思考の変化

秦氏の正体

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以前、物部氏や蘇我氏の正体についての記事を書きました。歴史を少しかじっているような人なら、物部氏や蘇我氏のことは知っていると思います。

物部氏の正体>>

蘇我氏の正体>>

ですが、その豪族と肩を並べるように、存在しつづけた豪族がいます。それが秦氏です。

 

この秦氏という存在は、不思議な存在なのです。

 

日本の平和の基盤を作り上げたのは、イスラエル人の末裔であった豪族でした。聖書の教えを守り、500年近く平和を守り続けてきたのです。その基盤を作り上げるまで、大陸から東へ東へと向かったイスラエル人が、聖書の預言通り、日本列島に入ってきて、カニバリズムをする先住民をことごとく聖絶していきました。

聖書に書かれていた日本の歴史>>

そして、ほとんどイスラエル人だけの世界。日本列島を聖書の価値観によって作り上げていったのです。

ですから、日本は、偶像を禁止され、多神教なども否定され、天皇は、聖書の教えのもと豪族と共に、日本の平和を維持していたのですが、500年も経つとその内容を軽んじる天皇も現れます。

物部氏たち豪族の意見を聞かず、同盟国であった朝鮮半島の百済からの偶像を受け取ったことで、次々と疫病によって命を落としていったのです。

そして、その百済王族さえも日本に入れてしまい、その百済勢力が、日本を支配していくことになるのです。

 

物部氏も蘇我氏も排斥され、名だたる豪族たちは朝廷から蹴落とされ、百済の勢力、藤原家寄りの豪族だけがかろうじて残っていたようなものでした。

豪族とは、縄文人のような顔だちです。そして、貴族とは、弥生人のような顔だちです。

縄文人の謎>>

この貴族、藤原家は、カナン人の末裔だと思われます。

 

いわゆるイスラエル人の天敵です。

世界の闇のルーツ。カナンの教え>>

そのカナン人が、平和で、偶像の無かった日本列島に入り込み、天皇を人質にして、朝廷を牛耳ったのです。天皇の座を狙ったとして排斥された物部氏と蘇我氏は、実際は、同じイスラエル人であり、彼らが天皇を狙うわけはありませんでした。

本当に天皇の地位を狙っていたのは、藤原家だったのです。そして、藤原家は、自分たちの血筋、カナン人の男系を天皇家に流して、天皇のアダムから引き継いできたダビデの血筋の血統、イエスキリスト、天照大神の血筋さえも女系天皇の時に変えようとするのですが、不思議とそれらは、阻まれ藤原家は疫病や毒殺などで、全滅しそうになるのです。

天皇の血を汚そうとするものたちは、例え世界を支配していた藤原家であっても、裁かれ、天皇の血筋は、不思議と守られ続けたのです。

見た目こそ、藤原家と天皇家は似ているのですが、その中身は違います。

 

天皇家は、ダビデの血統を受け継いでいるのです。藤原家はカナンの血統を受け継いでいるのです。

聖書を読むと解るのですが、カナン人とイスラエル人は、昔から交わる機会があったのです。大陸には壁もないので、他民族と交わってしまうからです。

ユダ族もまたカナン人と交わっているのです。

 

イスラエル人とカナン人は、天敵であるにも関わらず、切っても切れない関係であり、善と邪悪がなぜか混ざり合ってしまっているようなものなのです。

そのカナン人の末裔の藤原家が、日本を支配しはじめると民たちは、重税と犯罪に満ちた世界にわざとされ、苦しまされました。そして、多くの木や石で造られた偶像を拝まされるようになったのです。まさに、聖書の預言通りの道を日本人であるイスラエル人は、歩み続けているのです。

 

そんな闇の中でも、一筋の希望、一筋の光として、豪族の1つが生き残りました。

それが秦氏です。

 

