歴史

アメリカの政治とキリスト教

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日本の政治を一言で言い表せられないように、アメリカの政治も一言では言い表せません。

 

ですが、アメリカは、政治とキリスト教は、深く結びついているものです。

 

日本は、半世紀以上も、アメリカの下で、政治を行い続けてきましたが、これらはすべて悪いとは言い切れません。もちろん、逆に良いとも言い切れません。

日本は天皇を中心にした独裁政治などは出来ない体制を古くから採用されていました。ですが、その天皇を利用した支配側は、国民を一方方向の思想でコントロールしてしまっていました。

 

それをキリスト教的価値観を持ったアメリカが、自由の配慮を設けたことによって、多くの国民は、自由の権利などが執行され今に続いています。

 

良くなったところもあれば、悪くなったところもありますが、全体的には、良くなったと言えるのではないでしょうか。

 

昭和天皇が望んだ国民の安寧を願う政治に近づいているのは、間違いありません。

 

面白いことですね。日本だけでは、日本の権力に太刀打ちできなかったものを他国のキリスト教的な考え方が、昭和天皇の考えにもっとも近く、自分は神ではないと戦後、自由に発言することもゆるされたのです。

 

日本の外、海外に出た事がある人は、日本以外の国を体験しているだけに、固まった頭で、アメリカなどを一概に悪いようには見ません。すべてが悪いわけでもなく、日本人のイメージの一神教で、独裁的なイメージを被せるようなプロパガンダが、おかしいことを実感できるのです。

 

戦前の日本が独裁国家だったという世界に悪いイメージを植え付けたレッテル貼りと同じように、日本は日本で、他国のレッテルを貼っていて、どちらも詐欺的な脳への情報植え込み方式による歪曲させられたものなのですね。

 

日本をこれだけ自由にしてくれたアメリカの政治手腕、そして、そのアメリカの根底には、聖書があり、アメリカも、3歩進んでは、2歩下がるを繰り返して、今に至っているのですね。

 

今回は、わたしたち日本をコントロールする権利を有しているアメリカ政治とキリスト教についてみていきましょう。

1、政治と宗教

キリスト教は、固定された「聖書」というルールブックのようなものがあり、これを書き換えたりすることは、異端とされます。

仏教には、そのような固定された書物がないために、ありとあらゆる思想が、大量に存在し、キリスト教とは比較にならないほど、大量の宗派が存在してしまって、収拾がつきません。日本国民をオウムのように多く苦しめたのは、仏教でした。武器を持ち、餓死寸前の人からも布施を取り、問題となって、織田信長などの時代から、宗教と政治を切り離したものと日本はなっていきました。神道は、昔から仏教に押さえつけられ、そこまでの権力はなく、人々をコントロールしようという意図が少ないものでした。明治から昭和にかけて、神道が利用されるようになって、国民をコントロールするものとして悪用されましたが、本来は、そのようなものではありません。

 

もちろん、ブッタが伝えようとした仏教もそのようなものではないのですが、1400年も前から悪用され続け、根が深いのは日本の仏教でした。

 

世界のキリスト教も、聖書を読むことを禁止されていた時代は、闇の時代で、人々をコントロールしようとしはじめたカトリックによって、聖書には書かれていない思想がはびこり、人々を苦しめました。

 

しかし、固定された聖書が、人々にも出回るようになると、カトリックも好き勝手な解釈で、ご都合主義を押し通すことが出来なくなったのです。

 

どの国にも、共通した政治と宗教の問題があったというわけですね。

 

 

ですが、キリスト教の核である聖書を読めば、多くの人は納得します。

 

政治と宗教の問題は、聖書の中にあるのではなく、「人」が問題を作り出すところにあるのです。

 

 

聖書は、この世界そのものである神様を基準にした、とても広く壮大な枠を教えています。例え、悪人であっても、神様は、雨を降らされ守られているように、神様からみれば、人はみな愛するべき息子であり、こどもなのです。

 

ですが、その神様を基準にした価値観を無視することができるのが、「人間」です。

 

そして、人間の考える枠は、あきらかに狭いものです。

 

わたしも含めて、自分が可愛いですし、自分の身近な人に有利になるように、出来る範囲を采配しようとしてしまうものです。

 

 

ここに問題があるのです。

 

