科学による不正

進化論というと、学問だと思い込んでいるひとがいますが、進化論は、学問ではありません。

わたしも、学校が教える宗教の1つだから、ある程度、学問的で現実と一致するものが1つはあるはずだと調べるのですが、残念ながら進化論による根拠は1つもあげられなずにいます。

なぜなら、進化論は、現実とまったく正反対の論理を語りすぎているからです。

 

進化論は、学問ではなく、一部の人間の頭の中で生まれた空想です。

 

宗教の多くは、その文化と歴史が根強く関連して、人々を導くものですが、進化論は、それすらもないトンデモ論です。

まったく現実を無視して、考えられたものから生まれたものが、進化論なのです。

 

進化論にも歴史があり、その思想が生まれた経緯はもちろんありますが、その歴史は、黒歴史につながるもので、悪魔宗教が大昔から主張しつづけているものなのです。

チャールズ・ダーウィンの家系が、そのような宗教を信じていたことから、彼にイマジネーションが生まれたのです。

では、どれほど進化論というものが、非現実的なのかを見ていきましょう。

これを信じていること自体が、恥ずかしいと思えてくるでしょう。

 

進化論とは、空想小説と同じものでしかありません。

1、進化論の証拠は1つも存在していない。

 

1、化石

 

「進化論の証拠にあげられているものには、化石があるじゃないか?」と騙され続けているひとが言いますが、進化論の証明になる化石は、いまのところ1つも発見されてはいません。

 

「いやいや、原人の化石があるだろう」と進化論の信者さんは言いたくなるかもしれませんが、その原人は、原人だと思わせるように、わたしたちをあざむいたものしか存在していないのです。

例えば、原人の最大の発見であり、進化論の最大の発見としてあげられたもの、それは「ピルトダウン人」です。

 

「ピルトダウン人なんて聞いたことがないぞ。」というひとは、これほど有名なものさえも知らない知識で、進化論を信じているという証拠です。

進化論を世界的に広めた根拠として、一番にあげられるものは、このピルトダウン人だからです。

それを知らないと言いながら信じているのは、それこそ、自分を疑うべきです。

このピルトダウン人は、20世紀のはじめイギリスのピルトダウンの近域からチャールズ・ドーソンによって発見され、40年間にも渡って、進化論でエオアントロプス・ドーソニとはやし立てられてきました。ドーソン人とも呼ばれます。

200以上にも及ぶ論文が書かれ、人間は猿から進化したものだという証拠として世界中で研究されたのです。

 

ですが、ピルトダウン人は、オラウータンの顎と人間の頭蓋骨を組み合わせ、歯を人間の臼歯のように削り取っていた偽造品だったのです。

40年間博物館に進化論の証拠として大切に展示されていたピルトダウン人は、そのことが発覚すると、すぐに隠されるように、博物館から消えたのです。

 

進化論により利益や名声を得ようとする人間の邪な心が、そのような犯罪をおかしてしまったのです。

このピルトダウン人は「科学による不正行為」の一番有名ともいえるよなねつ造として記憶されました。

ピルトダウン人でさえこれでした。

他の原人と呼ばれるものは、人間とも動物ともいえないようなものを取り上げているにすぎません。

 

昔のひとは、田植えを手作業で行っていました。現代のように重機を使って農業はしていなかったので、年を取ると腰が曲がっていくのです。

その骨をみて、原人だといえるでしょうか。

ネアンデルタール人は、人間が荷物を持ち運ぶ時代の人間の曲がった骨が原人だという根拠であげられています。

ただの骨が曲がった人間の化石に、猿のように毛を生やして、原人に加工しているだけにすぎないのです。

 

現代でも、遺伝子異常で、さまざまな困難な体質をもった人間が生まれますが、そのような特例の化石だけを根拠にして、本当にそれは根拠といえるものなのでしょうか。

そういうことをでっちあげというのです。

猿の骨格に多少にている人間や犬や猫ににている顔のひとは、死後、人間として扱ってもらえなくなるなんて、可哀想ですね。

 

 

違う動物を小さい順に並べたら、どうして進化の証拠になるのでしょうか。

学校でこのような加工された絵などをみたことがあると思います。

これには何の根拠もありません。

ただ、小さい順に動物を並べているだけです。

小学校などで、背の順に並びますが、背の大きさに並べれば、進化を表すことになるのでしょうか。

 

絵や図などをみせて、それに説明をしなくても、人間は、先生や学校、国が教えていることだから、何かの根拠があると勝手にフォローしようとします。

自分の中で、勝手に根拠を作りあげてしまうのです。

占い師などが、その手法をよく使います。占い師は、誘導したりして人間を操るプロです。

雰囲気が出るような部屋で、意味ありげな発言や行動を取ることで、お客に勝手に解決させてしまうと、本人が導き出したものですから、その答えは、当たったように勘違いしてしまうのです。

 

マジシャンや詐欺師とまったく同じことをして、人々にあたかも科学のようにみせているだけで、その根拠になるものはないのです。

本当は進化論は、宗教だという言い方はしたくありません。

宗教ではなく、ただの詐欺行為だからです。オウム真理教と同じことをしているのです。

それでも、小さい頃から学校という宗教団体の環境で育つと、それが正しいと思い込み、思いたいと望む。それこそ、まがいものの宗教と変わらないものです。

 

聖書は、大昔から人間のそのようなトリックの種明かしをしてきました。

あなたたちの拝んでいるのは、木や石ですよ。人間が勝手に木や石を加工して、それを祈っているんですよ。

非論理的なものを信じてはいけないと世界中に教えたのが、聖書なのです。

 

