救い

天国に行く方法は、1つしかありません。

 

それは、主イエスキリストを信じることです。

 

主イエスキリスト以外には、救いはありません。このイエスキリストという真の神様以外に、道はなく、意味はありません。

もし、イエス様以外に道があると思うのなら、それはソロモンが教える空でしかないのです。

聖書の教える空の教え>>

 

何をしたとしても、本物の神様を抜かしては、この世のものは、虚しいだけなのです。

1、本当の神を信じること

この世には、『神』という名前を使った多くの偽物の神々が存在します。

ですが、本当の神様は、唯一絶対の神様、御一人しか存在しえません。

 

それは何故なのでしょうか。

 

わたしたち人間がどう考える。どう思うとは関係なく、「事実」をみることが大切です。

 

例えば、誰かが、「あなたは存在しない」と言ったとします。「わたしは存在しないのか?」と想像力を使って考え、誘導させられても、「自分は存在しないのか?」と思っているその時点で、あなたは存在しているのです。

 

「我思う。ゆえに我あり」です。

 

誰が何と言おうと、あなたは存在しているのです。

 

そして、世の中には、「神はいない」という大嘘を言う人がいます。これも、「事実」をみて判断するべきです。

進化論宗教のように、神は存在せず、この世が偶然できているのなら、どうしてあなたの目は皆と同じ2つなのでしょうか?

 

外に出て、人間をみれば、ほとんど100%左右対称の顔をしているのは何故でしょうか?

 

これも偶然でしょうか。

 

犬も猫も、お猿さんもみな、どうしてバランスのいい形で、ほとんど100%生まれて来るのでしょうか。

 

進化論宗教のいうように、この世が偶然なら、みんな奇形児のように、まるでお化けのような姿のはずです。

 

ゴルフの短いホールで、ホールインワンを100発100中している人を見たことがあるでしょうか。

進化論という宗教は、それを本気で言っているのです。

 

そんな教えを本当に信じますか

 

車は、人間が神様が造られた法則に基づいて、設計図を書いて、作って行くので、ほとんど100%の確率で大量生産されているのです。

進化論は、これを偶然だと言っているのです。

 

人間は、車を作ることができますが、人間は、人間を作ることはできません。昆虫一匹、作ることができないほど、わたしたちの見ている生き物は、とても複雑で難解なのです。偶然、車が生まれるよりも、偶然、人間がバランスよく生まれるほうが、途方もない確率なのです。

 

鳥も虫も、すべて物凄く美しすぎるのです。

 

わたしたちの世界は、天国すぎるのです。これらが本当に偶然だとどうしてそんな大嘘を信じられるのでしょうか。

現実の事実をみれば、これほど美しい世界が、広がっていることを無視できないのです。

 

すべてのものが、美しすぎる設計図によって存在し、ほとんど100%、規則正しく生きて、存在しているのです。

 

これらを作った存在、それこそが、本当の神様なのです。この本当の神様のことを「全知全能の神様」と言います。

 

神様の存在は、まともな頭を持っている人は、誰にも否定できないのです。

 

全知全能の神様が、確実に存在している証拠>>

2、聖書の神が、本当の神様

世界中の宗教をみても、どれも意味不明な不確かな宗教しか存在しませんが、聖書だけはとても明確に、世界のことを説明しているのです。

 

神道やギリシャ神話、エジプト神話やあらゆる宗教が存在していますが、どれも、意味不明なまるで黙示録のような抽象すぎる表現でしか神様は書かれていません。

 

しかし、聖書は、とても明確にこの世のことを大昔から書かれいて、変わっていないのです。

固定されているのに、なぜこれほどまでに、世の中の事柄と一致していしまっているのでしょうか。

 

 

それは、本当の神様が、人間のために、この世の説明書を与えてくれたからです。その説明書が、聖書なのです。

 

多くの宗教は、ご都合主義です。その宗教に依存して生きている人間たちが、利益になるような話をして、人々を誘導させていくものですが、聖書だけは、違います。聖書を書いた民のイスラエル人が、損をするかのように聖書は書かれてしまっているのです。

 

ですから、イスラエル人であり、ユダヤ人は、まわりから迫害されて、自分たちが、ユダヤ人であることを隠しはじめたのです。

 

面白いと思いませんか

 

人間の都合に合わせて、自分たちを正当化しようとする宗教が多いのに、なぜイスラエル人は、自分たちを貶めてしまうような聖書を持ち続けているのでしょうか。

 

それは、本当の神様が書かれた書物だからです。

 

ユダヤ人とはまったく関係のない種族が、聖書を使ってカトリックという宗教を世界に広めていきました。

聖書を書いたユダヤ人たちは、損してばかりです。

 

不思議ですね。

 

聖書は、他の宗教とはまったく違います。ご都合主義ではないのです。

その聖書を利用して、悪用する人間はいても、聖書はご都合主義ではないので、それらの嘘さえも暴いていくので、カトリックは、追い詰められていったのです。

 

