歴史

なぜ韓国のキリスト教は、カルトが多いのか

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韓国は、とてもキリスト教が盛んで、大勢のひとたちがキリスト教を信じていると言われています。

ですが、本当のキリスト教を信じているのではなく、独自の解釈で、聖書とは真逆の教えを続けているというとんでもないことになっているのです。

 

日本にもカルト宗教は多いのですが、日本の場合よりもタチが悪いのです。

 

例えば、日本人の空き巣という犯罪者と在日系の空き巣の犯罪者は、同じ空き巣でも、その残忍さは、違います。

 

日本系のヤクザと在日系のヤクザの残忍さや道徳観念の違いが違うように、キリスト教のカルトであっても、韓国のカルトは、度が過ぎているのです。

 

オウム真理教のようなカルトが大量に存在していると言えば分かるでしょうか。

 

オウムは海外でも騒がれるほどのカルト宗教でした。人を騙す質は、かなり高いものでした。

 

質こそおちても、そのようなカルトキリスト教が多数存在しているのが、韓国という国なのです。

 

日本の教会も、完璧ではありません。あらゆる聖書が禁止しているようなことを知らずに行ってしまっているところもあります。ですが、道徳観念を破壊するような犯罪的なものまではしないのが普通です。

 

例えば、クリスチャンの信者のひとりが不倫をしたとしましょう。そうすると、日本の教会では、大騒ぎになります。そんなクリスチャンは、許せないという話が教会全体に口コミで広がって行くのです。

 

不倫1つでこれです。

 

これはとてもまともなことだと言えるでしょう。

 

日本人のクリスチャンとしては、大きな罪だと認識して、問題になることは、まともだからです。ですが、韓国のカルト系キリスト教の腐敗ぶりは、不倫なんて可愛いものではありません。悪魔宗教がすることをするのです。

 

保護した家族を自分の性奴隷にするような事件が、多発しているのです。自称、牧師と言われる、偽牧師が、聖書を利用して、人々をありもしない教えで、汚染していくのです。

どうやったら聖書をそのように解釈できるんだ?と疑問に思えてきますが、はじめからそれが目的だったとさえ思えてきます。

なぜ、韓国のキリスト教の団体は、カルトが多くなってしまっているのでしょうか。

 

今回は、それについて、考えていきましょう。

1、小中華の気質

朝鮮半島は、長い間、大中華の中国に、支配され、属国として、存在してきました。ですから、朝鮮半島のことを小中華とも言われるのです。

 

大中華は、世界の中心だという考え方があります。現在でも、中国が土地を広げようとあらゆる策略で、まわりの国々に圧力をかけていますが、彼らからすれば、それは正義なのです。

 

世界の中心から広げていくことに、問題はないと今でも考え実行しようとしているのです。

 

ロスチャイルドやロックフェラー、日本の藤原家やイギリス王室などは、あらゆる残酷な歴史を生み出してきましたが、それでも、限度というものを理解しています。悪をしすぎると、反発され、自分たちが滅びることを何度味わって来たので、理解しているのです。

 

ロスチャイルドなどは、バランス派と言われるだけあって、世界の秩序をそれなりに上手く扱っているとも思わされます。

 

ですが、中国や朝鮮半島の正義は、度が過ぎていました。

 

信じられないかもしれませんが、近年まで、人の肉が露店で売り買いされていたほどで、人の命を人だとして認識していない風潮があり、どれだけ美味しく人の肉が料理できるのかを競ったほど、恐ろしいものです。

 

カニバリズムは、世界中に広がっていましたが、そのほとんどは、純粋に自分たちの文化だと思って、文明力が低いまま行われていましたが、中国や朝鮮半島は違います。文化や知識、あらゆる悪を芸術にまでしてしまったほどで、それをみて、白人でさえも、中国は、眠れる獅子として、恐れられてきた国だったのです。

 

カニバリズムをしている文明の多くは、低レベルの水準の生活をしていました。

 

逆にカニバリズムの文化が、まったくない日本は、世界も驚愕するほどの高い水準の文化が広がっていました。

 

江戸時代の江戸町の人々は、8割のひとが、文字を読み書きできたという驚く数字まで、残っています。その当時のロンドンは、3割にも満たなかったことを考えると、どれだけ日本人の文化力が優れていたのかが分かります。

 

今でも白人の中では、読み書きができないという人がいたり、平気で、単語を間違えていたりもするのです。

 

ですが、中国は、カニバリズムをしながら、さらにそれらを芸術にまでしていたほど、善悪の道徳観念が腐敗して長いのです。

 

