がすたれていくのです。

 

これは、昔も変わりません。

 

道徳心、善悪がなくなれば、人は、お金を集めて、気に入らない政権を壊そうと動き出します。

お金で、人を雇い、武器を買い反逆しはじめたり、政治家たちに賄賂を贈って、正しい政治家を蹴落とそうとしたり、国や帝国の危機に発展していくからです。

 

だからこそ、宗教は重要視されてきたのです。

ほとんどの宗教は、私利私欲を悪だと教え、質素倹約を善とし、人を助け、悪をしないことを教えるからです。

そのような思想を信じたひとたちは、自分たちが孫をしても、人に善をしようとするので、すこしぐらいの政権や国の在り方が、間違っても、ゆるし、支え、また世の中を平和へと維持していこうとするのです。

 

お金を基準にするひとたちは、実は世の中を破壊しているのです。

そのお金で世の中がまわっていると思うかもしれませんが、違います。まわっているのは、意思ある人間の存在です。お金はツールにしかすぎないのです。紙切れであり、ただの鉱物でしかなく、数字でしかありません。そこに、善悪を無くしてしまえば、そのお金さえもまわらなくなっていくのです。

 

カトリックや江戸幕府、ローマ帝国や中国の歴史でも、お金は「悪」だと教え続けました。

それほど、お金というものは、恐ろしく、国や帝国を滅ぼしてしまうものだと理解して、世の中の人々に正しい基準を植え付けるために、宗教を利用し、キリスト教やイスラム教、儒教や仏教を取り入れていったのですね。

 

それらはもちろん、人間が従うのではなく、利用しようとしていけば、いくほど、ご都合主義になるので、悪になっていきますが、それでもお金を正義と考えるひとたちよりも増しなのです。

 

拝金主義者が増えれば増えるほど、経済が潤えば潤うほど、人々の心はすさみ、それらを求め、ある人は、ギャンブル、ある人は詐欺、犯罪、お金、お酒、男に女、不倫などの欲望になり、世界を壊していくようになり、壊してもそれが正義だと本気で正しいと思い込むのです。

 

宇宙には、空気がないのに、空気があると本気で思い込む人と同じなのです。

 

王様は、裸なのに、それがみえないと、バカだと思われるので、王様は素敵だと口に出すのですが、解っているひとは、王様は裸だというのです。

 

日本は、そのことを良く理解していました。多くの政権、幕府は、お金の問題で崩壊し、滅んできたからです。

鎌倉幕府もお金が大きな滅んだ要因だとも言えるのです。

 

ですから、江戸幕府は、お米制度という偶像ではなく、現実的な食料につながるものを優先し、お金はゴールド、金で限りあるものとして、利用することで、世の中の欲望を抑え、平和を維持していたのです。

ですが、田沼意次などは、お金=善であり、経済の発展=善であるという方針の国策を続けざまに利用すると、世の中の商人たちにお金がまわり、お金をばらまいては、お酒や男女関係、踊りなどに狂いながら、悪がはびこっていったのです。

そのお金で、重要人物たちに賄賂が流れ、賄賂は、善だという歪曲された思想もゆるされるようになっていったのです。

 

すると人々の中には、善悪がなくなり、国の秩序が壊れ、江戸幕府を脅かすようになっていくのです。

 

田沼意次によって経済や文化も発展したことは間違いありません。ですが、それゆえに、国を汚して、乱していったことも間違いではないのです。

ですから、田沼意次は日本では、否定される存在として、長らく悪だと教えつけられてきたのです。

現代人は、この田沼意次の精神を当たり前だと思い、都心では悪がはびこり、賄賂や不正が広がり、人々の心は荒んでいます。田沼意次の考え方を正しいと言い出す歴史もいるほどです。

 

まるで、聖書に書かれたソドムとゴモラです。

東京という町、大阪などもそうですが、そのような偶像的な正義が広がり、人々の心をすさませて、踊り狂うようにされているのです。

バブル時代は、まったくその通りの世界だったのです。

 

ですが、神様は哀れみ深い方なので、バブルを崩壊させて、長らく不景気を続けてくれたのです。

すると、人々はお金がないだけに、欲望に走ることができず、精神へと浄化され、目を向くようになって、なんとか、平和を保っているのです。

 

経済をよくするのは、簡単です。

お金を刷ればいいだけです。

公務員たちにお金を持たせ、世の中で使うようにさせれば、アクセルを踏んで進むのです。

 

ですが、精神が腐敗し、宗教の教えを忘れたまま、また経済が波にのれば、悪が広がり、国は傾き、急激な変化のために、人々は苦しみもだえるようになります。

だからこそ、わざと不景気になるように、この20年の政治は、行われてきたのです。

 

