世界の闇

キリスト教といえばローマ・カトリックのことを想像する方が多いかもしれません。

実際、ローマ帝国という後ろ楯を持ち、権威ある存在とされ、1800年近くもローマカトリックは存在し、今も尚続いています。

なぜローマカトリックが設立されたのかについては、とても複雑な経緯があります。

聖書のことを理解していなければ、なかなか理解することは難しい。

 

聖書を知らない方にもなるべく分かりやすく説明していきたいですが、まず覚えておいてほしいことは、キリスト教という宗教は、ローマ帝国の宗教ではなかったということを知っておきましょう。

ローマ帝国は、多神教を信じていて、女神崇拝などもしていました。

キリスト教が誕生したのは、ローマ帝国の属国の1つであったイスラエル人から生まれたもので、ローマ帝国からすれば、多くの宗教の中の1つの宗教でしかなかったのです。

ローマ帝国では、主に白人系が支配していましたが、イスラエル人は、黄色人種でした。

民族も違えば、肌の色さえも違う別の土地の国の宗教がキリスト教だったのです。

 

そのキリスト教をなぜローマ帝国は、国境にまでしたのでしょうか。

それは他の宗教のように、ただ信じるだけではなく、実際に起こったイエスキリストの十字架刑と聖書の圧倒的な論理に基づいていたからです。

 

日本にもたくさんの宗教がありますが、どこかのだれかが、突然「〇〇〇」と呪文を唱えれば、救われるといったところで、何の権威もなければ、神聖さもありません。

小説となんら変わらない権威でしかない。

しかし、キリスト教はそのようなものではなく、何百年、何千年と続いたイスラエル人の文化が存在していることで、成り立っているのです。

ひとりの人が突然何かをはじめたのではなく、何千年と続いた歴史に裏付けられ、そして、イエスキリストの十字架刑が行われた事実が、身近にあった時代に、ローマ帝国は、キリスト教を受け入れたということです。

韓国ではじまった宗教を神道を信じる日本人が、簡単には受け入れないように、当時の多神教のローマ市民も、簡単にキリスト教を受け入れるわけがないのです。

ですが、もの凄い勢いで、ローマ市民は、キリスト教を本当の神の宗教だと認め、広がっていきました。

しかも、ローマ帝国は、キリスト教を弾圧していたのにも関わらずです。

 

イスラエル人の原始キリスト教徒を捕まえては、彼らを処刑にしていたほど、迫害していたのがローマ帝国だったのに、それでもローマ市民たちは、信じるしかないと認めた。どれほどの圧倒的な論理に裏付けされていたのかが、分るでしょうか。

ローマ市民たちは、聖書を信じ、イエスキリストを神だと信仰していました。しかし、ローマ帝国からすれば、キリスト教は、利用するべきものであり、一神教を受け入れたのも政治のためだったのです。

ローマカトリックとは、この両方の性質を併せ持っている宗教だということを次に知っておきましょう。

政治よりになれば、聖書を利用し、改ざんしようという流れになりますし、聖書よりになれば、聖書を改ざんするのどもっての外、それは異端だと強く反対することにもなるのです。

この板挟みのようになって続いてきたのが、ローマカトリックだということです。

 

ですから、実は、ローマカトリックとは、キリスト教であって、キリスト教ではないとも言えるのですね。

 

そんなローマカトリックに力と権威が与えられ、聖書が守られてきたはずがないと主張するひとたちも出てくるのです。

聖書は、1冊の本だとキリスト教を知らない人は思うかもしれませんが、聖書は、旧約聖書と新約聖書に分かれ、さらに66個の書物が合わさって作られています。

簡単にいうと短編小説のようなものが、66個ある。時代も場所もまったく違う書物が66個集まったのもが、聖書です。

 

そして、ローマカトリックは、それらの66個の書物を自分たちの都合にあわせて、好き勝手に編纂し、都合よく作り上げたというひともいるのです。

果たして、それは本当のことでしょうか。

1、ローマカトリック保守派

どんな組織であっても、規制と緩和があるように、保守派もいれば、リベラル派もいるように、ローマカトリックにも、保守派というものがあります。

それは、大昔から存在し、特にキリスト教は、保守派が多くなることは、いうまでもないのですが、キリスト教を単に否定したい人や知らない人からすれば、宗教なんてものは、人間が自分勝手に作り上げるものだと思い込んでしまいがちです。

 

ですが、キリスト教、もっといえば、聖書から出ている宗教は、そのようなものとはかけ離れているものなのです。

 

キリスト教を知らない人であっても、イエスキリストが十字架刑にかけられた存在だということを多くの人は知っていると思います。

クリスマスにはサンタクロースといったイメージを持った人でも、それは知っているのではないでしょうか。

 

イエスキリストは、十字架刑にかけられたということは、少し考えれば、迫害されていたと推測できることが、分かるでしょうか。

 

