思考の変化

世の中には、自傷行為をしてしまう人がいます。

普通の人であれば、自分が傷つくことは避けようとするものですが、なぜ、このようなことを繰り返してしまうのでしょうか。

 

個人で、自傷行為をするのならありえるとも思えますが、団体であっても自傷行為を促すものもあります。

例えば、バラモンという宗教は、ありとあらゆる苦行を行いそこに意味があると考えた人もいたのです。

一部のキリスト教では、イエス様がムチで打たれたように、自分で、ムチを持ち、自分の背中を何度も打ち付け、自分の罪を悔い改めようと行うものもあるのです。

ですが、これらは異端です。

 

なぜ自傷行為というものがあるのでしょうか。

1、自傷行為は、欲望

自傷行為は、一見、欲望ではないかのように思えますが、実はあらゆる欲望と同じ脳の錯覚による気持ちよさを求めて行っているのです。

自分の肉体を傷つければ痛みを感じるわけですから、普通は、自傷行為などしません。

 

動物は自傷行為をしないように、自傷行為をするのは、意思を持った人間だけです。

ということは、自傷行為は、人間にだけ宿っている性質による弊害であるということです。

 

動物でも、自傷行為のように見えてしまう動きがありますが、それは人間のそれとはまったく違います。

動物は、神様の作られたプログラムに沿って動いているのであって、自分がどのような姿なのかとか、自分とは何なのかという考えすら持ちません。

いわゆる自覚がないということです。

 

ですが、人間には、自覚があります。

その部分が欠如してしまっている、病気といわれるような状態の人もいますが、多くの人は、自覚を持っています。

 

この自覚によって、自分を見直すこともできれば、逆に、悪い方向に使う人もいるのです。

 

その悪い方向のひとつが、自傷行為です。

 

動物には、自覚がなければ、善悪もありません。

 

人間の作ったロボットが人間が打ち込んだプログラムに沿って善悪なしに動くように、動物は、ロボットよりもより複雑ですが、神様の作られたプログラムに沿って動いているだけなので、善悪なく動くのです。

 

ですが、人間は、自覚があり、善悪をも考えるので、良くも悪くも、自由意思を持って動くことができるのです。

 

動物は、【刺激】【反応】

人間は、【刺激】【意思】【反応】

 

刺激と反応との間に、人間は、意思を持って覆すことができるのです。

 

良くも悪くもです。

 

この人間だけに神様から与えられた能力によって、人間は、この地球という世界を支配できているのです。

 

これは、他の生物や物質と比べて、圧倒的な能力だと言えるでしょう。

 

力なら熊のほうが能力が高いですし、噛みつくならライオンやワニのほうが強力です。

 

ですが、それらの身体的な能力が劣っていても、この世界を支配しているのは、どの国にいっても、人間です。

 

人間のほとんどの人は、神様からこの圧倒的な能力を与えられているのです。

 

これは、能力の性能が高いだけに、これを悪用すると、ひどいことになります。

 

世界を観てください。

 

人間は、動物よりも愛や正義を示すことができ、あらゆる生き物や他人をいたわる心を目にすることができます。

 

逆に、動物では絶対にできない戦争で、武器を製造して、同族を何万、何千万と命を奪うことさえもして、動物たちの命を無視して、環境破壊することがえきるのも、人間だけです。

 

人間は、天使にもなれば、悪魔にもなれる【意思】という能力があるということです。

 

そして、自走行為もまた、この刺激と反応の間にある意思を使って、気持ちよくなろうとする人間の作り出した悪から来ているものなのです。

 

 

 

意思があれば、なおさら自分を傷つけるわけがないだろうと正常な方なら考えるかもしれませんが、欲望に走っている人は、常識や神様から与えられたプログラムを無視して、変換してしまっているのです。

 

どのように変換するかというと、【背徳感】という意思を選んで、本来あるべき反応ではないものに、変換してしまっているのです。

 

普通、悪いことをすると、心が傷つきます。

 

これは正常な人です。

 

ですが、悪をすると、喜んでしまうということに変換してしまう人がいるのです。

 

例えば、浮気、不倫などというものがあります。

 

普通の正常な人なら、愛する妻や愛する恋人を傷つけるようなマネは、したくはなく、それでも、傷つけるようなことをすれば、罪悪感を持ちます。

 

浮気や不倫は、それが逆に働くのです。

 

愛する者がいるからこそ、それを裏切る行為によって、脳内麻薬が分泌して、より高揚感を増させようとしてしまうのです。

 