なぜ秦氏は生き残ることができたのでしょうか。この秦氏という豪族の正体は一体何なのでしょうか。

1、秦氏は渡来人

当たり前ですが、日本列島に住み始めた人たちはすべて渡来人でした。大陸から日本列島に渡ってきたから、日本には人間がいるのです。

縄文人のような降って湧いて出たような突然変異のお猿さんから人間が生まれたわけではありません。

進化論の正体>>

そう考えれば、物部氏も蘇我氏も、天皇さえも渡来人であるのですが、明確に渡来人だと解っているのは、秦氏(ハタ)なのです。

なぜなら、日本列島に来たのが遅れたイスラエル民族の1つでだったので、だいぶ後から日本列島に入って来たからです。

 

秦氏が日本列島に到着したのは、6世紀頃だと思われます。紀元前から日本列島に入ってイスラエル人の世界を作り上げてきた物部氏などからすれば、秦氏は、とても遅くに渡来したイスラエル人なのです。紀元後すぐ辺りに渡来してきた蘇我氏からしても、秦氏は渡来してきたばかりのイスラエル人というわけです。

 

この秦氏が日本に来た時期は、百済勢力の少し前だと考えられます。

 

藤原家よりも少しだけ前に19万人ほどのイスラエル人を率いて、パレスチナ(カナンの地)から東へ東へと移動し、やっと6世紀後半、7世紀前半に、日本に入ることができたのですね。

 

ですが、この秦氏は、とても重要な内容を持って日本にやってきたのです。

それは、原始キリスト教でした。

 

物部氏たち豪族は、生粋のユダヤ教徒で、一神教であり、偶像を完全に否定していました。そのユダヤ教徒が大切にしていた旧約聖書に書かれた預言のすべての答えを秦氏は携えて日本に渡来したのです。

 

秦氏は、物部氏に気に入られ、旧約聖書の偉大さ、そして、待ち望んだ救世主がすべての人を救うために、預言通り十字架刑によって死んで蘇られたことを知ると、争うことなく、新旧の神道は、習合したのです。

 

物部氏がユダヤ教なら、秦氏は、原始キリスト教だったのですね。

ローマ帝国をキリスト教の国にしたきっかけを作った一族であり、その後白人からユダヤ人たちは迫害され、追い出されたので、東へ東へと戦乱の世を渡って、とうとう日本列島に来たのです。

 

物部氏がユダヤ教で、秦氏が原始キリスト教だというと、現代のキリスト教の文化とまったく違うじゃないか?と考える人がいますが、何度も言いますが、それは当たり前です。

白人は、聖書こそ手に入れたのですが、その聖書の奥義や文化を持っていたイスラエル人を弾圧し、ほとんどのイスラエル人は、世界中に散らばっていったので、聖書の文化は、残されなかったのです。

聖書はあっても、文化や聖書の習慣などまったく解らず手探りで造られたのが、カトリックなのです。

 

このカトリックは、聖書の文化を知らないので、以前から白人の文化と融合させて、造られた新興宗教になったのです。

 

現代のキリスト教は、表向きは、一神教ですが、その文化などの中身は、多神教のものなのです。

逆に、日本は、藤原家によって聖書や1400年前の書物はすべて燃やされ、聖書こそ失いましたが、文化や聖書の習慣は豪族たちによって残され守られ続けたのです。表向きは、藤原家の手前、多神教のようにみえる神道ですが、実際の中身は、一神教なのです。

 

聖書にも書かれているように、イスラエル人の恰好は、とても独特で、まわりにはいなかった格好をした謎の民族だったのです。

まさに日本人そのものだったのですね。ちょんまげとは、イスラエル人の文化のなごりであり、サムソンの髪の毛を切らないという教えから来ているのです。

 

そんなことあり得るわけがないだろうと思うかもしれませんが、実際にありえているのです。

 

例えば、現代でも、ハリウッド映画でエジプト神話を題材とした映画が公開されていますが、そこに登場するひとたちは、みな白人ばかりです。今でこそ、エジプトは白人系が支配していますが、それ以前は、黒人系の民族が支配し、一大文明を築き上げていたのです。