心に宗教があるひとたちは、お金に惑わされません。表面的な私利私欲に惑わされにくいのです。お金よりも、人の幸福を選ぶからです。

お金を取ると、心が痛むように、教育されているのです。

それが、信用につながり、自然な景気回復になり、国を力強く支え、平和を保つのです。

 

お金という偶像に惑わされれば惑わされるほど、悪をしても、それらを正当化されゆるされていきます。

お金は恐ろしいものだということを理解しましょう。ツールとして使うのはいいです。ですが、それを目的にしてはいけないのです。

お酒を飲んでも、お酒に呑まれるなという考え方と同じなのですね。

 

広く長く、みるとお金=悪だとすることが、国や民のためになり、平和を保つことになり、経済発展につながるのです。

2、金利は、お金よりもさらに悪

お金は偶像だという考え方、悪であるということが少しは理解してもらえたでしょうか。

では、そのお金よりもさらに、偶像であり、恐ろしい悪は、金利だということを次は教えていきます。

 

金利を採用すると、世界は滅びます。

 

なぜでしょうか。

 

まず、金利を利用できるのは、本当は、限られた機関だけなのです。

 

 

一般人に、金利を使用させてはいけないのです。

かぜなというと、簡単です。不可能だからです。

 

現代は、世界中にお金が蔓延しています。

ですから、金利が存在しても、世の中はまわっているかのように、思えます。大量のお金の存在があるだけに、金利も通用していると思いがちですが、世界中のお金を小単位にして、考えれば、それらが偶像思想だということに気づきます。

 

例えば、世界のお金が、100円だとけしか無かったとしましょう。

わたしが、そのお金100円を持っていたとします。

 

その100円をあなたに貸しました。そして、金利1%をつけて、返してくださいと契約するのです。

あなたは、それらを返すことが出来るでしょうか?

 

出来ませんね。

絶対に不可能です。

 

なぜなら、世界にお金は100円しかないのに、どうして、金利1%を乗せて、100円を返すことが出来るでしょうか。101円にして返せと言っているのです。

 

世界に、100円しか、存在していないのに、101円にして返せというのです。

 

このトリックを使えば、人々を奴隷にして、世の中を崩壊させることができるようになります。世界には100円しかないのに、わざと101円返すように、言えば、人々は、競い争いあい、自分だけ生き残ろうとしはじめるのです。不正をしてでも、他人を蹴落としてでも、1円プラスにしようとするわけです。

 

そして、貸してくれた人に操られ、コントロールされていくのです。

 

ですが、イエス様は、銀行にお金を預けるとその金利によって利益になることを教えられました。キリスト教は、金利を肯定していると思われがちですが、そうではないのです。

 

銀行が、一般人に対して、金利を付けて返すことは、不可能ではないのです。

 

「???」と理解できないかもしれませんが、これは不可能ではないのです。

 

なぜなら、みなさんは、お金を作り出すことは、禁止されているのですが、銀行は、お金を作り出すことを許可されているからです。

 

100円しかない世界であっても、お金を新たに作り出して、増やせる銀行は、金利を無理なく返済することができるのです。

ただ、刷ればいいだけだからです。ただ、鉱物に価値を与えればいいだけだからです。

 

銀行だけに金利を採用すれば、人々は、金利によってさらにお金を得ることになるので、経済はまわります。コントロールされることはありません。

銀行もお金をするだけでいいのです。例えば、日本では、お金が損益になっているのは「1円玉」だけです。その他は、プラスになります。

 

刷れば刷るほど利益になるのです。

もちろん、際限なく刷り続ければ、世の中の物よりも、お金が多くなり、お金の価値が低下するので、ハイパーインフレになっていきます。お金の価値がなくなり、お金は紙切れになっていくのです。

 

ですから、安易に刷り続けるわけにはいかないのですが、本来は、金利を採用できるのは、銀行というお金を刷ることが可能な機関だけなので、イエス様も、違う理由として例えば話に利用しただけなのです。

 

決して、金利を認めたというわけではなく、お金を認めたわけではないのです。

 

特に一般人に金利を強いることをすれば、人々を苦しみます。人々をコントロールするために、利用されてきたのが、住宅ローンです。

一般人に無理やり金利の枷をつけて、操るのです。ローンという楔のために、人々はまるでアンドロイドや奴隷にように働かされ、それから逃れたいがために、不正や犯罪をしていくようになるのです。嘘も正義になるようになります。

 

みなで、椅子取りゲームをしている状態です。

椅子は9個しかないのに、10人でゲームをする、はじめから「欠乏」しているルールです。

 

ですが、本当の世界は違います。神様が用意されたこの世界は、ほとんど無限のエネルギーを持ち、みなが笑顔で、自然体で生きれるようになっているのです。それを学校宗教団体などで、不可能だと脳に植え付けられ、信じているだけであり、偶像思想を正義だと教えられているだけなのです。

