思考の変化

パウロの回心

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12使徒ではありませんが、新約聖書を世に広めた使徒として、有名なのが、パウロです。

 

パウロが聖霊によって書いた新約聖書の書は多く、パウロの論理的な聖書の解明は、今でもキリスト教の信仰の基礎となっています。

 

キリスト教の奥義を説明したローマ人の手紙なども、この使徒パウロが書いたものです。

 

歴史家の中では、イエスキリストではなく、このパウロが、キリスト教を作り出したかのように考える人もいるほど、キリスト教の基礎を固めた人物ですが、それらの歴史家の意見は、大きな間違いだということは当然ながら、キリスト教徒は解っています。

 

なぜなら、このパウロは、原始キリスト教を迫害していたからです。聖書のことをあまり知らない人は、意味が解らないと思いますが、キリスト教を世に広めたキーパーソンのひとりである人物パウロは、もともとそのキリスト教を弾圧し、心の底から正しいと思って、数人の原始キリスト教を殺めた人物だったのです。

 

原始キリスト教を迫害することが正しいと心から考えていたパウロ(当時はサウロ)は、なぜ突然、回心して、迫害していた者たちを激しく肯定しはじめたのでしょうか。

1、ユダヤ教徒は、正しかった。

キリスト教は、世界の数十億人が信じている巨大な宗教に今はなっているので、そのキリスト教の立場からみると、当時のユダヤ教徒は、救世主であるイエスキリストを十字架刑にかけたヒール役、悪側の勢力のように思われがちですが、けっしてそうではないのです。

 

ユダヤ教は、紀元前6・7世紀頃に、復古思想を基にして、誕生した宗教です。それまで、ユダヤ人と言われていたのではなく、イスラエル人やパレスチナ人などと呼ばれたりしていて、ユダは、そのイスラエル人の中の1つの部族でしかない存在でした。ジュー、ジュダです。そのユダヤ教が成立して、ユダヤ人と呼ばれるようになっていったのです。

 

それを聞くと、旧約聖書は、紀元前6世紀頃しか歴史がないのか?と勘違いされるかもしれませんが、そうではありません。

イスラム人の信じていた宗教は、大きくわけて2つあり、1つは多神教の宗教。そして、もう一つは、多神教に埋もれていた一神教の宗教でした。

 

この2つが対立しあって、イスラエル人の国は、存在していたのです。

 

そして、長らく、多神教の宗教のほうが多く信じられていて、政治的にも、多神教のほうが扱いやすく、ご都合主義が広がっていました。

多神教は、多くの神々を信じて認めるわけですから、その時代の支配者の都合のいい神を立てて、その支配者の都合のいい解釈で、民をコントロールしてきたわけです。そして、外交的にも役立ちました。多くの神々を信仰していれば、他国の文化や宗教を否定せずに、外交が進められるからです。

 

日本人ならこの気持ちはよく解るのではないでしょうか。

例え、相手が、自分の好きではない苦手なタイプであっても、笑顔で見てみないフリをして、その場を乗り切るわけです。空気を読むようなものですね。

 

ですが、一神教は、人間が何を言おうと、事実は事実として、揺るがないので、空気を読みながらも、空気を読まない思想になり、発言をします。

 

多神教は、例え相手が犯罪者であっても、利益になるのなら、それも認めることができる解釈ができます。嘘であっても笑顔で流せます。

太陽は1つという事実があっても、太陽が100個あるという考え方も、多神教では笑顔で通過させられるわけですから、貿易がスムーズに行えるわけですね。

 

グローバル化もそうですが、一見これは、利益になり、スムーズで正しいやり方のように思いますが、実際は、世を乱して、利益を損ねる思想なのです。

 

ですが、眼の前の利益をみると、どうしても人間は、ご都合主義になりやすく、多神教は、とても便利なので、イスラエル人たちも、多くが多神教へと流されていたのです。

 

現代人ならとても納得できる発想ではないでしょうか。

 

ですが、イスラエル人の文化を劇的に変えてしまう出来事が起こってしまうのです。

八方美人で多神教でのらりくらり交わしてやってきたイスラエル人の集合体でしたが、腐敗していたイスラエル人の国を滅ぼしてしまう巨大な外からの圧力がかかるのです。

 

それが、バビロン捕囚です。

 

圧倒的な力で、イスラエル人たちは亡国となり、奴隷にされ、苦役を味わったのです。

なぜ多神教で、合理的にやってきたのに、このようなことになったのか、疑問を抱くようになり、神への追及、研究がされるようになるのです。

 

