歴史

七つの大罪と悪魔宗教

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七つの大罪はキリスト教的なものだと考える人がいますが、そうではありません。

 

ローマ帝国は、キリスト教を政治目的で利用しました。それがすべて悪いというわけではありませんが、そのためにあらゆる思想がカトリックから生み出されていきます。カトリック信者がすべて悪いわけでもありません。しかし、政治目的からはじまったものには、どうしても人間的な打算、ご都合主義の考え方が入り込んでしまうのです。

 

その中に、リベラル的な考え方。自由主義的なものの見方が、悪さえも取り入れてしまうようになるのです。その1つが七つの大罪です。

 

聖書には、どこにも七つの大罪のことは書かれていません。七つの大罪は聖書的なものではないのですね。

1、世界に広がる悪魔宗教の思想

世界は、言葉も違えば、民族も違い。目の色や肌の色が違い。国も違えば、大陸などの土地も違うので、すべてがバラバラだと思いがちですが、実は、言葉が違うのに、多くの共通点があることに気づかされます。

 

この事実は、この世界の人間は、1つから広がっていったことをものがたっているのですね。

 

良い共通点もあれば、逆に悪い共通点も存在しています。

 

もともとの発想は、良い共通点が、世界に広がっているのですが、その良い共通点を脳の錯覚の視点から解釈を逆転させて、世界に広げるものがあるのです。

 

それが悪魔宗教です。

 

悪魔宗教のやり方は、善悪は関係ありません。善悪を超えて悪を行うのが、悪魔宗教なのです。

 

聖書は、「盗んではならない」という十戒の教えがあります。

ですが、悪魔宗教は、あらゆる民族。あらゆる国などのアイディアを盗んでは、それらを冒頭して、自分たちが最初であると主張するのです。

 

例えば、Aさんが、画期的なアイディアを発見したとしましょう。

 

それを悪魔宗教は、Aさんから学びそのアイディアを使って違う場所で利益をあげていきます。

 

そこまでなら、師匠が弟子にアイディアを渡したようなもので、それほど問題ではありませんが、悪魔宗教は、独占を狙います。

 

ですから、自分たちとの競合するものたちをゆるさず、師匠の立場のAさんを弾圧し、Aさんから教えられたアイディアを自分のものとするのです。

 

まるでビル・ゲイツのようですね。

 

悪魔宗教の大元であるカナンの子孫。カナン人は、中国に多くの子孫をのこしていきました。

 

ですから、中国はあらゆる悪が存在し、悪を極めているので、アイディアを盗むことは正義だという価値観が今でもあるのです。

 

ノアの家族から増え広がった人間からあらゆる悪が発明されていきました。

 

特にカナン人は、悪を発明しては、それを実行に移して来た民族です。

 

三人の人間がいたとしましょう。

 

A:善だけで生きていく人

B:悪を多くして生きていく人

C:善も悪も利用していく人

 

ノアの家族から広がった人々は、ノアの教えが中心になります。

 

なぜなら、人は先人から言葉を教わり、その言葉でものごとをどうしても考えてしまうように、先人から与えられた情報。プログラムが影響されるからです。

 

ですから、Aの人間が多くいました。

 

しかし、Bの人間は、純粋な人間が多ければ多いほど、悪を利用して、利益を上げるのです。

Aは純粋ですから、嘘をつくという発想がありません。ですが、Bは堂々と嘘を使えるので、Aに感謝されながら、Aから搾取できるようになり、利益を盗み続けるのです。まるで現代医療のようです。

 

猛毒の抗がん剤を売りつけて、家族のいのちさえも奪う医者に、感謝をいいながら、お金まで払う純粋なAの人と悪のBの人のようです。

 

しかし、一番利益をあげたのは、Cの人たちでした。

 

Aは、純粋ですぐに騙されたとしても、限度があります。Bという存在に気づき始めるのです。すると、Bは警戒されて、利益をあげることができず、それどころか信用が0になり、弾圧されます。

Aは善を正しいと考える人たちなので、Bをゆるさないという正義感があるわけです。

 

このAの正義感や善などを信じる人たちの想いを汲み取って、さらに利益につなげたのが、Cの人たちでした。Cは、善も理解しながら、悪も理解し、その両方を使い分けるのです。

 

