歴史

キリスト教を広め成立させた人は、イエスキリストなのか、それとも弟子たちなのか

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イエスキリストが、キリスト教の教えを広め、キリスト教が成立したと考えることがごく一般的ですが、どうしても、聖書や宗教を歪曲させてみたいと考える人は、イエスキリストではなく、弟子たちが、キリスト教を勝手に作り上げ、広げたのだと主張するのです。

なぜ、そのようなことを言い始めるのでしょうか。

 

それは、イエスキリストは、生前に、聖書を書かなかったからです。

仏教もそうですが、釈迦は、文字や絵などを生前残さずに、一生を終えました。その後、弟子たちが、釈迦を神格化してしまい、釈迦の教えた上座部仏教の教えではなく、とても宗教的な大乗仏教へと変えていってしまったのです。

釈迦は、偶像否定、輪廻転生否定、墓否定、呪文否定ととても聖書的であり、学問的な教えをしていたのにも関わらず、釈迦の死後、登場した大乗仏教は、偶像肯定、輪廻思想肯定、墓肯定、呪文肯定など、数々と釈迦の教えたものとは180度真逆の教えになってしまっているのです。

人によっては、釈迦が現代の仏教を観られたら、悲しまれるという仏教徒の方もいるほどです。

 

そして、仏教と同じように、キリスト教も、イエスキリストの考えではなく、弟子たちが勝手に、新約聖書を書いて、ユダヤ教を否定するキリスト教を作り出したと主張するのですね。

イエスキリストは、ユダヤ教徒であって、ユダヤ教を肯定していたのに、弟子たちが勝手にユダヤ教を否定するような宗教を作り上げたというのです。

果たして、これは本当のことなのでしょうか。

1、大乗仏教とキリスト教は、真逆の思想で広がった

釈迦も、イエスキリストも、生前、正典である聖書などを書き残しませんでした。

これは本当のことです。

ふたりの死後に、弟子たちが正典などを書き残していったのです。

これも、本当のことです。

 

ですが、大乗仏教とキリスト教は、真逆なのです。

 

どういうことでしょうか。

 

釈迦は、とても学問的な思想を持った人物でした。彼の思想は、歪曲された様々な宗教を否定する考えだったのです。

というのも、釈迦の時代は、宗教が学問であり、世界の謎を解き明かすものであって、自分たちの存在意義を教えてくれるものだったので、人々は、嘘や詐欺的な教えであっても、疑うことなく、それらの宗教を信じてしまっていたのです。

例えば、輪廻転生の思想です。

釈迦の時代に、輪廻思想を打ち出していたのは、バラモンという宗派であり、貴族でした。

バラモンは、知識や知恵など、ありとあらゆる考えを打ち出して、追及するような宗教でした。ある時は、体に負担をかけて修行して、そこから何かを見出そうとしたり、何か深い意味合いを生み出しては、人々に伝えていたのです。

苦行・難行というものですね。

このバラモンという貴族は、優遇されており、働くことをせずに、信者などの寄付、捧げもので、利益を獲て生きていたのです。

そして、人々には、文字の読み書きを出来ないように制限しました。人々が文字の読み書きが出来るようになってしまうと、嘘や詐欺的な教えが、論破されてしまう可能性があったからです。

そして、輪廻思想も使われたのです。

信者たちの日々の生活は、カツカツで、自分たちの食べるものさえも、ままならない状態でした。なのに、その食べ物さえも、バラモンに捧げようとするひとたちもいて、餓死していっていたのです。

バラモンは、現世で、苦しめば苦しむほど、来世では、バラモンになれると教えていたのです。

現世で、苦労している人は、前世で悪い行いをしていた人生だったからだと言い始めたのですね。

 

死んだら、また次の人生が良くも悪くも、はじまるという思想が、前提にあって、人々を納得させていたのです。

ですが、当たり前ですが、死後の世界は、人間には、解かるどおりもなく、確かめようもないのに、それを当たり前だと教え続けているものに、釈迦は疑問を持ったのです。

釈迦は、「あるのか、ないのか解らないものに、今という時間を費やすより、畑仕事をしなさい。」と教えたのです。

難行や苦行なども釈迦はバラモン時代にしていたのですが、それらも否定しました。難行や苦行をしていれば、やった気分になり、やっていると人々に思わせられるが、それは誤魔化しであり、何の成果もないと考えたのです。

 

