思考の変化

この世界の素晴らしさ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

「この世界は素晴らしい」

 

そのように話すと疑うような考えを持つ人がいます。

 

人は誰しもが苦しいや悲しみを味わっているので、その想いを思い出すと、素直に、この世界は素晴らしいとは思えないわけです。

 

ですが、それは感情論だということが解るでしょうか。

 

苦しみや悲しみのレベルは、その人の尺度。その人の価値観でしかありません。

 

Aさんからすれば、無視されたという現実は、心を痛める苦しみですが、Bさんからすれば、無視されたという現実は、それほどの出来事には感じなかったりするのです。

 

AさんとBさんが、どちらが正しいというわけではありません。

 

AさんとBさんは、それぞれの価値観で感じ取っているだけなのです。

 

同じ「無視された」という現実を100人が体験すれば、100通りの感じ方や受け取り方があるということです。

 

人は、嫌なことも良い事だと考えることもできれば、良い事も悪いことだと考えることもできるので、人の自分勝手な価値観を基準にすれば、正しい答えなど存在しなくなるのです。

 

「この世界は素晴らしい」という今回の記事は、人の価値観から出る感情論の話ではなく、事実であり、目の前にある現実からそうであると断定できるのです。

1、この世界は、信じられないほど素晴らしすぎる

この地球には、196カ国という多くの国が存在しています。

日本は、太平洋戦争から戦争をしない平和な環境を続けることが出来ていますが、その間にも、戦争をしている国が存在しています。

 

日本の隣の国の朝鮮半島では、北と南に分かれて戦争が起こり、北朝鮮と韓国という国に分かれてしまいました。

アメリカは、アフガニスタンやイラク、ベトナムと太平洋戦争から日本とは真逆に、戦争ばかり起こす国となってしまいました。

 

このように、世界には、戦争があり、人と人が傷つけあうことを繰り返している現状をみて、「この世界は素晴らしい」とは言えないと考える人がいるのです。

 

ですが、よく考えてみましょう。

 

戦争は、人と人が争うものです。

 

人以外の生き物が、戦争などするでしょうか。

 

この世界を支配しているのは、聖書の言葉通り、人間です。

 

猿でもなければ、ライオンでもありません。

 

196カ国の国のすべてが、人間が支配しているのです。

 

人間は、動物や植物よりも優れていますが、優れているだけに、戦争という恐ろしい行いも出来てしまう存在でもあるのです。

 

そして、また恐ろしいのは、人は、感情論で、どれだけ素晴らしい世界を神様から与えられていたとしても、その世界が、素晴らしいとは思えない選択も出来てしまうのです。

 

戦争は、命のやり取りです。

 

命のやり取りが出来ているということは、生きているという証拠です。

 

死んだ人は、戦争も出来なければ、喧嘩することも、犯罪をおかすことも出来ません。

 

戦争ができるということは、戦争が出来るほど多くの人間が、すでに、この素晴らしい世界で、生まれ育つ環境を与えられているという証拠なのです。

 

「生まれることや生きていることは当たり前だろ」と言う人がいるかもしれませんが、生き物が、成長できるほどの環境は、宇宙をみれば、当たり前ではないのです。

 

空に浮かぶ、惑星を適当に、99個選んだとしましょう。そして、最後に地球をいれて100個の惑星を選びます。

 

100個中、空気がある惑星は、いくつでしょうか。

 

1つです。

 

100個もある惑星を選んだのに、たった1つしか空気がある惑星はなかったのです。

 

地球だけが、空気があるのです。

 

この事実から、「生きているのは、当たり前だろ」という言葉が、その人のただの感情論でしかない発言だと分かるでしょうか。

 

現実を無前れば、100個中、1つしか空気がある惑星がないということは、むしろ、空気がない方が当たり前なのに、この地球には、空気があるという素晴らしい惑星なのです。

 

空気があれば、生き物は育つというわけではありません。

 

水がなければ、多くの生き物は生きてはいけないのです。

もちろん、人間はその中にはいる生き物です。

 

太陽のような恒星に近い星は、何百度という大変高温な惑星になってしまいます。

逆に恒星から遠いとマイナス何度という寒すぎる惑星になってしまうのです。

 

地球は、奇跡的に、太陽との距離が絶妙なのです。

 

地球は、太陽のまわりを1年かけて公転します。

 

しかし、太陽のような恒星をまわる惑星は、恒星のまわりを3日で回るものもあれば、数秒で回るものまであるのです。

 

あなたが、テレビCMをみている間に、300度の世界になったり、100度の世界になったりするのが、この宇宙の当たり前なのです。

 

5秒後に冬になったり、夏になったりするのです。

 

地球は、恐ろしく生き物が安定して、産み育てることができる奇跡の星であることは、まぎれもない事実なのです。

 

生きていることは当たり前ではありません。

 

