歴史

物部氏の正体

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日本人なら物部氏という氏族がいたことを知っていることでしょう。

物部氏は、現代では、悪役ヒール役のような存在として、歴史的に学校やマスメディアが報じてきました。

 

その理由は、天皇を排除して、自分が天皇になろうと武力によって画策したからだというのです。

ですが、歴史を辿れば、物部氏の氏族は、まったく天皇を排除しようとなどしてこなかったことが解ります。

それどろこか、いつの時代も物部氏の子孫たちは、天皇を守り続けてきたのです。

 

なぜそれほどまでに、天皇を守り続け、まるで悪役のような存在として、情報が出回っているのでしょうか。

聖徳太子が善で、物部氏は、悪だといったようなイメージはなぜ生まれたのでしょうか。

1、日本の歴史の喪失

わたしたち日本の歴史は、なぜか2000年前から突然はじまったかのように教えられます。

原始的で、原始人のような縄文人が降って湧いたかのように表れ、日本人の祖となったように、教えられ続けられてきましたが、そんなわけがありません。

 

日本人の祖先は、日本で突然、お猿さんから生まれたのではありません。

 

日本人の祖先は、大陸から日本列島に上陸した渡来人だったのです。

 

そして、日本列島に住んでいた原住民を排除して、日本を1つの民族を中心にして、邪馬台国を成立させたのです。そして、大和朝廷として、価値観の統一を果たしたのです。

 

日本列島に日本人がやって来る前は、縄文土器などを利用していた蛇のような模様の原住民がいました。彼らはカニバリズムをしていたことが貝塚の発見で解っています。カニバリズムとは、人が人を食べる文化のことです。

ですが、ある時から忽然とこのカニバリズムが、日本の歴史から姿を消すのです。

約2000年前ほどから、日本の歴史とされてから、カニバリズム文化を排除してきたのが、日本人なのです。

 

そして、カニバリズムという人が人を食べる文化を良しとしていた民族たちを日本人の祖先は、否定し、彼らをハタレ(魔族の子孫)として、忌み嫌いました。

 

現代人の日本人は、白人がアメリカ大陸の原住民を肌の色や目の色だけで何の意味もなく迫害して、排除したかのような情報がまかりとおっていますが、そんなわけがありません。

アメリカ大陸などに旅行、滞在した人なら解ると思いますが、白人はとても優しい人たちが多いのです。

日本人の価値観とそれほどかけ離れているということはありません。

 

むしろ、日本人の価値観とかけ離れているのは、中国や朝鮮半島の人たちなのです。

 

彼らの文化は、カニバリズム文化で、露店などでも人の肉が売り買いされていました。孔子や劉備玄徳などは、人の肉が好物だったとされています。

 

その反面、日本や白人は、そのような文化を忌み嫌ってきたのです。

日本や白人には、人権が理解できたからです。

 

人は、殺してはいけないという価値観の統一がされていたのです。

なぜ人を殺してはいけないのか>>

そして、日本の祖先は、大昔から人を殺しては食べてきた民族との戦いを繰り返してきたのです。

日本列島でもそれと同じ戦いが繰り広げられました。

 

その人を食べる文化、ハタレ(魔族)と人には人権があり、人を食べることは犯罪だと考えた日本人の祖先の中から戦う氏族がいたのです。

それが、物部という氏族だったのです。

 

物部氏の氏族は大昔から軍事的な役割を果たしてきました。人を食べる文化の人間を日本の一族に近づかせないことが、彼らの役目だったのです。

なぜなら、日本人であっても、彼らと関わるとその性質が脳にインプットされて、カニバリズムをしてしまう人間が増えるからです。

 

現代でも、無差別殺人事件を起こすような輩が、いますが、彼らの脳にインプットされているのは、進化論のようなサタニズム思想です。

この世は、偶然生まれ、自分たちも偶然存在しているだけで、何の価値もないと心から信じ込ませているので、人を殺したところで、関係ないと考えるのです。むしろ、それが正しいと考えて、無差別殺人は、駅などで包丁や車を使っては、起こしているわけです。

 

このように、日本人であっても、教育次第によって、魔の人間に成りえてしまうのです。

 

ですから、物部氏は、人を食べる文化を正当化する者たちを徹底的に排除していきました。

白人は、原住民をそこまで聖絶しませんでしたが、日本は徹底的に行いました。奴隷すら残さなかったのです。

白人は、彼らを奴隷にして、聖書の価値観を脳にインプットしていきましたが、日本人の祖先は、そのようなことはしませんでした。すべて排除していったのです。ですから、日本の歴史の中には、まったくといっていいほど、カニバリズムの歴史がないのです。

