世界の法則

福音。それはグッドニュースと言われています。

 

クリスチャンならだれもが知っていることです。

 

ですが、キリスト教のことをあまり知らない方からすると、何がグッドニュースなのだろう?と思えることでしょう。

よいニュースは、見たり、聞いたことはありますが、世界を変えるようなグッドニュースをみなさんは聞いたことがあるでしょうか。

 

 

今まであった世界の常識が、グルっと180度回転してしまうようなグッドニュースです。

 

9・11テロを目の当たりにしたひとたちは、あの光景をテレビなどでみて、騒めきました。一体世界で何が起こっているのか?と思わされましたが、「福音」とは、そんな小さなことではないのです。

 

あまりにも世界を変えてしまったということで、西暦にもなってしまいました。紀元前と紀元後を分けてしまい、新しい世界へと突入させてしまったほどのニュース、それが「福音」なのです。

1、すべての人は罪人

未信者の方、聖書を知らなくキリスト教のことも知らない方であっても、この世界に「悪」があることを否定するひとは少ないのではないでしょうか。

 

人生を生きていれば、辛いこともあれば、悲しいこともあり、失敗することもあれば、憎まれることもあったでしょう。例え良いことをしても、それが悪いことになってしまったこともあるのではないでしょうか。

 

なぜ、心から正しいことをしても、悪いことのように受け止められてしまうケースがあるのでしょう。

 

それは、人間が、この世界の法則を無視して、人間社会を偶像で満たしているからです。

 

偶像とは、虚像、虚空、仮想、存在しないもののことです。

 

例えば、お金です。お金とは鉱物や紙きれに数字を書いただけの物です。なぜ、それらに価値があると現代人は、思い込んでいるのでしょうか?

 

日本は、明治時代からお金は、小判から紙幣に変わってしまいました。

紙幣になったことで、大量の紙切れが出回ったのです。

 

 

小判は、ゴールドや銀などの限られた資源から生み出されているので、自分勝手には増やせません。しかし、紙切れやアルミなどは、どれだけでも生み出せていくのです。銅なども沢山あります。

 

わたしたちは、いつの間にか、これらのお金に騙されているのです。

 

 

本来、お金は、物々交換を円滑に行うために人が、ツールとして、考え出したものです。この世界には、ありませんでした。必要もなかったのです。

今でもお金を使わない人間も存在します。

 

キブツは、お金を使わない場所で、わたしたちと変わらない生活を送っています。洗濯機もあれば、テレビもあり、家も国からもらえ、すべてが、無料でお互いを支えあうものです。

 

 

法則を解くことが目的で、ツールで「計算機」を使っていたとしましょう。計算機を使い続けることで、いつの間にか、目的の法則を解くことを忘れ、計算機が目的になったら、その人のやっていることは、意味があるのでしょうか?

 

ずーっと計算機をみて、何の意味もありません。

 

お金よりも大切なのは、物です。物は、食べ物や飲み物など、生きていくために必要なものです。

 

人は、食べたり飲んだりしなければ、生きていけないからです。

 

ですが、それはほんの少しだけでいいのです。大量に食べている現代人は、食べすぎて病気になってしまっています。ほどほどの量、一日1食と朝果物ぐらいの食事で、人の健康は保てるのです。

 

毎日毎日、食べ物を食べていると、毎日内臓を使わなければいけません。ですが、人は一週間に一回は、内臓も休ませるべきなのです。それが聖書でいう断食です。

 

このように、本当に生きるために必要なものは、ほんの少しのことで手に入れることができるのです。それ以外は、欲を超えた、欲望だと言えるのです。

 

本当に必要な資源を超えて、あれもほしい、これもほしいと、欲望まみれになっているので、あなたが、例え、優しさで荷物を持った老人を助けても、ある人は、あの人は老人を襲っていると思い込むわけです。

 

仕事の失敗も、本当にそれほど大切な仕事などあるのでしょうか?

