聖書

バプテスマのヨハネとはどのような人物だったのか

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聖書を少し知っている人だとバプテスマのヨハネの存在を知っています。

ですが、そのヨハネの重要性やその意味については、曖昧な人が多いかもしれません。

 

バプテスマのヨハネは、どのような人物で、なぜ重要だったのでしょうか。

1、バプテスマのヨハネは、実在したのか

パブテスマのヨハネを語る時、偽キリスト教徒のような聖書を語る学者などが、ヨハネの存在を否定するという、とんでも論を展開したりします。

当たり前ですが、バプテスマのヨハネは、実在しました。

 

もし、バプテスマのヨハネは、実在しなかったなどと言う人がいたら、その人は、ユダヤ教やキリスト教は存在していないと言っているトンデモ論を言っているのと同じだと考えましょう。

なぜ、必ず、バプテスマのヨハネは、存在したと言えるのでしょうか。

 

それは、イエスキリストと原始キリスト教とたちの存在によって証明されているからです。

 

まず、イエスキリストの存在は、キリスト教を否定するユダヤ教でさえも、否定しない事実です。

ユダヤ教徒は、イエスについて、神や救世主ではないユダヤ教の神を冒涜した存在だと考えました。だからこそ、十字架刑に架けたのです。

ですから、ユダヤ教は、イエスの存在までも否定するのではなく、イエスという人物はいたことを証明し続けているのです。そして、十字架刑にかけたことも事実だと否定しません。

ですが、イエスは神でもなければ、救世主でもないと否定するのです。

 

ユダヤ教でさえも、否定しないことを現代の学者が否定するのは、ユダヤ教を根底から存在しない無視するという行為だということで、トンデモ論でしかないのです。

 

イエスキリストの存在は、神か救世主かは別にして、確実に存在したのです。

 

では、なぜバプテスマのヨハネは、存在したと言えるのでしょうか。

 

それは、原始キリスト教徒が、ユダヤ教だけではなく、ローマ帝国からも迫害されていたからです。

ローマ帝国は、ローマの支配を壊したくありません。ですから、ローマは多神教で、宗教や文化に寛容さをみせて、あらゆる諸国の尊厳を認め、反乱や反対意見を抑えていたのです。

ローマ帝国は、ユダヤ教も1つの宗教として認め、イスラエルの土地(カナンの地)を治めさせていました。

そのユダヤ教を揺るがすかもしれないキリスト教は、ローマ帝国からしても、邪魔だったのです。

 

もちろん、ユダヤ教も原始キリスト教が邪魔でした。この巨大な2つの勢力は、キリスト教徒を見つけては、殺していたのです。

 

ですが、原始キリスト教徒を殺すにしても、大義名分がなければ、殺すことなどできません。ですから、あらぬ疑いなどをかけては、キリスト教徒をユダヤ教徒とともに迫害し続けていたのです。

 

では、歴史的にも、原始キリスト教徒を迫害していたこの2つの存在がいるにも関わらず、新約聖書に、存在もしないバプテスマのヨハネなる存在を書いて、キリスト教を肯定したとしたらどうなるでしょうか?

 

正しい真実や事実で歩んでいても、迫害されていたのに、キリスト教徒が勝手に自分の都合のいい実在しない人物をその書物に書いていたら、明らかに、さらなる迫害がされるのです。

 

実在しないバプテスマのヨハネを新約聖書に書くということは、ユダヤ教徒やローマ帝国に、「わたしたちを殺してください」と言っているようなものなのです。

 

そうです。新約聖書とはそのような厳しい審査の中で造られたので、一言一句、真実のことを書かなければ、その嘘の言葉が、自分たちを苦しめてしまうことになった時代なのですね。

 

福音書にしても、その他のの箇所にしても、裏付けと真実の出来事でなければ、書くことなど出来なかったのです。

 

特に、バプテスマのヨハネには、多くの人々が、集めり、バプテスマという洗礼の儀式を受けていました。

そのような有名人が実在しないなどという学者や牧師、神父などは、明らかに偽物だと言えるのです。

当たり前ですが、バプテスマのヨハネの存在は、ユダヤ教徒もローマ帝国も否定できない事実だったので、存在しないということを理由にキリスト教徒を迫害できなかったのですね。

