聖書

聖書の内容を簡単に説明してみよう

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聖書の言葉は、1つ1つ意味があり、名言ばかりです。

この世界の謎をこの聖書が明らかにしてくれているからです。

 

ですが、今回は、まったく聖書のことを知らない方に、現代人にも解る言葉で、簡単に説明していこうと思います。

創世記は、すべてのはじまりの原因なので、すこし詳しく説明していきますが、それ以降は、大切なものを飛ばすという意味で、無理やり説明していくことにします。

 

1、世界のはじまり

はじめに、はじめから永遠に存在し続ける神様がいました。

神様は、(創造主・聖霊・体のある神)の三位一体の神様でした。

 

神様は、自分以外存在しない無から宇宙を創られ、そこに地球を創られました。天と地を創られたのです。

神様が「光よ。あれ。」というと、宇宙に太陽のような恒星が、たくさん生まれました。のちに太陽になる恒星も作られ、その恒星のまわりを地球はまわりはじめて、朝と夜が作り出されました。その他の恒星も銀河をまわりはじめました。

その地球は、水(または氷)で地球全体を覆われました。地球規模のビニールハウスのようです。

神様は3つの水を用意されました。

空の水と地の下にある水、そして、地表にある水です。

 

神様は、陸地と水とに分けられました。その地表の水を海と名づけられました。

神様は、(その種類に従って)、植物を造られました。

 

植物が生まれると神様は、恒星の1つに2度目の変化をもたらして、火から核融合へと恒星のひかりを変えて、その変化した恒星を太陽にされました。そして、その太陽に、昼と夜とを区別するようにされました。

そして、昼は太陽を夜には月の光を与えたのです。また、多くの地球以外の惑星を創られました。

月は地球のまわりをまわりはじめ、多くの惑星は、多くの太陽のような恒星と一緒に銀河をまわりはじめました。

 

恒星の1つであった太陽や 地球を1日でまわる月を暦とできるように、神様は造られたのです。

 

神様は、(種類に従って)水の中で生きる物、空を飛ぶ鳥、海の巨大な獣(首の長いブラキオサウルス30m以上)、野の獣(その他の恐竜や牙をもった動物)、家畜(牙のない動物)などを(その種類に従って)造られました。

この時代は、地球のまわりを水が囲っていたので、地球規模のビニールハウスのように温暖で、一定の気温が保たれ、現代の空気の3・4倍の濃度の高い酸素があったため、すべての生き物は、大きく育ち、病気も少なく、長寿でした。ケガもすぐ治りました。

発掘された樹液などに、閉じ込められた酸素量を測って、証明されていることです。サッカー選手が酸素カプセルでケガを治すように、地球全体がまったく現代とは違う環境だったのです。

 

現代に恐竜が誕生しても、大きくなりませんし、酸素が薄すぎて、生きていられません。恐竜の肺は、体に比べて小さすぎるからです。

 

すべて、計算しつくされ、この世界は、おそろしく美しく作られ、また地球は、信じられないほどのありえない環境、天国の環境で存続し続けているのです。

生存するために必要なのが、ほとんど食料と水だけという状況は、天国すぎるのです。

宇宙では、空気が無いことが当たり前だからです。

 

動物たちは、その種類に従って、目の位置、鼻の位置、耳の位置、美しすぎるほど、バランスよく作られたのです。

偶然に動物たちが生まれたのなら、目の位置や体やさまざまな器官は、バラバラになるはずだからです。この世界は、あまりにも美しすぎるのは、神様がそのように計算しつくされて、すべてを創造されたからです。

2、人間の創造と善のプログラミング

神様は、生き物たちを造られた後、ご自分に似せて、特別な生き物を造られました。

人間です。

神様は、土で、はじめの人間アダムの体を造られました。そして、その鼻に神の息をふきかけられ、いのちが入り込み生きるものとなったのです。

アダムの肌は、土色だったかもしれません。

 

神様は、創造主(世界である神)・聖霊(霊である神)・足のある神(体のある神)の三位一体です。

その神様と同じように、似せて人間は、造られたのです。

人間は、人間だけでは、生きていけません。

世界である空気や水、地球がなければ生きれません。また、霊や魂がなければ、生きていけません。また体がなければ生きれません。人間は、神様と同じ三位一体で造られているのです。

 

動物たちは、神様の形と似せて造られた人間に、敬意を払うのはこのためからもしれません。

 

足のある体を持った神様は、アダムに言葉を教え、その言葉で、動物たちの名前を発明するように言われました。

世界がどのようにして創られていったのかも教えられたのです。

また、畑の作り方と他の動物たちが食べないように、柵の作り方、管理の仕方を教え、管理の基、神様ご自身を崇めるように、教えました。

研究と発明、創意工夫と管理を教えられたのです。

 

人間が世界をコントロールするようにと教えられたのです。

 

今でも、人間だけが意思を持ち、世界を支配し続けています。人間以上に世界を支配している生き物はいません。

 

神様は、エデンを四角い囲いの中で造られていました。柵のように囲まれたエデンには、ありとあらゆる作物があり、4つの川がエデンに流れ、自由に飲み食いが出来るようにされていました。

エデンの中央には、2本の木があり、善悪の知識の木といのちの木を生えさせていました。

 

神様は、善のプログラミングを終えると、アダム言いました。

「あなたは、何をしてもかまわない。思いのまま、園のどの木からも食べてよい。だが、園の中央にある善悪の木からは、取って食べてはいけない。それを取って食べる時、あなたは必ず死んでしまうからだ。」

善のプログラミングしかされていないアダムは、善しか打ち込まれていないロボットような存在で、善しかできない存在でした。そのアダムにたった1つだけの難しくないルールを神様は与えたのです。

 

神様は、人がひとりでいるのはよくないとあらゆる動物を呼ぶのですが、アダムが納得する生き物はいませんでした。

そこで、神様は、アダムを深い眠りに落とされ、アダムのあばら骨を取り、その骨からエバというはじめの女性を造られました。そして、アダムの肉をふさぎ、アダムに会わせたのです。(エバは、白い骨から造られたので、肌は白かったかもしれません。)

アダムは「これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。」と喜びました。

そして、ふたりは、親である神様から意志ある男女の関係にも目を向け、助け合い、一体となるようになったのです。

神様を頂点とした、男女の関係は、三位一体の形になったのです。

 

ふたりは、お互い裸でしたが、はずかしいとは思いませんでした。

3、悪魔の誘惑と悪のプログラミング

神様が世界を創造された時、人間の助け手として、天使も作られたのですが、その天使には、自由意志がありました。天使は、人間よりも知識と知恵があり、体こそ持っていませんが、優れた存在でした。その天使の中に、神様を超えようと考えたものがいたのです。

