歴史

1、律法には副作用がある

律法やルールには、良いもののように思えますが、それらには副作用があります。

①ルールを設けるということは、それを守れなかった時、罪悪感が生まれるということです。

罪の意識を生み出してしまうのですね。

この罪の意識、罪悪感を利用して、カルト宗教は金儲けなどをしたります。先祖を大切にしたい、家族への想いを利用して、高い墓や高い葬式、改名などでお金を取り、人を騙すのです。死後の世界にお金が関係するわけがないのです。

ですが、裏返せば、何か良いことを基準にして、それが出来なかったという罪悪感があるということは、良いルールがその人にあるという証拠にもなります。

現代の人間社会では、さまざまな人間的な善悪が広がっていて、何が正しくて、何が正しくないのかが、解らなくなっています。その氾濫した情報の中で、ルールがひとつの基準になって、常識になっています。

さらに深いのは、律法です。

人間ではなく、神様を基準にしたルールこそが、悪を見分ける良いものとして、昔から受け継がれ続けているのですね。

とはいえ、そんな良い律法にも、副作用がり、律法を守れなかったことへの罪悪感が残ってしまうのです。

ローマ人への手紙3章20節

なぜなら、律法を行うことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。

また、律法による副作用は、まだあります。

②善のルールを教えるということは、それが悪であるということを気づかせてしまうという副作用があるのです。

アダムとエバが生まれ育ったエデンの園の時代は、悪がありませんでした。悪がないので、生き物を「殺す」ということも知らないので、実行もできなかったのです。

もし、神様がアダムに、「殺してはいけない」とプログラミングしたら、人間は、”殺す”という存在を理解して、殺すという選択枠を選んでしまうかもしれません。

ですから、神様は、すべてのことをアダムにしてもいいとおっしゃったのは、善のプログラミングしかしていないので、悪ができないからこそ、何をしてもいいとしたのです。ですが、1つだけルールを設けました。

それは

創世記3章16節ー

神である主は、人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」

というものでした。

このルールによって善悪を理解することはアダムはありませんでした。アダムとエバは、いけないと言われた、たったひとつのことをしなかったので、当たり前ですが、罪悪感もなく、すべてに渡って自由に天国であるエデンを堪能していたのです。

ですが、その後、蛇の中に、悪魔といわれるような存在が入り込み、善悪の木の実を食べることを誘導したことで、ひとはしてはいけないことをしてしまい、悪を理解してしまったのです。

エバは、はっきりと一度、蛇の申し出を拒否しましたが、自分の選択で善悪の木の実を食べてしまったのです。

創世記3章2節ー

女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。しかし、園の中央にある木の実について、神は「あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ。」と仰せになりました。」

蛇の中に入った悪の存在という1%にもみたない、あるかないのかぐらいの存在以外、ほとんど100%善の世界と善のプログラミングを与えたにも関わらず、人は、そのほんのささいな存在の言葉と誘惑に負けてしまったのです。

この時、なぜ神様は多くのルールを作り、人間に忠告されなかったのでしょうか。

それは、ルールを作ったり、忠告をすることが、人に悪をプログラミングしてしまう行為になるからですね。

限りなく、すべて善である世界の中の人間であったのに、かぎりなく小さい悪を選んでしまったことで、世界に悪が広がったのです。

悪を理解してしまった人間は、天国であるエデンの園さえも汚していってしまうので、人間のために、エデンから神様は人を追放してくださったのです。

試練を与えることで、悪から遠ざかる忍耐力を鍛えてくださるのですね。

もちろん、人間から悪を取り去ることをして、リセットすることもできる存在が、神様ですが、人間をロボットではなく、自分の自由意志を尊重されたのです。

悪を知った人は、世界を汚しはじめました。

2、ノアの大洪水の時代

悪を知り、原罪を遺伝していった人は、世界を汚していきました。動物たちにも、動物の肉を食べさせたりもしたかもしれません。その時代は、※現代とは地球環境が違うので、肉を食べず生息できたであろう動物にも、肉を食べさせた可能性もあります。

※なぜ創世記の時代の人は長寿なのか

もともと、人は神様の善のプログラミングによって知識を得ているので、悪を発明することは困難でした。ですが、※カイン族たちによって悪の子孫、悪のプログラミングを受け継ぐ存在が、休息に世界を悪へと導いていったのです。

※カイン族

この時にも、神様はまだ、律法を与えることはされませんでした。

アダムが死んでまもなくの時代にノアは存在し、善のプログラミングを守り通していました。悪をみても、悪を選ばないノアの存在を神様は認められ、ノアの家族だけが生き残ることをゆるされたのです。