人を基準にして、政治を行うこと自体が、すでに狭い視野の狭いコントロールになってしまい、それにはみ出ようとした者たちを力づくにでも、その小さな枠にいれようとしてしまう問題となるのです。

 

同じ人間が、他の人間を測るということになるのです。

 

何の権利があってそのようなことがゆるされるのでしょうか。理屈や論理など関係なく、強いものが、弱いものをコントロールするものだろうというだけの感情論にしかなりえません。

 

神がいないと信じ込んでいる人間の恐ろしさ、根本的であり、極論を言えばそうなるのです。

 

 

ですから、人を基準にしては、平和な政治など、出来るわけが無いので、大昔から宗教という広い枠で、神の基で平等になるように、政治と宗教は、必要不可欠な関係として、きっても切れないように相互し合って続いているのです。

 

政治と宗教を切り離すことなど同じ人間が関わっている以上、出来ないのですね。

 

そして、問題は、人のほうが、宗教よりも上になった時に起こります。

 

 

狭い価値観になる人が、宗教を利用しはじめた時、狭い価値観で、人をコントロールしようとするようになるからです。

 

 

このようなものをカルトとして、区別できるように、政教分離が唱えられるようになったのですね。

 

 

宗教と政治が分離できるわけがありません。宗教を悪い目的で、利用しようとしたものを政治に入り込ませないようにしようとしたのが、政教分離なのですね。

 

 

神様は、人を超えて、世界を創られ、あらゆる生き物がいまでも、神様の固定された法則の中で、存続しているという事実が、神の偉大さであり、人には、手出しできないものです。

 

その神様が造られた自然の法則を無視して、狭い範囲の価値観で、人として、支配しようと、宗教などを利用しはじめるカルトを政治から分離しようと苦肉の策として、取り上げているのです。

 

想像してみましょう。

 

自分の背中に羽が生えて、空を自由に飛び回わることができるイメージを思い浮かべることが普通の人なら出来るはずです。

 

ですが、現実は、人には羽はありませんから、飛べないのです。

 

ですが、人は現実を無視して、頭の中では、思い浮かべられるのです。

 

これがどれほど恐ろしいことでもあるのか、分かるでしょうか。

 

 

自然をみてください。人間以外の自然は、神様の法則に従って、共生して生きていきます。それ以上でもなければ、それ以下でもありません。

 

しかし、人は、現実以上のことさえも想像することが出来てしまうだけに、良くもなれば、絶望的に、危険なことでもあるのですね。

 

 

こんな人間が、現実を無視した偶像思想で、宗教を利用し、政治をコントロールしはじめた時、人だけではなく、世界も傷つくことになるのです。

 

値段の高いお札を買えば、救われるなど、聖書のどこにも書かれていません。一部の人間が私利私欲に走り、宗教を利用しはじめると、このような詐欺的なものまで、常識として、強要できるようにまでなってしまえるのです。

 

このような問題を日本だけではなく、世界は、何度も繰り返し、切磋琢磨しながら、聖書に立ち戻り、この人が作り出す偶像思想と戦い続けてきたのです。

 

偶像とは、何なのか>>

 

日本だけの価値観で、単純にアメリカやキリスト教をみていると、独裁的だと思い込む人がいますが、そんなわけがないのですね。

何度も問題や壁を乗り越えて、現在に至っているので、日本もこれだけ自由な権利を与えられ、問題はあれど、全体的には、前進できたのです。

 

今でも神道が存続している事実は、アメリカは、一方的に神道を邪教だとみなさなかったという証拠です。

なぜ天皇が今でも続いているのか、それは一方的に天皇が悪だとみなさなかったという証拠なのです。

 

 

もちろん、悪いことも多々ありますが・・・。

 

聖書という固定されたものが根本に、アメリカ人の中にあるだけに、アメリカを支配している国際金融であり、起業家たちの上にいる悪魔宗教であっても、好き勝手なことなど簡単には、出来ないのですね。

 

表向きの大義名分、論理が必要になるのです。

 

そして、アメリカは、聖書によって自由へと解放されていったプロテスタントの国です。

 

解放することに、意義を持ちやすい歴史があるということです。

 

もちろん、すべて自由にするわけもありません。親は、子を然りもしますが、笑顔もみせて愛を示すように、どちらが、悪くも、良くもないのです。

 