その神様を超えて、世界の神になろうとした天使は、3分の1の天使たちを従えて、神様に戦いを挑みました。

天使が、全知全能の神様に勝てるわけもなく、堕落した天使たちは、地に落とされたのです。宇宙を自由に飛び回れたのが天使でしたが、神に反逆した天使たちは、その能力を制限され、弱いものとなり、地球に落とされたのです。

 

神様は、この世界をほとんど善で創られていきました。悪魔にも、制限をして、自由に活動することは許可されていません。

ですが、その悪魔は、蛇(ドラゴン)の中に入り込み、人間に近づこうとしはじめたのです。

 

神様は、蛇に嘘や悪をすることをゆるされませんでした。

蛇(悪魔)は限られた条件のもとで、人間に近づいていったのです。

 

そして、蛇は、中央に来たエバに、話しかけます。

「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはいけないと、(本当に)言われたのですか」

神様は、どんな木からも食べていいと言われたので、エバは、それを否定しました。

「私たちは、園のにある木の実を食べてよいのです。しかし、中央にある善悪の木の実について、神は、「あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ。」と仰せになりました。」

 

蛇はすでに、エバに歪曲した思想を植え付けようとしていたのです。

わざと違う言い方をして、嘘を言わずに、エバに神様を疑うように、しむけたのです。

(本当に)という言葉は、ヘブライ語では、もっと陰険な言葉で、「本当に本当の本当に、そうなのですか?」という言葉です。

人間の記憶は、曖昧になってしまいがちなので、(本当に?)と再度いわれると、神様は正しくても、神様の言葉を間違えて聞いていたかもしれないと、不安にさせられていくのです。

 

また、蛇は、嘘をギリギリ付かずに、話を歪曲させていきます。

「あなたがたは、けっして死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが、神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」

そこで、エバは、善悪の木の実をみると、賢くするというその実が、いかにも好ましく見えたのです。そして、エバは、実を取ってみたら、死にませんでした。

 

神様は、触ったら死ぬとは言っていません。触ってもいけないと言われたのです。

エバは、触っても大丈夫だったと考え、そのまま木の実を食べてしまったのです。

 

そして、善悪の木の実を触っただけではなく、食べていたエバが、死んでいないのをみて、アダムも、同じように賢くするという実を食べてしまったのです。

 

すると、ふたりの目は開かれ、ふたりが裸であることに気づき、彼らは、いちじくの葉で、体を隠し、神様からも隠れてしました。

人間は、その実を食べた瞬間、今までの存在は死に、新たに悪という概念を理解し、悪のプログラミングをその脳と身と霊に宿してしまったのです。

 

神様が、人間にとって善のプログラミングの父であったのなら、悪のプログラミングの父は、蛇に入り込んだ悪魔となったのです。

 

 

 

 

4、愛による試練という呪い

足のある神様は、アダムたちを探しました。

「あなたはどこにいるのか」

 

「わたしは裸なので、恐れて、隠れました」とアダムは答えました。

神様は問いました。

「あなたが裸なのを誰があなたに教えたのか。取って食べてはいけないと命じておいた木から食べたのか」

 

「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです」

神様は、エバに言いました。

「あなたはなんということをしたのか」

 

「蛇がわたしを惑わしたのです。それで私は食べたのです。」

 

神様である主は、蛇に宣言された。

「おまえが、こんなことをしたので、おまえは、あらゆる家畜、あらゆる野の獣よりものろわれる。おまえは、一生、腹ばいで歩き、ちりを食べなければならない。

わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。

彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく」

 

説明

※ドラゴンであった蛇は、地をはう生き物となり、ちりを食べるような忌み嫌われる存在とされる。悪魔は昔から忌み嫌われ続けているからです。

子孫とは、血によるものだけのことではありません。脳にプログラミングされた知識や知恵、悪の知識、悪の知恵を受け継ぐ者たちのことです。

そして、神様は、善による子孫と悪による子孫に間をつくり、悪の子孫に敵意を置き、女の子孫、処女の子から生まれる救世主を預言されたのです。

その救世主である彼は、悪魔の頭を踏み砕き、悪魔は、救世主のかかとにかみつくというのです。

 

また、神様は、エバに言われました。

「わたしは、おあなたのみごもりの苦しみを大いに増す。あなたは、苦しんで子を産まなければならない。しかも、あなたは夫を恋慕うが、彼は、あなたを支配することになる」

 

※女性にこのような試練を与えたのは、子を大切にさせるためです。苦しんで産んだ子を母親は、ないがしろにはできず、大切にしようと考えるからです。痛みをともなった子にも、ないがしろにする女性がいますが、もし、痛みがなければ、さらにそのような女性も沢山、存在することになったかもしれません。試練は、人間のために与えられているのです。

また、女性は、男性に支配され、コントロールされて、ないがしろにされてきました。今でも、女性は仕事でも重役などにはつけず、プライドの高い男性の下に追いやられています。

 

また、神様は、アダムに言われました。

「あなたが、妻の声に従い、食べてはいけないと、わたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。」

※男は、力もあり体力もあることで、仕事などをして、家族を養わなければいけなくなったのです。罪をおかす前は、祝福されていたものが、仕事量が増えて、一生苦しまなければいけなくなったのです。

これらの試練であり、呪いは、いまだに男女関係のトラブルの元になっています。夫婦喧嘩などでも、よく題材にされています。働いて家族を養っている夫のプライドと愛を求め慕うが、夫に支配される女性。お互いのストレスのぶつけ合いです。蛇や悪魔の認識もまた、現代でも同じように受け継がれているのです。

 

ですが、これらの試練やのろいは、神様からの愛です。

なぜなら、人間が悪をしても、何の苦役もなければ、人間は悪を平然としはじめてしまうからです。悪をすれば、試練が増し加えられることを知れば、人は、悪から遠ざかろうとするのですね。人間が悪をして滅びないように、試練を与えて、悪に打ち勝つように、定められたのです。

 

 

アダムとエバは、天国であったエデンの園から追放されました。

神様は、彼らがまた、いのちの木から取って食べて、悪がありながらも、永遠に生きる存在にならないように、エデンの園とともに、いのちの木は、封印され、また、足のある神様からも遠ざけられたのです。

いままで、いつも一緒にいてくださった足のある神様は、人間の目の前からいなくなり、人は、畑を耕しながら、神様を崇拝し続けたのです。

 

ですが、彼らには、希望がありました。

それは、救世主の存在です。

自分たちの子どもの中から救世主が生まれ、その子が悪魔を倒し、エデンの園に戻してくれると信じたのです。

また、神様は、裸であった体をいちじくで隠すのではなく、動物のいのちを取り、その毛皮で、人間の服をつくってあげました。人間のおかした罪を動物の血で、身代わりにして、覆われたのです。

それ以来、アダムとエバは、神様から教わったあらゆる知識と知恵を子孫たちに教え続けたのです。

 

