思考の変化

神様という存在を人間が考える時、神様は善なる存在ではないのではないのかと思えてしまうことがあります。

特に無神論者などだと神の存在を心からいないと信じ込んでいるので、善なる存在を否定したいと思うでしょう。

 

これらの問いにハッキリと答えると、確実に全知全能の神様は、善なる存在です。

感情論や好き嫌いなどで考えれば、神様は善ではないと思い込めても、事実をみれば、善なる存在であることは、誰にも否定できません。

 

では、みていきましょう。

1、神様が造り出した世界は、優しい世界

みなさんは、今までに、色々な物語や小説、映画、ミュージカル、漫画やアニメなどを目にしたことがあると思います。

それらの物語は、作者の脳から生み出された世界です。

その物語の世界では、作者こそが、神にもっとも近い存在です。

現実には、存在しない化け物や魔法やエネルギーまでも、その世界には存在させることができます。

脳で想像したことを文章や作品にして、存在しているかのように読ませるのです。

GANTZという有名な漫画があります。映画やアニメなどにもなった作品ですが、この作品の後半では、「神様などいない。むしろ、悪魔のほうが信じられる。この世界は残酷すぎる。」といった思想が広がります。

人間は、何の意味もなく造られたかのように、思想は終局を迎えるのです。

そのアニメは、残酷さを売りにりた作品で、売り上げのために、現実には存在しない生き物と人間が戦う設定にされた世界を作り上げています。

はじめから、残酷さを売りにして、作り出された世界の中では、「神などいない。」という思想がまかりとおるわけです。

こどもたちがそれを読んだら、現実も同じだと錯覚することでしょう。

ですが、それらは、非現実的な思想なのです。

現実にはありえない設定で、作者が悪意を持って、世界を描いているだけにすぎないだけで、現実の世界は、どこを歩いても、人間が世界を支配して、争っている人など、限りなく少ないのです。

なぜなら、人間にはアニメや小説、映画などとは違い、痛覚があり、心を痛めるので、争いごとを避けるからです。

「それでも、戦争はあるじゃないか。」という人がいますが、戦争も小説や映画と同じです。

ある特定の人物たちが、現実の世界に非現実的な、設定を組み込んで、無理やり人間同士で、争いごとをするルールを作り出しているだけにすぎません。

その証拠に、あなたのまわりのひとたちは、殴り合いをしていますか?

ヤクザや犯罪者でさえ、表向きには、殴り合いばかりしているわけではないのです。

ましてや普通の人なら、争いなどしないのです。

無理やり、国や政治家、それらを操っている悪魔宗教の都合によって、残酷なルールで、戦争というゲームに参加させられているだけなのです。

ボクシングやあらゆるスポーツも同じです。

1位や金メダルというものが、わざと設定されているから競いあい、争いあうのであって、わざとそういう設定の世界にされているのです。

そして、それら残酷な環境をわざと作り出してきたのは、神様ではなく、いつの時代も、一部の人間による思想でした。

日本は、小さな島国で、日本を守るために、巨大な世界と戦わなければならないという情報操作が、国全体で進められ、日本人の多くはその思想に、脳を汚染され、否定するひとたちは、スパイ容疑をかけられていました。

アメリカ人を鬼畜米と恐れては、アメリカ人を悪者のように情報操作したことが、沖縄では悲劇になり、多くのひとたちが、自ら死んでいきました。

アメリカに捕まれば生きているよりもヒドイことをされると信じ込んでいたのです。

このように、残酷なような歴史や状況を作り出してきたのは、人間です。

人間社会で生きていて、それが当然だと思い込んでいるひとは、すでに彼らの枠の中で、脳が汚染されているのです。

ですが、裏腹に、人間から離れている世界では、優しい世界が広がっています。

弱肉強食の世界のように、自然界も存在していると思い込まされているひともいますが、現実は違います。

現実は、草食動物のほうが有利な世界なので、動物の8割・9割は、草食動物が広がっているのです。

肉食動物は、必要なだけの食料を得れば、それ以上は食べませんし、なにより、動くものを追うことは、とても大変なことなのです。

動かない植物を食べる草食動物のほうが、有利なのです。

ですが、人間は、必要以上に、肉を食べます。肉食動物よりも肉を食べているのは、人間です。

一部の人間以外は、餓死して、死んでいる人などいないほど、豊に太とやかにさえなれるほどです。

このように、一部の人間、作者などの悪意によった、設定の中では、悪こそが正しいとか、神はいないといった思想が作り出せますが、現実をみれば、そのような思想が、非現実的だということは、誰にも否定できないのです。

