世界の法則

聖書には、謎が隠されています。

例えば、天国や地獄、どのようにすれば救われるのか、など、多くの解釈と多くの考え方があり、謎とされています。

その中の謎の1つは、「善悪の木」です。

 

善悪の木は、聖書を読んだことがない未信者でも知っているほど有名なものです。

 

ですが、それと対比するかのように、存在した「木」の存在を知っているでしょうか。

 

それは、「いのちの木」です。

 

このいのちの木とは、一体どのようなもので、何の意味があって神様は用意されたのでしょうか。

 

1、いのちの木と死の木

聖書には、エデンの園の中央に、2本の木があったことが書かれています。

ひとつは、善悪の知識の木で、もうひとつは、いのちの木です。

創世記2章6-9節

 6しかし地から泉がわきあがって土の全面を潤していた。 7主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。 8主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。 9また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。 

善悪の知識の木は、死の木でした。

聖書には、アダムに神様が、善悪の木の実のことをそのように教えられたからです。

創世記2章16-17節

16主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。 17しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。

「きっと」という言葉は、「必ず」ということです。確実に死ぬという善悪を知る木は、死の木だったのです。

そして、その正反対であった「いのちの木」は、死とは裏腹に、永遠の命を与えるものでした。

創世記3章22-24節

 22主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。 23そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。 24神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。

2、神様は、いのちの木を食べることを禁止されていなかった

聖書を読めば解りますが、神様は、人間に食べてはいけないといわれたのは、善悪を知る木の実であって、それ以外は、食べることを禁止されていませんでした。

ですから、アダムとエバは、いのちの木の実を毎日食べていた可能性もあります。

もちろん、中央以外の木の実を毎日食べていたことでしょう。

ですが、いのちの木も食べていなかったとは書かれていません。

エバは、なぜ中央に行ったのでしょうか。

それは、いのちの木から実を食べようと中央に行った時、蛇が待ち構えていたのかもしれないのです。

死の木というものに、近づこうとする人は、普通はいません。神様から禁止されているのですから、尚更、中央に行く理由は、いのちの木だったのではないでしょうか。

では、いのちの木を食べた人間が、なぜ善悪の木の実を食べることで死ぬ存在となったのでしょうか。

いのちの木とは、イエスキリストのことです。

ヨハネによる福音書6章53-54節

 53イエスは彼らに言われた、「よくよく言っておく。人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。 54わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者には、永遠の命があり、わたしはその人を終りの日によみがえらせるであろう。

このように、いのちの木は、エデンの時代に封印されたのですが、イエスキリストといういのちの木によってまた、人間は、永遠の命を得ることができるようになったのです。

ですが、そのイエス様を一度、信じた人であっても、その後、また悪魔の誘惑や歪曲させられた思想、偶像思想などによって、またそのいのちの木を手放してしまう人もいるのです。信じる者と信じない者、また、裏切る者もいるのです。

ヨハネによる福音書6章47-71節

47よくよくあなたがたに言っておく。信じる者には永遠の命がある。 48わたしは命のパンである。 49あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった。 50しかし、天から下ってきたパンを食べる人は、決して死ぬことはない。 51わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は、いつまでも生きるであろう。わたしが与えるパンは、世の命のために与えるわたしの肉である」。

 52そこで、ユダヤ人らが互に論じて言った、「この人はどうして、自分の肉をわたしたちに与えて食べさせることができようか」。 53イエスは彼らに言われた、「よくよく言っておく。人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。 54わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者には、永遠の命があり、わたしはその人を終りの日によみがえらせるであろう。 55わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物である。 56わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者はわたしにおり、わたしもまたその人におる。 57生ける父がわたしをつかわされ、また、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者もわたしによって生きるであろう。 58天から下ってきたパンは、先祖たちが食べたが死んでしまったようなものではない。このパンを食べる者は、いつまでも生きるであろう」。 59これらのことは、イエスがカペナウムの会堂で教えておられたときに言われたものである。

 60弟子たちのうちの多くの者は、これを聞いて言った、「これは、ひどい言葉だ。だれがそんなことを聞いておられようか」。 61しかしイエスは、弟子たちがそのことでつぶやいているのを見破って、彼らに言われた、「このことがあなたがたのつまずきになるのか。 62それでは、もし人の子が前にいた所に上るのを見たら、どうなるのか。 63人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。