神様とは、三位一体である→世界中の宗教に共通している神様の形は、三位一体です。

太陽や月による暦→太陽や月を暦にする文化は、世界中に存在しています。

神様概念→世界中の文化に、かならず神様という概念があり、崇拝している。

畑の形→畑のつくりかた柵の仕方、世界に共通している

処女が救世主を産む→世界中の宗教に、救世主伝説は、存在しています。女神が救世主を産む

唯一の神→どんな多神教でも、偉大な神はひとりで、その他は、人間のように不完全な神々、ピラミッド型である

神様への捧げもの→世界中の宗教に、神様への捧げもの、生贄の儀式がされている

 

世界中の国や文化には、言葉が違うのに、なぜか共通点が、多数存在しています。

それを聖書は、明確に説明してしまっているのです。

 

 

アダムとエバは、神様から教えられた善のプログラミングである知識や知恵をこどもたちに授け、暮らしていきました。

アダムという名前は、複数形です。「アダムたち」とも訳せます。

アダムは、人間の最初の人であり、その後に生まれる子孫たちは、アダムの遺伝子を受け継ぎ、アダムは、人間にとってはじめてであり、子孫によって体や霊さえも引き継がれる存在となったのです。

もちろん、エバは、そのアダムの一部の骨から生まれ、アダムとともに、最初の女性として、子孫を残していったのです。

 

神様が人間のために、与えた試練とのろいは、救世主へと希望として託されていくのです。

 

5、カインとアベル

アダムとエバは、こどもを産みました。

自分たちのこどもである男の子が、救世主になると信じて、カインとアベルを産みだ育てました。

カインが、エデンの園へと自分たちを返してくれるものだと考えていたことでしょう。

 

カインは、特別扱いをされて、育ったかもしれません。もちろん、アベルが救世主かもしれません。アダムとエバには、解らなかったのです。

 

カインとアベルの兄弟が、大きくなると、ふたりは、神様への捧げものをすることになりました。

神様が、どちらを救世主としてくれるのか、アダムとエバは、期待したことでしょう。

 

アダムは、神様から畑仕事の方法を教わりました。また、動物の血によって罪を贖うように神様から守られもしました。ですから、ふたりの息子に、それぞれの方法で、神様に捧げものをするようにしたのです。

 

カインは、畑仕事をする人でした。カインは、姉または妹なのか、母なのか、誰かを使って、自分の育てた作物を神様に捧げようとしました。

 

アベルは、家畜を飼育する仕事をしていました。カインは、その中から、もっとも最上な子羊を選び、それも自分の手で、神様に持っていきました。

 

すると、神様は、アベルを選ばれたのです。

アベルは、自分の手で、最上の捧げものを選んだからでした。

 

カインは、弟アベルが選ばれたことに、憤りを覚えました。アベルが邪魔だと思ったのです。

神様はカインをみて言われました。

「あなたは、なぜ憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。あなたが正しく行ったのであれば、受け入れる。ただし、あなたが正しく行っていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」

 

ですが、カインは、アベルを野に連れて行き、襲い掛かったのです。そして、カインは、弟アベルを殺してしまいました。

 

カインは、悪魔の子孫の割合が高い子だったのです。その生活からか、悪の遺伝からか、カインは、弟アベルや家族への愛ではなく、邪魔なものとして、苛立ちをアベルに向けて、殺してしまったのです。邪魔者がいなくなれば、自分のストレスが無くなると衝動的に、行動してしまったのでしょう。

人間にとってはじめての競争であり、プライドが、彼をそのようにしてしまったのです。

 

神様は、カインに言いました。

「あなたは、なんということをしたのか。あなたの弟の血が、その土地からわたしに叫んでいる。今や、あなたはその土地にのろわれいる。その土地もはや、なたのためにその力を生じない。あなたは地上をさまよい歩くさすらい人となるのだ。」

 

カインは、自分のしてしまったことの重大性に気づき、神様に言いました。

「わたしの咎は、大きすぎて、にないきれません。あなたは今日わたしをこの土地から追い出されたので、私はあなたの御顔から離れ、地上をさまよい歩くさすらい人とならなければなりません。それで、私に出会う者は、誰でも、わたしを殺すでしょう。」

 

「だれでもカインを殺す者は、七倍の復讐を受ける。」そこで、神様は、カインを守るために、「しるし」を与えられたのです。

 

※カインは、はじめての競争からのストレスから、弟アベルがいなくなれば、解放されると思って、殺してしまいましたが、殺したことで、家に帰ることもゆるされず、土地から追放されることになりました。カインは、神様の言葉で、自分がとんでもないことをしてしまったことに気づき、のろわれた自分をみたら、他の人間は、自分を殺すだろうと考えました。ですが、神様は、カインへの愛を消してはいなかったのです。神様は、カインを守るために、しるしを与えられたのです。

「しるし」というと形あるマークのように考える人がいるかもしれませんが、しるしは、形だけではなく、色でも表されます。カインを守るために、与えられたしるしとは、肌の色だったかもしれません。

カインは、はじめて黒色の肌を手に入れた人物だった可能性もあるのですね。

アダムは、茶色。エバは白。カインは、黒色となったのです。

 

世界中の人間の種類が、3種類ということを現代人は、知っていますが、それは中世の大航海を経て、やっとわかったことです。

聖書は、2000年前から変わらず守られていた書物なのに、その書物には、世界の人間には3種類いるということが書かれているのです。

もちろん、中間色もいます。

 

黒という色は、悪いものではありません。宇宙も黒なら夜も黒だからです。影も黒色です。神様が創られた色なのです。

黒自体は、悪いものではないのです。ですが、世界的にみても、黒色は、なぜか暗いイメージやダークなイメージがあります。

魔女やお化け、悪魔的なものは、黒色や闇に潜んでいるというイメージです。

 

それらは、はじめての殺人をしてのろわれたカインから来ているかもしれません。ですが、カインに与えられたしるしは、カインのため、カインへの愛のために、神様が与えられたのです。カインを殺してはいけないという約束なのです。

 

カインは、その後、姉または妹とともに、子孫を残していきます。そして、カインは、大きな罪をすることなく、生きていったことでしょう。聖書には、その後のカインの様子は書かれていないからです。

 

ですが、そのカインの子孫から多くの悪魔的な思想が生み出されていきます。悪魔は、カインから受け継がれた人間の闇の部分にめをつけ、忍び寄っていくのです。カインの子孫は、あらゆる発明をして、音楽の楽器の発明や鋳造などをして、力を蓄えていくようになるのです。

そして、妻も複数持つようにも、はじめて行ったのは、カインの子孫でした。

また、恐ろしいのは、カインのために、神様が与えた言葉、七倍の復讐を自分たちの都合のいいように捏造し、ルールとしていったのです。

自分たちに何かをした人間は、七十七倍だとしていったのです。

 

復讐には、復讐をと、残酷さが増していき、悪魔宗教などが広がっていくことになるのです。

 