 

現代は、ほとんど偶像のお金の処理というどうでもいい仕事さえも増えて、本来の実の経済は半分ほどしか出来ていません。ツールであるお金の管理に時間が費やされて、物々交換が滞ってしまっているのです。欲望に走りすぎて、良いことをした人にも、それを失敗だと断言する人さえも出てくるのです。

 

 

素直で優しい偶像よりも、人の実である精神や心を大切にするひとは、偶像を信じて責めてくる人の言葉を真に受けて、心を病んでいきます。

 

本当にあなたは、悪かったのでしょうか?

 

このように、ひとりひとりの欲が、必要以上にかさみ、その欲が欲望となって、その欲望が罪を産んでいくのです。そして、その罪がさらに増せば、死につながっていきます。

 

心の優しい社員を自殺や過労死においやったり、ツールのお金ほしさで、詐欺師が生まれたり、犯罪者が他人を殺したり、偶像であるお金でどれほどの犯罪が、大量に存在するようになっているでしょうか。

 

もし、日本がキブツをはじめて、お金のない生活をはじめたら、あなたは、銀行強盗をするでしょうか?

 

お金を必要としない社会で、紙切れのために犯罪を侵す人は、変な人ですね。

 

 

お金だけのことではありません。あらゆる偶像思想が、人間社会には蔓延していて、例え、正しいことを心からしたとしても、それが「間違えたな!!」といわれる訳の分からない世界を勝手に人間が作り出しているのです。

 

動物たちをみてください。90%以上が草食動物で、ナマケモノという超スローライフの生き物ものんきに生きているのです。彼らは、お金の概念がなく、偶像を理解できないだけに、神様の創られた世界をただ、生きているだけです。

 

彼は生きて、食べて、排せつして、その排せつが、虫や植物に還元して、グルグルと助け合っていくのです。ただ食べて排せつするだけで、世界を救っているのです。

 

人間は、それ以上のことを欲望で求め、争い、競い合い、比べ合い、他人の目を気にして、正当化して、善人さえも悪人だと言う人さえ出てきているのです。

 

脳が汚染されているのです。

 

洗脳の真実>>

 

なぜ、わたしたち現代人は、大量の偶像思想を正しいと思い込んでいるのでしょうか?

 

それは、学校宗教団体の近代宗教を脳にプログラミングされ、脳が汚染されてしまっているからです。

 

このようなこどもでも分かる当たり前のシンプルなことも、考え出せないように、汚染されてしまっているのです。

日本人として育てば、なぜ日本語を話すようになるのでしょうか?人は、先人から言葉によって脳にプログラミングされる、マインドコントロールされるので、日本で育てば、日本語を嫌でも使うようになるのです。フランス語を使うようにはならないのです。

 

このように人の脳は、当たり前のように、プログラミングを書き換えられるのです。それは日本語を使っていることで証明されているのです。

では、その法則を悪が利用したらどうなるでしょうか?大量の悪を正義だと錯覚する人間たちを量産していくことになるのです。それに逆らうのは、人間には、難しいのです。

 

大量の嘘や大量のどうでもいいことばかりを学校宗教団体で脳にプログラミングさせることで、どうでもいい偶像を追い求める大人になっていき、不必要な争いやけなすような人間になっていきます。純粋で、優しい真実を求める人ほど否定されることでしょう。偶像を見抜いてしまうからです。

偶像とは何なのか>>

大量のどうでもいい偶像思想を脳に埋め込まれると、はじめから本質がみることができない人間の出来上がりです。

 

はじめから本質をずらされているのです。どうでもいい情報を大量に流すことで、いつの間にか本質からずらしていく、それが悪側のやり口です。

 

 

神様は、はじめに、世界を創造され、人間アダムとエバをお造りになりました。すべてのことがゆるされていました。

 

なぜなら、アダムは、神様に言葉を教わり、善のプログラミングしか教わらなかったので、悪を知らなかったのです。知らないことをできるひとは、なかなかいないのです。

 

善しかできないロボットのような存在、それがアダムとエバだったのです。

 

そのふたりに近寄って来たのは、蛇の中に入った悪魔でした。悪魔は、エバに情報を流して、いつの間にか本質からずれた話にして、善悪の木の実を食べさせたのです。

 

そして、エバが善悪の木の実を食べても死なないのをみて、アダムも実を食べてしまったのです。

 

そこから、人間の悪は、はじまりました。

 