バランスが少しでもずれれば、人間はすぐに絶滅するのですが、その絶妙なバランスを何千年にも渡って維持され、まもられ続けている存在。全知全能の神様の存在があって、はじめてわたしたちは、今、生きていられているのです。

 

狼に襲われても、山で遭難しても、犯罪者に家族を傷つけられても、それらが出来るのは、すでに生きるべくして、生かされる環境を与えられているこの世界が、存在しているから出来ることなのです。

 

この素晴らしすぎる世界があってはじめて、人間は愚かにも戦争ができるというわけです。

 

進化論という現代宗教がおかしいことが解ったでしょうか。

 

どうして、人間だけが、世界を支配しているのでしょうか。

 

聖書には、神様の言葉が書かれています。

 

「人間がこの世界を支配するように」

 

どこかのSF映画のように、人間以外の知的生命体が、街を普通に歩いているでしょうか。

 

「いいえ」どこにいっても、世界を支配しているのは、なぜか人間だけです。それを否定するというのなら、その人は、頭の中の空想の世界にいる人です。

 

人は、能力が非常に高いので、現実を無視して、進化論のような非科学的な空想を信じ込むことができるのです。

 

どれだけ世界を旅しても、人間が世界を支配している事実があっても、それでも、人間以外の知的生命体がいるとかたくなに、空想するのです。

 

100個選んだ惑星のうち50個以上が、地球と同じ環境であるのなら、この地球という世界は素晴らしいとは言えないでしょう。

 

ですが、現実は、地球という1つの星だけが、なぜか恐ろしすぎるほど、生物が生きている天国のような世界を維持し続得ているのです。

 

その奇跡の上に、毎日を当たり前だと信じて、これほど天国の世界を無視して、世界は素晴らしくないと感情論で思い込む人がいるだけなのです。

 

 

あなたは、何年生きてきたでしょうか。

 

10年でしょうか。20年でしょうか。30年でしょうか。

 

そんな長い時間を平然と生きていられた事実が、この世界が素晴らしいという証拠なのです。

 

感情論で、どれだけこの世界を呪った言葉を言っても、ちゃんとした科学や学問からは、この世界が素晴らしいということは否定できないのです。

 

進化論は学問だろうと思うかもしれませんが、進化論は、ただの空想でしかありません。

何の根拠もないのです。ただ、科学や学問のようにみせかけた宗教なのです。

 

科学や学問にみせかけた宗教をたちあげて、人々を騙した宗教は、過去にいくらでも存在しました。

 

本当に、それは科学なのか?と疑う能力が必要になるのです。

2、人はどうしてこんなに素晴らしいのだろう

人は、素晴らしくないと感情論で否定したくなるかもしれませんが、事実を踏まえれば、人は素晴らしすぎる生き物です。

こんなに洗練された生き物は、他には存在しません。

 

苦しみや悲しみをこれほど味わえる生き物など、人間以外には、存在しないのです。

 

動物は、植物よりも苦しみや悲しみを味わうことができますが、それでも、人間のようには感じ取れません。

 

家を建てれるのも人間だけですし、芸術を多く生み出せるのも、人間だけです。

 

多くの素晴らしいものを作り出しては、人は動物には絶対に手に届かない豊さを味わってきたのです。

 

人間として、生まれている時点で、すでにあなたは勝ち組です。

 

人間と比べれば、動物は、とても可哀そうです。

 

人間次第で、どのような状況になるのか分からないからです。

 

人間はとても他の生き物に影響を及ぼす存在だということです。

 

人間が、事実に基づいて、善を行えば、動物たちの苦しみも軽減されるのですが、残念ながら、感情的に自分中心にしか物事を考えられず、味わえない人間も存在します。

 

人間のバランスがどちらに傾くかで、他の生き物たちの状況も変わって来るのです。

 

それほどの能力を持っているのが、人間という生き物なのです。

 

不思議なことに、人間以外にそのような生き物は、存在しません。

 

聖書に書かれている通りの世界であるのです。

 

神様は、ご自分の形に似せて、人間を造られました。

 

人は、神様であるイエスキリストに似せて作られ、アダムの罪によって神様から次第に距離を取っていったのです。

 

現代では、神様がいないという非現実的な嘘を信じ込む人さえ存在している始末です。

 

現実をみれば、神様が存在していると考える人は、科学的であり、学問的な人なのです。

 

 

地球のまわりをあの巨大な月がまわっていることを現代人なら知っていることでしょう。

 

では、なぜ月は、あの絶妙な間隔で、地球を回っているのでしょうか。

 

はじまりはいつなのでしょうか。

 

一体いつの時代から、あの絶妙な地球と月の関係になったのでしょうか。

 

月と地球の関係は、説明ができないのです。

 

これを説明できるのは、神様の存在を認めることしか出来ないのです。

 

 

ある瞬間、神様が、月と地球を造られ、この絶妙な位置で回すように造られたのです。

 