 

ですが、白人の一部の人間は、自分たちの都合のいいように、エジプトの映画の登場人物たちを白人にして、あたかも自分たちが世界を支配してきたかのようにするのです。ですが実際は、イスラエル人は黄色人種ですし、エジプト人は黒人系だったのです。

 

大規模にお金などを使って、堂々と嘘を付けばいつしか、それが本当のことのように広がってしまうのです。

ですから、イエスキリストやダビデ像、モーセなどがなぜか白人にされてしまっているのです。カトリックの偶像の十字架に磔の姿になっている誰ともしらない男が、白人なのもそのためです。

マリアなども白人になっているのですね。

 

あれらは、あきらかな偶像なのです。

偶像とは何なのか>>

 

そして、生粋のユダヤ教であった物部氏とも仲良くなり、物部氏とともに新旧習合した神道を広げていったのです。

なぜユダヤ教が、すんなり原始キリスト教をいけいれるんだ??と思うかもしれませんが、当然です。

 

なぜなら、日本列島にいたユダヤ教は、イエスキリストを弾圧して、十字架刑に架けていないからです。

イエスキリストを十字架刑にかけたのは、ユダヤ教を背景に、イスラエルに影響力を保持しようとした、腐敗したユダヤ教たちが、旧約聖書の預言を無視して、イエスキリストを十字架刑にかけたのですから、彼らからすれば、自分たちが旧約聖書に書かれた救世主を殺したなどと認められるわけがないのです。

ですが、日本にいたユダヤ教の物部氏たちは、特にイエスキリストを否定する必要などどこにもありません。むしろ、イエスキリストを受け入れれば、自分たちが大切にしていた旧約聖書さえも、真実の書物だったという証拠になってしまうので、手拍子で受け入れたのです。

イエスキリストの預言>>

イエスキリストは実在したのか>>

パレスチナなどにいる偽ユダヤ人のユダヤ教徒たちは、キリスト教を認めないのは、自分たちが救世主を殺したという流れの教えから来ているので、否定しているだけで、合理的に考えれば、旧約聖書の中にイエスキリストはすでに存在していて、まさに預言通りの人生を歩まれた神の子イエスキリストなのは明白なのです。あまりにも、旧約聖書の中に、イエスキリストがいすぎるので、パレスチナ当たりから出て広がったユダヤ教は、旧約聖書をほとんど捨てて、今ではまったく違う悪魔的な思想のタルムードのほうが大切だという暴挙に出ているのです。

 

素直に聖書を読み、それを守っていた物部氏が、原始キリスト教の秦氏を受け入れたのは、決してないことではないのですね。

 

原始キリスト教の秦氏は、偶像を否定、呪文否定、組織腐敗否定、ありとあらゆるユダヤ教の教えと一致し、さらにユダヤ教の正しさを証明してくれたものだったので、教えは完璧でした。それだけではなく、同じイスラエル人だったのです。

 

物部氏は蘇我氏のことを、同じイスラエル人ですが、仏教だったので、懸念していましたが、教えも民族も同じであり、さらに福音などの聖書の秘密を与えてくれたことで、秦氏を信頼したと思われます。

 

秦氏の能力は、優れていて、わたしも驚かされることばかりです。この秦氏の生き方にこそ、世界の平和への道筋があるとさえ思えてきます。

なぜかというと、とても複雑な情勢で、まるで悪になってしまったかのような結果の中でも、生き抜き、神道の教えを日本中に広げ続けているからです。

 

同じイスラエル人であるのなら、簡単でしょう。ですが秦氏がしたのは、カナン人の藤原家さえも善にしようとする節があるのです。

彼らが計画的にそれをしたのか、神様の導きからそうなってしまっただけなのかは、分かりませんが、秦氏は本当に素晴らしいと思います。

 