木や石で造られた偶像も釈迦は、否定していました。釈迦を信じる信者が、釈迦の偶像を造って、その偶像に祈りをささげたいと提案してきたものも、釈迦は、「それはわたしではないので、造らないように」と教えたのです。

死後も自分の偶像などを造ることは、否定しました。

墓についても、釈迦は、死んだ死体は、そのままにして、土に帰っていくところを見せるようにと説きました。それが自然の摂理であり、生きるとは何なのか、死ぬとは何なのかを人々に、事実を見せることで見出そうとしたのかもしれません。

 

バラモンは、難しい言葉、呪文をよく多用しました。

文字の読み書きもできない一般人たちに対して、難しい言葉を使えば使うほど、バラモンという貴族は、「すごい」と思わせて、人々の脳で勝ってに神格化していくように、誘導していたのです。

現代でも、政治家などが国会で難しい言葉を並べ立てて議論をしたりすると、テレビを見ている人たちの思考は停止します。自分の脳で知らない言葉が出ると、「??」となるので、討論に脳がついていかなくなるからです。そのような討論を平然としているように見せることで、「政治家さんたちはすごいひとたちなんだなー」と勝手に脳で作り出してくれるように誘導するわけです。

占い師と同じです。雰囲気のある部屋で、深い意味があるかのようにみせた言葉などで誘導することで、本人が勝手に占いがあたっていると思い込むようにさせるのです。

小説も、難しい言葉遣いを書いて、その本に博をつけようとしますが、結局、小難しい言葉を使っている人は、どうでもいい簡単なことしか言っていないのです。

評論家や科学者や学者などにも、こういった誤魔化して生きている人がいるのです。

 

ですから、釈迦は、呪文など人の脳を混乱させて、あたかも意味があるかのように誤魔化すような行為を否定したのです。

 

釈迦の教えた仏教は、学問であり、論理的な思考を人々の脳に植え付けるものであって、宗教とは言えないものなのです。人々が理解しやすいように、シンプルな言葉で、教えていったのです。シンプルであり、人々が理解できるということは、誤魔化しが出来ません。誤魔化しができないのに、人々を納得させられるということは、本物だということです。実はシンプルなほど、深い意味を宿しているのです。

 

ですから、バラモンやその他多くの宗教から釈迦の仏教は、否定され、迫害を受けていたのです。釈迦の教えは、まやかしの宗教を否定するものだったからですね。

釈迦は、生前、イエスキリストと同じように、迫害を受けていました。釈迦の死後、釈迦と同じような思想で生きていけば、もちろん、釈迦の弟子たちは、迫害されていったことでしょう。

しかし、弟子たちは、迫害から逃れるように、大乗仏教へと流れていったのです。

釈迦が否定した思想ではなく、宗教的、バラモンやヒンズー教などの教えになっていき、それら仏教徒たちは、迫害されなくなっていったのです。

 

これが、大乗仏教とキリスト教が、真逆だというものです。

 

大乗仏教は、釈迦の教えを捨てて、またまやかしの宗教へと戻りました。そうすることで、迫害から逃れたのです。

ですが、キリスト教は、違います。

イエスキリストが生きていた時は、ユダヤ教が、イエス様を迫害はしていましたが、ローマ帝国からは、迫害されていませんでした。

イエスキリストの死後、弟子たちは、イエスキリストのいのちをかけた教えに心を打たれ、自分たちのいのちを惜しまず、迫害を恐れず、突き進んだのです。

そのため、ユダヤ教だけではなく、ローマ帝国からも、迫害されるようになっていったのです。

 

吉田松陰の弟子たちとキリスト教の弟子たちは、一致しています。

師匠である人物が、いのちをかけて、硬い意思を貫いたことで、弟子たちにも、硬い意思を持たせ、世界を変えていったのです。

 

迫害されれば、されるほど、師匠の想いといのちをかけた熱意を思い出し、師匠の教えを広げはじめたのです。

 

大乗仏教は、師匠の教えを捨てて、迫害から逃れましたが、キリスト教などは、逆に迫害が強くなろうとも、いのちをかけて、イエス様の教えを広げ続けたのです。

当時の人々は、現代のように20億人も、イエス様を信じるような宗教になるとは、誰も思わなかったことでしょう。

 

その教えに真実があり、その教えにいのちをかけたという事実が、人々の心を打ったのです。

ローマ市民は、次々と一神教であったキリスト教を信じ始めたのです。

迫害すればするほど、増えていくキリスト教に、ローマ帝国も無視できなくなり、政治的にも利用できるとして、ローマ帝国は、多神教だったのですが、一神教のキリスト教を国教としはじめたのですね。