 

ほとんど無限のエネルギー>>

 

なぜ、このようなシステムが、はびこっているかというと、悪魔宗教が世界を支配しているのが、現代だからです。

カトリック時代では、お金=悪だという教えがされていました。それは帝国を守るためでもあったのです。

カトリックは、悪魔宗教を弾圧して、反乱を防ぎ、平和を守り続けていたのです。

平和のために、強硬的な行動に出たとも言えるのですね。

 

ですが、フランス革命によって裏返り、悪魔宗教がプロテスタント思想を利用して、表に出始めたのです。封印されるかのように、悪魔宗教は弾圧されていたのに、その悪魔宗教がお金や富を利用して、世の中に天使のような顔で、飛び出し、そのまま世界のシステムを作る側、中心へと支配していったのです。

 

それは日本にも広がり、明治維新が起こったのです。ですから、明治時代から日本は、お金は「紙切れ」になってしまい、原爆が落とされるまでの崩壊するきっかけになってしまったのですね。

 

財閥が政府や天皇を利用して、コントロールすることで、戦争が続けられ、そして、世界最大の悲劇ともいえる、原爆投下を唯一あじわった国になったのです。

 

 

 

3、ソロモン王の知識

世界を一変させた思想を生み出したとされるのは、ソロモン王です。

彼が生まれるまで、国と国とは争いと不安、勝つか負けるかの単純な競争でしたが、彼によってそれらが緩和されるようになりました。

国と国とが、貿易によってつながり、そして、王と王とが、手を組むことで、政権を倒そうとする反乱分子を押さえつけることに成功したのです。

 

インデペンデンスデイという映画を知っているでしょうか。

 

内の問題は、外のさらなる巨大な問題によって打ち消すことができるのです。

 

人間同士で、戦争を繰り返し、平和が保たれないのなら、外からのさらなる巨大な敵を作り出して、人間同士の争いを食い止めようとするのです。宇宙人という架空の圧倒的な敵が、人類を滅ぼすように動くことで、人間は団結して、それらを倒すという内容が、インデペンデンスデイという映画でした。

 

これと同じです。

 

ソロモン王は、神様から知恵と知識を与えられました。世界の一休さんです。

あまりにも、頭のいい王だったので、世界各地から、ソロモン王に王たちが集い、その知識に触れていったのです。シバの女王もそのうちのひとりです。

彼ら王たちは、それぞれ団結して、それぞれの国の憂いを解決していったのですね。

 

国と国との存亡をかけた戦いを演じることで、内部の反乱分子さえも、巨大な敵に立ち向かうための仲間にしたのです。

 

ですから、ソロモンは、他国の文化も、勉強し、他国から多くの妻をめとり、人脈や知識、知恵によって、コントロールすることを教えたのです。

 

もちろん、これは一般人に教えるわけもない、帝王学です。

 

ソロモンがなぜ、悪魔宗教に手を出し始めたのか、その理由が解ることでしょう。

聖書に書かれているように、ソロモンは、ミルコム(メルコム)という偽物の神を崇拝しました。そのミルコムとは、手にソロバンを持ち、金融的なもの、数字によって惑わす思想の神です。

現代人の多くの思想の基はこれから来ているのです。

 

悪魔宗教の思想を現代人は、正義だと本気で心の中で、信じているのです。

 

このソロモンには、神様から強く拒否されたカナン人の末裔の妻から生まれた子孫がいました。フェニキア人、カルタゴです。

彼らは世界に金融、株式など、多くの思想を広げ、善悪という道徳を崩壊していきました。

独占経済を生み出したのも、彼らで、いまでも、その末裔が世界を支配しているのです。

 

日本では、藤原家、ヨーロッパであり世界では、ロスチャイルド、アメリカではロックフェラー、イギリスではエリザベス女王、イタリアではローマカトリックなど、悪的な支配者たちが、悪魔宗教でつながり、世界をコントロールしているのです。

 

もちろん、一枚岩ではありません。正義感の強いヨーロッパ人、アメリカ人、カトリック信者やイギリス人もいるからです。

 

彼らの存在のおかげで、悪魔宗教はいまでも大義名分を掲げて、逃げ込むことが可能になっているほどです。

 

善悪を超えて、悪の勢力を維持して動いているのです。

 

このように、人間の錯覚、トリック、意識外の思想によって、一般人であり、奴隷国民であるわたしたちをあざむき、コントロールし続けているのです。

ソロモン王がどれほど、頭が良かったのかが解りますね。

 

彼らからすれば、悪であり、世界を悪魔宗教の思想で、奴隷であり人間ではないわたしたちを苦しめるためのシステムなのですが、神様のご計画は違います。彼らの存在をわざと許可されているだけにすぎません。