それほど有名なバプテスマのヨハネが存在しないと言って迫害したのなら、それこそユダヤ教もローマ帝国も大義名分を失って、嘘の汚名をうけてしまうからです。

 

話は少しずれますが

卵が先なのか、鶏が先なのか、どちらが先で、どちらが後なのか、解らないような不思議な事実が広がるのが、聖書という書物です。

このように新約聖書は、旧約聖書や歴史に基づいて、いのちに関わるほどの厳しい審査の中から生まれたゆえに、その新約聖書やイエスの存在によって、旧約聖書も事実であると証明できてしまうのです。

後のものが先になり、先のものが後になるような不思議な話なのですね。

また、不思議なのは、激しく迫害されていたからこそ、歴史的にも事実であると証明されてしまうということです。存在もしないものを迫害などする人などいないからです。誰かが嫌いだということは、その嫌いな相手が存在していることを証明し、その存在をアピールしてしまっているのです。

 

ですから、イエスキリストの存在やバプテスマのヨハネの存在などをあらゆる難しい言葉を使って、歪曲させる手法などには、騙されないようにしましょう。

単純シンプルに否定できない事実を基にしていけば、彼らの多くは論破できます。彼らは事実の出来事も、あらゆる難しい言葉や考え方などで、じわじわと歪曲させていき、本質から違う視点へと誘導していきます。このやり方は、まさにエデンの園の蛇(悪魔)のやり方なのです。

逆に、イエス様や釈迦などのように、シンプルに話をすることは、誤魔化しが聞きません。言葉の意味が理解できるから誤魔化せないのです。誤魔化せないのに、説明できているということは、真理だという可能性が高いということですね。

2、実在したバプテスマのヨハネは、何のために現れたのか

マラキ書4章

1万軍の主は言われる、見よ、炉のように燃える日が来る。その時すべて高ぶる者と、悪を行う者とは、わらのようになる。その来る日は、彼らを焼き尽して、根も枝も残さない。 2しかしわが名を恐れるあなたがたには、義の太陽がのぼり、その翼には、いやす力を備えている。あなたがたは牛舎から出る子牛のように外に出て、とびはねる。 3また、あなたがたは悪人を踏みつけ、わたしが事を行う日に、彼らはあなたがたの足の裏の下にあって、灰のようになると、万軍の主は言われる。 4あなたがたは、わがしもべモーセの律法、すなわちわたしがホレブで、イスラエル全体のために、彼に命じた定めとおきてとを覚えよ。 5見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす。 6彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、のろいをもってこの国を撃つことのないようにするためである」。

 

イエスキリストが生まれる400年も前に、旧約聖書のマラキ書に、このように、預言されていました。

悪魔の頭を踏み砕き、その悪魔は、彼のかかとを踏み砕くという預言は、創世記3章でも書かれている救世主伝説が世界中に広がる預言と一致するものなのですね。

 

創世記3章15節

 わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう。

 

そして、その救世主伝説の1つの預言は、イエスキリストを表し、その救世主が現れる前に、預言者の中の預言者といわれたエリヤのような存在を建てられるといわれていたのです。

 

イエス様やヨハネが生まれる400年前に書かれた旧約聖書にです。

 

イエス様やヨハネが生まれた時代のユダヤ教は、長い間ユダヤ教が成立したことで、あらゆる利権や組織正義によって腐敗していました。

ユダヤ教徒は、とても信仰心が強く、司祭などの聖書解釈を否定することはできずにいました。

ですから、旧約聖書の預言に書かれていた救世主とは、ダビデ王のように強く、ユダヤ教の神様に忠実な存在が生まれると強く信じられていたのです。

その存在が、ローマ帝国ないし、世界中の国々を打ち破り、イスラエルの平和な世界を作り上げてくれると信じたのですね。

 

ですが、それらは人間の考えられる預言の解釈の1つでしかなかったのです。

 