処刑をプレゼントするような人がいないように、キリスト教は、迫害の宗教とも言われているように、波乱万丈な歴史を歩んでいます。

 

どんな学者であっても、キリスト教は、迫害されていたという見解を持っているということです。

そうではないという学者は、ほとんどいないでしょう。

 

迫害されて、弱い存在だったキリスト教は、なぜ今は世界三大宗教といわれるほど、大きく理解され、広がっているのでしょうか。

 

キリスト教が生まれる前に、ユダヤ教という宗教が存在していました。

 

このユダヤ教も、キリスト教と同じ旧約聖書を信じている宗教です。

 

同じ旧約聖書を信じているという点では、共通しているのですが、ユダヤ教は、キリスト教を激しく迫害していました。

 

イエスキリストを十字架刑にかけたのも、実はユダヤ教徒たちだったのです。ローマ帝国からすれば、キリスト教は多くの宗教の中のただの1つの宗教なので、迫害していたとしても、感情論に走るほどではなかったのですが、ユダヤ教からすれば、キリスト教は、認められないと激しく抵抗する異端の宗教ということで、ローマ帝国よりもさらに激しい迫害が繰り広げられていました。

 

自国のイスラエルでさえも、キリスト教は迫害され、ローマでも迫害され、弱くてしかたがない集団が、原始キリスト教だったわけです。

 

ですが、今は、そのユダヤ教よりも圧倒的に認められているのが、キリスト教です。

 

どのようにして、理解されていったのでしょうか。

 

それは、迫害されていたからこそ、圧倒的な確実性をもって、念入りに事実確認をされ、考えられて伝えられてい来た経緯があったからです。

 

ユダヤ教徒からすれば、原始キリスト教徒だというだけで、大きな石をぶつけて殺すほどのものでした。

 

どこかの人が集まるところで、毎週、原始キリスト教徒の司祭が、人々にメッセージをしていたとします。

その言葉1つによって、間違いを認められたら、そこを突かれて、命を奪われるほどです。

 

福音書にも書かれていますが、ユダヤ教徒は、イエスキリストにあらゆる言葉の罠を投げかけます。間違えば、それで大問題にして、罪を被せるわけです。

言葉1つでさえも、迫害されていたからこそ、慎重になっていたということです。

 

なのに、キリスト教徒は、さらに危険である書物を残しています。

 

それが新約聖書です。

 

言葉でさえも危険なのに、ハッキリと文字に残して教えを固定しているということが、どれほど危険なのか、理解できるでしょうか。

 

イエスキリスト教の生涯を新約聖書の中の4つの福音書には、書かれています。

 

イエスキリストがどのように生まれ、どのように人生を歩んで、何を教えたのか、それらをわざわざ4つの視点で、書きそろえているのです。

これもまた、危険なことです。

 

この4つのどれかに矛盾があれば、その固定された書物ゆえに、弾劾されるからですね。

 

ですから、原始キリスト教徒は、もの凄く慎重に、裏付けされたことがらを集めて、きちんと証人もいて、書き上げたことが分かるのです。

迫害のゆえに、適当には、書くことができないのです。

 

福音書には、イエスキリストは、神であるとはハッキリとはどこにも書かれていません。

 

イエスキリストは、神ですが、事実であっても、神だとハッキリといえば、それも迫害の対象とされてしまうからです。

 

イエスキリストには、12弟子という使徒がいますが、その12人の使徒よりも多くの働きをしたとされるパウロは、原始キリスト教徒の命を狙うユダヤ教徒でした。実際に、原始キリスト教徒を亡き者にしていたので、キリスト教徒たちは、パウロ(そのころサウロ)を恐れていたほどです。

 

そのパウロが、この時代に、一番多くの業績を残せたのは、迫害する第一人者であったゆえだと考えられます。

誰よりも原始キリスト教徒を迫害していたサウロが、パウロとなって逆にキリスト教が正しいことに気づき、目からウロコが取れたことで、キリスト教の教えが、旧約聖書の教えに沿っていたことが次々と明らかになるのです

 

原始キリスト教徒は、迫害されていた弱い立場ですから、ユダヤ教が大切にしていた旧約聖書に手出しはできません。

もし、旧約聖書に自分たちの都合よく手を加えれば、それこそ異端として証明され、ユダヤ教に正当性を与えてしまうことになるからです。

 

旧約聖書に手を加えることができないのに、イエスキリストは、旧約聖書の預言どおりの人生を送り、ユダヤ教以上に、聖書の奥義を解き明かしてしまったのです。

 

自分たちで手を加えることができる書物を正当性としてあげることはできません。迫害されていたからこそ、キリスト教は、正当性を証明できたのです。

なのに、聖書は、ありとあらゆる方面からも、論理的に説明できてしまっている。

 

これこそ、本当の宗教だと証明しているのです。

 

人間の能力を聖書は、超えてしまっているのです。

 