アダムとエバは、カインとアベルを失いましたが、セツというアダムそっくりなこどもを産みました。

そのセツの子孫たちは、善のプログラミングが多く、神の子孫の割合が高い人たちでした。

悪の情報や知識がないので、素直で、純粋でしたが、逆にいえば、騙し放題だったことでしょう。

 

カインの子孫たちは、嘘や歪曲した思想を発明し、嘘を知らないセツたちの一族から、奪い取り、利益を増やしていったのです。

悪をすればするほど、利益になるというおいしさから、悪が増大していくことになるのです。

6、巨人の中の巨人ネフィリム

カインの子孫から悪が発明されていき、悪魔を崇拝する悪魔宗教が広まっていきました。

悪魔宗教家たちは、堕天使をその身に入り込ませることで、悪魔の子孫を産もうとしたのです。

人間の体にはいりこんだ悪魔は、人間の娘たちを自由に、選び子孫を増やしていきました。

その娘の中には、セツの子孫もいたかもしれません。

 

この時代の地球環境は、恵まれていたので、遺伝子が傷つかず、綺麗な女性や男性が多く、長寿でした。

悪魔たちは、綺麗な娘たちとの間に、子孫を残したのです。

 

そして、生まれたのが、遺伝子が傷ついたように、巨大な存在、ネフィリムでした。

この時代の人間は、現代人からみれば、巨人でしたが、ネフィリムは、そんな巨人たちよりも、さらに巨大な人間だったのです。

 

このネフィリムが誕生したことによって、急激に、世界は悪しかしなくなり、悪が満ちていったのです。

7、ノアの大洪水

世界が、悪に満ちて、人間たちは、悪しかしなくなったのをみて、神様は悲しまれました。

そんな世界にも、ノアの家族だけは、善のプログラミングを受け継ぎ、善を大切にしていたのです。

神様は、水によって、世界を滅ぼすことを決められましたが、ノアの家族だけは、守る約束をされたのです。

 

ノアたちが、大雨が降り、世界が滅びることを人々に教えたのですが、誰も信じませんでした。

雨という存在を知らなかったからです。

大洪水になるなど、だれも信じなかったのです。

 

ノアの家族は、巨人の体で、神様から教わった船を120年かけて、作り上げました。

巨大な船です。

これだけ時間がかかったのは、高い山に船を造ったからかもしれません。

 

この時代は、空の上に水または氷があり、そのおかげで、酸素量は、現代の3・4倍になり、すべての生き物は、長寿で、巨大になっていました。

恐竜が巨大だということは、その巨大に成長するまでに、食物があったということです。その食物も巨大でなければ、恐竜は育ちません。世界規模で、現代とはまったく違う環境だったのは、間違いないのです。

 

地球全体が温暖だったということは、北極や南極も寒くなく、恐竜などに乗って、世界中を旅した巨人もいたことでしょう。

ですが、この温暖だということが、洪水の原因になった可能性があります。

太陽によって時折、フレアがまきあげられ、地球へと影響を及ぼします。

現代の地球なら、すこし温度が上がった程度で終わっても、当時のすでに温暖化している環境では、地球全体が、熱を持つことになり、地の下にある水も、膨張してしまったのかもしません。

 

世界中の海に、断層というものがありますが、その断層は、地球内部からなにかが噴き出したかのように、えぐれているのです。

地球内部に沢山、存在した水が、地球が温度によって膨張したことで、吹き出しはじめ、大量の水が、世界へと噴き出しはじめたのです。

それとともに、空の上になった水または氷にも影響を及ぼし、地球を覆っていた水が、無くなったのか、それとも地球へと降り注いだのか、ものすごい気候変化があり、大雨を呼んで、大洪水が起こったのです。

 

ノアたち家族は、巨大な船に、赤ちゃんの生き物たちを大量に乗せて、準備していた食料とともに、船に乗り込みました。

 

あるものは、卵のままだったかもしれません。

 

巨大な船であっても、巨大な生き物たちを乗せれるわけもないので、まだ育ち切っていない赤ちゃんなどを乗せたことでしょう。

 

食料も最小限で済みます。

一番、食べたのは、ノアの家族だったことでしょう。

 

水は、外に沢山あります。現代でこそ、海は海水ですが、それは陸から溶けた岩塩などが海と混ざったからで、当時の海は、淡水だったのです。

船の形は、たぶんですが、四角い箱のようなものだったことでしょう。

 

箱なら、大洪水で波や水を大量にあびても、ひっくり返るぐらいで、水は入ってこずバランスが取れるからです。

 

英語では、方舟はBOXSHIPまたは、ARKと言われています。

 

契約の箱の由来になります。

 

ノアは、洪水が、落ち着き、水がひきはじめると、船からカラスなどを飛ばします。ですが、鳥は、すぐに帰ってきます。

そして、数日後、つぎは鳩を飛ばすのですが、戻って来ませんでした。

 

陸地が顔を出しはじめたことを知ったのです。

 

ノアの家族は、山の山頂付近に顔をみせた陸に、船を置いて、動物たちと2度目の世界をつくりはじめることになるのです。

 

神様は、もう二度と水では、世界を滅ぼさないと約束し、その約束のしるしとして、虹をかかげられます。

地球を覆っていた水もなくなり、雨が降るようになって、虹が出現するようになったのです。

 

 

8、新しい世界

ノアの家族が大洪水から生還し、地球の環境は、激変しました。

断層から湧き出した水と空の上にあった水なども雨として、落ちたのか、それは定かではありませんが、その断層から噴き出した水が、内部の圧力を吐き出し、また地下へと水が戻っていったのです。

少しずつ、水が元の推移に戻ると、ノアの家族たちも、大地に戻りました。

 

生き残ったのは、ノアとノアの嫁。そして、3人の息子とそれぞれの息子たちの嫁の8人でした。

ノアの息子たちは、三つ子でした。ですから、ノアと同じように、息子たち セム・ハム・ヤペテは、黄色人種だったと思われます。アダムと同じ茶色の肌です。

 

ですが、エバの遺伝子も入っているので、神の子孫であるセツの中には、白人もいたことでしょう。

ではなぜ、現代人は3種類の肌なのでしょうか。

 

それは、息子たちの嫁によるものです。

セムの嫁が、黄色人種。ハムの嫁が黒肌。ヤペテの嫁が白肌。

 

ノアを中心として、神の教えが伝えられます。

 

世界中の宗教に、共通点がある理由がこれです。

 

ノアは、ぶどう酒を作ることができる人物で、ひとりで、お酒を飲んで、神様に感謝を捧げ、裸のまま寝てしまいました。

すると、その姿をハムの息子のカナンが、観ていたのです。

ハムは、息子カナンの異変に気付き、セムとヤペテにいって、ノアの裸を隠させました。

 

ノアが起きると、裸ではなかったので、話を聞くと、カナンの異変について怒りを表し、「カナンは呪われよ。」と言いました。

2度目の世界の創造のはじめての同性愛者でした。

 