釈迦もそうでした。トリックを使って人々を惑わし、騙していた手法の種明かしをした人物です。

偶像崇拝などを否定した人物でした。

 

ひとは、自分の目でみたこと、自分の脳で考えたことは、正しいと思い込む傾向があります。

ですが、自分の考えや想いではなく、本当の学問的な目線で、それが正しいのかを判断する能力がなければ、すぐに騙されていしまうのです。

 

1+1=2だと学校で教えられますが、現実には、そのような数式は存在しません。

限りなく、似ているものはあっても、まったく同じものなど、この世には、それほど多くないからです。

りんごを2つ用意しても、そのりんごは、別々の違うりんごです。

甘さも色も形も違うものです。

A+A=2Aというものは、大雑把に教えられているだけなのです。

頭の良い子は、どうして先生は、違うりんごを同じだというのか、理解できないのですね。

 

このように、言われたことをそのまま鵜呑みにして、それが正しいと思い込むのは、科学でもなければ、学問でもなく、ただ信じているという勘違いでしかないのです。

 

2、恐竜の化石は、創造論の証拠

恐竜の化石は、まるで進化論の証拠のように思われていますが、まったく違います。

恐竜の化石が存在しているということは、進化論がまったく現実とは違っているという証拠なのです。

こどもでも理解できるような簡単なことを進化論は、嘘をついて騙し続けてきたのです。

そのこどもでも解る簡単なこととは

「食べ物を外に置いておいたら、食べ物は腐る。」ということです。

 

いいですか、外にりんごを置いておいたら、5年後に塵が積もって、りんごが土に埋まるでしょうか。

そんなわけありませんね。

自然界では、生ものは、微生物・虫・動物などによって、分解されてしまうのです。

 

例え、空気に触れないような海の中に、動物の死骸を沈めたとしても、魚など色々な生き物によって数週間すると、骨すらも残らず分解されてしまうのです。

このような実験は、何度も何度もされてきました。

 

この当たり前の自然のシステムを進化論は、無視して、死骸がそのまま何年も何十年も放置されて、塵に埋もれていったというのです。

そんなわけありませんね。

 

それに、外では塵は積もりません。

部屋の中のように、風を遮断できるような場所でなら、塵は積もりますが、外には風があるので、塵が降ってきては、また飛んでいくのです。

神社などに巨大な岩などが昔から置いてありますが、その岩に塵が徐々に積もっていく現象をみたことがあるでしょうか。

 

塵は、海以外の場所から飛んでくるものです。

陸地から陸地に飛んで行くのを塵だと思っているのなら、片方から飛んできたのであれば、片方は減っていることになります。

それに陸地よりも海の総面積のほうが圧倒的に多いこの地球には、陸地の塵のほとんどは、海に流されていきます。

それが本当なら塵は積もるどころかむしろ風によって削られ続けているわけです。

 

自然界の土や岩などが、風によって形が削られているように、陸地も削られているのです。

ですから、外では、塵は積もらないのが自然の流れなのに、進化論では、ありえないことを平然とあたかも、進化論の証拠のように、恐竜の化石を語るのです。

 

聖書は、この恐竜の化石が生まれた現象のことを説明しています。

それは「世界規模の大洪水」です。

化石が作られるには、急激な自然変化が必要になってきます。

食べ物を痛めないように、サランラップを現代人は蒔きますが、大量の土の中に、生き物がラップされるような現象が起これば、化石は作られるのです。

 

例えば、火山によって急激に、生き物を包み込むような状態でも、化石は残るのです。

 

聖書では、巨大な山さえも沈んでしまうような大量の水が、世界を飲み込んだことが書かれています。

このような状態だと土などの多くの物が水の中で舞って、重いものほど下に沈んでいきます。

何年もかけて土に埋もれていったのではなく、ほとんど瞬間的に、土に埋もれたから現代でも、化石が世界中に発見されていると思われます。

 

化石が発掘されるということは、創造論の1つの証拠なのです。

進化論は、食べ物は外では生物によって分解されるという当たり前のことさえも、歪曲させて、いまだに教え続けているのです。

これこそ、こどもにでも解る進化論の嘘ですね。

 

3、地層で年代は解らない

進化論はよく、何億年前にとか、何万年前にとか、平気で数字を出して説明しますが、学校では、その数字の根拠はまったく説明されません。

これも詐欺師がよくやる手法で、物事に、数字や論理的だと思わせるようなものを当てはめると、人間は勝手にそこに意味があり、根拠があると信じ込む習性があるので、それを使って、人を騙すのです。

何億年前という数字に根拠があると思い込むのですね。

 

ですが、実際には、数字は、何の根拠もありません。

 

寒い場所、北極や南極などでは、氷によって断層が生まれていきます。

その大地に広がる氷を切り取るとその氷には、数cmの幅の断層があることが解るのです。

その氷の中からマンモスなどが発見され、進化論はその断層によって何万年という数字を出してきました。

それぞれの断層は、厚みが違い、その年によって断層が厚いと考えたのです。

1つの断層は3年として計算され、発掘されたものは、何万年だというのです。

 

みなさんは、冷凍庫で水を凍りにしたことがあるでしょうか。

その冷凍庫の氷は、3年もまたなければ、作られないのでしょうか。

 

1948年、アメリカから飛行機を使って世界一周を成し遂げようと探検家が飛び立ちました。ですが、彼は北極で消息を絶ったまま戻ってきませんでした。

2000年になって、発掘していた考古学者が、マンモスと同じ氷層の場所に、飛行機を発見したのです。

その飛行機は、探検家のものでした。

彼は過去にタイムスリップして、何万年も前に、そこに埋まってしまったのでしょうか?