良くも悪くも、若干、自由度が高い価値観が、アメリカという国だということです。

 

 

そして、そんなアメリカも、人を基準とした政治家たちによって、キリスト教が建前として、政治で利用されたりすることに、飽き飽きしはじめているのですね。

 

大統領の演説にしても、テレビに映る大統領の後ろになぜか並ばせられている人々は、笑顔ですが、テレビ側には映らない民衆たちは、冷めた目でみているのです。

 

大統領が、神様の名前やキリスト教的な発言をしても、人である大統領を冷めた目でみているのですね。

 

「宗教をまた利用するんですね」と言ったところでしょう。

2、悪魔宗教との戦い

カトリックは、世の中の争い戦争や犯罪を劇的に、減らした宗教です。

多種多様な価値観で広がっていた大陸では、平和的な思想である一神教のキリスト教という価値観を統一したことで、劇的変化を生み出しました。

それまで、ローマ帝国は、反乱や戦争をひっきりなしに繰り返し、国々も戦争が絶えませんでした。

 

平和な価値観もあれば、人を人とは思わない価値観もまた、存在していたからです。反乱をすること自体が正義だという価値観もありました。

 

嘘や詐欺、暴力も正義だという価値観さえも存在したのです。

 

多種多様な宗教があることの恐ろしさです。

 

日本の常識は、世界の非常識と言われるように、日本は、環境が島国なので、平和ですが、大陸は、残酷な現実が大量に存在していたのです。

 

そこに1つの価値観で統一したことは、争いを劇的に減らしたので、王族貴族も、次々とキリスト教徒となって、安定した政治を手に入れようとしたのです。

 

 

王族貴族を任命するほど、カトリックは地位を高め、平和を作り出していたのです。これは、決して悪いことではありませんでした。

 

 

ですが、時間とともに、それが当たり前となると、その地位を利用して、儲けようとしたり、ご都合主義的な私利私欲にカトリックも走るようになると、そのカトリック自体が、問題となり、悲劇を生み出すようになったのです。

 

原始キリスト教とは、まったく違う宗教となり、偶像だらけのご都合主義の政治や宗教を利用した、恐ろしものへと変わったのです。

 

そこに現れたのが、プロテスタントで、原始キリスト教の思想を復古させようとしたのです。

 

まったく違う教えを広げるカトリックは、異端であると訴えた者も多くいました。

 

 

ですが、そのカトリックも、長い時代、悪魔宗教と戦い続けました。平和を維持するという大義名分は、プロテスタントであっても、否定できるものではありません。

 

この悪魔宗教が、カトリック内部に入り込んだことで、カトリックも大きく歪められていったのです。

 

カトリック世界の価値観をプロテスタントは、打ち砕きましたが、自由と同時に、解放してしまったのは、悪魔宗教でした。

 

 

プロテスタントの国であるアメリカは、何とか悪魔宗教に支配されないように、抵抗を続けたのですが、タイタニック事件などを起こされたり、巨大な圧力に屈してしまい紙幣発行権利も奪われ、今に至ります。

 

お金さえ自由にできれば、賄賂や力で、政治家などは、いくらでもコントロールできるようになるのです。裁判官や警察、ありとあらゆるものは、お金さえあれば、コントロールできてしまうのです。

 

お金を作り出す根本を握ってしまえばいいわけです。

 

長らく、アメリカは、それを阻止し続けてきたのですが、奪われてしまい、表向きは、キリスト教ですが、裏側は、悪魔宗教の国へと変わっていったのです。

 

ですが、その悪魔宗教も単純に悪をするものではありません。カトリックに虐げられてきたことで、規制されることへの恐怖があるのです。

ですから、自由でもなければ、規制するわけでもなく、自由側の勢力も牛耳り、規制する側も牛耳ることで、どちらもコントロールできるようにしているのです。

 

 

アメリカにも多くの派閥がありますが、大きく分けて、共和党と民主党の二大政治になっていますが、どちらも悪魔宗教がコントロールしているのです。

 

 

日本は、同じ轍を踏まないように、政党の数を増やして、多種多様な選択ができるようにしていますが、どの政党を取っても、悪魔宗教になるのは、変わりません。

 

共産党も自民党も、結局、仲間なのです。

 