悪というものを認識した人間は、悪を選べるようになったので、嘘や詐欺さえも認め、正しいと勘違いできるようになってしまったのです。

 

 

そして、その子孫であるわたしたち、すべてのこどもたちは、悪を取り入れてしまった、アダムの遺伝子を受け継いで、同じように善悪を理解してしまったのです。

 

このことで、人は、善を例えしたとしても、それが結果、悪になってしまうという矛盾した解釈で責めてくる人間が存在するようになったのです。

 

善を悪に、悪を善に歪曲していくことも可能になったので、人間は例え、善だと思ってしたことが、未来では、悪になっているかもしれませんし、又、その逆もありえるようになったのです。

 

悪人が悪をしたことが、未来では、善になってしまうこともあるのです。

 

人に人権が与えられたのも、まさにそれです。

 

 

このように、すべてのひとは、アダムの子孫であって、すでに罪人としてその悪を継承しているのです。それを単数形の罪、原罪といいます。そして、複数系のものを罪と呼ぶのです。SinとSinsです。

 

ローマ人への手紙3章10-12節

次のように書いてある、「義人はいない、ひとりもいない。 11悟りのある人はいない、神を求める人はいない。 12すべての人は迷い出て、ことごとく無益なものになっている。善を行う者はいない、ひとりもいない。

 

2、神様は、グッドニュースの準備をされた

すべての人は、アダムの子孫として、罪人になり、人間社会という非現実的な偶像思想が大量に入り込んだものを正義だと信じ込み続けました。

 

あらゆる偶像が造られ、人は、本質を見失っていったのです。

 

それは、すべての人が持っている原罪のためです。

 

アダムが悪を選んだその瞬間に、終わってしまったとも言えます。

 

では、これで終わりでしょうか?

 

 

人は罪人となって、滅んで終わりなのでしょうか?

 

 

いえ、そうではありませんでした。神様は、ちゃんと人が罪から解放される道を選ばれていたのです。

 

グッドニュース、福音を完成させるための、種まきをものすごい昔から延々と繰り返し、人間を罪から救おうとされてきたのです。

 

 

アダムとエバが罪を選ぶと、その罪のゆえに、動物や植物などの一部も呪われました。人は、完全に安全だった第一の天国のエデンを自ら手放してしまったのです。神様は、悪がある人が、悪を大量に生み出して、自ら滅びないように、試練や呪われた存在を許可されました。

 

人が悪をしたら、悪が返ってくることを許可されたので、人は悪をするのに、限界があるのです。

 

そして、罪をおかしたアダムとエバに、福音の種まきを与えました。

 

1つは、預言です。女の子孫から悪魔の頭を踏み砕く、救世主が生まれ、またエデンに戻してくれるという救世主伝説です。そのため、処女が救世主を産むというものは、世界中の宗教がひろめていた共通点です。

 

仏教やギリシャ神話、エジプト神話、神道、ありとあらゆる宗教には、共通点があるのです。

 

そして、もう1つは、神様は、動物のいのちを奪い、その毛皮で、人間に服を与えたのです。

 

人は、罪をおかしてはじめて、自分たちが裸であるということを理解して、いちじくの葉で体を隠しはじめたのです。罪が入り込んだので、隠すようになったのです。そこで、神様は、その罪を動物のいのちで、隠すように教えられたのです。

創世記3章21・22

主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。 22主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。

世界中の宗教に生贄の儀式があるのも、世界の共通点です。

 

罪の贖いは、動物の生贄という共通点が世界中の宗教にあり、神道も例外ではありません。

諏訪神社は、御頭祭という儀式を長年していたのです。

 

人の命とは血です。

 

血が、通わなくなった指などは腐食していきます。凍傷も同じです。血がエネルギーを体に送り、それが滞った場所の細胞は、死滅していくのです。

 

血はいのちなのですね。人は、罪をおかしたので、死ななければ世界を悪に染めてしまうようになるのですが、神様は人間を生かして守られました。

 

それが、動物による生贄だったのです。

 

多くの人は自分たちの罪を贖(あがな)うために、動物の生贄を捧げたのです。

 

なぜ、それで罪がゆるされるのか、理解していませんでした。

 

 