 

そんなわけがありませんね。

 

寒い場所に住むと当たり前に解るのですが、氷の層は、何年も経って作られません。1日で作られるのです。

朝と昼と夜の温度は、違っています。

その温度差によって、地層の幅が変わるのです。

進化論は、1つの層は3年だとして計算しましたが、その数字はまったくのデタラメだったのです。

ようは、進化論では、何億年前に恐竜がいたという推測という設定を勝手に作りました。マンモスも、何万年前という数字を勝手に空想したのです。

その数字にあうように、氷の層の年代を設定していたのです。

これこそ、ねつ造ですね。

自然現象を無視して、自分たちの空想に数字を無理やりあてはめて説明しているのです。

これは、科学でも学問でもなんでもありません。こういうのを詐欺というのです。

学問であるのなら、その氷の層がどれぐらいの時間で出来るのかを科学的に、判断して、そこから計算するのです。

 

実際は、1日に数個の断層が作り上げられるぐらい、氷の層はすぐに作られるのです。

 

ですから、飛行機が、その層に埋まっているのも、別におかしくありません。普通にそこで遭難をして、自然に埋まっていただけなのです。

 

よく、発掘で、何億年前の地層からハンマーなどが発見されたなどといって、大騒ぎになります。それらは不可思議なものとして「オーパーツ」と扱われるのですが、不可思議なのはそのハンマーではなく、進化論なのです。

進化論自体が、適当に人間の都合にあわせて、空想した思想だから現実と一致しないので、その進化論という基準でみるから不可思議にみえるだけなのです。

 

ひとは、自分が考えていることが、正しいと思い、それを基準としてみるから、現実がみえなくなるのです。

 

神様がいないなんて、この世界をみれば、ありえないことさえも、信じてしまうのです。

それは、神様がおかしいのではなく、その人の目が不可思議になっているから、神様が不可思議に思えているだけなのです。

 

自分たちが信じている宗教を疑わなければいけません。無宗教とは、無宗教という宗教なのです。無神論とは、無神論という宗教なのです。

神がいることを信じているのが有神論であるのなら、神がいないというありえないことを信じているのが、無神論なのです。

 

車や飛行機やさまざまな計算され尽くしたものを目の当たりにしてもなお、この世界が偶然に作られたと本気で信じている信者さんたちが、現実を目の当たりにすると、それは不可思議だと勘違いしてしまうのです。

地底は、とても寒い場所で、その地底の洞くつには、入洞石というものが、1cmで何百年もかけて作られると進化論という宗教を信じる学者は説明します。

ですが、企業などが所有する巨大な冷凍庫の中では、数日の間に、入洞石のように数cmのものが作られるのです。

 

地球は37億年前に作られたなどという数字は、まったく根拠がないのです。

少し前までは35億年前にといっていました。2億年もの誤差が急激に変わったほど、適当な数字なのです。

進化論は、もともと学問ではなく、人間が勝手に空想したところから生まれたもので、そこにはビジネスとして生活しているひとたちが多数いるのです。学問ではなく、その宗教を信じる組織を守るために、ビジネス化した宗教なのです。ビジネスのためなら詐欺もし放題なのですね。

 

陸地でもまったく同じです。

みなさんの家の外観は、塵で積もるでしょうか。

赤ちゃんの頃よりも、今の方が家は土で埋もれているでしょうか。

塵が溜まりやすい場所は、もちろん存在しますが、そうではなく、風があるところのほうが多いのです。

地層では、年代は解らないのは、常識です。

最近、地層学というものも無くなりはじめ、その間違いに修正しはじめました。それはいいことだと思います。

 

地層があるということは、創造論の証拠でもあります。

塵は、風によって舞っては違う場所へと向かうので、地層は作られることはありませんが、実際に地層は存在しています。

それらが作られた理由を聖書では説明しています。

それがまた、「世界規模の大洪水」ですね。

大洪水によって土や塵が水の中で、舞い上げられ、それらが重いものほど早く、下へと沈められ、その重さによって断層が作られたのです。

 

プラスチックの透明なコップなどに水と外にある土や砂利などをいれて、ぐちゃぐちゃに降って、そこに置いておけば、時間が経つと、層ができます。

重さによって断層ができることが簡単に解ります。

このような状態だからこそ、現実の地層ができたのです。

そうでなければ、このような地層は作られません。

 

このように、進化論とは違って、聖書は現実と一致しているのです。

聖書は、人間の能力を完全に超えていると思わざるおえません。

世界中に多くの神話や宗教の経典は存在しますが、ほとんどは人間が作った神話であって、それはとても曖昧な表現ばかりが使われています。ですが、聖書は、難しいように思えますが、そのひとつひとつの話は、意味が解るように書かれています。このようにハッキリと書くことは人間にはできません。このようにハッキリと書いてしまえば、のちに間違いが発覚するからです。

ですが、現代の新興宗教である進化論よりも論理的で、科学的な内容を残しているのです。驚異的すぎるのですね。

このような書物は、世界中にも存在しません。

聖書よりも古いものは存在しています。ですが、聖書よりも明確には書かれていません。聖書は、世界規模の知識や情報がなければ書けないもので、当時の人間がそれが出来たとは到底おもえません。なのに、現実と一致しているとなると、これはもう人間の能力では書けない書物なのですね。

 

人間がえんぴつという道具を使って文字を書くように、神様の霊が人間という道具を使って文字を書いたものが聖書だと認めざるおえなくなります。

 