一見悪い結果にみえますが、実はそうではなかったように、わたしには思えます。

2、日本は一枚岩ではなかった

そんなの多神教だから当たり前だと思うかもしれませんが、そういう単純なことではありません。

日本は豪族というイスラエル人を中心にした世界を作り上げてきました。

 

信じている宗教が違っても、同じ親戚同士だから仲良くしているというケースは今でも多くあるように、天皇を中心にして、日本はイスラエル人の系図を頼りに、日本を守り続けてきたのです。

 

とはいえ、一枚岩ではありませんでした。

 

聖書にも書かれているように、イスラエル人の多くは、平和と安定を手に入れてしまい、次に目指すのは、経済力や国の強化でした。ですから、他国の文化を受け入れて、自分たちの一神教の教えもそのうちの1つとして扱い、多くの文化と交流をして、貿易から利益と栄を手に入れようとする一見合理的な発想が広がったのです。

 

そのため、イスラエル人の多くは多神教に流れていったのです。

 

彼らにとっては宗教は利用するものであり、神様という存在も人間が利用するためのものだったので、利益になるようにみえる、いわゆるグローバル化を目指したのです。1つの神だけを頑なに信じるだけだと多文化を受け入れられないので、交流が持てず、一見非合理的、非経済的のように見えてしまったからです。

 

ですが、経済とは、そのようなものではないのです。

 

グローバル化は、一見、利益になりそうな受け入れやすい考え方ですが、実際に利益を生み出すことは稀で、それだけではなく、国を崩壊させてしまう結果ばかりが起こってしまうのです。貿易に関しても聖書は正しかったのです。

 

現代の日本を例にあげてみましょう。日本は、有数の貿易黒字国です。ドイツ以外は、借金だらけの貿易赤字国ばかりなのに対して、日本とドイツは、貿易黒字国として、実は経済がとても安定しているのです。

 

では、その経済は他国との貿易によって保たれていると思うでしょうか?

 

実際は違います。国外の貿易は、全体の絵利益の数パーセントほどの利益しか経済に恩恵をもたらしていないのです。実際は、国内生産によって95%以上もの利益が生まれているのが、日本という国なのです。

 

経済とは、もともと人と人とのやり取りであり、物々交換の数と量、または質によってもたらされているからです。

 

分かり易く言えば、あなたが、経済で利益を獲ようとするとします。あなたは、外国人との貿易から利益を獲ようとしますか?それとも、同じ日本人との貿易から利益を獲ようとしますか?どちらでしょうか。

 

普通は、後者ですね。言葉も同じで、相手は歩けば手の届くような日本人と貿易のやりとりをしたほうが、簡単ですし、スムーズです。

海外とのやり取りは、1回1回の貿易は膨大で、大きな契約のようですが、しょっちゅうできるものではありません。

 

ゴミも積もれば山となるではありませんが、小さなやり取りを数多くこなし、毎日の生活をせざる負えない日本人同士の経済体系のほうが圧倒的に利益をもたらしているのです。

 

グローバル化とは聞こえがいいのですが、実際は、それほど利益を出しているのでもないのです。それどころか、悪いものまで入れこんで、逆に日本の利益をむさぼられてしまう結果になるので、マイナスのほうが高くなってしまうのです。

 

なぜなら、日本人は、日本列島で暮らさなければいけないのに対して、海外が相手なら、海外の人間は、べつに日本に住む必要もなければ、もっといえば、どうなってもいいわけです。

自分たちに利益さえもたらされれば、日本の生活が、すさんだとしても、自分たちに影響されないからです。家族も海外で住んでいるわけなので治安が悪くなっても、関係ないのです。むしろ、治安などを悪くして、外から助け船を出すようにしたら、一石二鳥のなような狡猾ささえも出てくるのです。

 

聖書は、どこまでいっても正しいわけですね。

 