 

ですから、現在は、憲法が存在しているのです。わたしたち奴隷にも人権がゆるされているのです。

 

カトリックは、確かに正義だと言える時代もありました。悪魔宗教を封印していた功績は高いです。そして、プロテウスタントは、その悪魔宗教を自由にしてしまった黒歴史が付きまといます。ですが、カトリックが正しいというわけではありません。

 

なぜなら、神の正義、悪魔宗教を弾圧した正義は、一般人にも向けられたからです。カトリックを背景にして、世界中の王たちが、わたしたちを苦しめ、学問や科学を停滞させ、自由を束縛して、人権をみとめなかったのです。

 

そこから、わたしたちは、人権を獲ることができるようになったのです。悪魔宗教を正当化する気持ちはありませんが、彼らの富や知識がなければ、巨大なカトリック支配や江戸幕府からの支配を打ち破ることはできなかったのです。

 

明治維新も海外からの力によるサポートがあってこそ、可能になっただけで、その思想がなければ、実現できなかったのですね。

 

そして、悪魔宗教は、貴族や王族の裏に隠れ、裏から世界を支配しているのです。

 

表に出れば、貴族たちのように、弾圧されるのは明白だからです。

 

世界の発展は、聖書によってもたらされました。神を信じる人々の努力によって現在の発展は可能になったのです。

ですが、それに乗って、悪魔宗教は、歪曲させた思想を人々に植え付けていきました。

学校宗教団体を世界中に広げて、無神論者になるように、なんとか細工していったのです。

 

神がいなくなった人間には、善悪はなくなります。サタニズム思想に脳が汚染されていくのです。多くの偽科学や偽学問が、大量の嘘をばらまいては、彼らの脳を汚染させ、学校宗教団体でこどもたちに、嘘を教えつけているのです。よく考えれば、それらが非現実的だということが解かるのですが、それが現実だと教師などに言われるとそれを信じてしまうのです。

 

それら悪魔宗教の思想、偶像思想を大昔から戦い続けてきたのが、聖書であり、聖書を信じるものたちでした。

ユダヤ教やキリスト教は、それら偶像思想と戦い続けてきたのです。

 

まとものなカトリック信者などは、偶像を否定します。事実を受け入れ、聖書的に生活するのです。一概にすべてのカトリック信者が悪いとは言えないんです。

悪いのは、悪魔宗教にそまった幹部や指導者、悪のシステムを作り出している人間たちなのですね。

多くの人々は、それが悪だという認識なく、騙されたまま生活しているのです。

 

そして、その大きな分岐点として、ソロモンの知識や知恵があり、悪魔宗教なのです。

さらにさかのぼると、カナンがいて、カナンの教えが、世界中に悲劇を生み出していくのです。

世界の闇のルーツ、カナンの教え>>

 

ですから、偶像思想である、お金や金利を聖書は、決して正義だとは教えていません。それを信じた本物のユダヤ人である日本人は、長らくそれらを採用してこなかったことがその証拠です。実経済を優先してきたのが、日本の経済だからです。

悪魔宗教は、さまざまな宗教に深く入り込み、その思想を歪曲させているので、あたかも、ユダヤ教やキリスト教が金利を容認しているかのように思わされていますが、そうではありません。偽ユダヤ人、血統的にはユダヤ人ではない白人系ユダヤ人が、金利を利用しているだけで、本物のユダヤ人である日本人は、そうではないのです。

 

本物のユダヤ人は、日本人>>

 

アダムが悪を理解したその時から、この世には悪という非現実的思想が、はびこりました。

ですから、時代とともに、善悪は逆転して、複雑にされて、頭が混乱するほどになっていますが、惑わされていけません。現在では、善悪は単純なものではありませんが、複雑にみせようとして、本質をみせずにしょうとするのも、彼らの策略だからです。

 

本当の真実とは、シンプルなのです。

親は子に、自分の悪をあまり言いません。それでいて家族という組織を守るために、規制したり、緩和したりしているのです。

一般家庭であっても、そうであるのなら、その家族の親が悪人になったと思って、世界の歴史を観察してみてください。

複雑にすればするほど、こどもたちは、混乱し、コントロールされ、考えれないようにされて、生きたまま奴隷にされるわけです。

 

愛や正義、大義名分も、関係なく、利用し、コントロールするために、使われているのです。

 

ですが、そうではなく、心から民を大切にして、真実に忠実なひとたちも、生まれ育ち、存在したのです。

偶像思想との戦いは、いつの時代もあり、その割合によって人間社会や世界の平和は傾いていったのですね。

 

聖書は、常に世界の悪を暴露し続けてきました。すべてのルーツを説明できているのは聖書だけです。

この聖書は人間には書けません。まさに神の書物なのですね。

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