日本人のほとんどは、こどもは、学校に通います。

ですが、一部の生徒は、学校をサボって学校の時間帯に、自由に行動すると、開放感を感じて、楽しくなってしまうということがあるのです。

 

これは、【してはいけない】。これは【悪いことだ】ということを逆に行うと、その規制から自由に解放された気持ちになって、脳内麻薬が分泌してしまうのです。

 

秦の始皇帝は、法によって世の中を治めようとしました。

法律、ルールを厳しくすることで、人をコントロールしようとしたのです。

 

ですが、フタをあけてみれば、中国ほど、大量の悪を生み出した国はないと思えるほど、善悪が固定されず、さまざまな悪の正義を生み出してきました。

 

主に法律を設定しているのは、人ですから、人に見つからなければ、何をしてもいい。逆に悪をしたことを人に見られたら、その見たものを消せばいいとなっていったのです。

 

今でこそ、中国は、他国の人権を尊重する流れに入り込んで、わたしたちと似た善悪の基準がありますが、第二次世界大戦の時代までは、日本人には、考えられない悪の正義が蔓延していたのです。

 

毛沢東も、蒋介石も、どちらの軍も略奪や強奪を当たり前のように行っていました。

 

彼らにとってはそれが正義だったのです。

 

このように、人は、厳しいルールを強いれば、それに自我が傷つくことで、そこから解放されたいという想いにかられ、ルールが厳しいからこそ、悪を行うという副作用のような結果を生み出してしまう場合があるのです。

 

また、ルールが厳しければ厳しいほど、そこから解放された時の脳内麻薬の分泌量は、多くなり、気持ちよくなってしまうのですね。

 

不倫や浮気をやめられない人。また、結婚している相手しか愛せないと錯覚している人などは、脳内麻薬の依存症になっていて、それが気持ちよくて仕方がないのですね。

 

自傷行為もまた同じです。

 

神様は、生き物が正常に生きていくために、痛覚という能力を与えられました。

この痛覚があるおかげで、怪我をした場所もわかれば、怪我をしないように行動もできるようになるのです。

 

これは自然の法則とも言えるでしょう。

 

人間の上に存在している圧倒的なルールのひとつではないでしょうか。

 

ですが、それさえも、破ること。傷つけることは悪いことだという意識があるからこそ、それを逆に行うことで、脳内麻薬を分泌させるのです。

 

ギャンブルやアルコール、同性愛や恋愛、犯罪や万引き、ありとあらゆるものの欲は、この脳内麻薬の分泌から来ているのですね。

 

麻薬は、普通では分泌しない量、普通の何百倍という脳内麻薬を出させるので、やめたくてもやめられなくなるのです。

 

善悪を無くせば、もうそれは、人ではありません。

動物でもありません。

 

悪魔に近い生き物と人間はなってしまうのです。

 

傷つけることが楽しいという破壊的なものになるのです。

 

動物にはない、圧倒的な能力を悪に使うようになるのですから、これほど恐ろしいものはありません。

 

悪魔は、霊で、肉体がありませんが、人間は、肉体をも持っているので、悪魔側にいっている人間は、恐ろしい。

 

だからこそ、進化論という宗教や無神論という宗教は、本当に恐ろしいものなのですね。

 

人には、愛や正義はありません。

 

本当の愛や正義は、人の下にあるのではなく、人の上に存在しているのです。

 

世界を造り、私たち生き物が、危険なく生活できる環境こそが、愛であり、神様が、絶対的な善である証です。

 

わたしたちの住んでいる地球は、天国です。

これ以上何を望むのかというほどの天国です。

 

何の意思もなく、そんな環境が【偶然】発生するわけがありません。

 

テレビは、人間の意思で造られたと考える人が正常です。

 

テレビは、【偶然】自然が発生させたなどという人は、空想の世界に行っています。

 

そして、この世界は、そのテレビよりも、さらに複雑なのです。

テレビでも、偶然うまれないのに、なぜ世界が偶然作り出すなどと空想をいうのでしょうか。

 

少し頭の良い人は、当たり前のように神様の存在を【認めています】

 

信じたいという感情論ではありません。

 

人間がどう考えようと想おうと地球が回っているように、全知全能というほどの絶対的な存在、神様は、認めざるおえないのです。

 

そして、人は、その神様によってでしか、愛や正義は、固定することはできないのです。

 