世界は邪悪で満たされたので、神様は水によって洗い清め、ノアの家族によってまた、善のプログラミングの世界が新たに始まったのです。

エデンの時のアダムとエバとは違い、ノアは、悪のある世界を知り、悪の恐ろしさなど、悪を知りながらも、善のプログラミングを大切にすることを教えることができたのです。

3、大洪水後の世界に律法が与えられた

ですが、そのノアの家族からカナンが生まれ、※カナンは、またカイン族の文化、教え、子孫という悪のプログラミングを呼び起こしてしまったのです。

※世界の闇のルーツ、カナン

カナンの甥であるニムロデによって、最初の王様が生まれ、バビロンという巨大な帝国が作られました。

世界の帝国や王たちは、この世界を支配したニムロデ王の形を目指して、これをベースにしました。ローマ帝国も、新バビロニアも、ペルシャも、フセインもニムロデを目指したのです。

ニムロデは、ノアから受け継いだ善のプログラミングとカナンから受け継いだ悪のプログラミングを融合させて、善悪のハーフのような宗教を生み出し、世界に共通の価値観を作り出しました。この時、急速に世界は、一神教から多神教へと歪曲させられ、多くの偶像が作られ、ニムロデ政権を支持するように誘導させられはじめたのですね。

聖書の内容と世界の宗教が酷似している理由でもあるのが、このニムロデの話なのです。

世界には、

①ノアの教えを受け継いだ善のプログラミングの人々と

②カナンの悪のプログラミングを引き継いだ邪悪な人々と

③善悪を融合させたハーフのような人々の3種類の人々が、広がっていったのです。

神様が教えた善のプログラミングも、邪悪な悪の誘導によって汚され、何が悪くて、何が良いことなのかが解らなくなりはじめた時代に、神様はモーセというえんぴつのような預言者を利用され、トーラー、モーセ五書を与えられ、律法を与えられたのです。

聖書の中の

①創世記

②出エジプト記

③レビ記

④民数記

⑤申命記の5つです。

すでに多くの悪が発明され、入り乱れた世界の中に、闇の中の光のように与えられたのが、律法だったのです。すでに、人を殺すことが正義として、カニバリズム(カナンニズム)、人が人を食べる文化なども広がっていた時代だからこそ

「殺してはならない。」という律法を神様は与えられたのです。

殺すことを知らない時代に、「殺してはならない。」と教えたのではなく、殺すことさえ正義になりはてた闇の世界の中、「殺してはならい。」という律法を与えられたので、それで人に悪を教えるということにはならないのです。

聖書は、最初でもなく、後でもない時代に生まれ、それでいて、聖書よりも前に書かれたバビロン碑石よりも論理的で、世界の法則と一致していることで、世界の驚異的な書物として、今でもベストセラーの本になっているのです。

永遠のベストセラー聖書

まとめ

進化論という近代宗教とは違い、聖書の教えは論理的で、本物の科学や学問と一致しています。

進化論の正体

これほど現実の世界と一致した今だからこそ、それが証明されている書物である聖書は、人間に書けるものではありません。2000年間、聖書は守られていたことはカトリックやプロテスタントの歴史、人間の歴史によって証明されているのに、今だからこそ世界と一致していることが解るという奇跡の書物なのです。

一部の支配者層によって規制コントロールできるメディアと違って、一般人でも情報を流せるインターネットの普及によって、信じる時代は終わり、これからは認める時代に入っていくことでしょう。

いままでは不都合な正しい科学や学問は、弾圧され、無視され、メディアなどでは報道できなかったのですが、正義感ある本物の科学者や学者たちによって、ネットで多くの真実が暴かれ続けています。

近代歴史ほど現代人は世界規模で、教えられず、嘘やねつ造ばかりが学校宗教団体によって教えられていますが、それらが崩壊してきているのです。

聖書を読んだこともない人は、尚更ですが、世の中には、さまざまな思想や愛や正義が存在し、正しいものなどないと信じ込んでしまいがちですが、そんな時代であっても、本物の愛や正義のレシピは、存在しているのです。

それは「聖書」なのです。

みなさんの祖先のことが書かれ、どうして今のような世界になっているのかを説明できるのは、聖書だけです。なぜ、人間だけが言語を利用できるのかも、なぜ、肌の色が3色と中間色しかないのかも、聖書には書かれているのです。

そして、聖書を紐解けば、解くほど、神様は、絶妙な時に、聖書を与え、絶妙な時に、イエス様を与え、絶妙な時に、試練を与えられていると解るのです。

なぜ、律法は、モーセの時代に与えられたのか、恐ろしいほど論理的で、見事なタイミングと奥儀だと思わざるおえません。

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