ユダヤ教は、悪い意味で、信仰が強すぎて、腐敗してしまっていたのですね。

 

そこに現れたのが、バプテスマのヨハネでした。

彼は、すべてのひとたちの罪を贖ってくれる救世主が現れると、司祭たちとは違う解釈で、ユダヤ教を広め始めていたのです。

彼の力強い伝道は、人々に支持を受けて、預言者であるとさえいわれていたほど、有名でした。

人々は、バプテスマのヨハネが解く、洗礼を受けて、川にはいり、身を清めるという儀式を次々としていったのです。

 

ですが、終始、彼が解く内容は、救世主によるものでした。自分はその方が現れる前に、建てられた預言者のひとりであって、その方の足元にも及ばないと語っていたのですね。

 

彼は、イエス様が歩むべき道をイエス様の前に、固める役目を持っていたということです。

 

例えば、今の日本で、あなたが突然、「わたしは救世主だ!」と言い出したとして、誰がその言葉を聞くでしょうか。

 

テレビなどでも有名になり、人々の話題になっているような人物が、あなたが登場する前から、あなたの存在をテレビなどで言っていた後で、あなたが登場し、「わたしは救世主だ!」と言ったのなら、信じることはないにしても、あの人物は誰なんだ?と気になるわけです。

 

しかも、バプテスマのヨハネに付き従っていた人々は、ヨハネを信頼して、神様の言葉を垣間見ていたのですから、その人物が、「この方こそ、救世主だ!」と言ったら、彼らは、イエス様を偉大な存在である可能性があると考えたことでしょう。

 

イエス様は、長い間、人目に付くような行動をせずに、人生を歩んでいました。もちろん、赤子の時に王に殺されそうになったことで、知る人ぞ知る存在として、噂にはなっていたことはあっても、それ以来、大きな出来事をして、有名になっているわけでもありませんでした。

 

ダビデの家柄であり、王にいのちを狙われたという事実はあっても、実績も何もないイエス様が、伝道をはじめるのは、難しかったことでしょう。

 

神様は、イエス様が正しく罪のないように、育つために、あらゆる恵と守りをされてきました。まずは、敬虔なユダヤ教徒であったヨセフとマリアを育ての親として、準備し、次に、東方の博士3人による宝物を準備させ、教育費を与えられたりもしました。

そして、伝道の旅をはじめる時には、すでに、バプテスマのヨハネが準備されていたのです。

彼の働きによって、イエス様のなされる人生と噂は、広がっていたのです。

 

イエス様は、旅を続けては、不思議なことをして、多くの話を語られましたが、人々を信じさせようと誘導したりなどはされませんでした。自然のまま、あるがままに、旅をしては、あらうがままに、神様を語り、ユダヤ教徒に対しては、例えばなしをして、殺害から身を隠していたのです。

 

ですが、イエス様の行くところは、常に人々が集まり、イエス様の話を聞こうと取税人でさえも、出向くほどだったのです。

 

このバプテスマのヨハネという存在が、最初の基礎のようなヒントを人々に与えていたからこそ、イエス様は、預言を成就することができたのですね。

 

 

3、迫害されて殺害されたバプテスマのヨハネ

イエス様に洗礼をほどこしたヨハネは、その後、ユダヤ教徒のやっていることを激しく抗議するようになったと聖書には書かれています。

そのため、ユダヤ教徒たちは、彼を捕まえて、殺害してしまったのです。

 

ですが、その殺害は、次なる存在であるイエス様に、光をもたらしました。

 

バプテスマのヨハネに付き従っていた人々の熱い想いが、彼の死とともに宿ったのです。

明治維新を大きく促進させた人物たちを育てたとする吉田松陰ですが、彼が生きていた時には、ほとんど無名の人物であり、むしろ、幕府や藩から厄介者扱いされていた人物でした。

彼は、幼い頃より、学問が好きで、海外の情報も多く持っており、自分もいのちをかけて、外国船に乗ろうとして、捕まった人でした。

当時の一般人には、ない情報を彼は持っていたのですね。

 