4、遺伝子

このような話をすると、すぐに遺伝子の話をしたがるようなひとが出てきます。

ですが、遺伝子は証拠になりうるのでしょうか。

進化論でも、このように現実を無視して、大量の嘘やねつ造と加工を繰り返してはビジネスにしてきました。

であるのなら、遺伝子の世界でも、大量の嘘やねつ造があるのが当たり前です。

ましてやわたしたちは、遺伝子の専門家でもないので、それが正しいのかを判別できません。

 

このような詐欺の手法は大昔からされてきた騙しのテクニックです。

 

例えば、カルト宗教などでは、何を言っているのか解らない言葉を口にします。「呪文」ですね。

とても難しい言葉を使えるひとをひとは、頭のいいひとだと錯覚してしまうのです。

ですが、フタを開けてみると、難しいことを言っているようにみえて、実はそういうひとほど、中身が薄いのです。

逆に、こどもでも解るようにシンプルに説明しているものは、とても奥が深いのです。

ブッタであり、釈迦は、とてもシンプルの教えを語りました。

偶像も否定しましたし、呪文をいうのも否定しました。

イエスキリストも、とてもシンプルで解りやすい話ばかりを語りました。

 

何かを誤魔化したり、誰かを騙そうとするものは、複雑な言葉などを多用して、相手の脳を混乱させるのです。

解らなくすることが狙いなのです。

そして、解っているようにみせて、結論をいうと、そこに意味があると人々は錯覚するのです。

 

多くのカルト宗教は、そのように、意味不明なことをして脳を混乱しては、自分たちの都合のいい常識を人々に植え付けていったのです。

遺伝子が解明されたといいながら、人々に解明の内容をまったく説明もしないのは、このような宗教の呪文と同じです。

意味を明確に説明しないのなら、それは呪文なのです。

 

コンピューターのプログラミング、スマホのプログラミングなどは、まるで呪文で、それに携わっていないひとからすると、複雑難解です。

ですが、実際に、それらをわたしたちは、利用して、稼働させ、生活で利用して、自分たちでその性能を証明しています。

しかし、遺伝子は解明されたと一部の人間が言っているだけで、まったく証明されていません。

もし、本当に画期的で、意味のあるものなら、わたしたちにも、その恩恵があり、自由に利用できるなにかが広がるはずですが、実際は、遺伝子の世界は、まだまだ未知数で、まがいものばかりのデマが広がっているのです。

ですから、遺伝子の話をしたとしても、現代では、まだ何の証明にもならないのですね。

 

普段から解っているものを基準にして、生きているひとは、悲劇は少なくなります。ですが、意味がわかっていないものばかりを基準にすれば、いつ騙されていたのかも、解らなくなるのです。

例えば、男女が結婚後、性行をしてこどもが生まれれば、その子の親という証明になります。特に女性は、解ります。

ですが、不妊治療という曖昧な分野に手だせば、恐ろしいことになります。

海外では、医師のものを奥さんに使われていたというケースが多々あるのです。日本でもないとなぜ言えるのでしょうか。

夫のものを夫の手によって、奥さんに治療をしているのなら、まだ明確にはなりますが、自分たちが知らないところで、何をされているのか、判明もできないのです。

 

遺伝子をすべて否定するつもりはありません。子は親に似るように、わたしたちでもその遺伝子の存在をみているからです。聖書は、その遺伝子のことを大昔から説明してきました。ですが、現代では、まだ証明にはならないということです。

法律は、一般人には解らないように、複雑難解に書かれています。ですが、法律は一般人のためにもあるのですから、その一般人が解らないようになっているというのは、それ時点で、意味不明なことなのです。

一般人にも解らなければ、解らなくすることで利益になるひとがいるということです。

遺伝子も、一部の人間の利益のために、利用されているのですね。

 

その一部の人間側にならない学者は、排除され、いうことを聞く学者が残されるのですから、現代の科学や学問は、詐欺ばかりがはびこっているのです。

ですが、いつの日か、本当の学者たちが学問として遺伝子で世界を解明してくれると願っています。

 

2、無機物から有機物は、生まれない

 

進化論の決定的な嘘のひとつは、生物は自然に発せいしたということです。

生物は、自然界では生まれません。

そもそも、無機物と有機物は、まったく違うのです。

 

人間は、何千年にも渡って生きてきましたが、一度として、無機物から有機物が生まれたところを観測したことはありません

いくらじーっと石をみてみても、その石から生き物は生まれないのです。

 

もし、あなたが無機物、石などから生き物が生まれたものを観測できたらあなたはノーベル賞をもらえるでしょう。

 

火星探査機キュリオシティが2010年に火星に着き、火星を探索しました。

それを送り出した科学者たちは、火星に多くの微生物がいると確信していたのです。

なぜなら、火星には川の流れた跡がみられ、かつては多くの水が存在していたことが分かっていたからです。

水があるということは、そこから微生物が生まれてもおかしくないからです。

特に火星は、超スーパーアースと呼ばれる惑星です。

地球と同じく、絶妙な宇宙環境の位置に存在しているハビタブルゾーンのラインの1つの惑星なのです。

 

宇宙には、スーパーアースといわれる惑星がいくつかあげられていますが、火星ほどその条件にあてはまる惑星は存在しないでしょう。

ですから、水もあった火星には、生きている微生物はいないにしても、死骸は沢山残っていると考えたのです。

 

7年経ったいまでも、多くの土や水のあった場所を探し続けているのですが

いまだに微生物の死骸、1つも発見されないのです。

 