反対のことを言っているようですが、これはわざと言っているだけで、反対側の意見をいう政党があることを国民が知って安心させるためにあるだけで、結局、映画やドラマのように、敵同士のように演技をして、議論をしているようにみせているだけで、裏は同じなのです。

 

悪魔宗教は、悪だけをするという単純なものではなくなっているということです。

 

むしろ、寄付をしたり、平和を語ったり、聖人のような立場を表向きはみせているのです。

 

 

世界の警察だとされているアメリカは、アメリカでは、正義の味方ですが、世界では、ヒール役となっているのも、アメリカが世界のトップではないから、そのように演じるように言われているのですね。

 

 

 

プロテスタントのキリスト教は、この悪魔宗教と戦い続けてきたのですが、プロテスタントの中にも、悪魔宗教は、入り込み、そのようなものほど、宣伝をしたり、権威のある地位について、プロテスタント内部を破壊しているのです。

 

なんとか、聖書に立ち戻るようにと、教え続けている原始キリスト教の意思を受け継いだ本当のプロテスタント思想のものたちがいますが、それは、極少数となってしまっているのです。

 

科学と宗教を区別させられるような訳の分からない思想を植え付けられたり、進化論などさえも否定しないプロテスタントも生まれているのは、日本だけではなく、アメリカも同じなのですね。

 

どうでもいい情報を大量に撒いて、その情報を脳にいれれば、どうでもいい情報を重要視する人間が作られるのは、当然です。

 

わたしたち日本人が、どうしても、日本語で物事を考えてしまうように、脳に入り込んだ情報によって「本質」を捉えられない脳にされているのです。

 

 

これは、現代の世界共通の悪魔宗教の戦略です。

 

 

よくよく考えれば、おかしな情報ばかりなのですが、学校宗教団体で、小さい頃から脳に植え付けられると、その宗教を疑うことも出来なくなるのです。

 

 

トランプ大統領も、表向きは、ハデに、色々行っていますが、結局、何もしていないという、歴代の大統領と内容を比べると同じところだったりするのです。

 

 

アベノミクスのように、わざと経済を悪くするのも、大局的には、間違ってはいないとわたしは思いますが、国民を騙していることは、変わりません。現代では、そのように騙し合いをしなければ、政治はできないので、仕方がないとも思いますが、残念なことですね

 

アメリカは、紙幣発行権利を取られ、首根っこを掴まれています。家来である日本に、無理難題をしかけ続けていますが、その日本も、いつ裏切る相手となるのか、分からないだけに、ビクビクしている状態でしょう。

 

アメリカも可哀そうな国なのです。

 

正義の味方というアメリカのスタイルも、アメリカ国民からも、くどく成りつつあり、実はアメリカ国民をわざと苦しめる悪人だということも、バレはじめています。

 

まともな人ほど、政治などには愛想をつかして、目を向けないので、風変りな大統領候補ばかりが出ています。

 

これもまたいい傾向かもしれません。

 

 

日本のマスメデイアと同じで、わざとつまらないようにすれば、人々は、ネット情報に目を向くようになり、ネットから新たな事実の情報を脳にいれるようになるので、知識や知恵が底上げされるわけですね。

 

大統領や総理大臣など、特定のリーダーのような人が、世界を変えることはできないのです。

 

そんなことをすれば、すぐに悪魔宗教に叩かれます。裏切者だとバレたらもう終わりだからです。

 

 

ですが、国民全体が、気づいてしまったら、すべての人を叩くことなど、悪魔宗教にさえもできません。表向きは、人権をうたう憲法が広がっているからです。

 

悪魔宗教は、この先、世界中のネットを破壊して、独裁的に動くことなどをしない限り、追い詰められていくだけなのですね。

 

逃げる場所は、異端的なカトリックになるかもしれません。

 

 

どんな時代も「情報」が革命を起こし、時代を変えてきました。ほとんどが復古思想であり、聖書に立ち戻るものです。

 

「情報」がどれだけ世の中を変えるのかということです。

 

 

そして、みなさんが、その情報を精査して、正しいと今思う情報を他に流せば流すほど、世の中は、変わっていきます。

 

 

あの中国ですら、世界の流れに沿って、変わるしかなかったように、底上げしてしまえば、悪も変わざる負えなくなるのですね。

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