2、イエスキリストは、ユダヤ教を否定しなかったのか

キリスト教の教えを広げたのは、弟子たちだと歪曲させて主張するひとたちの意見の1つに、イエスキリストは、ユダヤ教を否定せず、イエス自身は、ユダヤ教徒だったことを発言します。

イエスキリストは、ユダヤ教徒であった、それはわたしも認めるものです。

それは、イエスキリストが、死んで蘇った後に、キリスト教が誕生したのですから、イエス様ご自身が、キリスト教徒だったというわけがないからです。

 

イエスキリストがユダヤ教徒だったことは、間違いありません。そして、イエス様は、ユダヤ教を否定しませんでした。

ですが、イエス様はこう言われたのです。

マタイによる福音書5章17-21節

17わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。 18よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである。 19それだから、これらの最も小さいいましめの一つでも破り、またそうするように人に教えたりする者は、天国で最も小さい者と呼ばれるであろう。しかし、これをおこないまたそう教える者は、天国で大いなる者と呼ばれるであろう。 20わたしは言っておく。あなたがたの義が律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、決して天国に、はいることはできない。 21昔の人々に『殺すな。殺す者は裁判を受けねばならない』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。

旧約聖書は、律法というルールを教え、守るものです。ですが、イエス様は、その律法はまだ不完全だということを主張したのですね。そして、イエス様は、その不完全である律法を完成させるため、成就させるために、来たというのです。

イエス様は、旧約聖書を否定することはありませんでした。ですが、旧約聖書をさらに完成させることが必要だったというのです。

キリスト教は、ユダヤ教を否定するものなのか>>

 

イエス様は、ユダヤ教徒でしたし、ユダヤ教を否定されませんでした。ですが、ユダヤ教は、まだ足りないものがあると考えられたのですね。

律法は良いものですが、様々な副作用があるからです。

ルールを固定するということは、それを守れなかったものに、罪悪感を認識させてしまうなどの副作用です。

これに、イエス様は、赦しと愛によって、律法を完成させられたのです。

 

十字架刑で息をひきとる直前、イエス様は、天の父に祈りを捧げました。

「彼らは何をしているのか解っていないのです。彼らを御赦しください。」

 

アダムによって、すべての人間が罪を持つようになりましたが、そのアダムの雛形は、イエス様でした。イエス様の姿に似せて、アダムは造られたのです。そして、そのイエス様が人間の身代わりになって死なれたことによって、罪はゆるされたのです。

イエスキリストの創世記>>

 

3、旧約聖書の存在

仏教とキリスト教の違いは、沢山ありますが、その中でも、もっとも違うのは、キリスト教には、キリスト教が成立する前から旧約聖書というゆるぎない確定されたものがあることです。

仏教は、確かに、学問的であり、世のために貢献した宗教ですが、その裏付けとなるものは、世界の法則であったり、現象だったりするもので、人間の歴史や文化などに裏打ちされたものではないということです。

もちろん、釈迦は、サカ族であり、イザヤの末裔であるイスラエル人の子孫でした。旧約聖書の教えを釈迦は知っていたからこそ、釈迦の時代の常識になっていたバラモンの教えにも疑問が持てたのです。

吉田松陰は、海外の書物を読むことができたから、江戸幕府に疑問を持つことができたようにです。

とはいえ、釈迦は、全面的に、旧約聖書を打ち出したわけではありませんでした。旧約聖書の論理的な部分を取り出して、人々に論理的に考えられる思考に導いたからです。

 

儒教も、旧約聖書に、神様を抜かした論理的な教えで成り立っています。孔子は、前人の知識と知恵の書物を読んで儒教を体系化しただけだと語ったようにです。

 

ですが、キリスト教は違います。

旧約聖書を仏教や儒教のように、削ることなく、そのまま利用し、証明としました。

キリスト教のおそるべきところは、イエスキリストが生まれる前から存在していた旧約聖書に、イエスキリストが存在しているということです。

300カ所以上にわたって、旧約聖書に、イエスキリストの生涯の預言が書かれているのです。

イエスキリストの預言>>

 

これをキリスト教を信じないひとたちは、キリスト教とたちが、旧約聖書を改ざんしたなどと言い始めますが、そんなわけがありません。

上でも書いたように、原始キリスト教とたちは、ユダヤ教からも、ローマ帝国からも、迫害されいのちを狙われていたのです。

そのような時代に、もし、ユダヤ教が大切にしている旧約聖書を改ざんしていたとしたら、どうなるでしょうか?