ですが、人はすぐに惑わされ、目の前の利益やお金などに振り回され、それを基準にして、大切なものを軽んじて、多神教へと走っていったのです。その結果、聖書の預言通り、イスラエル人たちの国は、南北に別れ、その後どちらも崩壊し、亡国という流れにまで陥ったのです。

 

日本もまさにそうでした。イスラエル人の歴史は、不思議で、多神教に流れたり、とくに偶像を拝むようになると民は苦しみ、迫害されていくのです。

ですから、物部氏は、一神教を信じて、偶像を否定したのです。

ですが、すべてのイスラエル人がそうではなく、イスラエル人の中でも、ヨセフ派といわれるエジプト系統の多神教を信じる神道もあったのです。

 

こういった多神教のイスラエル人が、藤原家の後押しになり、藤原家を日本の支配者にまでしてしまったのですね。

 

多神教、出雲系の神道は、一神教の物部氏の神道のことをよく思っていませんでした。物部氏を助けようとしなかったのです。物部氏も蘇我氏も排斥されたあと、彼らにも悲劇が及びはじめて、やっと目が覚めるのですが、後の祭りでした。

 

藤原家は、イスラエル人を人間とはみなさず、あらゆる策略やシステムで、苦しむような政治ばかりを行っていったのです。

 

物部氏たちが、いた頃でも、一枚岩ではなかったことが、悲劇のはじまりだったということです。

 

物部氏(ユダヤ教)、蘇我氏(原始仏教)、多神教神道(出雲系)、秦氏(原始キリスト教、伊勢系)、藤原家(大乗仏教)

 

こういった複雑な関係があり、常に政治を担っていた物部氏や蘇我氏などをよく思っていなかった勢力さえもいたというわけです。

 

 

そこにカナン人の藤原家という、圧倒的な狡猾な勢力が入り込んできたので、純粋なイスラエル人たちは、簡単に騙されて、自分たちの首をしめあげる未来を作り出していったのです。

 

 

3、どこまでいっても、愛とゆるしを選んだ秦氏

物部氏は、生粋のユダヤ教徒でしたし、軍事面をまかされていた豪族でしたので、強引な手、武力によって問題を解決するような気質があったのではないでしょうか。

それを否定するわけではありませんが、そういったやり方をすると、蘇我氏のような戦わなくてもよかった相手からも憎まれる結果を生み出していったのです。

 

その点、秦氏は違いました。

 

赦しと愛をイエスキリストによって、教えられていた原始キリスト教だったので、あらゆる意見を聞く耳がありました。意見が違ってもそれを完全に否定するというよりも、愛やゆるしを実行して、認めてもらうことを優先したように思えます。

 

秦氏は渡来人でした。ローマから移動して、500年かけて東へと渡って来ました。日本に渡来する前は、朝鮮半島でも、住みついていました。

同じ朝鮮半島の出身であった百済も、渡来人として同じ苦労を味わった仲だとも言えるでしょう。

 

秦氏を弾圧して、消さない理由としては、朝鮮半島からきた同じ渡来人だったということもあったかもしれません。渡来人だからこそ、認めさせるようにイスラエル人たちに見せつける意味もあったかもしれません。

 

藤原家は、その狡猾なやり口で、物部氏や蘇我氏、その他の数多くの豪族を突き落として、朝廷を牛耳りました。

ですが、秦氏には、寛容さをみせていました。

なぜ、豪族である秦氏は、有力な豪族のまま存続しえたのでしょうか。

 

それは、藤原家の弱点は、人数が少ないということだったからです。絶大な権力を持ったとしても、日本列島に住んでいる数多くの人間は、イスラエル人です。もし、このイスラエル人全体から藤原家が嫌われてしまえば、数の利で、武力的に、藤原家は絶滅されてしまうので、神道を100%無視することなど出来なかったと思われます。豪族を100%追い出すこともできなかった。

 

では、争いごとや地位や名誉に目を向けない秦氏は、利用できる豪族の1つとして、存在したのではないでしょうか。

豪族を残さなければいけないのなら、反乱や争いをしない秦氏を飼いならしていたほうが、ましというわけです。

 