長年ひとは、生贄を捧げていたのですが、その理由は、福音にあったのです。

3、福音の完成

アダムからはじまり、多くの子孫たちが生まれ、その中に多くの預言者たちも現れました。預言者たちは、聖書の中に、福音の奥義を書き残していったのです。

ひとは、聖書が神の言葉であることをきちんと理解せず、あらゆる多神教や偶像思想を取り入れては、自らを破滅へと追い込んでいったのです。

 

あらゆる悪の絶頂期に、その方は現れたのです。

 

主イエスキリストです。

 

主イエスキリストが、なぜ偉大なのか、それは、主イエスキリストご自身が行った人生の歩みからだけではなかったからです。

 

主イエスキリストが、生まれる前、何百年も前から、預言者たちによって大量の主イエスキリストの人生が、事細かく記されていたのです。

 

その預言通り、主イエスキリストは、人生を歩まれたのです。

 

 

突然、誰かが、「わたしが救世主だ!」「わたしが神だ!」「わたしが救いだ」と言い出したとして、それに何の根拠があるのでしょうか。

 

 

主イエスキリストが恐ろしく、根拠があるのは、主イエスキリストが生まれる前から存在していたユダヤ教の正典、旧約聖書に、大量の主イエスキリストの人生が書かれていたからなのです。

イエスキリストの預言>>

 

ブッタは、人を導く人でした。ですが、主イエスキリストは、人の能力をすでに超えていたのです。

 

誰がそんなことが出来るというのでしょうか。

 

そう、イエスキリストは、神ご自身だったのです。

 

そして、主イエスキリストの目的は、すべての人間、その時代から未来である現在のわたしたちも含めたすべての人間の罪を背負われ、ご自身が、人間のために、血を流され、すべての罪から解放されたのです。

 

イエス様の目的は、すべての人たちの罪を背負って十字架刑にかかることだったのです。

 

ダビデ王のように力強く、世界を武力や権力で、正義にするという小さなことではなく、過去・現在・未来に渡って、すべての時間を超越して、救いに至らせる救いだったのです。

 

昔から人間は、動物にナイフを突き刺していたのですが、実は、その動物1つ1つは、神様だったのです。

神様である主イエスキリストを人は、自分たちの罪のために、何度も何度も突き刺していたのです。

 

神様は、人に、ご自分をナイフで刺させ続け、救われていたのです。

 

神様は、人と、人が支配する世を心から愛されていたのです。

 

ヨハネによる福音書3章16-21節

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。 17神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。 18彼を信じる者は、さばかれない。信じない者は、すでにさばかれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである。 19そのさばきというのは、光がこの世にきたのに、人々はそのおこないが悪いために、光よりもやみの方を愛したことである。 20悪を行っている者はみな光を憎む。そして、そのおこないが明るみに出されるのを恐れて、光にこようとはしない。 21しかし、真理を行っている者は光に来る。その人のおこないの、神にあってなされたということが、明らかにされるためである。

 

人は悪を脳にプログラミングされてから、罪を大量に生み出してきました。そして、それゆえ世界も呪われたものも出てきたのです。

それは、罪を制限するための試練でした。

 

ですが、試練だけでは、人は救われないのです。

 

罪からのゆるしがなければ、人は滅びるのです。それを神様は良しとはされませんでした。

 

神様は、未来を知っておられたので、すべて計画通りでした。

 

 

すべての人は、ひとりのひと、アダムによって罪人となりましたが、そのアダムは、誰に似せて造られたのでしょうか?

 

それは、足のある園を歩かれる神に似せられてつくられたのです。それは、主イエスキリストだったのです。

 

イエス様は、エデンの園から人間とともにおられ、アダムに言葉を与え、善のプログラミングをほどこしたのです。これも世界中の宗教の共通点の1つです。神が人間に言葉を与え、知識を与えたという教えは、世界中にあるのです。

 

アダムは、人のひとりでしかありません。そのアダムは、罪のない神様、主イエスキリストに似せて造られた存在なので、人は、その雛形である主イエスキリストの血によって、救われるのです。

 

ひとりのひとによってすべてのひとが、罪人になったのなら、ひとりの救い主によってすべての人の罪もゆるされるのです。

 