過酷な環境にわざとしようとして、人間社会を苦しめている一部の人間がいることで、大勢のひとたちが苦しんでいるだけで、この世界という大きな世界は、人間とは裏腹に、優しいのです。

2、優しすぎるこの世界

神様がいないのであれば、わたしたちの地球環境は、本来ありえません。

みなさんは、富士山に登ったことがあるでしょうか。

世界中の山もそうですが、ある高さをすぎると、植物は、育たなくなります。高い標高になり、過酷な環境になると、いっきに植物は、生えることもできなくなるのです。

同じ地球であっても、標高2000mを超えるだけで、植物が育たないという現実は、ほんの少し、ほんのちょっとしたズレだけで、生き物は存在できないという証明になっているのです。

わたしたちが、生きているこの地球環境は、なんて天国だろうかということです。

それが事実なのです。

太陽系の中で、もっとも太陽に近い水星は、灼熱の世界です。

少し太陽から地球よりも離れている火星でさえ、氷の世界です。

そこに住もうと思えば、食を得ることだけではなく。さまざまな生きるために必要なものをそろえなければいけません。必要なものが手に入れなければいけないということは、それだけ争いごとが、増えることになります。空気の取り合いも起こることでしょう。

ですが、地球は、どうでしょうか。

まるで、天国のような環境なのです。

みなさんの好き嫌いや感情論では、その天国の環境にいても、他人と比べて、自分は、恵まれていないと信じ込めても、事実は、天国の中で生きているのです。

GANTZの作者が漫画を描けるのは、その天国の世界に生きているから描けているだけで、地球環境ではなければ、そんなことしてられないのです。

一日に数時間寝ることが出来ていることが、すでにすごいことなのです。寝ていたら生きていられないような環境になるのが、神様がいなければ、本来は、普通からです。

どの惑星をみても、その事実は、肯定されるばかりなのです。

神様を否定するような作品などを再度、確認すれば、歪曲させられていることに気づきます。

①一部の人間による設定がされている

②現実には存在しない思想や物が絵が返れている

まさしく偶像思想そのものなのです。

偶像とは>>

3、人間は、我がまま

上でも書いた事実をみれば、明らかに、全知全能の神様は、人間が生まれてこのかた、人間にまるで天国のような環境ばかりを与え続け、それを維持されてきました。そのような神様が善でないわけがありません。

ですが、人間は、恐ろしいことに、事実を無視して、悪だと錯覚できるのです。

わたしたち人間は、神様から無償の愛を受けつづけています。空気や水、食べ物が存在していること、それらの奇跡をまるで、当たり前かのように、錯覚して、少しでも、足りなかったりすると、不平不満を言い出すのです。

人間として生まれてきたこと時点で、すでに限りなく幸せなのですが、その幸せ者である人間同士で、またどちらが幸せなのかを見比べている人もいるのです。

そして、幸せ同士の人間なのに、少しでも、他人よりも劣れば、幸せではないと錯覚するのです。

これこそ、我がままというものです。

このような錯覚ばかりを追い求めるひとは、永遠に幸せになることはできません。未来に生まれたとしても、過去に生まれたとしても、その時代やその場所、その国の標準や他人の当たり前だというものを物差しにしているので、時代や場所によって変わるという事実を理解せずに勝手に苦しんでいるのです。

現代人として、生まれているわたしたちでさえ、満足できないのなら、いつの時代に生まれても、満足できません。

4、悪魔宗教による策略

テレビカメラは、視聴者の目です。

わたしたちの目なら自分で視線を変えて、広くみることもできますが、テレビでは、それを限定して、あたかも嘘を現実のように見せることができます。

セロというエセマジシャンがしていたトリックのようにです。カメラ自体がグルになり、不可思議なものを見せるのです。

 

悪魔宗教は、いつの時代も、世の中の事実を あらゆる思想などによって歪曲させ、人間の脳を錯覚させては、操って来ました。

お金というものを「事実」であるかのように錯覚させ、それらを得るために、人々に争いを誘発してきたのです。

現代人は、お金が悪いものだという意識が無くなってしまっていますが、明治時代前までは、お金=悪であるという事実を肯定した政治が世界中に広がっていました。

お金というものは、ツールであり、便利なものであるだけで、大切にするべきものではないことを世界中の支配者たちが、教え続けていたのですが、明治時代からは、それらは逆に否定されはじめのです。