悪を教わったわけでもないカナンですが、遺伝的にも、カイン族の血がそれを可能にしたのです。

 

また、セムは、世界を救い、ヤペテは、世界を支配すると預言されました。

 

カナンは、セムの奴隷となると言われました。彼らの子孫の預言です。

 

ハムの嫁は、エジプタスという名前だったという説があります。聖書には書かれていません。

エジプタスは、世の終わりを知り、ハムに助けられたのか、ノアの家族とともに、生き残ることができました。

神様の導きでしょう。

 

エジプタスは、優しいハムと一緒になり、ノアの教えを守り、神の子孫として歩もうとしたはずですが、息子のカナンが呪われよと言われたことで、彼女のカイン族の血も湧き出したかもしれません。

このカナンから悪魔宗教が生まれ、世界に苦しみを生み出し始めます。

 

そして、ハムとエジプタスの嫁から生まれた子たちは、黑寄りの肌の茶色か、黒色として、世界に広がり、エジプトなどを作り上げたと思われます。

 

ノアの教える神とカナンの教える悪魔との情報が錯そうする中、カナンの甥のニムロデが、人間ではじめての王様となります。

 

ニムロデは、神の教えと悪魔の教えを両方組み入れた思想の多神教を生み出し、世界に基準を設けました。

自分を王。嫁を女神。息子を救世主として、アダムとエバに残された預言のような宗教で文明を造り出し、支配しました。

 

クリスマスは、このニムロデの誕生日12月25日から来ていたり、太陽のマーク、天皇の菊紋も、ここから来ていると言われています。

 

この時代は、1つの話し言葉と文字を使って、あらゆる種族が力を合わせていたので、神様を追い越そうと、バベルの塔を建て始めると、神様は、言葉をバラバラにされ、土地に離させ、会話が成立しないようにされたのです。

世界中の文化や宗教には、共通点があるにも関わらず、言葉がバラバラだという不思議についても、聖書では説明しているのです。

 

のちの王たちは、この世界を支配したニムロデのようになりたいと、目指し始め、ニムロデのやり方を真似た思想で、国や帝国を作り始めました。

 

9、アブラハム

①神 ②悪魔宗教 ③善と悪のハイブリット多神教

これらで広がっていた世界や文明に、アブラムという人物が生まれます。

多神教の神官であった父の息子として情報を持っていたアブラムは、ノアの教えであった一神教を信じました。

多神教ではなく、一神教の信仰を持って、文明があったところから離れ、腹違いの妹を嫁にして、旅を続けました。

 

アブラムは、人生の旅の中で、悪魔宗教で染まった町、ソドムとゴモラの滅びも目にしています。

ソドムとゴモラは、一瞬で塩と硫黄となり、滅んだのです。

 

アブラムの嫁サライは、とても美しい女性でしたが、不妊の女性でした。こどもが出来ないという悩みを抱え、アブラムを使用人の娘から息子を獲ようと考えました。アブラムは、反対したのですが、サライの熱意に負け、子を作ります。

それが、のちのイスラム教を生み出す、イシュマエルです。

 

ですが、その後、天使が現れ、アブラムは、100歳になって子をサライとともに授かると言われるのです。

サライも90歳です。

ですが、この時代は、まだ大洪水前の環境が残っていた時代ですから、現代人よりも長寿です。

ですが、100歳と90歳から子が生まれるという預言をもらい、アブラムも、アブラハムという名前をもらい、サライもサラという名前をもらうことになり、そのふたりから、イスラエル人になるイサクが生まれたのです。

 

イシュマエルは、イサクをいじめたということで、アブラハムたちから追い出されます。

ですが、神様は、イシュマエルを祝福すると約束をするのです。

 

イサクは、アブラハムとサラから可愛がられるのですが、神様は、そのイサクを生贄にするように命じられます。

アブラハムは、翌日、疑うこともせず、大切なイサクを山に連れて行き、生贄にささげようとするのですが、神様は、ナイフが振り下ろされる瞬間を止めて、動物の生贄を与えます。

そして、アブラハムは、自分の愛する息子をも神様のために、捧げるという信仰から義とされ、アブラハムの子孫は、祝福されていくのです。

 

そのイサクもリベカという嫁を得て、ヤコブ(シュモウ)が生まれ、そのヤコブは、夢で神様と組合になり、3度勝利します。

そして、神様からイスラエルという名前をもらいます。

イスラエル人は、神様と相撲をするという行事をするようになるのです。

 

そのイスラエルから12人のこどもたちが、生まれ、そのひとりが、ヨセフです。

このヨセフは、大文明を築いていたエジプトに奴隷として、捕まるのですが、奴隷の立場から、王様の次に位の高い地位にまで出世します。

そして、父親のイスラエルや11人の兄弟たちをエジプトで、暮らせるように手配します。

 

それ以来、イスラエル人は、エジプトで増え広がっていくのです。

10、モーセ

イスラエルの息子ヨセフの計らいによってエジプトで400年間、イスラエル人は、増え広がっていくことができました。ですが、そのヨセフのことを知らない王様の時代になり、受け入れていたイスラエル人は、エジプトの奴隷としての扱いをされはじめたのです。

あまりにも、繁殖力の高いイスラエル人をエジプト王は、邪魔だと考え、男子が生まれたら、その子を亡き者にするような命令さえも出したのです。

モーセはその時代に生まれました。

モーセの母は、どうしても、我が子を手にかけることが出来ず、桃太郎のように、川に流しました。

すると、エジプト王の妹が、丁度川で、水浴びをしていたのですが、川から流れてきた可愛い赤ちゃんをみて、悲しみを覚えて、モーセを自分の子として育てはじめたのです。

そして、モーセの実の母を授乳として雇い、モーセは、エジプトの文学とイスラエル人の歴史の間で、生まれ育ったのです。

 

モーセが青年になると、エジプトは、激しくイスラエル人に危害を加えていました。それをモーセが止めにはいると、エジプト人をそのまま殺めてしまったのです。そして、エジプト王からいのちを狙われるようになってしまったので、モーセはエジプトから外へと逃げ延びたのです。

そして、モーセは、エジプト人でも、イスラエル人でもない種族の娘と結婚して、暮らしていましたが、ある日、モーセが山に登ると、神様に声を掛けられるのです。

 

そして、エジプトに奴隷にされているイスラエル人を解放するように、命じられます。

口下手だったモーセは、兄のアロンを使って、本当の神様のことをイスラエル人たちに、伝え始めるのですが、イスラエル人たちは、モーセを信じようとはせず、エジプトも自分たちを解放するわけがないと考えました。

エジプト王も、労働力であったイスラエル人がいなくなれば、エジプト人が働かなければいけなくなるので、解放することを拒否しました。その時の王は、モーセの命を狙った王ではなく、その王はすでに死んでいて、跡を継いだのは、モーセとともに一緒に育った王でした。

モーセの話は聞いてくれるのですが、モーセのいうことは、聞きませんでした。

そこで、モーセは、10の災いをエジプト王にみせます。

 