秦氏は、日本中に聖書の文化である神道の神社を作り続けました。日本の土地で神道の基礎を作ったのは、この秦氏であるというのも過言ではありません。

その神道に、藤原家は、大乗仏教と習合するように圧力をかけてきたのです。

 

そのため、神社の中に偶像をおかれるケースも多数存在するようになってしまいました。

 

これは秦氏としても、不本意だったことでしょう。そして、藤原家は、あらゆる書物をすべて燃やし、新しい時代としての日本の歴史改ざんを始めました。それが日本書紀です。

 

そして、豪族側にも新しい日本の歴史書を作るように命じました。それが古事記です。

古事記という名前は、もしかすると藤原家が考えたのかもしれません。聖書的なイスラエル人を彼らは畜生と捉えていました。人間ではないと考えるのです。ですから、そんなイスラエル人たちが造った書物は、古事記(乞食)といった名前にしたのかもしれません。日本の神道であり、女預言者の卑弥呼も、卑しい巫女という名前がつけられているのもそのためかもしれません。

 

豪族側には、エジプト派もいたので、あらゆる偶像思想が古事記の中に入り込んでいますが、聖書的な内容が散りばめられています。

聖書を読んだことがある人が、古事記を読むと理解できるのですが、多くの日本人は、聖書を知らないので、古事記も理解できないようにされているのですが、ちゃんと見比べると、古事記や日本書紀などにキリスト教の教えの共通点が数多くあることに気づくのです。

 

例えば、神道の神は、三位一体です。3つで1つの神様を信じるのですが、さらに1つ中心になる女神がいるのです。それが天照大神(アマテラスオオミカミ)です。

 

この天照大神は、弟であった須佐之男命(スサノオノミコト)に牛を投げつけられ、ひどいことをされたことで、大岩の中に3年間入り込んでしまったのです。

このままでは、世の中が闇になってしまうと考えた人間ような神々が集まり、歌や踊りをして、隠れている天照大神を岩から出そうとしはじめるのです。

自分がいないはずなのに、外では賑やかになっているのを感じた天照大神は、3年ぶりに外に顔を出して、みなと祝いはじめるというこものです。

 

これは聖書を読んだことがある人なら、解る内容です。同じイスラエル人であったユダヤ教徒に、イエスキリストは、十字架刑にあわされ殺されて、その死体は、大岩の中に三日間いれられたのです。その後、弟子たちがイエス様の遺体の確認をしにいくと、岩が空いていたのです。

原始キリスト教たちが、イエスの遺体を盗んで、復活したと言い出さないように、ローマは、しっかりとその岩の前に見張りを置いていたのですが、その見張りたちは、天使の顔をみて、失神してしまい倒れていたのです。

 

そして、イエス様は死ぬ前におっしゃっていたように、死から復活し、勝利して、新しい体を持って、生き返えり、200人の弟子たちに同時期に現れ、その奥義を解き明かされたのです。

 

すべては旧約聖書の預言通り成就したという奥義だったのです。

 

イエスキリストの預言>>

キリスト教を広め成立たのは、イエスキリストか、それとも弟子たちなのか>>

 

このように、聖書を知っているクリスチャンだからこそ、解る共通点が大量にあるのが、神道の文化であり、古事記や日本書紀なのです。

聖書の基準を持っていると、古事記派になりやすく、日本書紀がご都合主義の思想で造られていることにも気づけます。

 

このように、聖書の文化を破壊していくような藤原家の不本意な言いつけにも、秦氏は、口をつぐみました。

なぜ、秦氏は、我慢できたのでしょうか。

 

わたしが思うに、日本列島で、石や木で造られた神々を拝まされるという未来は、聖書の預言通りであり、すでに秦氏は苦難が来ることを理解していたから、それを受け入れたのではないでしょうか。どれだけ辛くて、悲劇の未来になると解っていても、それでも愛やとゆるしを秘めて、神道文化に残していくことを使命したのではないでしょうか。