わたしたちの家の庭にある土を無造作に、手ですくえば、その土の中には、数千単位の微生物がいるといわれています。

足で踏んだ面積だけでも、かなりの数の微生物がいるのです。

なのに、火星には、一匹も微生物は発見されないのです。

 

超スーパーアースという環境、水が存在していた環境であっても、生物は生まれないのです。

このことから宇宙には、人間のような知的生命体はいないことが証明されました。

微生物すらこの宇宙には、存在しないかもしれないのです。

映画などでエイリアンなどの生物が描かれていますが、そのような生物すら存在しない可能性のほうが高いのです。

 

ですが、わたしたちの地球は、ありえないほど、生物が満ちています。

このありえない現実があることは、そのまま神様の存在を認めざる負えないのです。

聖書では、土から人間アダムは作られたと書かれています。

無機物をつくったのも神様で、その無機物から有機物を造られたのも神様であると書かれています。

実際にこの世界が存在している以上、わたしたちの存在が、神様の存在を証明しているのです。

 

火星にまで探査機を送り出せる能力さえもある人間が、偶然、何の助けもなく作り出されるわけがないのです。

それこそトンデモ論ですね。

3、中間種は、一度として観測されたことがない

 

進化論は、意味不明な発言をよくします。

猿から人間が進化したというのです。

猿がいるのは分かります。人間がいるのも分かります。

最初であった猿がいて、現代の人間がいるのなら、どうして中間種はいないのでしょうか??

 

生き残れなかったなどと無理やり説明していますが、ではなぜ、猿はいるのでしょうか。

とくに、猿の中でも、ナマケモノという生き物がいます。

ナマケモノは、ものすごくスローライフで、一日数センチほどしか動かないのです。

そのような生き物は、どうして生き残っているのでしょうか。

現実といっていることが、一致しません。とても矛盾しているのですね。

 

進化論がいっていることは

 

宇宙人やUMA(未確認生物)が存在していると言っているのですね。

 

それを学問だといっているのですから、面白くもありますが、かなり問題でもあります。

わたしはスターウォーズやスタートレックなどが好きですが、それらはSF、空想科学小説として、売り出しているからです。

ですが、非現実的な発言ばかりをいう進化論が、科学だというのは問題です。

映画やドラマなどをみて、それを本気で信じるひとは少ないでしょう。ですが、進化論は、学問だとひとを騙しているので、信じるひとが増えていくのです。

生物学者などは、進化論とまったく現実と一致しないことを知っているので、相手にはされません。

生き物は、環境によって適応はしても、進化などしないのです。

 

わたしたちが、海にいけば、黒色の肌になるのは、進化ではありません。普通に太陽の紫外線に適応しようとしているだけです。ですから、産まれてくる子は、日焼けした子は生まれてこないのです。

黒人は、暑い場所に住んでいたから肌が黒いのではありません。

何十年も南アフリカで住んでいる白人は、白人のままです。

 

そもそも、違う動物同士は、子孫を残せません。

犬は犬。猫は猫。人間は人間です。

まったく違うので、これらでは子孫は残せないのです。

 

よく考えてください。

 

この地球には、何千万種類もの生き物が存在しているのに、どうして人間だけが知的生命体なのでしょうか。

その時点で、進化論はおかしいのです。

人間は、そのように作られていて、動物はそのように作られているだけなのです。

 

その種に応じて、子孫は残せるのが、この世界の自然の法則なのです。

 

スターウォーズのチューバッカもいなければ、ワンピースのチョッパーなども、この世界にはいません。

言葉を使用して、知識を高めることができるものは、人間しかいないのです。

猿は、猿で、人間は、人間です。

まったく違うのですね。

 

誰が何をいおうと現実に起こっているものと人間が勝手に作り出している空想したものは、別々にして考えなければいけないのです。

4、宇宙という過酷な環境

 

この地球は、奇跡の星と呼ばれるように、生で満ちています。

ですが、宇宙は死で満ちています。

 

宇宙はとても生物が生きていける環境ではありません。

生きていることに文句をいったり、神様に文句をいうひとがいますが、その文句をいっている最中にも、酸素を吸って生きています。

この地球では、空気があることは当たり前ですが、宇宙では、空気がないことのほうが当たり前なのです。

どの惑星であっても、地球のように絶妙な空気が存在していません。

スーパーアースといわれる火星ですらそうです。

 

空気だけではありません。生き物が生きていくには、太陽のような恒星が必要です。

その恒星でさえも、大きさはさまざまです。

太陽のように巨大だと思われている恒星は、実は宇宙では小さい方なのです。

さらに大きな恒星があり、その恒星は、さらに暑すぎる光を届けているのです。

 

もし、太陽がそれほど大きいのなら地球では生物は生まれていないのです。

水星のように、暑い星になっていたのですね。

 

このように、恒星の大きさからその距離も、絶妙な惑星が、地球なのです。

 

地球は、太陽をほとんど円でまわっていますが、宇宙では、楕円形でまわるほうが自然です。

 

もし、太陽を地球が楕円形でまわっていれば、夏は暑く、冬は太陽から離れすぎて、温度差があり、生きていけなくなります。

 

宇宙のことを言い現わせば、人間が存在していること自体が、奇跡なのです。

 

それを偶然だというほうが、非科学的なのですね。

 

車が勝手に作られるでしょうか。

飛行機やテレビが、勝手に作られるでしょうか。

 

その車や飛行機やテレビよりも、複雑で、いまだに作れないのが人間です。

人間は、ロボットを作ろうとしていますが、虫でさえも、ものすごい高性能だということが分かると、虫さえも作れないと嘆いています。

それほどのものが、偶然生まれた?