世界中に広がっていたカニバリズムなのに、なぜか日本は、カニバリズム文化がなく、それどころか、牛やブタ、鶏なども家族として、食べることもありませんでした。

日本人が牛などの肉を食べるようになったのは、明治時代からなのです。それは、焼き肉店の歴史が150年ほどしかないことで証明されています。西洋文化を取り入れてからはじまったので、歴史が浅いのです。

 

このように人を食べるどころか動物たちを食べることもしなかったのが、日本人なのです。猪や兎、鹿などは食べても、牛やブタ、鶏などは食べなかったのです。

 

そして、人を食べる者たちを徹底的に排除したので、奴隷すら存在せず、少しだけ存在した奴隷のような存在を生口として大陸に売り払ったりしたのです。

カニバリズム文化を徹底的に日本列島から排除したことで、日本は平和で、安全な生活を手に入れたのです。

 

白人は大航海時代に、世界中を旅して、キリスト教の福音を延べ伝えようとしてきました。ですが、どこにいってもカニバリズムが行われていました。人を食べることを聖書を取り入れてからやめてきた白人たちからすれば、人を食べる人間たちは、同じ人間だとは思いたくなかったのです。

 

あなたの目の前で、連続殺人犯が、あなたの家族を食べていたとしたら、あなたは、その連続殺人犯を同じ人間だと思えるでしょうか。

悪魔だと思うことでしょう。

 

白人は、どこにいっても悪魔のような民族しかないことに嫌気を指していました。人を食べる正義を持った人間たちに、銃を持たせるわけにもいきません。彼らに文化を与えてしまえば、次の瞬間、自分たちが食べられると思ったことでしょう。ですから、カニバリズムをしてきた民族に対して、白人は徹底的な情報封鎖をしてきました。彼らを奴隷にして、えんぴつ1つ作れないように、情報を封鎖したのです。

知識で圧倒していれば、安全や平和が保てるからです。

 

ですが、白人は、みつけてしまったのです。

それは、日本列島に住む日本人という民族でした。日本人はまったくカニバリズムをせずに、動物さえも食べず、それどころか、白人よりも文化を広げ、とても独特な生活をして、平和を保っていたのです。

このことに、白人は、絶賛しました。白人以上の文化を持った民族を発見したとガリバー旅行記などで夢の国として広げたのです。そして、日本人にだけは、白人は、あらゆる知識を与えました。日本人には人権を理解する知識があったので、白人は対等に日本人と接して、銃などの技術も渡したのです。

豊臣秀吉の時代では、世界中にあった銃の数よりも、日本にあった銃の数のほうが多かったほどです。

それほど、白人は、日本人を信頼して、あらゆる技術を提供したのです。

 

ですが、日本人は、カニバリズムをしなくなってから、1000年以上も経つので、世界の混沌を忘れてしまっていたので、白人が原住民を奴隷にしていることに、意味がないと思い込んでしまったのです。ですから、いつ日本人も奴隷にされるのか解らないという情報が広がり、鎖国の状態にして、海外の情報を封鎖したのです。

 

このように、お互いの歴史や価値観のすれ違いによって、今でも勘違いが広がっていますが、白人の価値観と日本人の価値観は、とても似ていて、人には人権があることが大切だという考え方が共通して存在しているのです。

 

そして、そんな日本の人権を武力で作り上げてきたのが、物部氏という氏族だったのですね。

2、物部氏とは一体何者なのか

物部氏の特徴としては

  1. 軍事氏族
  2. カニバリズム否定
  3. 偶像否定
  4. 神道精神を大切にする
  5. 天皇を守る

などが、挙げられます。

なぜ彼らはこのような価値観を持っていたのでしょうか。

どこから生まれた価値観だったのでしょうか。

 

彼ら物部氏とは、失われた民族、イスラエル人の末裔なのです。

聖書には、物部氏の考え方がそのまま書かれています。

1、ダビデの家系であるユダ族を王にして、イスラエル人は、聖書の価値観を守り続けてきたのです。

2、人を殺してはいけないという律法が、十戒の中にある。

3、偶像を拝んではいけないという律法が、十戒の中にある。

4、神道(ユダヤ教)の神を信仰するようにと聖書に書かれている。

5、ダビデの家系の王たちを守り続けることが、聖書に書かれている。

 

物部氏は、生粋のユダヤ教徒だったのですね。

 