そして、その中国を目標としていた朝鮮もまた、同じような恐ろしい文化、もしくは、それ以上のひどい政治や常識が長年広がっていたのです。

 

 

小中華の朝鮮は、大中華が世界の中心だと考えていたので、日本は、さらに離れた劣る国だと蔑んでいました。

 

日本は、朝鮮よりも下だと長らく考えられていたのです。

 

白人は、日本人を絶賛し、多くの文化を日本にだけは与えて、銃なども大量に与え作り方まで教えたほどです。そのおかげで、一気に日本は、先進国のトップにまで駆け上がりました。その裏には、ロスチャイルドの後押しがされたという話は有名です。

 

ですが、それでも朝鮮は、日本は下だと考えていたのです。

 

 

ロスチャイルドたちもカナン人の末裔で、少しだけ、その血が入っていると思われるのですが、本当のカナン人の血が残っているのは、中国などのアジア人なのです。

 

ですから、やることが半端ではありません。

 

白人は、勇気があり、正義や愛を信じようと努力してきました。巨大な権力を持ったカトリックにも、いのちをかけて、正しいことを行おうとプロテスタントたちが立ち上がって、今があるのです。

 

海外に行って白人と関われば分かると思いますが、彼らは傲慢ではありません。日本人と変わらず、誠実で正義を大切にしたいという道徳観念の土台があるのです。

その中で、成功した悪魔宗教なので、どうしても、道徳的な配慮をしなければ成り立たなかったわけです。

 

ですが、中国や朝鮮は、違うのです。

 

中央の腐敗もさることながら、国民性も、腐敗していたので、どちらもどちらといった歴史を歩んでいます。

 

道徳とはかけ離れた価値観を持つ、カナン人が多いだけに、かなり支配するのも難しかったのです。

 

 

ですから、中国や朝鮮では、とても法が厳しいのです。人々のひとりひとりが、道徳観念が低いので、法で厳しくしなければ、秩序が保てないわけです。

盗みをしただけで、死刑という厳しさです。

 

そして、長らく儒教の教えによって「神」という概念を忘れてしまったので、神を信じない、完全現実主義者が、広がり、人が見ていないところでは、悪をしてでも利益を選ぶ国民性になるのです。法が厳しいのなら、人にバレなければ、悪をして利益を獲てもいいと考えるのです。

 

法を厳しくすれば、いいというものではないことが、中国や朝鮮からは見て取れるのですね。

 

 

逆に日本の法律はとても緩いですが、ひとりひとりが、神道や仏教などの神様を心から信じていたので、人がいないところでも、悪をしようとはしない道徳観が存在しているのです。

 

法が厳しければ、秩序が安定するという単純なことではないということです。

 

 

中国や朝鮮にも、仏教が入り込んで、神概念が広まると、少しは、安定したのですが、それでも、長らくご都合主義、人が見ていなければ、何をしてもいい。バレなければ何をしてもいいという気質は変わらず今でも続いてしまっているというわけです。

 

そして、小中華の朝鮮は、その時代の支配者、自分の上に当たる人間には、とても媚を売ります。

 

厳しい法を課せられてきたので、その法に見つかりたくはないという思いから、力ある存在には、限りなく従う「ふり」をして、場を乗り切るのです。

 

ですから、権力者には、今でも従うふりをして、あらゆる礼儀や儀礼、あらゆる学歴などを日本人以上に、重要視しているのです。

 

 

日本でも、礼儀や作法などをやたらと強調するタイプはいますが、その割合が中国や朝鮮には多いということです。

 

藤原家もとても作法や礼儀を持っていて、最先端の情報から上に登って行ったのですが、カナン人の末裔は、このような表面的なこと、それに重要性を見出し、私利私欲に走っていくのです。

 

権力者に、立ち向かおうという日本人や白人のような気質が少なく、自分さえ助かれば、他人はどうなってもいいという気質が、あらゆる問題を膨らませているのです。

 

日本人と白人の道徳観念は、近いところにあるのですが、日本と中国や朝鮮の道徳観念は、真逆です。

 

今でこそ、落ち着いてきたので、いいのですが、それは近年になって彼らが学び、表面だけではなく、本質的な愛や正義を内に秘めることの大切さを入れてきたからに他らないのです。

 

ですから、中国や朝鮮も少しずつ、道徳的になりつつあると思われます。

 

 

ですが、やはり、他の国に比べると、詐欺的であり、自分本位、ご都合主義である割合は高いので、キリスト教の中であっても、カルトが大量に出てしまっているというわけです。

 

 