それが、幕府はもちろん、幕府に従う藩からしても、邪魔だったのです。海外の本は、読むことも禁止されていた時代だったからです。

彼は、小さな塾をはじめ、無名の人々や海外に目を向けていた若者たちが、情報ほしさに、彼の塾へ集まりはじめ、吉田松陰は、次々と持論や討論を弟子たちとともに、繰り返していたのです。

ですが、その塾から育った弟子たちは、それぞれ良い職についても、幕府や藩側の意見に流され、利権に染まり始めていたのです。

 

そんな中、吉田松陰は、自分のいのちをかけて、幕府に物を申すようになり、幕府に捕まり、わざと死ぬような意見を語りながら、処罰されたのです。

彼のいのちがけの訴えは、彼の死後、多くの人々の心に宿り、弟子たちは、いのちをかけて、それぞれの仕事を実行しはじめ、維新の立役者となっていったのです。弟子たちは、次々と騙されたり、利用されたりなど、死んでいきますが、その熱意は、人々の心を打ち、大きな波となっていったのです。

 

バプテスマのヨハネの死も、その死によって、イエス様の歩む人生の光となり、道しるべとして、イエス様を支えたのですね。

 

バプテスマのヨハネから受け継いだかのような、救世主のイエス様の情報は、人々の胸を打ち、その噂は、国中に広がっていったのです。

ですが、そのイエス様もまた、ユダヤ教とローマ帝国によって、十字架刑に架けられ死んでしまいました。

人々は、2度にも渡って、挫折を味わい、言葉を失ったことでしょう。イエス様の弟子たちでさえも、終わったと考え、十字架刑の時には、逃げていたのです。

 

ですが、イエス様は、復活しました。

弟子たちの前に現れ、イエス様が生き返ったことを証明されたのです。

イエス様が生きていた時でさえも、逃げていた弟子たちが、イエス様が天に生きたまま登られた後では、いのちをかけて福音を延べ伝えはじめたことは、人々の驚きになりました。

イエス様が本当に復活して、死を打ち破ったからこそ、弟子たちはいのちをかけ始めたのだと理解できたからです。

生きていた時に逃げて、死んだ後に、いのちをかけはじめるなど、バカがすることだからです。論理的におかしなことになるからです。ですから、イエス様が復活したからこそ、自分たちも復活するのだと心から信じて、いのちを捧げたと説得力を増したのです。

 

激しい迫害が、彼らとイエス様の復活の証拠となったのです。

 

また、新約聖書の書かれている出来事や人物などが、実際に存在し、起こったことだったことで、多神教であったローマ市民さえも、一神教のキリスト教を信じざる負えなくなっていったのです。

 

聖書や歴史を知れば知るほど、キリスト教を信じることになったのですね。哲学的なローマ市民だからこそ、圧倒的な聖書の論理に、真実の宗教だと理解できたのです。

 

旧約聖書の預言→バプテスマのヨハネ→イエスキリスト→十字架刑→復活→弟子たちのいのちがけの伝道と、次々と旧約聖書を成就し、実現していったことが、本物の宗教であると証明していったのです。

 

 

 

 

 

4、バプテスマのヨハネと日本文化

このバプテスマのヨハネの存在や出来事を忘れないように、聖書の民であったイスラエル人、日本人は、ある行事をすることで、のちの子孫たちに受け継いでいきました。

それは、「凧あげ」です。

 

人が下になり、一本の糸によって風に乗り、天を指し示すかのような凧あげは、実は、バプテスマのヨハネとイエス様の関係を表しているものだという説があるのです。

風にも負けずに、イエス様の言葉が真理であることを表す行事です。

一見、無意味な行動をしているかのような凧あげですが、実はそこに、世界を揺るがすほどの謎が隠され、知らずしらずのうちに、日本人がやってしまっているのです。

 

日本文化には、様々な聖書的な文化が、今でも続いており、それらは、自分たちがイスラエル人だという証拠になっているのです。

 

まるで、「君が代」のヘブライ語の意味のように、文化や言葉に隠されているのです。

おやじギャグのような言葉遊びの中に、日本の本質が隠されているのですね。

 

 

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