しかも、ユダ族です。

 

天皇は、物部氏の一族など、限られた中から選定された大王でした。ですから、物部氏は、天皇制度を壊す必要はなく、むしろ、守ろうとする存在なのです。

 

ですが、なぜか日本の歴史では、その天皇の位を奪おうとした悪人のように、取り扱われています。

なぜなのでしょうか。

3、仏教とのいざこざ

イスラエル人は、不思議な民族で、どこにいっても、魔族カナン人の末裔との戦い続けてきました。それは中国大陸でもそうでした。カニバリズム文化をするカナン人の関係は、長く続いてきたのです。

そして、日本人が、カナン人たちの宗教を受け入れる時に限って、周辺諸国から攻撃され、排除され、苦役を味あわされてきました。

ですから、日本人は、徹底的に聖書の価値観で文化を作り上げることで、平和を保ち続けようとしてきたのです。

 

そして、自分たちがイスラエル人であることを隠してきたのです。

本物のユダヤ人であり、イスラエル人である日本人は黄色人種だったので、ヨーロッパでは迫害の対象となってしまうため、自分たちがイスラエル人であることを隠して、アジアへと進出していったのです。

中国大陸で作り上げた国の1つが、楚国でした。

楚の国は、孔子が述べているように、とても頑固で、原理原則を大切にする気質の民だったといいます。また、稲作に長けていて、稲の栽培で生計を立てていたのです。愛の国と言われた時代もありました。ですが、カニバリズに対しては否定的で、そのような民族たちには、徹底的に排除していたので、恐れられる国としても有名でした。

楚国からでた人物として、有名なのは、項羽や劉邦です。

劉邦は若干、他民族の血も混じっていたようですが、項羽は生粋の日本人の祖先です。

カニバリズムを忌み嫌うものとして捉えていたので、劉邦に、お前の家族を食べさせるぞと脅したというのです。それに対して、劉邦は、ありがとうと感謝を述べたといいます。劉邦のほうがカニバリズムに理解力があったということです。

楚国のさらに南から出た有名人は、釈迦です。

釈迦もイスラエル人の末裔であり、イザヤの祖先のサカ族(釈迦族)です。

 

釈迦も偶像崇拝を否定し、その教えは聖書的です。

 

そのサカ族の子孫が、蘇我氏です。サカ族、ソガ族です。

蘇我氏の正体>>

物部氏は、日本列島で、カニバリズムをする民族と戦って、日本列島を聖書的な価値観で統一させようとしてきました。その後に渡来してきたのが、蘇我氏です。

蘇我氏は、イスラエル人の末裔だったので、受け入れられたのですが、信じる宗教は、仏教でした。

ですが、上座部仏教です。釈迦の教え、論理的な思考を持って、学問的に考える教えが、されていたので、偶像を否定し、平和主義を説いていましたし、同じ民族だということで豪族の1つとして受けれられたのです。

日本列島をカニバリズム文化から守って数百年経ち、日本人は、平和ボケしはじめたのです。

聖書的な教えを守ることの重要さを忘れ、大陸からもたらされた情報を持つ存在を重要視しはじめ、仏教なども受け入れ始めたのです。

 

物部氏は、仏教に対しては、否定的でした。

 

神道精神で統一することが、日本の天下泰平の道だと考え、聖書の神を恐れることを忘れなかったのです。

 

物部氏は、頭が固い人間だと思うかもしれませんが、そうではありません。聖書に忠実なだけで、聖書に論理的な考え方は、すぐに受け入れました。

物部氏や蘇我氏の後に現れた、秦氏が日本に渡来してきました。

秦氏とは、原始キリスト教徒です。

秦氏の正体>>

秦氏は、ユダヤ教の物部氏に、旧約聖書の謎と解明を話しました。そして、新しいユダヤ教の教えである新約聖書の教えをもたらしたのです。

それに対して、物部氏は、絶賛しました。イスラエル人が待ち望んでいた救世主が現れ、自分たちの罪からの解放を成し遂げたという福音を受け入れたのです。

旧約聖書の預言通りに、イエスキリストが現れたことを受け入れ、伊勢系の神道を認め、新旧が争いなく、調和したのです。

 

このように、物部氏は、良いものは受け入れ、疑念があるものには、配慮したという論理的な存在だったのです。

 

その物部氏の氏族の中でも、有名なのが、守屋です。

 