それでも、王は頑なに、イスラエル人を解放しなかったのですが、自分の子と、エジプト全土の初子が死んでしまったので、ついに、イスラエル人を解放しました。イスラエル人を解放するとエジプト人たちから奴隷というアンドロイドのような存在がいなくなるので、王が責められるという懸念があったのですが、すべてのエジプト人たちに災いが起こったことで、エジプト人たちも、イスラエル人を解放することを容認しはじめたからでした。

そこで死んだ王の子が、ツタンカーメンだと言われています。

 

イスラエル人たちの子は、モーセの言う通りに、羊の血を扉の柱と梁に塗ることで、守られたのです。

この柱に血を塗る文化は、のちに、鳥居となるのです。

 

モーセは、イスラエル人の大衆120万人にも及ぶ人々を連れて、約束の地、カナンの地を目指しました。

 

ですが、エジプト王は、はやり思いなおし、イスラエル人を追うように、兵を出したのです。

 

追われるイスラエルの群衆とそれを追うエジプト兵です。

 

イスラエル人の前には、巨大な川(海)が立ちふさがり、追い込まれるのですが、モーセがアロンの杖で、水をさすと、水は、裂けて道をつくりました。

イスラエル人たちは、その道を渡って、反対側の土地へと到着し、その道を使ってエジプト兵は、イスラエル人を追うのですが、モーセが、また水でその道を塞ぐと、エジプト兵たちは、おぼれ死んでしまいました。

 

イスラエル人たちは、そこから荒野を渡っていくことになるのですが、荒野ですから、食料も水もありません。その状況をみて、次々とモーセに文句をいう人々が現れます。エジプトにいたほうが良かったと言う人まで出始めました。

モーセは、頭を悩ませ、山に登ると、神様から十戒をもらい、イスラエル人を神の子孫として洗練することを命じられました。

 

そこで、モーセは、イスラエル人たちに、本当の神様が守ってくれると教えようとしたのですが、イスラエル人たちは、モーセが、山に登っている間に、カナン人の神、悪魔の宗教であるバアルを金を使って拝んでいたのです。金で造られた牛でした。

バアル信仰は、ノアの教えた神概念をそのまま引き継ぐような神概念で、とても似せて造られていたのすが、似て非なるものであり、真逆の悪魔宗教でした。

本当の唯一神信仰に余りにも似せて造られた宗教なので、イスラエル人やエジプトでも、信仰されてしまっていたのです。

 

モーセは怒り、その偶像を壊しました。

モーセは、本当の神様の教えを荒野で、40年間イスラエル人たちに、伝えイスラエル人の文化が、そこで固定されていったのです。40年も経つとエジプト文化に毒されたイスラエル人ではない次の世代が聖書の民として、育ったのです。

40年も荒野で、どのように生きてきたのか、それは、神様から与えられたマナという食べ物のおかげでした。

マナとはどのような食べものなのか>>

 

そして、イスラエル人たちの脳に、本当の神様の知識と知恵が増し加わった時、荒野から出ることがゆるされ、ついに約束の地へとたどり着いたのですが、その前に、モーセは寿命で死んでしまいました。

モーセは、モーセ五書トーラーを口伝または、羊の皮に残し、イスラエル人は、400年ぶりに、カナンの地へと踏み入れることになるのです。

11、カナン人との戦い

現代では信じられないかもしれませんが、200年前まで、白人が、世界中に聖書の人権を共通のルールとして打ち立てるまで、世界中の文化は、人間が人間を食べるカニバリズムというもので広がっていました。カナンニズム、カニバリズムです。

 

200年前で、それですから、紀元前の時代はどうだったのかを考えると、カナン人たちがしていたことは、どれほど恐ろしいものだったのかということです。

 

カナン人たちも、巨大な勢力だったエジプト軍を倒した神の民であったイスラエル人たちが来ることを恐れました。自分たちが悪魔側であったことを認識していたのです。

聖書の神、ノアから言い伝えられていた神様は、人間のために、この世界を創られたので、人間は決して生贄にはしてはいけません。ですが、悪魔宗教は、動物を生贄にするという発想から人間を生贄にするという発想へと歪曲させ、ノアの教えを冒涜しながら、混乱を造り出していったのです。

詐欺師が、ダミー会社を作ったり、オウム真理教が仏教やキリスト教を語ったりするようにです。

中国が、ドラえもんをロボット猫として、キャラクターを作るようにです。

 

似せて造り、利益を獲ながら本家を冒涜するのです。

 

それらの悪魔宗教のアイディアのルーツであったのが、カナンであり、カナン人です。

 

神様は、このカナン人に400年間、生きていくのに十分な環境と祝福を与えていたのですが、それをいいことに、カナン人は、悪を増大させてしまっていました。

そこで、神様は、カナン人を一人残らず、滅ぼすように、イスラエル人に命令を下します。

モーセの継承者であったヨシュアは、力強く、その約束を守り、次々と、カナン人を打ち破るのですが、ヨシュアの跡の継承者たちは、カナン人を滅ぼさないようにしてしまいます。彼らを奴隷にしようとしはじめたのです。

イスラエル人から多くの獅子といわれる勇者たちが生まれてはカナン人たちと戦うことになります。有名な怪力のサムソンもこの時代の人でした。

 

イスラエル人は、多くのカナン人たちを打ち破り、その約束の地を手に入れました。

そして、イスラエル人独特のコミュニティを作り始めたのです。

 

神様は、何度もカナン人を滅ぼすようにいい、悪魔宗教をいれてはいけないと忠告しました。もし、カナン人の娘と結婚したり、悪魔宗教をするようになれば、イスラエル人は、周辺諸国から弾圧され、世界中にバラバラにされ、東の果ての島々で、また木や石の神々に苦しめられ、拝むようになると預言を下されるのです。

12、ダビデ王とソロモン

イスラエル人のコミュニティは、本当の神様とつながる預言者たちが民へと律法を教え、その民たちが神の基の民主主義で、成立していました。現在の日本と少し似ているかもしれません。

サムエルという預言者が、イスラエルのコミュニティに神様の支持を与えていました。

イスラエル人は強く、平和な生活を確保して、問題がありませんでしたが、イスラエル人の中から周辺諸国のように、王様を建てて、戦力を一点集中させるリーダーを建てるほうがいいという提案を受けるようになります。

預言者サムエルは、反対したのですが、民たちは、王様を建てることを強く望みました。なぜ、王様を建てる必要があるのか、王様を建てるという危険性があることもあるのにと考えるのですが、サムエルが神様にどうすればいいのか聞くと、神様は民たちのいうようにしなさいと言われたので、サムエルは王を建てることにしました。

そして、最初の王様、サウル王が誕生します。

 