 

ユダヤ教徒は、さらに怒りを増すだけではなく、迫害することに正当性を与えてしまうのです。

「キリスト教とは、旧約聖書に手を出してまで、キリスト教を広めようとした!」と叫びはじめ、さらなる迫害が広がり、キリスト教を信じるひとたちは、いなくなっていったことでしょう。

そうです。

原始キリスト教徒たちが、旧約聖書に手を出すことは、不可能だったのです。

 

不可能だったにも関わらず、その旧約聖書には、イエスキリストが存在しているという驚くべき事実があるのです。

 

キリスト教の聖書は、今でも、旧約聖書と新約聖書の2つの正典を1つにした聖書を利用しています。

旧約聖書も、新約聖書と同じように大切にしているのですね。

 

ですが、ユダヤ教は違います。あまりにも、旧約聖書にイエスキリストがいるので、その旧約聖書を半ば捨てているのです。

イエスキリスト以上の預言を成就させる人物は、いまでも現れず、圧倒的に、イエスキリストが救世主だったという証拠になる旧約聖書を否定せざる負えない状況に陥ったのです。

ですから、ユダヤ教は、タルムードという新しい書物を書き足して、旧約聖書よりもタルムードを優先するように変わり果ててしまっているのですね。

 

このように、キリスト教は、自分勝手に、文化や歴史を無視して成立したものではなく、むしろ、今までイスラエル人たちが作り上げてきた文化や歴史、旧約聖書に従って、正当性を主張できているのです。

この事実は、人間の力を超えている宗教だという証拠でもあるのですね。

仏教は、人間の能力があれば、学問的に見出せるものですが、キリスト教は、人間の能力を超えていることを証明し続けているものなのです。

4、イエスキリストは、弟子たちに教えた

キリスト教の教えは、パウロなどの弟子たちが、勝手に教えを広げ教えたということも主張する人がいます。

ですが、本当にそうでしょうか。

 

勝手に教え広められるわけがないことは、上でも書いた通りです。

むしろ、キリスト教は、旧約聖書や文化や歴史に忠実に従っているからこそ、生き残れたのです。

自分勝手に作ったのであれば、生き残れる状況ではなかったのです。それほどの迫害が日々起こされていたのですね。

 

キリスト教は、イエス様によって、弟子たちにその奥義が伝えられ、その教えを弟子たちが、受け継いで広めていったものなのです。

ルカによる福音書24章27節

こう言って、モーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを、説きあかされた。 

ルカによる福音書24章31・32節

 31彼らの目が開けて、それがイエスであることがわかった。すると、み姿が見えなくなった。 32彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。

ルカによる福音書24章44・45節

 44それから彼らに対して言われた、「わたしが以前あなたがたと一緒にいた時分に話して聞かせた言葉は、こうであった。すなわち、モーセの律法と預言書と詩篇とに、わたしについて書いてあることは、必ずことごとく成就する」。 45そこでイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて 言われた

 

このように、イエス様は、死後に復活されて、蘇られた後、弟子たちに、その奥義を伝授されたのです。

このイエスキリストの蘇りを信じない人がいますが、それは弟子たちの行動によって本当のことだと認められるのです。

 

もし、弟子たちが勝手に、イエスキリストを持ち上げて、キリスト教を成立させたのなら、どうして、イエスキリストが十字架刑に架けられる時に、彼らは逃げたのでしょうか?

そして、その逃げたはずの弟子たちが、なぜ、イエスキリストが死んだあとに、いのちをかけはじめるんでしょうか?

 

普通に考えて、矛盾しますね。

 

死ぬ前には、いのちを架けなかったのに、死んだ後に、突然いのちをかけ始める人たちなど、意味不明です。

 

原始キリスト教徒が迫害されていたことは、歴史的にも証明されていることです。

にも拘わらず、彼らがいのちを書けて行動しはじめたのは、イエスキリストが死んでいず、一緒にいたと心から信じたから、そのままいのちをかけて行動したのです。

キリスト教徒以外は、イエスは死んだと認識しますが、当時の弟子たちは、目の前に蘇ったイエス様をみたからこそ、歩み始め、いのちをかけたのです。

その行動で死んだとしても、彼らにしては、死んでいず、蘇ることを確信して、行動したのです。

 