 

秦氏が造った多くの神社などにも、偶像が多数置かれて、その支配は明治まで引き継がれました。

明治になって廃仏毀釈が起こり、偶像撤廃が日本中に広がることで、多くの偶像を処分できたのですが、完全に日本から偶像を追い出すまでには至りませんでした。

 

 

聖書に書かれた預言者ダニエルたちの時代のように、耐え忍ぶ秦氏や神道のひとたちの歴史が続いていったのです。

バビロンやアッシリア、ペルシャなどなら、その思想は中間思想であり、合理的でしたが、今回のイスラエル人の支配者は、カナン人の末裔ですから、ひどいものでした。戦争ばかりが起こされ、犯罪が多発し、食料さえも手に入れれず、乞食のような生活をさせられた平安時代です。

何が平安なのかと言いたくなる時代が藤原全盛期でした。この時代の朝廷は、ものすごくドロドロしたもので、まるで昼ドラを恐怖映画にしたような内容ばかりです。日本の三大呪いが生まれたとされる時代です。

 

あまりにもひどい日本の生活から守ろうと世に出てきたのが、一度は滅ぼされた物部氏の末裔の源氏でした。源氏は、人々のボディーガードとして、山賊や海賊などと戦い、民を守ったのです。

平家もその一部でした。平家のことはまた違う記事で書くかもしれませんが、平家は、ローマ人とイスラエル人とのハーフの一族で、見た目は、ローマ人のようだったと言います。日本人なんだけど、ローマ人みたいな日本人がいたりしますが、そういったひとたちは、もしかすると平家の末裔かもしれません。

芸能人でいうと阿部寛とか、篠原涼子の旦那さんの市村正親などは、そうなのかもしれませんね。そう考えて、テルマエ・ロマエという映画をみるとまた面白いかもしれません。

ローマの文化がなぜか日本にあるという不思議が垣間見える映画です。

 

話がそれましたが、そのような「もののべ」武士を支えたのは、また神道でした。

 

弾圧されながらも、神道は頑張って生き残ってきたのですね。神道が少しだけ復活するのは、江戸末期や明治維新などになっていくのですが、新しい神道などが大量に生まれたのも明治で、プラスマイナス0といった具合が明治でした。

それまでは、神道は、ことごとく下にされ、大乗仏教ばかりが重宝され、勢力をわざと拡大させられていったのです。

 

オウム真理教がまかりとおって、国の国境だったと想像すれば、解かりやすいかもしれませんね。オウムなどはまだかわいいほうだったでしょう。

 

まるで残族のような偽仏教徒たちが武器を持って、人々を惑わし、現実をみないように民たちの脳を汚染していき、食べ物がない民から食べ物をさらに奪って、わざと殺していったのです。

だから、織田信長は、仏教に賛同的では無かったのですね。

仏教よりもキリスト教のほうがまともだったと発言したとも言われています。

 

藤原家はあらゆる、策略をつかって、天皇家にさえ手をだしたり、悪魔的なやり口で民を苦しめてきましたが、その反面、天皇家に実は乗っ取られているのです。

どこからどうみても、藤原家が天皇家をコントロールしているのですが、彼らカナン人は、女を天皇と結ばせて、その子を天皇の跡継ぎにしていくしかありませんでした。男のカナン人が、女天皇との間に子を残そうとすれば、不思議と藤原家は壊滅状態にまで陥った歴史があるからです。

天皇を人質にとりながらも、徐々に日本人の気質を取り入れていなければ、やっていけなくなった藤原家は、当時の悪魔的なものというよりは、若干大人しい犯罪者といったものへと変わっていると思われます。

そして、そのような狡猾な藤原家がいたことで、日本は海外の悪魔宗教たちと渡り合えることが出来ているのです。

 

毒は毒によって制するといいますが、藤原家の存在は、まったく悪だともいいきれないという不思議な状況なのです。

 