そして、驚くべきことに、イスラエル人の文献の中、それも一神教の中に、この出来事をすでに預言していたものを発見し、解明に乗り出します。イスラエル人の合理的な平和思想を作り出したモーセからはじまる一神教の預言者たちが書き残した書簡は、的確に未来を予知し、すべてを説明していたのに、気づいて、イスラエル人たちは、モーセが信じた一神教に立ち戻る復古思想、ユダヤ教を成立させていくのです。

 

ご都合主義でやってきたイスラエル人でしたが、それらを捨てて、ご都合主義ではなく、すでに預言者たちが書き残してきた書簡から文化を復古していこうと、聖書(旧約聖書)に沿った生き方をはじめるのです。

 

イスラエル人たちは、このご都合主義の恐ろしさ、問題に気づいて、固定された聖書(旧約聖書)に沿って生きるというとても熱心で、信仰心の強い宗教を生み出したのです。それが、ユダヤ教でした。

 

今日、このユダヤ教が否定したご都合主義の考え方で、リベラル派などのキリスト教的な神学者たちが、これらをご都合主義な解釈で、進化論に根付いた歴史観で、これらを冒とくするような教えを大学や教会で行っていますが、それらの解釈では、歴史は成り立ちません。

 

なぜなら、もし、ユダヤ教もご都合主義ではじまったのなら、イエスキリストを十字架刑にする必要もなくなるからです。

 

ユダヤ教は、良くも悪くも、ご都合主義を捨てて、旧約聖書を基礎にして、正しさを固定しました。この旧約聖書に手を出すものは、石(大きな石)を投げつけられ、殺されるほどの熱心さが広がっていたのです。

 

ご都合主義のみせかけの合理主義を打破して、固定した正義を持つようになったユダヤ教は、旧約聖書を命よりも大切にする文化になっていったのです。

 

ですから、あらゆる旧約聖書の解釈がされながらも、固定されていき、ラビ(司祭)などが正しい解釈を担うと考えるようになりました。

もちろん、すべてが、ご都合主義を否定していたわけもなく、600年以上も続いたユダヤ教の中にも、ギリシャ神話と融合させようとしたラビたちもいましたが、多くは、旧約聖書をある程度固定して、信じていたのです。

 

そこに、人間の姿をしたイエスキリストが現れ、自分が神かのような教えをするようになるので、ユダヤ教徒たちは、イエスキリストを異端だとして、裁こうとしはじめるのです。

 

ユダヤ教の解釈では、神とは、唯一絶対の神であり、この世界そのものが神様であって、人間は神ではないというものでした。なのに、人間の姿をしながら、神であるかのような教えになっていったことで、イエスキリストを否定しようとすることに賛同する人も多くいたのです。

 

もちろん、ユダヤ教で私服を肥やしていた者や政治を支配していたラビたちの地位や名誉を守ろうとする想いも、イエスキリストを追いやるのですが、ユダヤ教徒からすれば、信仰心があるからこそ、異端だとイエスキリストを糾弾しようとした面もあるということです。

 

イエス様も、十字架刑にかけられ、死ぬ寸前に、「かれらは何をしているのか分かっていないのです。彼らをお許しください」と祈られました。

 

十字架刑にかけたユダヤ人の中には、悪意を持ってイエスキリストを十字架刑にかけた者もいたでしょうが、善意だと信じて、十字架刑にかけようとしたひとたちもいたということです。

 

ご都合主義を否定し、合理的な中の合理的な思想が広がっていただけに、それが正しいと思って十字架にかけたということです。

 

そして、パウロ(当時サウロ)も、そのひとりで、心からユダヤ教が正しいと考え、旧約聖書を研究してその正しさを信じていたのです。

心から正しいと思って、そのイエスキリストの死後、弟子であった原始キリスト教徒たちを異端として、裁いていたのです。

 

心の底から正しいと思っている人は、違う考えの正しさに気づくことは、難しいです。

見ている世界、その人が考えている世界の在り方、それらをパラダイムなどと言いますが、合理的に旧約聖書を研究していただけに、パウロのパラダイムは、とても強固で、確信を持って原始キリスト教を迫害し、殺害し続けていたわけですね。

 

現代のご都合主義的な神学者よりも上の奥義を理解していたサウロだけに、自分のパラダイムを疑うことが出来なかったのです。

2、パウロの回心

サウロが、正しいことを正しいと願う誠実な人物だったことが、それからも分かります。誠実な熱心さの故に、原始キリスト教を迫害していたのです。

地位や名誉を守るために、行っている者たちと、迫害していることは同じでも、まったくレベルの違う徳の高い人物だったということです。

 