「何を言っているんだ」と思うかもしれませんが、人もまったく同じことをしています。

 

存在しなかった車というものを人間は作り出し、タイヤをつけて、バランスよく走れるように設計し、ある瞬間に生み出し続けているのです。

 

その能力を人間がみたら、普通に思えるかもしれませんが、微生物からしたら、とんでもないことです。

 

ある日突然、目の前に巨大なまわる物体が、現れるのです。

 

車は規則正しくタイヤをまわし続け、絶妙なバランスで設計されています。

 

まるでこれは、地球と月の誕生のようです。

 

ある日突然、自分の能力をはるかに超えた存在が、絶妙な動きの世界を作り出すのです。

 

微生物からすれば、そうみえるのです。

 

微生物からすれば、人はまるで神様のようにみえるのです。

 

そして、微生物と人間との能力の差よりも、人間と神様の能力差が同じだとは思えません。

 

人からすれば、信じられないことでも、神様からすれば、それは車を作り出すかのようであるのです。

 

そして、その絶妙なバランスが、現実に存在し、規則正しく何千年も続いているのは、偶然でもなければ、当たり前でもないのです。

 

神様の存在があってこそ、わたしたちが存在しえるのです。

 

素晴らしすぎる世界、素晴らしすぎる人間という存在こそが、全知全能の神様の存在を確定できるのです。

 

どんなに感情的に否定しても、それが事実であり、目の前にみえる世界なのだから、しょうがないのです。

 

わたしたちが、どう思う。どう考えるのかは、関係ないのです。

 

そして、それらの事実を無視して、人間は素晴らしくないと考える人がいるということです。

 

そのような偶像思想(非現実的な空想の思想)を信じる人が増えれば増えるほど、この世界は、傷つき、悲しみや苦しみが増えるのです。

 

目の前が崖なのに、崖じゃないと信じ込んで、落ちていくようなものです。

 

ちゃんと目をさまして、進化論などの偶像思想を見破らないと、その価値観が、世界を傷つけていくことになるのです。

どれだけそれは、「偶像だよ?」といっても、その人はかたくなに「そっちこそ!神がいるとか血迷ったことをいうな!」と感情的になって聞く耳をもたなくなるのですね。

 

人は、自分が正しいと思い込むとその正義だけしかみれなくなってしまうのです。

 

視点を変えて柔軟に物事をみる必要があるのですね。

 

すでにわたしたちは、神様から幸せになれる環境を与えられているのに、いつまでも偶像のお金や地位や名誉、自ら苦しむための思想を信じ込んでいれば、その苦しいの思想から抜け出せないまま人生を歩んでいくのです。

 

自分は正しいとまるで呪文のように唱えながら、苦しみ続けるのです。

 

冷静に立ち止まって広い世界と現実をみれば、すでにわたしたち人間は、幸せなのです。

 

勝手に殺し合いをするルールの戦争を作り出している一部の人間の偶像に惑わされてはいけません。

神様は、悪人にも雨を降らされるほど、広い祝福を与え続けられているのに、一部の人間は、殺し合いをベースにした戦争というゲームの中に人間を入れて、わざと過酷で、狭いルートしか存在しない環境を作り出すのです。

 

それがルールとして狭い枠組みなのですから、結果はみえているのです。

 

椅子取りゲームのようなものです。

 

椅子を徐々に減らしているルールにするからダメなだけで、椅子を増やしていくルールにしたら、競いあう必要などないのです。

 

それを命のやり取りでやるゲームが戦争なのです。

 

その勝手なルールの中に投げ込まれれば、酷い世界のようにみえるだけで、それは人間が勝手に作り出しているだけにすぎないのです。

 

事実、日本は、80年以上も、その理不尽なルールの中には入らず暮らせているのです。

 

アメリカは、世界中が戦争を続けている間も、アメリカだけは反戦運動を続けて平和を選び続けてきました。

それが、日本との大平世践祚をしてから、日本とは真逆の戦争ばかりをする国へと変わり果ててしまったのです。

ルーズベルト大統領も反戦派の人でした。

それまで、アメリカは、戦争を否定する大統領しか選ばれてこなかったのです。

南北戦争が激しすぎたから、アメリカ人は、戦争をしたがらなかったのです。

 

あらゆる情報操作によってアメリカ国民は騙され、戦争を続ける国の代表格となってしまっていますが、もともとは、どの国よりも戦争をしない国だったのです。

 

ヒトラーが追い出した偽ユダヤ人がアメリカに入り込んでから、アメリカは歪みはじめたのですね。

 

人権が広がった現代の世界では、戦争は思い込みであり、偶像思想にすぎないのです。

それを題材にして、世界は素晴らしくないと言っても、意味不明な発言にしかすぎないのです。

 

人間を基準にすれば、何の正義も無くなってしまうのですね。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

*

CAPTCHA