私利私欲でもなく、利益でもないからこそ、なんのツテもないインドにも、弟子が出かけ、世界中に福音を延べ伝えに出るというとんでもない冒険に繰り出していったのです。

彼らの行動は、いのちをかけていたのか、それともいのちを獲ていると確信していたのかということです。

 

彼らにとっては、明らかに、イエス様は蘇られ、生きていたからこそ、迫害にあっても、事実を延べ伝えたのです。

 

もし、イエス様がそのまま蘇らずに死んでいたのなら、なんと矛盾したひとたちなのかという話になるからですね。

 

このサイトでも何度もいいますが、キリスト教や聖書は、迫害されたからこそ、それは証明され、真実だと現代でも伝え続けられているのです。

もし、迫害されない宗教であったら、それらは嘘の宗教だということです。

 

組織正義や人間の価値観は、自分本位や地位や名誉を守るものなのに対して、真実を伝えるというのは、歪曲された情勢に楔を打つことになるからです。

 

利益に損害を与える存在は、弾圧をして、押さえつけようとするのです。ですが、押さえつけるということは、それらの真実を語る存在の証拠になるのです。

迫害すればするほど、彼らが存在したことは、証明されていくのです。

 

存在しないものを迫害する人などいないからです。

 

イエスキリストの存在を証明しているのは、イエスを一番否定したユダヤ教徒によって証明されたようにです。

 

このように、迫害の事実があったからこそ、キリスト教は、現代でも正当性のある宗教だと証明され続けているのですね。

そして、蘇られたからこそ、弟子たちは、いのちをかけて福音を世界中に延べ伝えはじめたのです。

 

その教えは、蘇ったイエスキリストによって、その奥義が解き明かされ、旧約聖書の意味、その預言の意味と成就が、弟子たちに伝えられたのです。

弟子たちは、それを新約聖書という文字にして、キリスト教が広められていったのです。

 

キリスト教は、弟子たちが勝手に広めた宗教ではなく、イエスキリストによって伝えられたものをいのちをかけて、迫害されながらも、伝え続けた教えが、キリスト教になっていったのですね。

 

それを証明するように、新約聖書の4つの福音書が書かれたのです。それぞれの分野や観方で書かれた、それぞれのイエスキリストの生涯が書かれているものが、福音書なのです。

ひとりの人生を1つの書物だけで説明したのではなく、4つの書物から違う目線で書かれたのが、福音書なのです。

そして、その中には、ルカという医者であり、当時の学者の地位にあった人物までも福音書を書いているのです。

これは、勝手にルカが書いたのではなく、取材やその当時、生きていた当事者たちの証言に基づいて、イエスキリストが何をしたのかについて、書かれたのです。

 

パウロは、新約聖書の多くを書いた弟子でした。このパウロによって、イエスキリストの教えが捻じ曲げられたと主張する歴史家などもいますが、そうではありません。このパウロは、もともとサウロという名前で、なんと原始キリスト教を迫害し、死に追いやった律法学者だったのです。

コテコテのユダヤ教徒で、原始キリスト教徒をいかに、苦しめて追いやるのかを考え、実行した人物だったのです。

彼は、心から旧約聖書を信じて、神様のためだと思って、原始キリスト教徒を迫害していたのです。

 

ですが、彼は、聖書の知識が豊富でした。彼の目からウロコが落ち、目が開かれて、持っていた知識とイエスキリストが重なった時、その奥義が、やっと彼の心に届いたのです。いかにキリスト教が論理的だったのかを理解できたのです。

 

彼がパウロという名前になり、キリスト教徒に近づいた時、キリスト教徒たちも、警戒したと書かれています。当たり前ですね。

一番キリスト教徒を苦しめたとされる人物が、近づいてきたのですから。

パウロは、ことごとく、旧約聖書からキリスト教の正当性を打ち立てていきました。今まで知識が、あふれかえるように、活動しはじめたのです。

 

そのあまりにも優れた論理性に、論理的な思考を好むローマ市民に受け入れられ、これこそ本当の神であり、真実の神の宗教だと多神教だった人々を一神教であるキリスト教に目覚めさせていったのです。

 

新約聖書を読めば解るように、パウロの語ることは、自分勝手な言い分ではありません。すべて聖書に書かれていること事実を基にしているのです。

キリスト教を広めたのは、弟子たちかもしれませんが、その弟子たちが持っていた教えであり、体型を完成させたのは、イエスキリストであり、そのイエス様から教わった奥義だったのです。

キリスト教は、間違いなく、イエスキリストによって、成立されたのですね。

 

 

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