十戒

10、あなたの隣人の家を欲しがってはならない。

あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち隣人の妻、あるいは、その男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。出エジプト記20章17節

 

人の欲望は際限がありません。なにかが欲しいと思いそれを手に入れても、手に入れた瞬間、また違うものに目を向けてはさらに上のものを欲しがるようになります。

好きな車を手に入れても、また違う車、もっと多くの車と再現がなくなるのです。

特にお金はそうです。ある程度のお金を持てば、十分なのにさらに多くのお金を持とうとしてしまいます。

国であってもそれは同じです。国や帝国が世界を支配しはじめると、その動きは止めることができなくなります。隣の土地や資源を求めてどんどん拡大していきます。それを止めようとしても、土地や名誉などをほしがる兵士たちを満足させるために、さらに拡大していってしまうのです。

世界を武力や強要しては支配できません。ですから現在は、お金や経済で世界を支配しているのです。

その思想は、武力や強奪よりは平和的で、いいように思えるかもしれませんが、人間の欲望を基準としているので、いつかは崩壊してしまいます。格差が広がれば広がるほど、支配している人間たちは追い込まれていくのです。

 

また、人間には悲しい嵯峨があります。

人間は、これはしてはいけないというルールを破ることで、開放感を味わい、興奮して楽しめてしまうということです。

何かをしてはいけないという教えは、人間を束縛しているものでもあるのです。その束縛から解放された時、人間は喜び自由を得たような錯覚を起こしてしまうのです。

そのことは聖書に書かれています。律法はいいものですが、律法が人間を裁くものになってしまうのです。

律法を心の中に持っている人間は、自分の心を縛り、自由をなくしているように思わせてしまうのですね。

 

本来人間は、自由気ままに生きることが正しいように神様から造られています。アダムとエバはそのような存在でした。

ですが、それは人間に悪がなかったから出来たことで、悪をこの世界にゆるしてしまった時点で、自由には生きれなくなってしまったのです。人は罪のために悪を行ってしまうので、その悪を懲らしめるために、神様は人間に試練を与えてくださります。試練を与えるのは神様からの祝福なのです。人間は、神様が作られた自然の法則とは違ったことをするとしっぺ返しが与えられるのです。そうすることで、自分のやっていることは間違っていたことに気づけるのですね。

もし、試練もなく、人間中心にした世界で、人間が自由に悪をしてもそのまま繁栄していったらどうなるでしょうか。

この世界には悪で満ちてしまうのですね。

そして、最後には世界を滅ぼしてしまうのです。

このように神様が人間に試練を与えているのは、その人間への愛なのです。もし、神様があなたに試練を与えていなければ、あなたはもしかすると悪をしては未来の反面教師としての役目を用意されているかもしれないのです。

ユダは、イエス様を裏切りました。その裏切りは、旧約聖書から預言されていたのです。ユダは、生まれる前からその悪を許可されていたのです。

イエス様は、ユダにいいました。あなたのやるべきことをしなさい。

善をすれば善の未来が来るとは限りません。なぜなら受け止める人間に悪の目があったら善さえも悪にみえてしまうからです。

逆に、悪をすれば悪の未来が来るとは限りません。悪だとおもって策略を行ったものが、実は未来では、いいことに使われていたりもするのです。

このように、人間の120年の価値観では計り知れない長さの世界を神様は見ておられるので、その瞬間の悪を許可されるのです。悪人にも雨を降らせ、悪人にも空気を与えているのです。

 

ですからわたしたちは、悪人から悪を受けたとしても、その仕返しをしてはいけません。神様がその悪をゆるされるわけがないからです。その人の子孫や家族にその罪はうけつがれ、その人は広い目でみれば、破滅へと向かっていますし、悪をあきらめ、悔い改める人間かもしれないからです。

理解していなくて、本能的に悪を行っていた人間には、稀にその罪を悔い改める人間がいます。自分のやっていることに気づく瞬間があるのですね。

 

わたしたちは、気づいていない人が多いですが、この世界の法則にそって生きているのです。連鎖やサイクルを考えれば、悪は滅び、善は最大の利益になるのです。

100年単位ではなく、1000年単位でものごとを受け止め、言葉さえも超えて、文化で善悪を教えている神道などは、とても素晴らしい宗教なのです。

もちろん、聖書もそうです。

 

もともと、自由気ままに生きるべき人間だからこそ、ルールを破るとそこに開放感を味わってしまうので、隣人のものをほしがったりしてしまうのです。

ですが、悪にそった自由気ままは破滅を呼ぶものなので、現代では、否定されるものとして、一般人の価値観に固定されているのです。

この事実は、神様の導きとしか言いようがありませんね。

隣人とは、善人のことです。

悪を認めてはいけません。善と悪を自由意志によってそれぞれが選ぶのですが、悪を選ぶ人間は、隣人ではありません。他人に対して搾取している人間は、いつかその財産は没収されることでしょう。

聖書や正しい宗教を信じている人たちは、悪人の財産を取ろうとはしませんが、中途半端の善悪しか把握していない人間は、悪人には容赦がありません。神様がそれらの人たちに許可を与えて、悪人の財産を没収させることになるでしょう。

ですから、日本の天皇のように、なるべく格差がない世界を支配者は意識するべきなのです。

今は、格差を広げて、下の人間たちから搾取しているから、自分たちが追い込まれはじめているのですね。

昔のようにあからさまな悪をしないことは、いいことですが、それがただの論理や利益のためであって、心からの愛の行動ではなければ、塵も積もって山となって支配者は、追い込まれることになるのですね。

 

わたしも含めて、すべての人間が悔い改め、心からの愛を目指すべきですね。

心からの愛ということは、心からの愛じゃない愛があるということです。そのような愛ではなく、真実の愛をもつということですね。

ほしがるのではなく、与え、悪を基準にした自由ではなく、善を基準にした自由をもって律法を受け入れ、いずれは律法からも開放された世界へとなってほしいものです。

すべての人間が善であれば、善をすれば善になります。誰かひとりでも悪を基準にしていれば、善をみても悪になってしまいますからね。

すぐには世界は変わりませんが、確実に世界は変わりました。これからも変わらないことはないでしょう。悔い改めながら人間は、前へと進み、神様に導かれて生きているからです。

 

 

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