サウル王はとても強く、連戦連勝していきました。

ですが、サウルは、神事を違うやり方をしてしまったりすることえ、サムエルから叱責を受けるようになります。サウルを王にしてくれたのは、サムエルだったので、サウルは、サムエルと神様に感謝をしていたのですが、邪魔だとも感じ始めたのです。

そんな時に現れたのが、ダビデでした。

ダビデは、青年の頃から、巨人であったゴリアテを倒すという快挙を成し遂げ、人気が出始めていたのです。

また、サムエルは、そのダビデを祝福しました。

 

サウル王からすれば、気に入らないのがダビデでした。ですが、サウルの息子は、ダビデと友達でした。

あらゆる人々などの助けをダビデは受けて、サウル王からの暗殺なども、何度も回避し、苦労し続けて生存していくのです。

 

戦争に強かったサウル王ですが、サウルは千を打ち、ダビデは万を打つという評価もあり、サウルは、乱れていき、戦争でも敗北してしまいます。

そして、部下にいって自分を殺させます。

 

サウル王がいなくなって、次に王になったのは、ダビデでした。ダビデ王は、苦労した経験から、人々の心を知る良い王で、神様からも民からも愛され、そして、強くて大きな国を打ち立てたのです。

途中、ダビデは、過ちを犯すのですが、それでも、神様は、ダビデを愛し、ダビデの子孫とイスラエルを守ってくれることになったのです。

 

ダビデの後継者は、息子ソロモンでした。

 

ダビデが亡くなると、ソロモンは、その才能を神様からもらい知識を存分に発揮しました。

周辺諸国との貿易や友好を広め、世界の常識を変えました。

 

今までは、国と国、勢力と勢力が、それぞれ戦いながら、国政をもやり取りしていたのですが、王や支配者は、2つの問題に苛まれていました。

外敵と反乱という名の内敵です。

 

外敵の支配者層と手を組むことで、内部の敵を制圧するという思想を打ち立て、多くの周辺諸国の王や女王たちが、ソロモンのところにきては、その知恵と知識に共感し、それぞれの文化を守ることになっていくのです。

 

イスラエルの国は、ソロモン王の時代に、全盛期を迎えます。

 

ダビデは戦術的に強い王でしたが、ソロモンは、戦略的に、戦争を回避しながら、その恩恵で富を得ていたということです。

内部で反乱やソロモン王に対して、反感を持つようになれば、周辺諸国とわざと戦争をして、国内の問題から国外の問題へと意識を向けさせて、混乱を治めていたのです。

 

ソロモンは、知識と知恵によって、統治していたのですね。

ものすごい利益がイスラエルにもたらされ、ソロモンは、ダビデが出来なかった神様の神殿を黄金で作り上げることに成功します。

そこに黄金のアークである契約の箱とアロンの杖とマナの壺を収め、三位一体の唯一の神様の神殿としました。

 

ですが、ダビデ王の頃とは違い、ソロモン王と民との間には、へだたりが出始めるのです。

 

ソロモンは、周辺諸国との平和的な統治を目指すため、貿易や文化やアイディアを知るために、諸国のことを勉強し続けていました。ですから、神様がしてはいけないというカナン人の娘や他国の娘を妃として、1000人もの女性を妻にして、子を増やしていました。

 

ソロモンは、後世、悪魔宗教に傾き、山の上などに、悪魔の八代を建ててしまします。

神様はダビデのために、ソロモンの時代では、苦しめさせませんでしたが、イスラエル人たちが悪魔宗教に傾いていくことで、怒り、与えていた預言を成就させることにしました。

ソロモンとカナン人との子孫は、カナン人へと知識と知恵を与えてしまい、カナン人は、フェニキア人として貿易に優れた民族へとなっていきます。

悪人に拳銃を渡したようなものです。

悪魔宗教は、表で悪を堂々とすれば、滅ぼされると考え、徐々に表では正しいことをして、裏で悪魔的なことをするようになっていきました。

 

ソロモンは、とても情熱的であり、女性への愛を望む人で、頭の良い人物だったとは思います。彼が悪魔宗教をも受け入れようとしたことは、長い目でみれば、平和の世界を望んでのことだったかもしれませんが、現代にも、そのソロモンのしたことによって多くの人々が苦しめられているのです。

ソロモンのしたことは、ヒトラーや日本の悲劇にもつながることになったのです。

ソロモン王は、天国にいくことになるのかどうかは、難しいところです。事実は事実として覆せないからこそ、悪魔宗教を恐れる必要もないと考え、許可したとも考えられるからです。

 

このソロモンのしたことによって、良くも悪くも、株式や経済によって世界を支配する現在の悪魔宗教、偽ユダヤ人勢力が作り出されていきます。ソロモンは、ここまで読んでしたのでしょうか。そうであれば、頭がよすぎまて、とても人間とは思えません。悪をもって悪を征すると考えたのでしょうか。

13、悪魔宗教とイスラエル人

ソロモンの時代から貿易による他国との安全保障が組み立てられ、民と王などの支配者の差が開き始めました。支配者たちによる団結が、民と政治を切り離していきました。多くの貿易による利益が生まれてはいても、イスラエルの一神教の文化が壊れ始め、イスラエル人の中のヨセフ派、エジプト派が急速に力をつけはじめ、多神教へと変貌していくことになります。

イスラエルの王様も、数人は聖書の教えに基づいて、政治を行うのですが、多くは貿易などに目が行ってしまい、他国の文化を取り入れる振る舞いをしはじめてしまうのです。

モーセの時代から他国の宗教から離れるようにという教えを守らなければ、神はイスラエルを見放し、他国に制圧されると預言されていたのですが、それも耳に入ることはなくなりました。聖書さえも、多くの書物に埋もれてしまい、自分たちが一神教であったことも忘れてしまっていた時代の王様も存在したのです。

何代にもわたってダビデ王の子孫が王として君臨するのですが、民とのいざかいは、深まるばかりで、イスラエルは、南北朝に別れてしまいます。

 

多神教の10部族と一神教寄りの2部族であり、ユダ派です。

 

王に愛想をつかした民たちが、新しい国を造り始め、イスラエルは南北に別れてしまったのです。

ですが、その2つは、滅ぼされてしまいます。

バビロンなどの侵攻によって、多くのイスラエル人は苦役を味わうことになるのです。

 

あまりにも壮絶なイスラエル人に対する苦役のため、人々は悲しみとともに、悩むのですが、研究者たちによってイスラエル人の歴史を振り返えり、文献をあさると、この周辺諸国によってイスラエル人が苦役にあうことが、すでに預言されていたことに気づきます。

そこで、イスラエル人は、多神教をやめて、一神教に復古運動をはじめ、この時代に、ユダヤ教を固く成立させていくのです。

多くのイスラエル人が、一神教を信じて、本当の神に立ち戻り始めたのです。

ですが、12部族のうち、10部族は、世界中に散らばってしまい、これもまた預言通りになってしまったのです。

 