カトリックを一方的に悪いと判断する日本人が、たまにいますが、カトリックのすべてが悪いわけでは決してありません。帝国という大きな世界を支配していたカトリックには、その世界を平和にする義務がありました。そのためには、1つの価値観で統一する必要があったのです。

人間には、愛や正義がないので、人を殺すことを正義としたり、愛だと錯覚する現代でいうところの犯罪者たちの正義も存在していた時代です。

そこに、人を殺してはいけないという聖書の統一した価値観を守る必要があったのです。

それを邪魔してきたのは、いつの時代も、悪魔宗教でした。悪魔宗教は、犯罪的な正義も、聖書的な正義も理解しながら、多くの財産を経済から得ていました。

一般のひとたちは、悪いと思うことをしようとはしませんが、悪魔宗教は、悪いというものが、利用できるのならしますし、良いということが利用できるのならするという、善悪を超えた悪を実行するので、普通のひとたちには、発想できない商いを続けてきたのです。

例えば、戦争ビジネスです。

これは、現代だけだと思うひとがいますが、そうではありません。大昔から戦争ビジネスは、大陸で行われてきました。

武器を作っても、それを使う人がいなければ、売れません。ですから、わざと戦争を起こさせて、武器の必要性を説くのです。

武器が売れれば、儲けになり、そのお金で、人や武器を集め、裏で動きながら、その政権に対して反逆していくのです。

そして、その国の王族や貴族は、悪魔宗教のそのような策略を叩いては、財産を奪うのですが、また悪魔宗教は、財産を得ては反乱を繰り返してきました。

ですから、お金=悪とした情報にしなければ、それらの反乱を食い止めることができなかったのです。

人々にお金=正義だと思わせてしまうと、人々は欲望へと突き進みます。

お金を手に入れるためには、善悪など関係ないと考える人間が増えるからです。

するとモラルや秩序は、崩壊していくのです。

丁度、バブルの時代の日本と同じです。

水俣病、四日市喘息など、有名なものもあれば、数多くの犯罪的な企業の悪が、お金のために容認されてきました。人々は、踊り狂い、お酒やギャンブルと欲望に走っていきました。

このようなことは、江戸時代にもありました。

商人ばかりが設け、政治では、賄賂が広がり、モラルが低下していったのです。

そして、不思議なことに、そういう時代に、富士山が、噴火して、人々を苦しめ、世界中に飢饉が起こったのです。

お金という偶像に走ると人々は、モラルからはずれ、逆にお金がなくなると精神力で乗り切らなければいけないので、精神が豊になるのです。

この微妙な上がり下がりが、人々に平安のバランスを産むのですが、バブルように行き過ぎると、人々の心は、悪へと向かって、自分たちを苦しめてしまうようになるのです。

悪魔宗教は、フランス革命から、カトリックの束縛を逃れ、プロテスタントの影に隠れて、ビジネスを善悪を超えて、行い続け、今では世界中の紙幣発行権利を手に入れては、あらゆるシステムや法律をコントロールしているのです。

学校宗教団体である教育も、悪魔宗教によるコントロールがされているので、その情報を頭の中に入れられた人間は、それが当たり前だと錯覚して、大きくなるのです。

事実を無視した偶像思想で、脳が汚染されている人たちが多ければ多いほど、人間社会も、自然界も汚れていきます。

日本では、GHQによるコントロールされていますが、それは日本人だけではありません。アメリカ人も、自虐史観を植え付けられ、嘘の歴史や白人が、悪いと思い込まされているのです。

過去の先住民の聖絶は間違っていたのか>>

無神論という非現実的な思想を心から信じてしまうのも、このように、小さい頃から悪によるマインドコントロールされ続けているからなのです。

全知全能の神が確実にいる証拠>>

洗脳の真実>>

それら悪魔的な思想を基に、一部の人間が、小説や映画などを描けば、当たり前に、悪魔的な残酷さが表現され、神はいないなどと嘘の情報を流していきますが、現実を把握すれば、それらがどれほど嘘なのかは、歴然としているのです。

5、人間に悪が入り込んだ

神様は、人間に自由意志をお与えになりました。人間は、自分の意思を強く持つことができる存在に造られたのです。

これは、人間にとって、自分が人間だと認識できるために、必要なものでした。

もし、この自由意志がなければ、わたしたちは、パソコンやスマホ、ロボットと変わらないような存在として、動いているだけにすぎなかったのです。

はじめの人間アダムは、まさに善のプログラミングしか、イエス様にされていませんでした。彼は人間でしたが、善しか知らないだけに、善しか行動ができなかった半分ロボットのような存在だったのです。

