救い

死後、魂や霊は、天国または、地獄にいくのではないかという伝承は、世界中に存在しています。

 

地獄という発想はとてもインパクトを与えます。

日本人も仏教の影響があり、地獄が恐ろしいところだというイメージを持っていることでしょう。

針の山や血の池地獄など、絵に描かれていたりします。

 

わたしたちは、地獄から逃れ、天国に渡ることができるのでしょうか。

 

正直に言うと、天国があるのか、ないのか、地獄があるのか、ないのかといったことを証明することは現代までは、できません。

ですが、全知全能の神様がいることは、誰にも否定できません。

わたしたちの存在が神様の証明になっているからです。

 

全知全能の神が確実にいる証拠>>

 

そして、その神様が与えた聖書には、死後の世界のことが書かれています。

霊があるのか、ないのかは、また証明できるものではありません。重さも匂いもないものであり、目にも見えず、触ることもできないものだからです。

ですが、脳が電気信号を流していることを現代人が理解していますが、その電気を流すための源は、なんなのかということです。

 

パソコンは、スイッチを人間が押さなければ、電気が流れず動けません。最初に押す存在、人間が必要です。

パソコンにスイッチを押せる人間がいるように、人間の脳に電気を流す存在、源が霊だということです。

 

死後、体という肉がなくなった後も、霊が消滅するとも言えないのです。

霊の証明が難しいように、地獄の証明も難しいのですが、無いと思い込むこともまた、危険かもしれません。

 

イエス様は、ご自分が神だということを預言を成就されることで証明されました。

イエスキリストの預言>>

 

そして、イエス様の存在を否定する学者もいません。

イエスキリストは実在したのか>>

 

神様は確実にいる→イエス様は実在した→イエス様は聖書を体現した→そのイエス様が、死後の世界を語った。

 

という流れで、今回は、地獄について考えていこうと思います。

1、地獄とはどういうところなのか

 

聖書には、「ゲヘナ」という存在のことが書かれています。

 

このゲヘナとは、ヘブル語のゲーヒンノムגי-הינוםで、それがギリシャ語のゲヘナになりました。ヘブル語は、1単語の中に色々な意味が折り重なっているので、解釈が難しいものです。そして、ゲヘナとは、穴とも、深い穴とも考えられ、底の内容な深い闇のようなものだと考えられます。

ヨシュア記15章

 8またその境はベンヒンノムの谷に沿って、エブスびとの地、すなわちエルサレムの南のわきに上り、ヒンノムの谷の西にある山の頂に上る。これはレパイムの谷の北の果にあるものである。 

 

また、死んだ人間は、天国と地獄に行く前に、黄泉という中間地点に当たるところに一旦は集められると考えられています。ですから、ソロモンやダビデも、モーセなども、世の終わりまで、そこにいると考えられます。

 

その黄泉は、地にあるとユダヤ教では考えられています。神道でも死後の世界は、地にあるという考え方があります。

 

それは、アダムの息子アベルが、兄のカインに襲われ、殺されてしまった後、アベルの血が地に落ちて、叫んでいることが聖書には、書かれているようにです。

創世記4章11節

 今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。 

 

そして、イエス様は、死後に牢または、獄があることをほのめかされ、そこには永遠の炎があることを言われています。

マタイによる福音書25章41-43節

 41それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。 42あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、 43旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。

 

仏教などでは、針の山や様々な苦しみを味わうようなイメージがありますが、聖書では、永遠の火で燃やされる場所のようにあらわされているのですね。

黙示録20章13・14節

13海はその中にいる死人を出し、死も黄泉もその中にいる死人を出し、そして、おのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。 14それから、死も黄泉も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。 15このいのちの書に名がしるされていない者はみな、火の池に投げ込まれた。

 

2、地獄は、誰がいくところなのか

地獄は、悪魔のためによういされたことが、聖書には、書かれています。

第二ペテロの手紙2章4節

 神は、罪を犯した御使たちを許しておかないで、彼らを下界におとしいれ、さばきの時まで暗やみの穴に閉じ込めておかれた。

 

天使は、人間よりも能力がありますが、人間のために用意されたものです。パソコンは、人間よりも計算力が高いですが、人間のために使われているようにです。そして、その天使から悪魔が生まれました。罪をおかしたみ使いは、ゆるされないのです。