天皇が神事をするのも、大統領が聖書に手を置くのも、それがなければ、何の意味もないものとなるからなのですね。

 

連続殺人犯は、自分たちこそが真実で正しいと豪語します。

人間という小さな生き物だけを基準にすれば、彼らの意見は、正しくなります。

 

ですが、この世の自然の法則、人間には、手出しできないルール、仕組み、人間さえも分かっていない本来あるべき正しさは、人間にではなく、神にあるのです。

ですから、全身全霊で、連続殺人犯の正義をわたしたちは、完全に論破し、否定することができるのですね。

 

連続殺人犯を生み出し、世を支配している、さらに複雑難解で、邪悪な悪魔宗教もまた、否定出来るのです。

2、キリスト教によるムチ打ち

一部のキリスト教に似せた集団が、自分で持ったムチで、自分の背中を打ち付けるという行為をしています。

なぜ、このような行為をするのだろうと未信者の人たちなら考えることでしょう。

 

キリスト教は、救済の宗教と言われています。

 

アダムからはじまったすべての人間は、家族です。

 

ですが、人間は、悪を行ってしまいます。

 

さきほど、依存症にまでなっている犯罪者や依存症の方などは、脳内麻薬でやりたくて、悪の行為を行うことを説明しましたが、悪をしたくないのに、悪を行ってしまうのも、また人間です。

 

それはクリスチャンも例外ではありません。

 

すべての人には、原罪という罪がアダムから継承され、それは、全体の極一部なのですが、その部分によってわたしたちは、やりたくもない悪を行ってしまうこともあるのです。

 

ですから、クリスチャンは、日々、自分の罪を悔い改めて、涙しながら、イエス様に感謝するのです。

 

イエス様と悔い改めの関係性が、理解できないと思いますが、キリスト教は、この罪による解放、人間には、手出しできない悪を取り除いてくれるからこそ、信仰されているのです。

 

未信者でも、イエスキリストは、何をしたのかは、詳しくしらなくても、十字架刑によって処刑されたことは、知っていると思います。

 

なぜ、イエス様は、十字架刑にかけられたのでしょうか。

 

それは、イエス様が生まれる前からユダヤ教やイスラエル人によって守られていた旧約聖書に、【預言】が書かれていたからです。

 

アダムからすべての人が受け継いだ罪を神様であるイエス様が、すべて背負い、預言を成就するために、十字架刑にかけられたのです。

 

救世主とは、ダビデ王やソロモン王のように、目に見える形で、世界を支配し平和にするものではなく、いつの時代になっても、未来に生まれるこどもたちの罪さえも救済するために、究極の救いをもたらすためだったのです。

 

ひとりのひとアダムによってすべてのひとが罪人となりました。

しかし、善悪の木で罪を手に入れたアダムよりも前のアダムは、罪もないまったき人でした。

そのまったき人は、神様であるイエス様の似姿に似せて、作られたのです。

 

人の根本であり、ベースとなったイエス様こそ、罪もなく、また、罪にいたった人間たちの罪を身代わりとなって取り除ける唯一の存在なのです。

 

なぜ、身代わりになれば、罪がゆるされるのか。

 

世界中の宗教には、生贄という風趣があります。

 

民族も違えば場所も違っても、生贄の教えは続いていました。

 

罪をしたら、神様に生贄をささげてゆるしてもらおうとしてきたのです。

 

アダムとエバが、罪を犯した時、神様は、動物の毛で、服をつくり、罪を覆ってくださったのです。

 

そこから、世界中に動物の血によって人の罪を贖うという風習が、広がったのです。

 

世界中の宗教には、驚くほど多くの共通点があります。

 

これらの共通点は偶然では言い表せません。

 

処女が救世主を生むという予言は、旧約聖書だけではなく、エジプトやギリシャ神話や東洋の宗教にも伝えられてきたことだったのです。

だからこそ、女神崇拝というものがあるのです。

 

そして、イエス様は、すべての人のために、身代わりとなって十字架刑にかけられました。

 

十字架刑を執行される前には、ムチ打ちをされたのです。

 

普通のムチではなく、血を噴出させるムチです。

 

このイエス様の苦難を直に味わい、悔い改めにいたろうと今でも、一部の集団が、自らをムチ打つという行為にして、行っているということです。

 

それでは、その自傷行為は、正しいのではないか?と考えるかもしれませんが、これは正しくはありません。

 