物部守屋(モリヤ)、このモリヤとは、アブラハムが息子イサクを連れて行った山の名前で、イスラエルでは有名な山なのです。

このモリヤ山を大切にするのが、イスラエル人の文化の1つでした。ですから、日本の神社に、諏訪大社という有名な神社があり、その諏訪大社の裏山は、守屋山と言われ、人は入ってはいけない山として大切にされているのです。

 

明治時代まで、御頭祭というアブラハムとイサクの祭りがされていたのです。

 

のちに、イエスキリストは、日本では天照大神として祭られ、イエスキリストのユダ族の血筋の天皇は、神の血筋として、大切に守られていくようになるのです。

天照大神は、スサノオ(カナン人、牛の宗教を信じる)ものに、牛を投げつけられ、ひどい目にあわされて、3年間岩の中に隠れていました。天照大神がいなくなると困るということで人々のような神々は、祭りを開いて、天照大神を岩から出させたと伝えられます。

まるで、イエスキリストの話そのままです。人々によって十字架刑に架けられたイエスキリストは三日間大岩の中に入られ、三日後、復活して、人々が喜びんだのです。

 

天皇は、万世一系の家系だと言われていますが、アブラハムやアダムから考えれば、本当のことなのですね。

聖書には、アダムからの家系図が書かれており、イエスキリストで終わっています。2000年前からの家系図は、天皇によってつながっているのです。

そして、アダムは、そのイエスキリストの似姿に似せて造られたことで、神の遺伝子を受け継いでいる存在です。

ですから、アダムの染色体を守るために、聖書は、男系を大切にしてきました。

まさに、天皇も男系を何千年も守り続けているのです。

 

天皇は、世界の人々の希望であり、聖書の承認そのものなので、世界でも権威がある存在なのです。アメリカであっても、天皇には手を出せなかった理由の1つはそれだったとさえ言われています。ダビデ王の家系の王を手にいかけたものは、滅ぼされると聖書に書かれているのです。

一度、カナン人の子孫である藤原家が、天皇の家系を自分たちのものにしようとしたことがありますが、不思議なことに、藤原家は、疫病や暗殺などで、滅びそうになりました。天皇に彼らであっても手を出せなかった理由は、そこにあるのです。

天皇の男系の血筋は、奇跡的な経緯の中、不思議と守られ続けているのです。

 

このように、守るべきことは守り、ゆるすべきことは、ゆるすという論理的な思考を持っていたのが、物部氏だったというわけです。

そして、いくらイザヤの子孫であったとしても、聖書ではない学問というものに重点を置いた蘇我氏とのいざこざは、少なからずあったのですね。

 

もちろん、排除するまではしません。イザヤの子孫ですし、同じイスラエル人であり、豪族には手を出せないのです。家族に手をかけることは、御法度だからです。

それに、神道といっても、多神教の神道も存在していました。出雲系の神道です。

聖書に書かれているように、イスラエル人の中には、ヨセフ派、エジプト派の多神教を信じるひとたちがいたのです。

ですが、彼らは下の位にまで落とされていました。排除まではしませんでした。それは同じイスラエル人だからです。

人権を理解していて、平和を保てるのなら、排除まではしなかったのです。

 

神道も一枚岩ではなかったのです。

唯一神信仰を持った、物部氏と秦氏は、伊勢系の神道を作り上げていきます。イエスキリストである天照大神を中心に祭って、平和を保つためです。

偶像は置きません。

 

神道の中にも多神教と一神教の分類があるのですね。

明治時代から多神教の要素が色濃くなってしまいましたが、それ以前は、神道は一神教的な教えも多く存在していたのです。

 

平和になれ親しんでしまった天皇は、物部氏の話を聞かず、蘇我氏に耳を傾けるようになっていきました。

そして、問題になったのは、朝鮮半島の同盟国であった百済から偶像が贈られてきたことです。

 

これを蘇我氏は同盟国として、受け取るように促したのです。

もちろん、物部氏は大反対しました。

 

ですが、天皇は、百済の偶像を受け入れてしまったのです。

すると不思議な事に、次々と病が広がり、天皇も崩御してしまったのです。

 

そこで、物部氏は、怒りを表し、天皇の指示のもと、寺院や偶像を焼き払い、水の中に沈めていったのです。

 

そのことを蘇我氏は、根に持つようになります。

 

蘇我氏が、釈迦の教え通り、偶像を否定し続けていれば、日本は守られたのですが、蘇我氏は、仏教を広げるために、大乗仏教を取り入れる考え方になったことが、日本の闇の歴史のはじまりになるのです。

 