サウロは、誠実さ故に、原始キリスト教を迫害し続けたのですが、誠実な人間というものは、物事を追及し、正しさを求めようとしてしまいます。

そして、ある時、自分のパラダイムとは違う正義、合理的な聖書解釈に気づいてしまいます。

 

サウロは、一時、目が見えなくなるという体験をして、パラダイムシフトのきっかけを掴むのです。

その時、目からウロコのようなものが落ちたとされ、原始キリスト教の旧約聖書の解釈のパラダイムを発見するのです。

 

人は、脳に入れられたプログラミング、情報を基に正しさを認識しているので、例え犯罪的な行為や文化であっても、小さい頃から脳にそれらを刷り込まされていると、それが正しいと思い込むのです。

 

進化論という非論理的な宗教でさえも、現代人の多くが合理的だと錯覚しながら、信じ込まされているのは、学校宗教団体の思想を小さい頃から植え込まされているからなのです。

 

フランス語で育てた日本人は、フランス語で物事を考えるしかないように、人の正しさは、脳に埋め込まれている情報によって判別しているにすぎないのです。

すべてがそれだけではありませんが、多くが言葉によって正しさを正しいと判別してしまっているのです。

 

 

先人たちの言っていることが、本当に正しい聖書解釈なのかと吟味しなければいけません。聖書解釈は、人や状況や価値観でするのではなく、聖書そのものからするべきだと言われているように、先人たちから教え込まれた聖書解釈で、サウロは、そのパラダイムで聖書を解釈していただけで、実は、原始キリスト教の聖書解釈というパラダイムの可能性もあることに目がみえなくなった出来事によって気づいたわけですね。

 

もし、先人たちが言っていることが正しいのであれば、なぜユダヤ教という熱心な宗教が誕生するのでしょうか。正しいくなかったと気づいたからこそ、ユダヤ教のような復古思想が存在しているのです。

 

サウロは、パウロという名前に変えて、すべての地位や名誉を捨てて、原始キリスト教の奥義、本当の正しい聖書解釈の研究をはじめ、それらを広げ始めるのです。

 

これもまた誠実だったからこそ、出来ることだったでしょう。

 

原始キリスト教の人たちは、サウロが教会にはじめてきた時、恐れたような内容が聖書に書かれています。原始キリスト教徒たちは、あきらかに、先人たちの聖書解釈も理解していたので、サウロのような正義も理解していたでしょう。だから、恐れたのです。地位や名誉で迫害してくる人間よりも、サウロは、原始キリスト教徒たちから恐れられていたわけです。

 

そして、それほど有名だったサウロが、どれほど原始キリスト教を迫害してきたのかも、うかがい知れます。

 

そのサウロが、パウロとなり、原始キリスト教に回心したことを原始キリスト教徒たちは、認めたというのも、私利私欲ではなく、感情論でもなく、平和的に事実を認めていたのが、その当時の原始キリスト教の雰囲気だったというわけです。

 

原始キリスト教徒に恐れられるほどの人物だった者が、原始キリスト教に改心したことは、それまで先人たちの聖書解釈を信じいた者たちにも、かなりの影響力を残したことでしょう。

 

人間的な考えでは、わざわざ迫害されるために、回心したようなパウロは、何の利益もないので、だからこそ、真実かもしれないと同じように回心したユダヤ教徒たちもいたことでしょう。

 

得にパウロが変えたのは、ローマ人たちでした。不利益にしかならないご都合主義とは真逆の選択をしたサウロに、多くの者たちが、論理的すぎる聖書に感動して、キリスト教徒になっていったのです。

 

犯罪者が、常軌を逸した思想で、善悪関係なく、悪をするのとは逆に、パウロは、常軌を逸した思想で、善悪を超えて、善をしたのです。

 

イエスキリストも釈迦も孔子も吉田松陰もそうですが、常識と逸して歩みました。その時代の当たり前を疑い、本当の正しさとは何なのかを追求しようとしました。ソクラテスもそうでした。勝海舟も織田信長もです。

常識というものも作られていることに気づかなければ、これらの人物の主張は理解できませんが、パウロの回心は、その一例でしょう。

仏教では、これを悟り、何かを悟ることだとされるので、よく回心という言葉が使われますが、決して仏教だけではないのです。

 

リベラル派たちのご都合主義の歴史観は、一見正しいかのように思えるかもしれませんが、本質をみるようになった人間からは、違和感を覚えられ、ありえない思想だということに気づかされていくのです。

 

そして、ありえないと思っていたものが、実は一番合理的だったということに気づかされていくのです。

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