イエス様は、旅をされましたが、その道中、自らを苦役にあわせようとはされませんでした。

神様が御造りになったこの世界を自然なまま受け入れ、シンプルに旅を続けられたのです。

 

イエス様は、難しいことなど言いません。

ブッタもそうでしたが、シンプルにこどもでも分かる話し方で、弟子たちとともに、旅を続けたのです。

 

イエス様は、望んで、十字架刑に架かられたわけではありません。

 

十字架刑にあうことを嫌がられていたのです。

 

それは、神様から与えられた体を傷つけることは、良くないことだということです。

 

イエス様は、愛する人のために、【身代わり】となって十字架刑に架けられたのに、それを無視して、同じ痛みをわざわざ自分自身で体を傷つけるのは、イエス様の行為を蔑ろにすることなのです。

 

悪いことをした息子に、テーブルの上に手を置かせ、母親がベルトで叩きます。

しかし、叩いたのは、息子の手ではなく、息子の手を守るように、その上に置かれた、母親の手でした。

 

身代わりとなって叩いた母親の行為によって息子は、悪いことはしてはいけないと学んだのです。

 

母親の愛によって、心打たれたのですね。

 

友のために命をかけるものは、幸いだと聖書は教えています。

他人のために、自らを犠牲にしても、守ることは、神様の意思に沿っています。

 

しかし、自らのために、自らの体を傷つけるのは、理に叶っていません。

 

悪魔宗教は、とても巧妙に上手に、歪曲させた思想を人に植え込んでいきます。

それが悪いことだと思えないようにさせて、正当性があるかのように誘導していくのです。

 

バラモンは、あらゆる苦行を行いそこに意味を見出そうとしましたが、ブッタは、そんなことをしても、まったく意味がないと教えました。

 

作られた物を破壊するようなもので、そこに意味があると思わせて、彼らは自らを気持ちよくさせているだけなのです。

 

大義名分を作り出してしまえば、人は、それが例え間違っている行為であっても、正しいと脳が錯覚してしまうのです。

 

キリスト教の中にも、当たり前のようにスパイのような者たちが入り込んで、聖書の教えを歪ませる者がいるのです。

 

どんな組織にも、そのような人はいるものです。

 

もし、頭が混乱して、正しいことが分からない状態に陥ったのなら、シンプルに考えることをしましょう。

 

シンプルなものはシンプルなだけに、誤魔化しが効きません。

 

例えば、この世界は、人間が支配しているということは、現代人なら、否定する人はいないでしょう。

 

猿はいても、猿人などのUMA未確認生物などいないのです。

 

どれだけ難しい言葉を並べても、言葉を使用して、世界をどこにいっても支配しているのは、人間なのです。

 

猿でもなければ、ブタでもなく、どこにいっても人間なのです。

 

覆せないシンプルな事実の情報を基にして、混乱した時は、頭を整理すると何が本当なのかが見えてくるのです。

 

逆に悪魔側は、わざと複雑にして、本質からいつの間にか、間違った思想に誘導しようとしてくるのです。

 

エバを誘導した蛇と同じことをしてくるのです。

 

このように、自傷行為は、この世界を造られた神様の愛や正義から照らし合わせ、世界そのもの、全身全霊で、否定できるものなのです。

間違った思想に惑わされないようにしましょう。

思考の変化

自傷行為の原因とダメな理由

世の中には、自傷行為をしてしまう人がいます。 普通の人であれば、自分が傷つくことは避けようとするものですが、なぜ、このようなことを繰り返してしまうのでしょうか。   個人で、自傷行為をするのならありえるとも思え […]

思考の変化

イエスキリストは神なのか、それとも人なのか

イエスキリストは、なぜ神だと言われているのかについて、聖書を信じていない方たちは、疑問を抱くことでしょう。 なぜ人間なのに、神だということになるのか。   ブッタは、哲学者であり、学者でした。 宗教的なことを否 […]

思考の変化

騙されていた 日本の国の借金の嘘

現在、日本の国の借金は1000兆円を越えて、国民一人当たり850万円の借金があるという地球温暖化や進化論のようなトンデモ論が流れ続けています。 進化論の正体 真実と嘘>>   これらの日本の借金のせいで、日本は […]

思考の変化

驚くべき自衛隊の真実と不祥事

まだ戦争が消えきっていない現代の世界情勢の中、他国からの武力などを抑止する組織として、わたしたちを守ってくれているのが自衛隊です。 自衛隊の隊員たちがいることで、日本は平和に暮らすことが可能になっています。 ですが、色々 […]