ローマ市民は、学問に秀でていました。世界中の情報が、ローマ帝国に集められ、旧約聖書も多くの宗教のうちの1つの宗教として、研究対象とされていました。

 

多くの思想や学問が、ローマには集まり、ローマ市民は、論理的な思考を持っていたのです。

 

すべての道は、ローマに続くという言葉があるように、世界中の法もさかのぼれば、ローマにいきつくほど、かなり洗練された思考を多くの人が持っていたのです。

 

そして、人間の能力を超え、さらに実際に、イエスキリストという存在がいたことが立証されていた時代ですから、キリスト教を信じるローマ市民が、大量に生まれ始めたのです。

 

迫害していたはずのローマ帝国さえも、キリスト教を認めざるおえなくなるほどに、キリスト教、聖書は、論理的であり、現実の世界を言い当てていたのです。

 

したがって、ローマは、その圧倒的な論理に裏付けされた聖書を政治目的に利用しはじめたのです。

 

ここでみなさんに質問を投げかけましょう。

 

何百年、何千年と固定された書物、聖書を信じてきたイスラエル人。その固定された聖書をローマ帝国が、自分勝手に手を加えることができたと思うでしょうか。

 

ローマカトリックは、確かに、若干聖書に手を加えています。

 

それは恐ろしいことです。

 

例えば、モーセの十戒の偶像をつくってはならないという教えを消してしまっているのです。

 

ですが、そんなローマカトリックであっても、固定された聖書だからこそ、正当性があり、信じられてきたのですから、それを捨ててまで、自分勝手に改ざんするわけが無いのです。

 

中世になって、ローマカトリックは、プロテスタントなどの流れによって、否定され、権威が失墜しました。

 

それはなぜ起こったのか。

 

ローマカトリックは、固定された聖書に手出しすることができなかったので、聖職者以外には、聖書を読むことを禁止していたのです。

 

多くのひとは、聖書に何が書かれていたのか知らなかったので、ローマカトリックが行っていることを比較することができなかったのです。

 

ですが、プロテスタントたちや正義感のあるカトリックの司祭などが、誰にでも聖書が読めるように配り始めることで、ローマカトリックが聖書には書かれていない嘘をいっていることに気づいたのです。

 

ここから分ることは、ローマカトリックは、確かに半分キリスト教ではなく、問題も多いですが、それでも保守的な考え方。聖書を改ざんしないということを守り抜いてきたことが分かるのです。

 

すべて好き勝手に聖書を改ざんしていたのなら、聖書を広めることで、失墜するわけがないのです。

 

ローマカトリックに対して、わたしは否定的ですが、すべてを否定するつもりはありません。

カトリックには、カトリックの正義があり、政治目的で利用される前は、純粋に聖書を信じる勢力だったのです。

 

そうでなければ、迫害されていた他国の宗教を信じる変な人など生まれないのです。

 

事実であり、認めざる負えないからキリスト教を信じていったのです。

 

カトリックは、宗教戦争を大量に行い続けてきたと一方的に批判するひとたちがいますが、その反面、大量の戦争や争い、犯罪を圧倒的に減らしました。

 

何の価値観の統一性もなかった大陸では、あらゆる正義が存在していました。

 

人が人を食べるという正義もあれば、嘘や詐欺をすることが正義だと心から信じる正義もあったのです。

 

争い奪い、略奪すること、人露亡き者にすることが正義だとさえされていたものを、人を殺してはならないと人権の価値観を世界に広め、争いを圧倒的に消していったのです。

 

キリスト教の教えが平和を生み出す効果が、あまりにも顕著に出たので、世界中の王族貴族、領主が、こぞってキリスト教徒になっていきました。

 

支配者からすれば、怖いのは、他国もそうですが、自国民も怖いものなのです。

 

その自国民に、固定された正義を植え付ける固定された聖書の価値観を植え付けることが出来る効果を狙って、支配者たちがキリスト教徒となっていったのです。

 

王族貴族を任命することもカトリックの役目となり、支配者たちのさらに上にカトリックは、君臨することとなったのです。

 

すべて悪いものであれば、そこまで圧倒的な権威が与えられるわけが無いのです。

 

325年。ニカイヤ公会議という神父たちが集まり、聖書の議論が繰り広げられました。

そこで色々な協議が議論されたのですが、一部の聖書以外は、聖書を崩すことはしませんでした。

 

それがキリスト教の成り立ちであり、信仰のよりどころなのですから、当たり前です。

 

省かれた書物もイスラエル人によって書かれたものではなく、ギリシャ語から生まれた多神教のものが利用されていたとされています。

 

キリスト教を否定したいだけの者たちが、主張するほどさすがのカトリックであっても、そこまでではなかったのです。

 

細かい議論を繰り広げていたとしても、その議論の内容自体が、実は、存在していなかったというバカらしさもあるほど、なんとでも、言い争いの種は、作れますが、誰にも否定できない大きな枠を捕らえれば、真実がみえてくるものです。

 

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