日本人が、どうしても、日本語で話してしまうようなものです。

知らなければ、悪を実行することはできないのです。

そして、その人間に、悪を植え込んだものが、蛇でした。

悪魔が蛇の中に入り込んで、人間に悪のプログラミングを脳に植え付けたのです。

そこから、人間には、試練を神様からもらうことになりました。

人間が悪を知ったことで、完璧な天国であった世界は、悪に汚染されはじめたのです。

悪をすれば、それがまわりまわって自分に返ってくるなどの試練があるからこそ、悪をしないようにするのですが、試練が少なければ少ないほど、人は悔い改めることをせずに、世界を滅ぼしてしまうほどになってしまうのです。

それが大洪水前の世界だったのです。

善と悪、両方のプログラミングを持つことで、人は、事実を無視した思想さえも生み出せるようになりました。

神様がいないというありえない思想も、そのひとつです。

人間を基準にして考える歴史家などは、人間を基準にするだけに、世の中には、決まりがないことを発言したりしますが、それとは裏腹に、現実の人間の歴史は、善へと導かれています。

悪魔宗教がプロテスタント思想の影に隠れながら、発展や科学をあたかもコントロールしてきたかのように思わせています。

このように悪魔宗教自体が、今でも存在して影響力をを持ちながらも、人間には憲法がほとんどの国に与えられるようになっているのです。

そのため、人は人権を得ることができました。

日本には、憲法が昔からありましたが、日本の憲法とは、現代の憲法とは違い、空気のような存在として制定されていただけでした。

ですから、人には人権がない思想も多く日本には存在していました。

ですが、今では人権があることをみなが理解して、生きていられているのです。

まだまだ、完璧な憲法でもなければ、完璧な人権でも、法律でもなく、表向きでしかありませんが、それでも、前に進んでいるのです。

あらゆる試練を神様は、さまざまな国の人々に与えて、絶妙なタイミングによってコントロールされ、導いておられるのですね。

人権が容認されていない時代と比べたら、わたしたち現代人は、どれほど幸せ者なのか、分かるようなものですが、それでもまだ、我がままに、不平不満を言うひとたちがいるのです。

その人たちの脳は、汚染されすぎているのですね。目があってもみえず、耳があっても聞こえず、口があって言えなくされてしまっているのです。

悪が脳に入り込んだことが、人間の不平不満を呼び寄せ、脳で勘違いを生み出してしまうのですが、現実を把握すれば、すぐに悪を口にするようなことをする必要もなくなるのです。

 

悪魔宗教は、常に、背徳することを宗として、広め続けてきました。

神様が造り出した素晴らしい法則や秩序、愛や正義や教えなどを利用して、結果的に悪になるように180度回転させて、悪を行ってきたのです。

知能がある人間を利用して、歪曲させた思想や非現実的思想を広げようとしてきましたが、現実は、それでも変わりません。

聖書を研究すると、悪魔宗教と被ることが、多くあることに気づき始めます。

これは、聖書が悪なのではなく、悪魔宗教が、わざと聖書を悪いものにみせようとする策略のひとつなのです。

 

生贄にしても、聖書は、人間の生贄を決してしません。ですが、悪魔宗教はこどもや人間の心臓など数多くの非人道的な儀式で、それらを悪のものだと錯覚させたりするのです。

 

イエスキリストの最後の晩餐、イエス様は1つのパンを割いて、弟子たちに配りました。このパンは、わたしです。と言われたのです。

 

これをカニバリズム思想だと歪曲させる人がいるのです。人間を食べさせて、その一部として、残していく思想です。

ですが、イエス様は、ご自分を犠牲にするものであって、カニバリズムのように他人を自分のために利用するものでは、決してないのです。

 

このように、紙一重のところで、悪魔宗教は、真実を汚していくように、罠を設置しているので、聖書も悪かのように、錯覚する場合があるのです。

 

このように騙されそうになった時は、外に出て、自然界を観るようにしましょう。そうすれば、神様は、善なる方だということを再度呼び戻せるようになります。あらゆる地球環境や世界の法則は、秩序ただしく、優しく、わたしたちを無償の愛で守り続けている事実は、悪魔宗教がどれだけ歪曲させても、変えることができないことだからです。

 

これを悪魔宗教が未来で、崩そうと実行すれば、自分たちが滅んでしまうのですから、彼らも自殺願望がない限りすることはありません。

 

悪の策略、トリック、謀略を見破り、本質を見抜く力を養いましょう。

 

光は、闇に打ち勝つことはできないのです。

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