思考の変化

人は間違いを繰り返し続けるのか

人は、歴史を繰り返すと言われます。 確かに、言語の違いがあるにも拘わらず、日本や世界の失敗は、似たようなところがあり、人や場所、時代などの違いがあれど、間違いのパターンがあるようにも思えます。 世界中にある宗教は、一神教 […]

思考の変化

罪の赦し

罪はどのようにして贖われるのか。赦されるのかという考え方は、キリスト教が特に強調する教えですが、決してキリスト教だけの概念ではありません。   世界の共通点の不思議について、何度か書きましたが、その不思議の1つ […]

思考の変化

白人は残酷な奴隷貿易をしていたのか

日本はずっとイジメられてきました。朝鮮やイラン、イラクなどは、アメリカから悪の枢軸国というレッテルを貼られましたが、その先駆者となるような国が、日本やドイツです。 皆さんは、「敵国条項」というものを知っているでしょうか […]

思考の変化

豊かな考え方と欠乏した考え方

人を一括りにして分けることは、それほど多くできることではありませんが、大きく分けて2種類に分けられることができます。 1つは、「ある」と考えて、分け与えることができる人と 「ない」と考えて、恐怖心から分け与えることが出来 […]

思考の変化

神様はどこから来たのか

神様は、アダムとエバを造られ、ありとあらゆる生き物や物質を創られました。   では、その神様はどこから生まれ、存在しているのでしょうか。   クリスチャンならこのことを知ってはいますが、聖書をあまりし […]

思考の変化

処刑は正しいことなのか

わたしは、処刑は正しくないと考えます。 ですが、処刑は正しいと考える方も当然います。わたしは、処刑は正しいと考える人たちの主義主張も正しく立派なものだと思います。 こういった問題は、どちらが正しいと言えるものではなく、そ […]

思考の変化

必要悪という悪は必要なのか

わたしたちの生きているこの世界には、必ず「悪」というものが存在しています。 「善」があるということを否定できないように、「悪」があるということも否定できません。   刑務所という犯罪者をいれる施設があるというこ […]

思考の変化

宗教は悪いものなのか

宗教は悪いものだと考える人が少なからず現代ではいます。 ニュースに出てくる宗教の多くは、問題を起こしたような内容ばかりで、宗教にいいイメージがないからかもしれません。   また、宗教に関わらなくても生きていける […]

思考の変化

世界の負の連鎖

世界には負の連鎖が広がっています。   それは人の思い込みの中に多く潜み、当たり前だと思っている常識から連鎖は止まることなく続いていくのです。 この連鎖は、止めることが出来るのですが、その連鎖の真っただ中にいる […]

思考の変化

人間は、神に似せて造られた

この世界の不思議の1つは、なぜ人間は、人間の形をしているのかというものです。   神がいないという「サタニズム思想」を心から信じ込んでいる人は、この世界は、偶然に存在し、わたしたちの存在は、意味なく生まれてきた […]

思考の変化

サンタクロースの正体

クリスマスと言えば、イエスキリストの誕生日だというイメージと同じぐらいサンタクロースが、挙げられます。 クリスマスは、キリスト教の祭りではない>> 赤い服を着たサンタクロースが、えんとつから家に入って、こどもたちにプレゼ […]

思考の変化

クリスマスは、キリスト教の祭りではない

12月25日は、クリスマスです。   このクリスマスは、イエスキリストが生まれた日として、毎年のように行事が行われています。聖書のことを読んだこともないノンクリスチャンも、毎日のように聖書を読んでいるクリスチャ […]

思考の変化

人間らしさとは何か

人間らしさとは何なのでしょうか。   聖書は、自然な欲に対しては禁止されていませんが、いきすぎた欲望は否定しています。 欲が増せば罪を生み、罪は死を呼ぶと教えています。   人間を基準にすれば、人間ら […]

思考の変化

陰謀は本当にあるのか

陰謀論というものは、大昔から存在します。これは歴史では当たり前のように存在したもので、陰謀がないという人は、それこそ陰謀です。   上の者が下の者を争いなく管理しようとすることは、ごく普通のことです。家族には、 […]

思考の変化

冤罪事件の真相

大詐偽時代の現在の世界は、表向きは「人権・権利」などが憲法に載せられ、それらを守るように動いているかのようにみえます。 しかし、多くの機関。警察・司法・教育・マスメディア・医療・紙幣システム・経済・ボランティアなどありと […]