モーセの時代は、善悪がハッキリしていましたが、現代の時代に近づけば近づくほど、Cの立場の人たちが多くなります。悪魔宗教ほど、Cであり、表面はAの純粋な人ように振舞うのです。

 

 

善もできて、悪もできる人は、2つを選択できるだけに、利益が増えることは、みなさんも分かることでしょう。

ですが、これは短期的な利益だけです。

 

なぜなら、悪をすれば、誰かが傷つくからです。

 

傷つけられた人は、同じことをされないようになり、騙した人を信用しなくなるので、Bの悪人は、一気に利益を失うようになるのです。

 

Cは、Bよりも長期的なものです。悪人であることを隠して、表向きはAの純粋な人のように振舞うので、気づかれないだけ長く利益を上げられるわけです。

 

ですが、悪を行うという発想があるだけ、傷つくものも現れるので、崩壊するのです。

 

実は、長期的な利益を考えるのなら、Aが一番賢いのです。

 

それぞれ正しく生きれば、信用を疑うこともなくなるので、製品なども信用され、長く続いていくのですね。皆が皆、与えることをしていけば、経済はグルグルと回っていくのです。

ですが、BやCという考え方。短期的な利益に目をくもらせる人間がいるので、疑心暗鬼が広がり、経済はまわらなくなるのです。

 

悪をすれば儲かるという甘いささやきに流されれば、流されるほど、実は自分の首をしめる未来の結果を生み出すのです。

 

 

だからこそ、無神論や無宗教という存在は、短期的な発想でしかなく、善を固定させて教える宗教に根付いて、人ではなく、神様を上に置く人たちが安全で安心な世界を作っていくことになるのですね。

 

無神論だと目先の利益ばかりに目が囚われ、自分を中心としたご都合主義になるので、結局、滅びてしまうわけです。

 

神様を信じている人たちは、目先の利益よりも、心が痛むことのほうが嫌だと考えるので、悪を選択する確率が非常に少なくなるのです。

 

嘘をついて、目先の利益を得る。悪をして、利益を得るという思想。それが悪魔宗教を今でもはびこらせ、あらゆる宗教に入り込み、今でも悪の共通点として、存在し続けてしまっている原因なのですね。

 

イエス様にも悪魔はしのびより、目先の利益をエサにして、仲間になることを勧めました。

 

現代人の多くは、それが何が悪い?という発想になっていますが、それは短期的な発想でしかないのですね。

 

 

長い目でみれば、不利益なのです。

 

カトリックはまさに、Bに近いCです。

 

聖書を基にした宗教のように思えますが、それは聖書を利用したものであって、目先の利益のために、キリスト教を利用したのです。

ですから、今でも偶像を使って聖書を冒涜し続けているのですね。

 

もちろん、カトリックの中にも、聖書的な信者はいます。信者は騙されているだけで、聖書を中心にして、生きようとされている人もいるのですが、カトリックの組織システムがすでに悪の中枢となってしまっているのです。

 

カトリックから影響、スパイがプロテスタントの中にも、入り込んで、プロテスタントもCのような発想が広がっています。

 

これは仏教はもちろん、神道もそうですし、世界中の宗教に悪魔宗教は入り込んで、悪のシステムを作り上げているのです。もちろん、宗教だけではなく、あらゆる分野、政治・経済・教育・警察・司法・ボランティア・医療・マスメディア・芸術などにも悪のシステムは作り上げられているのです。

 

そして、七つの大罪も悪魔宗教から来ているものなのですね。

2、七つの大罪と悪魔宗教

悪魔宗教は、善を悪に回転させるということを話しました。

 

善を悪に、悪を善にするなど、発想の転換を利用して、本質から目をそらさせていくのです。

 

十戒という聖書の教えがありますが、悪魔宗教は、裏十戒というものを作りました。

 

聖書の教えた律法を逆転させて、それを悪魔宗教の教えとしたのです。

 

七つの大罪もまさにそれです。

 

七つの大罪の発想は、エジプトから出たものだと言われています。表向きはキリスト教であり、カトリックですが、その中身は悪魔的なもので、悪魔宗教と深くつながっていることが解ります。

 

聖書には、御霊の実という9つの教えが書かれています。

愛・喜び・平安・寛容・親切・善意・誠実・柔和・自制です。

 