ユダヤ教という熱心な宗教を信じて、数少ないイスラエル人たちの生活が、カナンの地でも、続くのですが、一神教に立ち戻ったことで、イスラエル人たちは、自分たちの国を造ることを許可され、王族の復古も果たしたのです。

12部族のうち、10部族はどこにいったのか、不明です。

どこにいったのか解ってしまうと、また苦役にあわされるかもしれないからです。

それらの時代を守ったのは、ダニエルやイザヤなどの預言者たちでしたが、彼らは預言を多く残しました。ダビデの家から救世主が生まれることなど、数多くの預言を残していったのです。

多くのイスラエル人、ユダヤ人たちは、ダビデのように力強い王様が、世界をイスラエル人に与えてくれると信じはじめ、救世主伝説は語り継がれていくことになるのです。

そして、時代は新約へとはいって行きます。

14、イエスキリストの誕生

イスラエル人の中にふたりの赤子が生まれました。ひとりは、イエス。もうひとりは、ヨハネです。

ダビデの血筋のヨセフとダビデの血筋のマリアに、天使が現れて、処女マリアは、救世主を産むことになることを告げられます。

大昔から世界中で言い伝えられてきた処女から救世主が生まれるという伝承が、ここで現実のものとなるのです。

ですが、ダビデの家系であっても、彼らはすでに一般の民と変わらない身分にまで下がっていました。そして、ダビデの家系ではない王様がイスラエルを支配していたのです。

その王様は、ダビデの家系から王が生まれるという預言が成就しないように、赤子たちを殺すように仕向け始めます。

東の国の博士たちが、マリアたちを助け、宝物を捧げます。

そして、ヨセフとマリアは、イエスを連れて、数年の間、エジプトへと逃れていくのです。

 

天使から偉大な存在になるといわれていたイエスをふたりは、宝物のお金を使っては、丁寧に育てたことでしょう。

イエスは、小さい頃から聖書に詳しく、司祭たちにも劣らない知識を身に着けていたのです。

 

そして、時が経ち、イエス様は、行動に出ることになります。

イエス様が、行動を開始される前からイスラエル人たちの前に預言者といわれていたバプテスマのヨハネが、人々に、救世主がわたしの後にやってくるという情報が流されていました。その人物は、人々の罪から解放してくれると説いていたのです。ですから、人々に水で身を清め、新しくされる洗礼式を行っていました。

そこに、イエス様が現れ、イエス様はヨハネによって洗礼を受けて、神様から祝福を受けます。

イエス様は、旅をはじまるのです。

 

イエス様は、イスラエルを旅して、12人の弟子とイエスを慕うものたちとともに、旅を続けていきます。

バプテスマのヨハネは、腐敗してしまっていたユダヤ教の組織に対して、物をいうことで処刑されてしまいました。ですが、そのヨハネからさらに偉大だとされているイエスに人々の目は注がれていくことになります。

そのイエス様はあらゆる不思議なわざとあらゆる明確な教えによって、人々が数多く集まっていくのです。

1万人を超えるひとたちが集まったことさえあります。

 

ユダヤ教は、イエスのことを無視できなくなっていきます。イエスがユダヤ組織にとって邪魔であったのなら、排除しようと考えはじめるのです。

イエス様は、例え話をすることで、直接的な批判をさけながら、いのちを取られないようにしては、旅を続けました。

 

あらゆる考えのひとたちが、イエス様に集まりました。ローマ帝国を打ち破り、イスラエル人を解放してくれるレジスタンスのリーダーになってくれるとイエス様に近づいた人もいれば、有名になっているイエス様を一度でもみたいと集まって来る野次馬的な人たちもいました。

イエス様は何をするわけでもなく、弟子たちに聖書を教えながら、旅を続けました。

ユダヤ教徒たちの弾圧が激しさを増していくと、イエス様は、弟子たちに言います。

この中に裏切り者がいる。彼はわたしにキスをするというのです。そして、自分は、ユダヤ教徒に捕まり、殺されるが三日後に蘇ると発言します。

 

弟子たちは驚き、何を言っているのか分からずにいるのですが、それらは成就してしまうことになるのです。

弟子のユダが裏切り、イエス様を売り飛ばし、イエス様は、多くのイスラエル人からバカにされながら、処刑されることになるのです。

 

ローマ提督のピラトは、イエスが処刑されるほどの罪をおかしていないこと、また不思議な力を持って、神だとも預言者とも言われていることを知って、イエスの処刑をやめさせようとするのですが、ユダヤ人たちは、それをゆるしませんでした。

もし、イエスを十字架刑に架けなければ、イスラエルは、ローマに敵対するとまで脅しをかけてきたのです。

ピラトはすべての罪は、わたしではなく、お前たちにあるとして、仕方なく、イエス様を十字架刑に架けることに許可しました。

 

ピラトはイエスにも、弁解の余地を与えたのですが、イエス様は羊のように何も語らず、ピラトにそのようにしなさいとだけ言い渡すと、大勢に罵声をあびせられながら、イエス様は、十字架を背負いながら、ゴルゴダの丘を登り始めるのです。

 

そして、いばらの冠をつけられ、十字架刑によって処刑されたのです。

 

弟子たちは、イエス様の弟子だということを隠して逃げていきました。最悪の状況の中、イエスの処刑は行われたのです。

そして、息絶えると大地震が起こり、神殿の幕は破れ、大勢がどよめきました。

彼は本当の神だったと叫ぶ人もあったほどです。

そして、その遺体は、ローマ帝国によって厳重に監視つきで保護されたのです。

 

イエスの遺体を盗んで、イエスがよみがえったと嘘の情報を流されないためです。

ですが、イエス様は、蘇られました。門番たちは天使の顔をみて気をうしないイエス様は、大勢の弟子たちの前に現れたのです。

 

そして、十字架刑の意味、イエスキリストの旅の意味、すべての意味を弟子たちに教えたのです。

すべては、旧約聖書に書かれていた預言通りのことであったことが、はじめて弟子たちは理解したのです。

すべての人々、アダムからはじまって人間の罪を神様であるイエス様が、背負って身代わりに死んでくださったことを理解したのです。

 

イスラエル人たちが動物の生贄を罪の贖いとして続けてきた意味も、アダムとエバによる罪から、いばらやあざみによる呪いさえも、イエス様のいばらの冠によって血を流されたことによって、解放されていくことになることを理解したのです。

弟子たちは、すべての意味を知って、信仰を強めたのです。そして、イエス様は蘇られ、生きたまま天に昇られていきました。

イエス様が生きていた時でさえも、イエス様を見捨てた弟子たちでしたが、イエス様が天に昇られ、いなくなった後でも、いのちをかけて、福音を延べ伝えはじめたのです。

彼らは、ユダヤ教徒からも、ローマ帝国からもいのちを狙われ続けているにもかかわらず、次々とキリスト教徒を増やしていくことになるのです。

彼らの命がけの行動が、イエスキリストの復活の証明になったのです。

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