 

そんなわけありませんね。

 

コンピューターの前に、機械語もしらないこどもを座らせて、適当にキーを打ち込めば、ソフトができると言っているのが、進化論なのです。

そんなことはありえないのです。

人間も、動物も虫も植物も、ものすごく高性能で、勝手に作られるわけがないのですね。

5、この世界は、弱肉強食ではなく、共生のシステムで成り立っている

 

 

 

よく、進化論という宗教を信じているひとは、弱肉強食の世界をイメージします。

恐竜も肉食で、弱肉強食のような世界だったと思い込んでいますが、発掘された恐竜の95%は、草食です。

肉食だったと思われる恐竜は、たったの5%です。

その肉食であったと思われる恐竜でさえも、肉を食べなかったのでは?という学者も存在します。

肉食かどうかを判断するのに、歯の形状をみるケースが一般的です。

ですが、生物界では、鋭い牙を持っていても、肉食ではない生き物は大量に存在しています。

例えば、コウモリです。

コウモリは、長い牙を持つのですが、それらは果物に牙を突き刺して、中のものを吸い取るのです。

このように、鋭い牙を持っていた恐竜であっても、果物を吸うための牙だったのかもしれないのです。

 

トマトなどは、吸うように人間が食べるように、恐竜も吸って食べていたという考え方です。

ゴリラは、ものすごい筋肉と牙を持っていますが、草食です。

果物を食べるのに便利なのは、鋭い針のような牙なのです。

 

肉を切るのならフォークよりもナイフです。

肉を食べるのに適した歯は、恐竜の鋭いフォークような牙よりも、人間のナイフのような平らな前歯です。

フォークを何度も肉に刺しても、なかなか切れませんね。

 

このように、鋭い牙=肉食というイメージは、ただのイメージでしかないのです。

進化論に流されると一部の人間の説をあたかも通説のように信じ込まされるのです。

 

動く生き物を食べ物にするよりも、動かない植物や果物を食べ物にしたほうが、楽です。

 

現在、肉食は、絶滅しそうだと言われています。

弱肉強食だから肉食のほうが強いなどと思うかもしれませんが、現実は違います。

草食のほうが安全で、楽に増え広がることができるのが、この世界なのです。

それは、草食は、動かない植物を食べるので、安心して生きれるからです。

ですが、現在の肉食動物は、相手が動き、警戒しては、逃げるので、食べ物にありつけない場合があるのです。

現在、動物の80%~90%は、草食動物です。もちろん、人間はいれていません。一番肉を食べているのは人間なので・・・。

弱肉強食なんて世界は、大嘘なのですね。

この世界は、共生のシステムこそが支配しているのです。

 

アダムとエバの時代の動物たちは、肉食はいなかったのでは?とわたしは思っています。

肉も食べることができる犬のような生き物もいたでしょう。

ですが、動かないものを食べ物として生きているほうが、安全で、楽だからです。

無駄なエネルギーを使わないのです。

 

発掘された化石をみても、肉を食べる動物は、本当にいたのか?と思わされます。

なぜなら、発掘された化石には、その形跡があるものが発見されません。

もし、肉食の恐竜が存在し、その動物なりを食べていたのなら、骨を綺麗に砕かずに食べられたのか?疑問だからです。

骨もボロボロにしながら、食べると思われます。

骨の形状をみると、それが食べられて死んだのかが解るのです。

ですが、発掘された古代の動物たちの骨は、砕かれているものがないのです。

恐竜が恐竜を食べるために、襲うような映画のようなシーンもなかったのかもしれません。

 

最初に、肉を食べ始めたのは、人間ではないのかとさえ思っています。

その後、ペットのように使っていた動物にも、肉を人間が食べさせたりした可能性もあると思います。

 

血を通わす生き物を食べるようなものは、いなかった可能性もあるのです。

どうしてかというと、現在の肉食動物は、動物の肉を食べようとしていると思っていますが、違います。

肉を求めて襲っているのではなく、多くの肉食は、草食動物の腸を狙って襲っているのです。

 

現在の肉食動物は、植物を分解できる腸を持っていません。

植物を分解するには、長い腸が必要で、草食動物は、人間よりも長い腸を持っているのです。

ですから肉食は、肉というよりも植物の栄養を狙っているわけです。

 

本当に食べたいのは、植物なのですね。

 

どうして、現在の肉食は、植物が分解できない腸になっているのでしょうか。

それは、退化してしまったからです。

 

 

 

6、この世界は、進化ではなく、退化している

 

はじめに言っておきますが、生き物は、その環境によって適応する能力があるだけで、進化もなければ、退化もありません。

分かりやすくするために、退化しているという言い方をしてみました。

大きな物から小さな物という分かりやすい退化です。そもそも、その考え自体が進化でもなければ、退化でもないですが、一般人が陥りやすい価値観にあわせて、分かりやすくという意味です。

では、説明していきます。

まず、恐竜が巨大だというイメージは、ほとんどの人は、同じだと思います。

本当は、発掘された恐竜のほとんどは、2~5mほどの大きさが一般的なのですが、映画などを見ている人は、恐竜とは巨大だというイメージでしょう。

その巨大な恐竜たちが存在したことを疑っているひとも少ないと思います。

それは巨大な化石が存在しているからですね。

巨大な恐竜、5mほどの恐竜も含めて、大きな生き物たちが、地球に大量に存在していたわけです。

 

と、いうことは

 

成長するまで、何かを食べていたということになります。

 

ゾウは、一日200kgもの食べ物を食べます。

そのゾウよりも大きな生き物もごろごろしていた時代が、アダムとエバの時代です。

 

巨大だったのは、恐竜だけだったのでしょうか?