クリスチャンなら皆が知っている御言葉の教えです。

 

 

そして、悪魔宗教は、これらを逆転させて、悪を教えていきます。そして、聖書を冒涜していくのですね。

 

これを逆転させたのが、七つの大罪です。

傲慢・憤怒・嫉妬・堕落・強欲・暴食・肉欲です。

 

そして、それぞれに悪魔の名前が当てられているのです。

 

傲慢は、ルシファー

憤怒には、サタン

堕落には、ベヒモス

強欲には、マモン

嫉妬には、レビヤタン

暴食には、ベルゼバブ

肉欲には、アスモデウス サキュバスなどがあるのです。

 

悪魔宗教は、自然崇拝のものが多く、あらゆる自然界のものを融合させて、化け物のような存在しないものを作り出していきます。進化論がまさにそれです。人と猿を融合させて存在しない猿人というUMA未確認生物をあたかも存在しているように騙していきます。

 

魚と人間を融合させた魚人。

馬と人間を融合させたケンタウロス。

人間とコウモリを融合させたドラキュラ。

人間と狼を融合させた狼男。

虫と人間を融合させた妖精。

 

お化けや怪物など、存在しないものの発想。悪魔宗教は、マスメディアや教育を使ってあらゆる悪魔宗教の思想をこどもたちの脳に植え付けているのです。

 

なぜこのようなことをするのかは、上で書いた通りです。目先の利益。他人をコントロールすることで自分たちの立場を優位にするために、悪を行い。悪を脳に植え付け、悪であっても善だと思わせるようにするのです。

 

悪魔宗教の大元は、ノアの教えから歪曲されていったバール信仰です。

 

牛と人間を融合させた牛魔王のようなもので、牛を神だとしたり、偶像を広めていったもので、あらゆる宗教に影響を及ぼしているものです。

 

アスタロテなどの女神崇拝なども、世界中に広がり、中国や日本では、毘沙門天などになっているのです。アシュラなどもそうです。

 

天上天下唯我独尊も、バール信仰で、神を冒涜する言葉なのです。

 

片手を天に、もう片方を地に指をさす悪魔宗教の思想です。

 

善だった教えを盗んで、それらを冒涜しながら、自分たちは、利益のためなら善も利用して、まるで天使のようにみせて、人々をあざむくのです。

 

「国のため」という大義名分を利用にして、人殺しという戦争をさせたように、発想を転換させて、いつの間にか悪の道へと誘導させていくのが、彼らのやり方です。

 

この悪魔宗教に比べたら、お金だけを持っていく詐欺師はかわいいものです。現代医療はお金だけではなく、人のいのちまでも奪っていくからです。

薬という天使のような名詞ですが、その中身は、悪魔のような猛毒なのです。

 

悪を知ることは現代では良い事です。大詐偽時代のまっただ中にわたしたちは、生活しているからです。

ですが、悪側の理論に引きずられる可能性があるので、その場合は、本質に立ち戻りましょう。

 

現実をみるのです。どれだけ彼らが猿人がいると言っても、現実には、どこにも猿人などいません。どこにも歩いてはいないのです。1000年前の人の頭はみんなスイカだったと言っているのと変わりません。

 

悪を調べると悪ばかりに集中しすぎて、悪が正しいかのように脳が錯覚を起こしはじめてしまいますが、現実の世界をみれば、ほとんどが善で自然界は動いています。人間と猿では子孫は残せません。犬と猫でも子孫は残せないのです。

 

肉食動物も一週間に一度ほどしか食事をしません。人間のほうが肉を食べているのです。

 

捕食する瞬間だけをテレビなどで映して弱肉強食かのように脳を錯覚させますが、実際は、草食動物が世界の9割を占めているのです。

 

一部、呪われたもの、毒やいばらなどがあっても、多くは悪いものではないのです。

 

簡単でシンプルなことも、悪魔宗教の思想は、わざと難しく意味ありげにみせますが、裸の王様でしかありません。御大層な呪文をいう宗教家たちがいますが、騙されてはいけないのですね。現代科学の9割は嘘で、宗教とかわらず、悪魔宗教の思想が植え付けられているということも把握して、頭を混乱させられたら、シンプルに現実をみて、神様が善なる方であることを再度、思い出しましょう。

 

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