福沢諭吉は、日本は朝鮮半島には、手を出すなという警告をしていました。彼は朝鮮人を受け入れて、彼らの正義や彼らの文化を学ぼうとしたのですが、本質的に彼らが悪側であることを見抜き、彼らと関わるとロクなことはないと教えたのです。ですが、その忠告を聞かずに、朝鮮に手を出してしまったのです。

 

 

当時の朝鮮は、ひどいありさまでした。日本の平安時代と同じように、支配者だけが優雅に暮らし、その他大勢はまるで乞食のようなありさまでした。

 

文字の読み書きは、当たり前のようにゆるされず、動物のようにボロボロの家に生きていたのです。

 

道路も舗装せず、外部からの攻撃にさらされないために、わざと交通を不便にしていたのです。女性も半裸状態でした。

そこに、日本がやってきて、ひどい支配をしている支配層を倒し、次々と文明的なものを教え、服を与え、文字の読み書きができるようにしていってあげたのです。

 

学校も大量に作ってあげました。

 

そこから、急激に朝鮮は、乞食のような生活から、人間らしい価値観で暮らせるようになったのです。

 

 

そして、小中華の朝鮮人は、新しい支配者層になった日本に、とても媚を売りました。自分たちに日本語を教えて使えるようにしてほしいと頼んできた人までいたのです。

 

台湾も日本が占領しましたが、台湾は、とても日本に反抗的でした。台湾は、支配者層にも媚を売らず、正しさを示そうとする民族でした。

 

逆に朝鮮は、日本にもとても友好的で、表面上は、媚を売り続けました。

 

その支配者であった日本が、アメリカに負けると、朝鮮人はとつぜん変貌したかのように、犯罪的になり、日本人をものすごく攻撃しはじめたのです。日本でも、在日系の悪人が大量に、日本の警察に殴り込みをかけて、信じられない暴挙を繰り返したのです。日本の国の中なのに、勝利した顔をして、日本人を駅のホームで殴り殺すという事件さえも起こりました。

 

ちょっと目があっただけで、日本人を殴り殺したのです。

 

台湾は、日本の支配が終わると、逆に日本が素晴らしいかったことをアピールしました。日本は蒋介石とは違って、略奪も暴力もしない平等な支配をした英雄として、高齢の方ほど、日本人を好いてくれたのです。

 

これほど気質が違うのが、大中華や小中華なのです。

 

わたしは、海外にいって、ロシア人やイギリス人、アフリカ人やアメリカ人など数多くの民族、インディアンなども友達になったのですが、彼らはとても優しい日本人と変わらない道徳観念があることを体験しました。

ロシア人は、すこし大阪人のような濃さがあると感じましたが、それでも悪くないと思えました。

イギリス人は、どこかしら紳士的といった気質があると思わされました。

 

アメリカ人は、映画に出てくるような自分が主人公のような態度が少しあるのかな?と思わされましたが、それでもいい子だと思えました。

 

アフリカ人は、知識はなさそうでしたが、心からの優しさを醸し出すいい性質があると思わされました。

 

ですが、韓国人には、驚かされました。わたしは、別に仲良く普通に話そうとしていたのですが、突然、韓国人と日本人が戦争をしたら、韓国人は簡単に日本人を殺せると発言してきたのです。

サッカーとかでも分かるように、韓国人のプレイスタイルは、悪意が入り混じっています。そういう気質があるのだと思わされてしまいます。

日本以外にも、韓国は、悪意のあるプレイをして、相手を怒らせていました。

 

勝てばいい、私利私欲、利益になればそれでいいという考え方、本質的に、表面的なことが心から正義だと思えるものが、根深く存在しているのではないかと思わされるのです。

 

その人は、韓国人でしたが、北朝鮮人は、分かりません。素朴で優しい民族だという人もいます。

実際に北朝鮮人の人と会ったことがないので、分からないですし、あまり目立った悪も聞かないのは、情報が隠されているからなのか、分かりません。

有名なカルト宗教もあるので、何とも言えないところです。

 

一概に中国人といっても、大勢いるので、すべての民族が悪意がある人たちというわけでは、もちろんありませんが、割合的に多いということです。

 

そして、それらは国民性、気質が理由だと思われるのです。

2、なぜキリスト教のプロテスタントなのか

先ほども言った通り、小中華は、現代の支配者に媚を徹底的に売って、表面的な物差しの正義をするので、アメリカ様には、逆らいません。

アメリカのプロテスタントの思想を急激に取り入れはじめたのです。

 

ですが、彼らは、キリスト教の本質をはじめから歪曲させて、ご都合主義で利用しているだけです。

 