 

ですが、悪魔だけが、地獄にいくのではありません。その悪魔に仕えたものも、地獄にいくことが書かれています。

マタイによる福音書25章41節

 それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。

 

悪魔とその使たちです。

 

みなさんは、信じられないかもしれませんが、人間の歴史には、常に悪魔宗教が存在し、わたしたちを苦しめてきました。人間の歴史とは、悪魔宗教との戦いだと言えるほどです。今はそんなことがないように思えるかもしれませんが、そうではありません。形を変えて、まるで正当性を持っているかのように、人間社会に入り込んでいるのです。

 

悪魔自体は、人間社会に影響を及ぼすことはできません。体がないからです。

ですが、その悪魔は、人間に呼び掛けたり、惑わすことができます。その言葉を信じて、神ではなく、悪魔を選ぶ人間が存在しているのです。

現代の世界の支配者は、その悪魔宗教です。

悪魔宗教の目的>>

世界の闇のルーツ、カナンの教え>>

中世までは、王族貴族、宗教が世界の支配の位置にいましたが、悪魔宗教が逆転して、今は王族貴族、宗教の上に権力をもって存在しているのです。

 

戦争が起こっているのも、この悪魔宗教を信じているものたちの影響です。

 

キリスト教や神道などを利用して、本質は悪魔宗教を信じるものが、人々を惑わしているのです。

 

お金は、江戸時代までは、ゴールドで補われていました。ですが、悪魔宗教は、お金を利用して、いつの時代も平和を脅かし続けてきたのです。そして、今は、そのお金は、紙切れになってしまい、ほぼ、やりたい放題で、世界を悪魔宗教が独占している状態なのです。

それを止めようとしたのが、プロテスタントのルターでした。そのルターの思想を勉強し、それを表に出したのが、ヒトラーでした。

 

ヒトラーは、戦勝国のねつ造情報によって完全に悪かのようにイメージを刷り込まされていますが、完全に悪の人間が、民主主義だったドイツ人に受け入れられるわけがないのです。

ホロコーストはなかった>>

 

 

悪魔宗教は、まるで科学や学問のように人々に欺き、進化論という悪魔宗教の新しい形を生み出し、学校宗教団体で脳を汚染させ続けているのです。

進化論の正体>>

その汚染された状態で生きてしまえば、人間は、それが心から正しいと思い込み、そのように生活してしまうのです。

わたしも例外ではありません。

 

ですから、いかに脳を洗い流すのかが必要になります。

洗脳の真実>>

 

江戸幕府もカトリックも、この悪魔宗教と戦い続けてきたのです。ですから、お金=悪だという教えを広げていたのですが、今ではそれが理解できない人が増えすぎている状態なのです。

 

まるで、神様に滅ぼされたソドムとゴモラのような状態です。

 

お金や進化論など、現実的に考えれば、空想でしかない存在を信じるのは、偶像崇拝になり、世の中を破壊につながるのです。

偶像とは>>

 

ですが、ほとんどの人は、生まれて、その環境に入れこまれて、脳を汚染されている悲しい人々です。

知らないで行っている悪に対しては、神様は、考える余地があると判断されていると思われますが、そのシステム自体を作り出したり、理解しながら、それに従う人、促進しようとしている人たちは、悪魔の使いと判断されるわけです。

 

知っていてする人と知らないでする人には、大きな距離があるということです。

 

どうすれば、救われるのか>>

 

このような悪魔側のひとたちは、ゲヘナに投げ込まれる可能性は、高いということです。

 

とは言え、悪魔宗教ではない人たちも、天国に行けるとは確実には言えないので、日々、神様を畏れて、清く正しく生きようする心構えは必要でしょう。

 

マタイによる福音書25章41-46節

 41それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。 42あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、 43旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。 44そのとき、彼らもまた答えて言うであろう、『主よ、いつ、あなたが空腹であり、かわいておられ、旅人であり、裸であり、病気であり、獄におられたのを見て、わたしたちはお世話をしませんでしたか』。 45そのとき、彼は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。 46そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入るであろう」。

マタイ5章29・30節

 29もしあなたの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、あなたにとって益である。 30もしあなたの右の手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、あなたにとって益である。

 

人間には、誰が天国に行き、誰が地獄に行くかは、解りません。神様のみ旨次第です。

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