 64しかし、あなたがたの中には信じない者がいる」。イエスは、初めから、だれが信じないか、また、だれが彼を裏切るかを知っておられたのである。 65そしてイエスは言われた、「それだから、父が与えて下さった者でなければ、わたしに来ることはできないと、言ったのである」。 66それ以来、多くの弟子たちは去っていって、もはやイエスと行動を共にしなかった。 67そこでイエスは十二弟子に言われた、「あなたがたも去ろうとするのか」。 68シモン・ペテロが答えた、「主よ、わたしたちは、だれのところに行きましょう。永遠の命の言をもっているのはあなたです。 69わたしたちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています」。 70イエスは彼らに答えられた、「あなたがた十二人を選んだのは、わたしではなかったか。それだのに、あなたがたのうちのひとりは悪魔である」。 71これは、イスカリオテのシモンの子ユダをさして言われたのである。このユダは、十二弟子のひとりでありながら、イエスを裏切ろうとしていた。

エデンの中央に生えていた「いのちの木」をアダムとエバが、食べていたとしても、その後、神様の教えに反して、善悪の木の実を食べてしまったのなら、その瞬間からふたりは、死ぬものへと変わってしまったのです。

しかし、その後、またふたりが、いのちの木の実を食べてしまえば、また永遠に生きるものへとなってしまいます。

そこで、神様は、人間のために、いのちの木を封印され、人間に死を与えられたのです。これにより、人間は、善悪を知りながらも、助けられる道を得たのです。

3、2つの大きな分かれ道

人間には、2つの道が用意されていました。

1つは、①善悪を知る木を食べて、善悪を知り、死を与えられる世界

もう1つは、②善悪の木の実を食べず、永遠のいのちを獲ながら、平安のうちに生きる世界です。

これをみると、②の方がいいかのように思えるかもしれませんが、そうとも言い切れません。

なぜなら、②は、永遠のいのちを獲て、生きてはいても、悪がない状態なので、自由意志がほとんどありません。

創世記3章22節

22主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。

人間は、善悪の木の実を食べるまでは、悪が理解できないロボットのような存在だったのです。

神様であるイエス様から善のプログラミングだけをされていたので、それしか考えることができなかったのですね。

わたしたちが、日本語でどうしても物事を考えてしまうように、アダムとエバは、善でしか考えられなかったのです。

善悪の木の実を食べずに過ごしていれば、神様は、悪魔による誘惑や試練を許可する必要もありません。死も与える必要もありません。ですが、自由意志も制限されています。

①の善悪の木の実を食べることで、死ぬ者へとなった選択は、悪いもののように思えるかもしれませんが、そうとも言い切れません。

なぜなら、神様のように善悪を理解して、その上で、自由意志をもちながら、しかも、イエスキリストによって永遠のいのちまでも与えられる計画がされているからです。

ですが、①の善悪の木の実を食べるという選択では、人間の中に悪が入り込みました。そのため、神様は人間のために死を与えられたのです。

これはどういうことかというと、もし、人間に悪のプログラミングが入ったのに、永遠のいのちをさらに与えていたら、どのような世界になっていると思うでしょうか。

悪があるということは、人は、現実を無視して、不平等な世界、自分に有利な世界を造ろうとします。そして、有利というのは、先に生まれたものになるわけです。なぜなら、先に生まれている者ほど、知識があり情報や人脈があるからです。後から生まれてきたものは、不利なのです。

悪が人間の中にありながら、永遠のいのちがあったのなら、あるひとが、世界を支配したら、その人は永遠に人間社会を支配し続けることにもなるのです。

それ以外のひとたちは、永遠に奴隷のままです。

地獄のような世界を永遠に味合わなければいけなくなると考えたら、支配者や権力者が、死ぬということは、恵でもあるのですね。

現代でも、悪魔宗教は紙幣発行権利を利用して、世界を圧倒的な権力で支配していますが、それにさらに永遠のいのちがあったら、目も当てられません。

神様が、人間に死を与えたことは、悪を獲るという選択をした人間にとっては、祝福なのですね。

①の善悪の木の実を食べた選択をしたことで、悪魔は、さらに人間を誘惑し、歪曲させた情報を人間に与え、カインやカナンを誘導していきました。まわりまわって、わたしたちの苦しみや試練へとなっているのです。