 

そんなことはありませんね。

あれだけ多くの恐竜が存在していたということは、その時代の植物や果物も巨大だった証拠でもあるのです。

 

育っている恐竜の化石があるということは、育つまでの食べ物が確保されていたという証拠なのです。

 

植物はもちろん、果物も巨大だったから、牙が鋭い動物でも、その果物に穴をあけて食べていたと思われるのです。

 

人間が悪に染まるまでは、その世界はとても優しい世界だった可能性があるのですね。

 

現在の環境と大洪水前の地球環境は、まったく違います。

現在、もし恐竜を復活させられたとしても、恐竜は生きれないと考えられます。

巨大な恐竜はということです。

それはその重量に対して、足や体つきが合わないからです。

 

実際に化石が発掘されているのですから、巨大な恐竜は存在していたでしょう。

ですが、あまりにも巨大すぎます。

それを説明できるのは、その体つきや骨の形状であっても、生き残れる地球環境だったということです。

 

巨大な生き物がいて、巨大な植物や果物も存在していた、現在とはまったく違う地球環境だったからこそ、それらが存在していたのです。

 

進化論は、そのことにまったく手を出そうとはしません。そこに踏み込むと進化ではなく、退化していることを認めてしまうからです。

 

大洪水によって、この地球は、激変したのですね。

どのように激変したのか、聖書にはちゃんと書かれているのです。

聖書には、このように書かれています。

 

創世記1章7節

こうして神は、大空を造り、大空の下の水と大空の上にある水とを区別された。するとそのようになった。

 

アダムとエバの時代、大洪水前の地球は、空の上に、水(または氷)が存在し、地球全体を水が覆っていたというのです。

冬でもビニールハウスで栽培すると育つように、地球全体が、ビニールハウスのようになっていて、地球がとても温暖だったと考えられます。

現在のように、南極、北極も寒くなく、温暖で地球全体が、生き物で満ちていた可能性があるのです。

進化論系の科学者でも、この地球にこの安定した酸素が固定できたのは、空に一時期、固定された層がったのではないかと考える人もいるのです。

 

発掘された化石の中に、木の蜜に閉じ込められた空気などがあります。

その空気の量を調べると現在の3倍以上の濃度があることが分かっているのです。

その時代の地球は、現在の3倍以上の空気に囲まれ生きていたのです。

 

現代のサッカー選手などは、ケガをすると酸素カプセルにはいってケガを治したりします。

ベッカムカプセルという製品もあるぐらいです。

そのように高濃度の酸素の中だと細胞が活性化して、ケガが治りやすく、老化も防げるようになるのです。

聖書には、アダムは930歳まで生きたと書かれています。

IPS細胞は、1000年、1000回まで細胞を復元できるという考え方がありますが、それとも一致します。

本来、人間は環境さえそろえば、1000歳ほどまで生きることが出来るのかもしれません。

 

恐竜が巨大であっても、生きていられたのも、地球環境自体が、まったく違うからだったのでしょう。

 

それを聖書は説明できているのです。

 

進化論という宗教を信じ込んでいるひとが、聖書を読むと「おいおい、1000歳までって・・・親兄弟で子孫?ありえないだろ。」などとすぐに考えてしまいますが、事実から想定すれば、聖書のほうが現実と一致しているのですね。

 

そして、巨大だったのは、恐竜や動物や植物や虫だけだったと思うでしょうか?

 

人間も巨大だったと思うのは、ごく自然の発想です。

 

進化論学者は、隠し続けていますが、恐竜の化石と一緒に、人間の巨大な足跡も発掘されています。

それどころか、巨人の骨も世界中に発掘されているのです。

骨だけではありません。肉さえもミイラ化して残っている巨大な指まで発掘されています。

 

現在は、月の石が捏造だったことや原人が捏造だということがバレてしまうので、誰かが作り出したりして巨人の骨などをみせても、バレてしまいます。

中国で宇宙人の死体を持っているのが一時期、報道されましたが、それはねつ造品だったことがすぐにバレてその男は捕まりました。

このように、偽物であれば、それらもすぐにバレてしまうのです。

進化論などの宗教系のひとが、宇宙人やUMA(未確認生物)などをほのめかしますが、それらのように存在しないものではなく、実際に発掘され存在したものが、発掘されているのです。

 

アダムとエバも巨大であったら、その時代のひとたちは、巨大だったのですね。

1000歳ほど生き、親兄弟でも遺伝子は傷つかないので、子孫も残せ、ケガもすぐに治る地球環境だったと思われるのです。

アバターという映画がありますが、あの映画は、アダムとエバの時代を表したものだと思われます。

世界樹も存在し、巨人が多くいて、恐竜に乗っては世界中を旅するような時代です。

 

史実は、小説よりも奇なり

 

本当にその通りなのです。

現代人は、狭い価値観の中で、マインドを閉じ込められてしまっていますが、事実を知ると、本当の神様のつくられたこの世界は、とても広くひとりひとりが、神様の基で自由に幸せになれるように設計されていることが分かるのです。神様の巨大な大きな枠は、一部の人間の小さな枠よりも大きなものなのです。

 

7、進化論の正体は、悪魔宗教

悪魔宗教は、多くのまやかしをこの世界に作り出してきました。実際には、存在しないものをあたかもあるかのように、表現し、学問のように語りながら、人々を騙してきたのです。