物部氏によって、カナン人の教えを排除していたのに、それらが入り込んできたことで、日本は戦争が絶えない国へと変わっていくようになり、聖書の預言通り、木や石で造られた神々を拝まさせられるようになるのです。

 

4、カナン人藤原家の日本支配

物部氏と蘇我氏のいざこざなどは、かわいいものでした。意見こそ違っても、同じイスラエル人の民族で、親戚なのですから、裏切りや排除などをするわけでもなく、平和を保っていたからです。

ですが、違う民族であったものたちが、日本列島に入って来るようになるのです。それが、弥生人といわれる人たちであり、朝鮮半島から入って来たカナン人たちです。

 

日本は、豪族に守れ、民も天皇を中心にして、平和にやっていたのですが、それらが崩壊してしまうことが起こったのです。

 

それが、朝鮮半島の同盟国であった百済の滅亡です。

 

同盟国であった日本は、百済の王族たちを受け入れました。百済と外交をしていた中臣家が、百済を保護して、守ったのです。

中臣家は、神道派で、百済王子たちは、大乗仏教にこだわらず、神道に入り込んでいくことになります。

 

彼らにとって宗教は利用するものであって、縛られるものではないので、利用できるのなら、何でもいいのです。

 

ですが、仏教のことももちろん、すべて捨て去るわけではないので、百済王子であった中臣鎌足は、蘇我氏に近づいていくことになります。

 

中臣鎌足は、とても頭の良い人で、どこにも敵を作ららない八方美人です。

神道勢力や同じ渡来人の秦氏や仏教の蘇我氏と、あらゆる人たちと交流を広め、大陸の最先端の情報を与えては、信頼を勝ち取っていったのです。

 

最先端の礼儀作法を持って、天皇からも評価されるようになりはじめたのです。

 

ですが、偶像を送って来た百済王子を物部氏は、認めなかったことでしょう。偶像崇拝者だけではなく、民族としても同じイスラエル人ではないことから、怪しんだはずです。中臣鎌足からみれば、一番邪魔な存在が、物部氏だったのです。

 

そして、中臣鎌足は、蘇我氏たちの会合で、物部氏が天皇を排除して、自分が天皇になろうとしているというデマを流し、物部氏の弾劾をはじめたのです。蘇我氏は、それを真に受けて、物部氏を排除してしまいました。

 

物部氏は、豪族としての地位を追われ、野に逃れていきます。

 

その後、蘇我氏の1強になったことで、次は、中臣鎌足は、蘇我氏を排除する計画を建てます。

次は、蘇我氏が、天皇を排斥して、自分が天皇になろうとしているというデマを流して、天皇の目の前で、蘇我入鹿を惨殺したのです。

天皇は、目の前で起こった殺人の前に恐怖して震えたといいます。

 

蘇我入鹿は、「なぜですか」と言いながら死んでいったと言います。

 

平和主義者で、天皇を第一にしていた蘇我氏が、天皇を排斥するはずなどないのですが、中臣鎌足は、次から次へと手を打って、それらを本当のことにしてしまうのです。

そして、朝廷は、縄文人の濃い顔の豪族から、弥生人の薄い顔の貴族へとシフトしていくことになります。

次々と豪族は、朝廷から追い出されるようになっていきます。

 

中臣鎌足は、天皇から、藤原という名前をもらい、藤原鎌足と名乗るようになります。中臣家も、その恩恵に預かろうと、藤原の名前を使おうとしたのですが、それは鎌足に反対されます。それどころか、鎌足は、自分を保護してくれた中臣家さえも、逆賊として、討伐しはじめたのです。

 

次から次へと豪族が蹴落とされていき、朝廷には鎌足の域のかかった者たちだけになり、天皇でさえも、どうしようもなくなります。

 

天皇は震えるばかりです。

 

藤原家は、日本の歴史を自分たちの都合にあわせたものにするために、それまでの書物をすべて焼き払い、新しい日本の歴史を作り上げていきます。藤原家に逆らえば、自分たちも蹴落とされるので、いうことを聞かざる負えません。

ですが、藤原家にも弱点があります。それは、弥生人は人数が少ないということです。

多くの日本にいたのはイスラエル人であり、その多くが神道を信じていたので、いつ武力によって、押し寄せて藤原家を亡き者にするのか、解らなかったのです。ですから、藤原家は、神道をすべて消し去ることはしませんでした。神道も認めるが、大乗仏教を中心とした日本へと変革させていくことになるのです。

 