聖書のおそろしいところは、未来を預言しているところです。

 

未来を的確に、預言できる書物こそ、本当の神様が、与えた書物なのです。

 

イエスキリストが生まれる何千年も前から、聖書は救世主伝説が書かれ、イスラエル人たちは、その救世主を待ち望んでいたのです。

イエスキリストは、十字架刑にかけられ死なれましたが、それらもすべて、イエスキリストが生まれる前から存在していた旧約聖書に書かれていたのです。

 

イエスキリストの生涯、何をして、どんな生涯を送るのかが、すでにイエス様が生まれる前から300カ所以上も書かれていたのです。

イエスキリストの預言>>

 

あまりにも、旧約聖書にイエスキリストが書かれ過ぎていて、ユダヤ教徒たちは、今では旧約聖書を捨てて、タルムードというご都合主義の書物を聖書よりも大切にしはじめるほどなのです。

 

旧約聖書は、イエスキリストを証明し、イエスキリストは、旧約聖書を証明してしまっているのです。

 

その旧約聖書に原始キリスト教徒たちは、手だし出来ませんでした。もし、少しでも旧約聖書に手を出そうとしたのなら、殺されてしまう時代だったからです。

絶対に旧約聖書に手を出せないのに、その旧約聖書にイエスキリストが書かれいるのです。

 

これこそ、本当の神様が出来ることです。

 

長らく、ユダヤ人たちは、本当の神様は、この世界そのものの唯一の神様であり、世界であるということを信じてきました。

人間の姿をしているとは考えなかったのです。

 

ですが、旧約聖書をきちんと読むと、本当の神様の姿は、三位一体であることが書かれているのです。

 

3つで1つの神様。それが本当の神様だったのです。

 

世界である神様 人間のような体を持ったイエスキリスト そして、霊である聖霊様です。

 

この神様の姿に似せて、人間は作られたので、人間も三位一体になっているのです。

 

人間は、地球や世界がなければ生きてはいけません。そして、霊がなければ、脳に電気信号も遅れません。また、体がなければ生きていられません。

人間も3つで1つの存在なのです。

 

そして、人間は、その3つで1つの神様に似せて造られたと創世記に書かれています。

 

最初の人アダムは、イエスキリストに似せて造られた存在だったのです。

 

 

アダムが罪をおかして、エデンの園という天国から追放され、神様であったイエス様とも離れ離れにされて、4000年が絶ち、イエス様はまた、この世に人間の姿で現れたのです。

 

そして、聖書通りの生涯を送り、預言通り十字架刑にかかり、わたしたちの罪をすべて背負って死んで、蘇られたのです。

 

過去・現在・未来、すべての罪をイエス様は背負われ、死んでくださったのです。もちろん、わたしの罪も、あなたの罪も、未来でするあなたの罪をも背負われ、死なれたのです。

 

 

このために、わたしたちは、天国に行くことができるのです。

 

ですが、この本当の神様、イエス様のことを自分の自由意思で、放棄することもできます。本当の神様だと認めず、罪を背負ってくださったことを認めなければ、天国に行くことは、あなたの意思で、出来ないのです。

 

どれだけ神様が、与えようとしても、それを子が拒めば、その自由意思のゆえに手に入れることはできないのです。

聖書は、どうすれば、救われると説いているのか>>

3、自殺は、神様を否定すること

自殺は、神様の与えた体、神様と同じ形を拒み、否定しているからすることです。

人間社会がどれだけ乱れても、この世の事実は、天国です。

 

弱肉強食の世界だと大嘘を言っている人もいますが、外を歩いていて、殴り合いをしている人がどれだけいるのでしょうか。

 

みな痛いのは嫌ですし、傷つけるのも、傷つけられるのも嫌なのが現実なのです。

肉食動物が、動物を捕獲する映像をテレビでは流されますが、実際は一週間に一度しか肉食動物は、食べないのです。

肉食動物よりも肉を食べているのは、人間なのです。

 

肉食動物は、なぜ存在しているのか>>

 

この世界は、天国すぎるほど、恵まれ、守れられ、愛で満ちているのです。人間がただそれを認めず、現実を無視しているだけで、現実は、愛で満ちているのです。

人間がいれば、戦争は起こるなんて嘘も信じてはいけません。

戦争をしたがる人は、悪魔宗教で、ほとんどの人は、殺し合いなどしたくありません。どこを歩いても争いをしたがる人など犯罪者ぐらいしかいないのです。

 

事実をみれば、この世は天国であるわけですから、自殺をする必要など、まったくありません。

神様を否定し、神様が創られた素晴らしい世界を否定して、自殺をするのなら、それは天国にいく確率を下げる行為だということです。

 

自殺をするのは自由だという人がいますが、自由ではありません。自殺は、その人を殺す他殺であり、神様を否定することだからです。

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