このような表面的なものに、価値があると考えるので、学者や有名会社、学歴などを重要視するのです。

 

その中に、牧師というものがあります。

 

牧師も、組織の中の上の人間なので、その人間に対して、小中華の人間は、従うのです。

 

そうすると、牧師が何をいっても、従うふりをするわけですから、牧師も、どんどん腐敗していくわけです。

 

 

はじめから、その権利がほしいからという理由で、偽牧師として、立ち上げることさえしていると疑う人もいますし、わたしも怪しいと思います。

 

悪をするために、牧師という職業をするといった意味不明なものだということです。

 

そんな人間が、聖書を正しく解釈して、守り謙虚に教えることができるわけがありません。

 

プロテスタントは、本来、巨大な権力に対して、抗議し、神様が創られた法則に従って、いのちさえもかけて、正義や愛を貫くことから始まっています。

 

ですから、巨大な組織になることをあまり好みません。そして、礼儀や作法といったものも、プロテスタントでは、あまり強調されず、家族として、受け入れて、温かく受け入れるものです。

 

カトリックなどは、支配する思想が入っているので、そのような礼儀作法などの偶像思想で人々をコントロールしようとしますが、プロテスタントはそういったものには、ノーと言う気骨があるわけです。

 

ですが、韓国では、これが逆に悪用されているというのです。

 

好き勝手に教会を作って、誰の許可を取るでもなく教会の牧師としてはじめるので、とんでもないカルト宗教などが多発し続けているわけですね。

 

物凄くキリスト教を冒涜しているわけです。

 

 

イスラム原理主義者といわれるテロリストが、イスラム教徒だという嘘と同じで、わざと悪をして、宗教を汚していくのです。

 

日本人は、お金が大切だということも理解しますが、お金がすべてではないということもどこかしら、持っているものです。礼儀作法にしても、秩序を保つためのものだと考えます。本質をなんとか、捕らえて、いい精神で物事を理解しようとするのですが、中国や朝鮮は、その逆で、良いものをご都合主義で、どんどん形をかえて、汚していくのです。

 

仏教にしても、中国で大量のまがいものが生まれ、釈迦の教えとはまったく違うものへと変貌し、それが日本に流れてきてしまいました。

 

その被害で散々なことを繰り返した恐ろしい大乗仏教でしたが、日本人は、その大乗仏教を取り入れると、誠実な心で受け入れて、悪いものさえも、良いものへと変えていってしまったのです。

 

プロテスタントも、彼らからすれば、1つの道具であり、利用するものなので、とんでもないカルトが大量に出回ったのです。

 

孔子の時代も、大量のカルト宗教によって、悪が満ちていました。悪であってもその宗教の祭司がいうことが絶対だったので、悲劇が大量に生まれていたのです。そこに、孔子は、論理的に考えるという思想を人々に与えて、宗教を一旦切り離したのです。

 

宗教に持っていくと、人は、訳の分からない世界に入り込んでしまうので、数学的な論理的思考を保つために、儒教を人々に伝え、論理的思考を養わせたのです。

 

それがまた、孔子が死んで弟子たちに広がり、儒教もさらにぐちゃぐちゃになって、大量の意味のない情報で満たされ、逆に混乱を招くことになって行くのです。神がいないと信じているので、どれだけ不正をしても、関係ないわけです。

バレなければ、それでいいというわけです。

 

今、韓国を支配しているのは、アメリカで、媚を売るためにプロテスタントが広がっているかのようにみせていますが、本質とはかけはなれたキリスト教で、偽物ばかりになってしまっているわけです。

 

包丁は、料理に使えば便利な道具でも、人に向ければ犯罪です。

 

聖書も聖書に従えば、素晴らしいものですが、聖書を利用しようとするようになると、危険なものになってしまうのですね。

 

ですが、神様は、全部見られているので、その人たちのことを必ず裁かれます。彼らが信じなくても、神様がいることは、誰にも否定できないからです。

日本も成長しているように、中国や韓国も遅れて少しずつ成長し続けています。

 

未来では、どのようになるかは、わたしには分かりません。韓国も、アメリカとのFTPによって搾取され、カルトも増えるように後押しされていることで、大量にカルトが出回っていますが、それも、神様の許可があってのことです。

 

罪は死につながるので、どんな悪人も無視はできないのです。

 

気質が問題なのに、それでも正しい人々が増え始めたとしたら、それこそ将来は明るいと言えるでしょう。

 

わたしは、あまり中国や朝鮮半島には行きたくはありませんが、正しい人間が増えていってほしいと願うばかりです。

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