秦氏はそれを見据えていたのか、何なのか分かりませんが、愛とゆるしを日本人の心と精神にいれて、それを横からみているカナン人の藤原家も、いつのまにか、脳が洗い流されはじめているといった感じでしょうか。

 

ここに世界の平和への道が隠されている気がします。

 

今現在は、残念ながら、悪魔宗教が世界を支配して、悪魔的なシステムによって人間社会は運営されています。ですが、それでも彼らは表向きは、善であると見せかけなければいけません。悪であると解ってしまえば、フランス革命の時の貴族やカトリックのように、追い込まれ弾圧されて、滅んでしまうからです。

 

表向きは、自由・平等・博愛の精神で、あかたも人権があるかのような世界に見せかけているのですが、逆にいえば、そうせざる負えないということです。

どれだけ権力を持っていても、どれだけ財産を持っていても、神様の創られた法則に逆らうことなどできないという証拠なのです。

 

イスラエル人がカナン人をカナンの地で滅ぼして、奴隷にしてから、悪は表ではできないようになっていきました。カルタゴの悪魔的な支配もローマによって滅ぼされ、正義の名のもとに、弾圧されたのです。

 

エンジェルマップでは、情報こそ流しますが、個人的な恨みや一団体や悪の勢力を排斥しようというものではありません。

世の中の悪や真実を表すことで、彼ら悪魔側の被害者を減らしたいだけで、彼らの権力や財力を減らそうとか、そんな意図はありません。彼らが悪をしたら、彼らは神様によって裁かれるだけであり、わたしたちが手を下す必要もありません。ただ、被害にあったり、彼らをフォローしてしまう結果にならないようにするだけです。彼らが目覚めて神様の側に立っていけば、認めますし、さらに悪に走れば否定するだけです。

世の中が悪だから、テロや反乱を起こしてやろうという思想を植え込む、オウムのような輩、あさま山荘の輩とは違いますし、良い行動を繰り返し続けるだけで、排斥しようとは考えていません。

秦氏は、さらに穏健で、神社の中に聖書物語が解るものを残したり、悪への注意こそしてはいても、悪への暴露などさえもしませんでした。

そうやって生き残りながらも、聖書の文化である神道を守り続けたのです。

 

分かり易いリーダーが、世の中を平和にしても、争いはまた生まれます。ですが、すべてのひとたちが、自分たちの意思で神の子孫になることを選べるようになれば、悪は力を失うしかないのです。本当の平和とはその先にあると思います。

歪曲された歴史、映画や小説、漫画やアニメなどではひとりの英雄的な人物によって世界が救われたりしますが、そんなものではないとわたしは思います。

 

救世主であったイエス様は、救世主だったからこそ、十字架刑で死んだのです。

そして、世の平和をひとりひとりの人間に委ねられました。

 

大きな出来事や誰か英雄のようなリーダーによってもたらされた平和など、はかなく崩れ去ります。ですが、ひとりひとりが、自分たちの子孫に神の子孫を育てて、正しい選択をするようにしていけば、長く平和は保たれるのです。

 

そんな理想論など、通用しないと思う人がいるかもいれませんが、その理想論は、実際に形になり、人権が憲法によって固定されているのです。

現代人は、これを当たり前だと錯覚していますが、人権がなかった時代が長く続いていた時代のひとたちからすれば、憲法という存在は、夢物語だったのです。

 

人に人権があると認められた世界が本当に来るなどないと思われていたのです。

 

ですが、実際にその世界は成就しました。

まだまだ、天国という世界にはほど遠いですが、じわじわと平和へと続き、ほとんど悪が淘汰されたような世界になるのは、悪をすることが表では禁止された現代からすれば、現実的な未来なのです。

 

飛行機をつくって空を飛びことは不可能だと思い込んでいましたが、実際飛行機は空を飛べるのですね。

 

問題は、わたしたちの汚染された脳になるというわけです。

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