藤原家の許可の基、日本書紀が弥生人である貴族から造られ、神道側からも藤原家の許可の基、古事記が編纂され、それが日本の歴史になってしまうのです。

 

日本人は、アイディンティティを大きくゆがめられてしまったのです。

 

物部氏も、蘇我氏も中臣家も、藤原家に逆らった存在だったので、悪者とされ、勝利した藤原家が、正義とされていったのです。

平安時代は、最低な時代でした。貴族などが謳歌してはいても、イスラエル人である民は、わざと苦しめられ、餓死させられ、年貢をあげられ、盗賊なども多発するようにわざと政治が行われていったのです。

そして、貴族たちは、詩に溺れていき、堕落していきます。

 

大量にカナン人である弥生人が日本列島に入り込んでいくことになります。それは今でも同じです。

それから1400年間、藤羅家による日本の支配を続けられているのです。

 

あまりにも、杜撰な政治を繰り返すので、犯罪が多発したことで、物部氏の子孫が立ち上がります。盗賊などから民を守る勢力として登場するのが、武士たちです。それが源氏や平家なのです。

武士=もののふ=もののべ なのです。

武士とは、物部氏のことで、源氏は物部氏の末裔であり、ユダ族なのです。

 

ですから、武士は、政治を藤原家から奪うために、幕府を作り上げました。日本の政治を幕府が回すようにいつの時代も、幕府が、藤原家と対立して、存在したいたのです。

 

源氏はもちろん、源家も、徳川家も源氏の末裔であり、織田家も、豪族の子孫でありイスラエル人なのです。

 

藤原家は、大乗仏教で、日本を支配しはじめ、坊主たちはやりたい放題しはじめました。武器を持ち、まるで盗賊のように民から財産を奪い、洗脳していったのです。

 

神道も、仏教と習合するようにされ、偶像さえも置かなければいけない神社もあったのです。

あまりにもやりたい放題をするので、明治維新の後、日本人は立ち上がり、日本中の偶像を壊してまわったほどでした。

 

今でも、テレビでは韓流などを流行らせたり、向こう系に日本人の脳を汚染するように持っていこうとします。日本人の好きな鍋は、キムチ鍋といったような、笑っていいともの企画が流されたり、朝鮮系の人間が、犯罪をおかしても、名前はニュースで伏せられるのです。

政治家にも中国系の勢力が幅を利かせています。

 

太平洋戦争が起こった理由も、藤原家が原因です。藤原家の子孫である近衛文麿元総理が、わざと太平洋戦争を起こさせたのです。

このように、日本の悲劇の裏には、常に藤原家がいるといっていいほどで、それらに苦しめられたのは、民だけではなく、天皇もなのです。

天皇は、そのような恐ろしい藤原家に利用され、人質として、1400年も象徴とされてきたのです。

太平洋戦争の真実>>

そして、人質の天皇を守るために、いつの時代も物部氏の子孫たちが、幕府という立場で対立しては、戦い続けてきたのです。

 

現在、幕府の役目を担っているのは、アメリカです。アメリカが、日本の藤原家と対立しながら、存在しているのですが、どちらも悪魔宗教です。

どちらもカナン人の思想をもちながら、表向きはキリスト教、表向きは仏教や神道を語って、天使のような顔をして、裏では悪魔的なことを繰り返しているのです。

もちろん、悪魔宗教は、日本とアメリカだけではありません。世界中に広がっていて、それぞれの勢力が政治の中心にいて、コントロールしているのですね。

 

悪魔なのに、平和的じゃないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。

彼らは表向きは平和で飾らなければ、自分たちが排除されることを歴史で学んでいるから、民主主義などを歌うのです。

 

王族や貴族、政治家や大統領などのように表に出て、世界を支配をしたら、自分たちが民から排除されてしまうので、バカでないかぎり、表には出てこないで、裏で政治家や王族たちを操り人形として、利用しているのです。

世界の金持ちのランクにビル・ゲイツなどが登場してきますが、彼らはそんなレベルの金持ちではありません。国家規模の財産を持っていながら、ランクには入れられていないのはなぜなのでしょうか。

一見平和や人権が保障されているかのようにみえる社会ですが、そうではありません。実際にやっていることは大量殺害であり、不誠実です。

 

法律も、科学も学問も関係ありません。正義も関係ないのです。それらは利用するために利用しているだけで、中身があってやっているのではないのです。

 

闇の勢力のやっていることには共通点があるのです。

そして、それらと戦い続けてきたひとたちも、当然世界中に存在しているのです。

 

物部氏は、日本ではそういった存在だということです。

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