それら悪魔の行動を神様はすべて許可されているのです。

「神様が悪魔の悪事を許可されているの?!」と驚かれるかもしれませんが、実際そうです。

ですが、それは、人間のために許可されているのです。

ヨブという人物が聖書には書かれています。このヨブに対して、悪魔は、あらゆる攻撃を仕掛けてくるのですが、その前に、悪魔は神様に許可を求めているのです。

そして、神様は悪魔にヨブの命や体には手を出してはいけないという制約を設けながらも、悪魔の攻撃を許可されているのです。

これは、なぜかというと、悪のプログラミングを持った人間に、もし、試練や苦難がなければ、人間は、悪をしても良い世界だと錯覚するからです。悪をしても、生存できるのであれば、人は、善をする意味が不透明になってしまうのです。

ノアの大洪水前の世界は、大洪水後の世界よりも、恵まれた世界でした。現在の地球環境とはあきらかに違う世界で、食を獲ることも簡単だったのです。年齢も1000歳近くあり、恵まれているのにも関わらず、その時代のひとたちは、悪しか考えないようになってしまったのです。

その教訓を残しながら、洪水後は、神様は、人間の寿命を120年程度にして、洪水前の環境よりも過酷な現代の地球環境にされたのです。恐竜は、この過酷な地球環境では生きれなかったので、今では存在していません。また、動物の中には、肉を食べなければいけなくなったものまで存在するようになり、自然界にも、まるで残酷な生き物だと思わせるような世界にされたのです。

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このように、①の善悪の木の実を食べるという選択は、一概に悪いとも言えないのです。

②の善悪の木の実を食べないという選択も、一概に良いとも言えないのですね。

②の善悪の木の実を食べないという選択をしたとしたら、神様は、悪魔の誘惑をさらに限定されたものへとされたことでしょう。それは、イエス様を成人するまで、守られたようにです。悪魔はその時点で、役目を終えていたかもしれません。

善悪の木の実をエバに食べさせる時も、悪魔は1つも嘘を付きませんでした。嘘というよりも、歪曲させた言葉で、エバの自由意志を利用して、惑わそうとしたのです。このように、悪魔がエデンの園の時にできたのは、ここまでだったというように、もし、エバが善悪の木の実を食べなければ、そのまま悪魔は、制限されたまま、神様から許可を与えられずにいたかもしれないのです。

創世記3章1-7節

1さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。 2女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、 3ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。 4へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。 5それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。 6女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。 7すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。

神様が中央に用意された「いのちの木」と「善悪を知る木」は、他の食べ物と変わらず、至って普通の食べ物でした。

創世記2章9節

 9また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。 

2つの木の実以外も、見て美しく、食べるのに良いものだったと書かれているからです。

ですが、蛇は、歪曲させた思想で、神様がすでに造られていた他の素晴らしい食べ物よりも、目に美しく、好ましく思わしたのです。

エバは、その誘惑にのってしまったのです。

99.9999%善しかなかった天国のようなエデンの園の世界に、歪曲させただけの蛇の言葉をエバは選んでしまったのです。0.0001%にもない悪を選んでしまったエバは、アダムにも食べさせ、人間は悪のプログラミングを脳にインプットしてしまったのです。

このように、悪魔の攻撃は、神様によってかなり制限されていたことが分るのですね。

ですが、ここで不思議に思うのは、蛇は、「あなたはけっして死ぬことはないでしょう。」と言いました。

神様は、「きっと(必ず)死ぬ。」と言いました。

アダムとエバは、善悪の木の実を食べた後も、生きていました。では、悪魔のほうが正しいことを言っていたのでしょうか?

4、いのちと死

以前の記事で、天国とは1つではないという話をしました。

天国とはどういうところなのか>>

これと同じで、聖書のいう「いのち」と「死」は、1つだけではありません。

いのちとは、肉体や肉があるものだけではなく、霊もいのちであると聖書には、書かれているのです。

創世記2章

7主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった

肉体だけでは、人間は生きたものではなく、神様の命の息が吹き込まれたことによって、人間は生きた者へとなったのですね。

また、死も2つあることが、聖書には書かれています。

黙示録20章13-14節

海はその中にいる死人を出し、死も黄泉もその中にいる死人を出し、そして、おのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。 14それから、死も黄泉も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である

肉体の死と霊による第二の死があることを聖書は書かれているのですね。

ここを理解しないと、聖書の救いの道の解釈が、理解できなくなるのです。

どうすれば、聖書は救われると説いているのか>>

また、イエス様は、この霊は、言葉であることも言われています。

ヨハネによる福音書6章63節

 63人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。

聖書では、子孫という言葉が出てきます。この子孫とは肉による子孫のことだけではありません。知識による子孫のことだとも書かれているのです。悪の明星である蛇は、悪のプログラミングを言葉によってもたらしました。その悪の言葉によってアダムは悪の霊も融合したものへと変わってしまったのです。