詩篇51篇1-17節

神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。 2わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。 3わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。 4わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。 5見よ、わたしは不義のなかに生れました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。 6見よ、あなたは真実を心のうちに求められます。それゆえ、わたしの隠れた心に知恵を教えてください。 7ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。 8わたしに喜びと楽しみとを満たし、あなたが砕いた骨を喜ばせてください。 9み顔をわたしの罪から隠し、わたしの不義をことごとくぬぐい去ってください。 10神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。 11わたしをみ前から捨てないでください。あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。 12あなたの救の喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください。 13そうすればわたしは、とがを犯した者にあなたの道を教え、罪びとはあなたに帰ってくるでしょう。 14神よ、わが救の神よ、血を流した罪からわたしを助け出してください。わたしの舌は声高らかにあなたの義を歌うでしょう。 15主よ、わたしのくちびるを開いてください。わたしの口はあなたの誉をあらわすでしょう。 16あなたはいけにえを好まれません。たといわたしが燔祭をささげてもあなたは喜ばれないでしょう。 17神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をかろしめられません。 

 

イエス様が、愛とゆるしによって、人々の罪を解放したことで、世界が激変しました。人々は、愛を理解し、大量の悪が、根絶していき、戦争が激減したのです。

あらゆる価値観から愛による正義が世界中に広がり、圧倒的に戦争や争い、犯罪が減ったのです。

 

そして、次々と、呪われた誓約が、解放され続けて今もそれは続いているのです。

 

女性の権利、奴隷解放、人権、神の基の平等民主主義、次から次へと世界を福音がかけあがるごとに、激変を与えてきたのです。明治維新もその1つです。

 

支配者の所有物であった思想から、人権を獲て、人の正義ではなく、神の正義がまかり通るようになったのです。

 

それが、福音です。

 

あらゆる科学や学問も解放され、飛躍的に発展を遂げました。偉大な発明の9割は、神を信じる有神論者たちがもたらしたのです。

神を信じない無神論者の偉大な発明は、3%に満たないのです。

 

現代の日本人として生まれているのなら、聖書の基礎にして生活していない人は、いないのです。

 

現実をみて、その福音である神の愛を受け入れるのか、それとも、わたしは「いらない」と跳ね除けるかは、あなたの自由意志による選択です。神様がどれだけ、あなたに愛を示して、実行しても、あなたが受け取らなければ、ゴミ箱に捨てて、あなたの権利は、あなたが破棄するのです。

 

まだまだ、福音による世界の変革は、途中です。悪もまだ存在しています。ですが、一体当時のだれが、人に人権を獲られるようになると信じたでしょう。そんな夢物語はバカにされていたのです。ですが、現在では、人権は当然として認識されているのです。

 

誰が人が空を飛ぶことを信じられたでしょうか。それをバカにしたのですが、今ではそれが当たり前なのです。

あらゆる科学や発展、学問が正当化されているのは、現実にこの世界に「法則がある」からなのです。法則があるということは、偶然ではないということです。

 

現実をみれば、誰一人、神様の存在は否定できないのです。あなたは、神の愛、世界を激変し続ける、「福音」を受け取りますか?

全知全能の神が確実に存在している証拠>>

 

第一ヨハネの手紙4章7-19節

愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生れた者であって、神を知っている。 8愛さない者は、神を知らない。神は愛である。 9神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。 10わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。 11愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。 12神を見た者は、まだひとりもいない。もしわたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。 13神が御霊をわたしたちに賜わったことによって、わたしたちが神におり、神がわたしたちにいますことを知る。 14わたしたちは、父が御子を世の救主としておつかわしになったのを見て、そのあかしをするのである。 15もし人が、イエスを神の子と告白すれば、神はその人のうちにいまし、その人は神のうちにいるのである。 16わたしたちは、神がわたしたちに対して持っておられる愛を知り、かつ信じている。神は愛である。愛のうちにいる者は、神におり、神も彼にいます。 17わたしたちもこの世にあって彼のように生きているので、さばきの日に確信を持って立つことができる。そのことによって、愛がわたしたちに全うされているのである。 18愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。恐れには懲らしめが伴い、かつ恐れる者には、愛が全うされていないからである。 19わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛して下さったからである。

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