弟子は、師匠に言葉によって多くを学びますが、血こそ受け継がれてはいなくても、その知識や知恵が弟子に継承され、子孫になるのです。仏教でも、儒教でも、これは変わらないのです。

また、聖書にはこのように書かれています。

箴言13章9-13節

 9正しい者の光は輝き、悪しき者のともしびは消される。 10高ぶりはただ争いを生じる、勧告をきく者は知恵がある。 11急いで得た富は減る、少しずつたくわえる者はそれを増すことができる。 12望みを得ることが長びくときは、心を悩ます、願いがかなうときは、命の木を得たようだ。 13み言葉を軽んじる者は滅ぼされ、戒めを重んじる者は報いを得る。

このように言葉は、霊に影響を及ぼすものであるというのです。

現代でも、長く一緒に住んだ相手が、死んでしまうと、なにか心のどこかが空っぽになってしまったかのような空虚に襲われることがあります。特に男性は、知識などによって相手との関係を築こうとするので、奥さんが死んでしまうと一気に、老け込んで、寿命が短くなると言います。

状況によって肉である体もいのちを縮めるように、言葉や環境によって霊にも影響を及ぼしてしまうわけです。

そして、蛇が言った。「死なない」というものは、肉体の死のことであって、神様の言った「きっと(必ず)死ぬ。」というのは、霊のことだったのです。

悪のプログラミングがなかった時の人間の霊と悪のプログラミングが入った後の人間の霊は、まったく違うもので、以前の神様の与えた霊は、死んでしまったのです。

悪を脳に取り入れたことで、霊は死に、それをまた永遠のいのちを人間に与えるために、神様はいのちの木を封印して、エバの子孫、女の子孫から悪魔の頭を踏み砕く預言を与え、また第一の天国であったエデンのような世界に戻してくれる救世主を希望として人間に残したのです。

創世記3章14-15節

 14主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。 15わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。

それが、いのちの木であるイエス様だったのです。

肉体であるいのちは、いずれ消え去ります。人間でいうと1000歳までは、肉体は生きることができたとしても、その後は、死へと向かいます。ですが、霊はいのちの木によって永遠に生きることができるのですね。

第二の天国である神の1000年王国も、肉体のある天国で、長寿であっても、死は存在します。永遠のいのちとは、第三の肉体がない状態の天国だと思われるのですね。

そして、蛇が言ったことは、嘘ではありませんが、神様が言われたことも事実だったということです。人間は、善悪を知る木の実を食べたことで、以前の霊が死んでしまい別のものへと変わってしまったのです。ですが、イエス様によってさらに、新しい霊を獲ることで、永遠のいのちをも再度得ることができるようになるのですね。

5、悪の子孫は、いのちの木を得ることはできない

脳の中に悪のプログラミングを深く持っている人は、いのちの木は与えられません。裏切り者のユダのように、キリストの弟子のように入り込んだとしても、神様には通用することはできません。人は騙せても、神様は騙せないのです。

神様のご計画通りに、悪魔はイエス様を十字架刑に架けてしまいました。それは悪魔でさえも、神様を欺くことはできなかったということです。

悪に永遠のいのちを与えるわけもありません。

悪なるものは、ゲヘナの火に燃やされて、消えてしまうのです。

 

ヨハネの黙示録22章14-19節

 14いのちの木にあずかる特権を与えられ、また門をとおって都にはいるために、自分の着物を洗う者たちは、さいわいである。 15犬ども、まじないをする者、姦淫を行う者、人殺し、偶像を拝む者、また、偽りを好みかつこれを行う者はみな、外に出されている。 16わたしイエスは、使をつかわして、諸教会のために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの若枝また子孫であり、輝く明けの明星である」。 17御霊も花嫁も共に言った、「きたりませ」。また、聞く者も「きたりませ」と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いのちの水がほしい者は、価なしにそれを受けるがよい。 18この書の預言の言葉を聞くすべての人々に対して、わたしは警告する。もしこれに書き加える者があれば、神はその人に、この書に書かれている災害を加えられる。 19また、もしこの預言の書の言葉をとり除く者があれば、神はその人の受くべき分を、この書に書かれているいのちの木と聖なる都から、とり除かれる。 

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