そして、進化論を生み出したチャールズ・ダーウィンの家族は、フリーメイソンが多かったのです。

フリーメイソンという宗教は、世界中の宗教を選り集めて、それらを融合させていく宗教です。

ですから、どんな宗教を信じていてもかまわないわけです。

その中には、悪魔宗教も含まれているのです。

 

悪魔宗教はシャーマニズムというものが一般的で、自然界の中のものを利用しては、この世には存在しないものを作り出してきました。

悪魔宗教の1つのパターンは、「融合させる(フュージョンさせる)」というものです。

考え方やアイディアなどを融合するというものから、違う動物と違う動物を融合させて、怪物などを作り出していくのです。

  • 頭はヤギで体は人間の悪魔
  • 虫と人間を融合フュージョンさせた妖精
  • 動物と人間を融合させたお化け、怪物
  • 魚と人間を融合させた人魚
  • 人間と亀を融合させたカッパ
  • 人間と海の生物を融合させた魚人

こういった別の動物と人間をかけあわせたようなものを空想しては、作り出し、それらに拝んでは、動物たちと交わったりしてきたのです。

フリーメイソンのひとつの思想では、人間は、動物から変化をして今のようになったという思想が、ダーウィンの進化論の前から存在していたのです。

 

悪魔宗教の絵では、魚に人間の手が生えているようなものまであるのです。

そうです。学校で習う、進化論に出てくる絵とそっくりなものです。

 

そもそも、進化論とは、悪魔宗教なのです。

大昔から存在していた悪魔宗教の思想を近代になってあたかも学問のようにみせて、信じ込ませて騙しているのが、進化論という宗教なのです。

これらのものは、人間が自然界のものを融合させて、作り上げた空想です。実際には存在していません。

どうして、進化論が現実と一致できるのでしょうか。

実際に発掘され続けているものと真逆のことをいっている進化論という宗教を信じすぎているのです。

 

上でもあげられた多くのまやかし、トリックマジックの手法、詐欺行為を堂々とやってのけるのは、悪魔宗教の姿です。

この世界には、善のパターンがあるように、悪のパターンというものも存在しているのです。

広くとらえれば、さまざで、それぞれがバラバラな文化のようにみえますが、実はそれぞれには共通点があるのです。

独特な文化のようにおもえる日本も例外ではありません。

 

このように、詐欺行為を繰り返しつづけ、当たり前のことさえも、歪曲させてみせている宗教を疑うこともしないのは、恐ろしいことです。

人間には、必ず善がありますが、必ず悪も存在しています。

なのに、素直に学校や国や他人を信じるほど、甘い考えはありません。

神様や善を実行しているひとを笑うような人間がいますが、どうして、そこだけは甘いのでしょうか。

歴史の真実は1つですが、人間はそれに着色しては、加工してきました。どうして現在だけ違うと思い込むのでしょうか。

今の世界をみればわかるように、まだまだ悪は消えていません。だったら、悪に騙されないように、詐欺に騙されないように、自分の信じているものを疑うべきです。

そして、多くの惑わしを解明しながら、本当の真実にたどりつきましょう。

 

悪魔宗教は、学問や科学のようにみせながら、忍び寄ってくることもありますが、まるでともだちや可愛いもの、美しいものとして、忍び寄ってくるのです。

人間の脳は、すぐに錯覚して、勘違いするので、悪いものでも、良いものだと思い込めるのです。

本当の悪魔側の人間は、悪をみせません。まるで政治の味方であり、正しく、学問的で、科学的なようにみせているものです。

悪をみせている凶悪犯といわれるような悪魔側の人間は、単純な小手先の人間です。

本当に悪い人間は、善悪を超えて、善人のように寄付したり、天使のように語り、先生と呼ばれるようなものたちなのですね。

本物のスパイが、映画に出てくるようなスパイなわけがないのです。どこにでもいそうな人がスパイなのですね。

 

サタニズムと検索してもらえば解るように、サタニズムとは、悪魔を信じさせるものではなく、むしろ、神がいないと教え込む思想なのです。

まさに進化論です。

わたしたちは、わたしたちを作ってくれた神様を失えば、生きている意味は無くなります。

愛も残酷になり、人間の勝手な価値観で、善悪が決められ、人生を汚して、暗闇に入り込みます。生きている価値が見いだせなくなるのです。

それこそ、悪魔宗教の思うツボです。

事実は違います。あなたがこの記事を読んでいる時点で、それは奇跡です。あなたの存在は、ありえない計算の中から絶大な神様の愛から選ばれ作り出された存在なのです。あなたには、かならず意味があり、価値があるのです。

それをあたかも意味がないかのように、歪曲させるのが進化論という近代化された悪魔宗教です。

 

相手よりも自分が勝つ!相手を倒してもでも、自分が得をする!弱肉強食!という考え方は、悪魔の教え、悪魔宗教の教えの1つです。

共生のシステムではなく、奪い、騙し、脅し、強制させる。世界の闇を広げる思想です。

必要以上に相手に厳しくして、必要以上に相手に甘くするのです。

悪魔宗教は、多神教です。

日本の神道は、多神教にみえますが、実は一神教なので、一致した平和な教えですが、世界では、多神教ほど、恐ろしいものはありません。

他部族に対して、本当に恐ろしいことを続けてきました。人間の恐ろしさがそこで分かります。

多くの神を持つということは、好きな神を人間が選べるということです。

自分の価値観にあった神を選ぶだけなのです。ここに基準はなくなり、ひとは残酷なものへと変わっていきます。

海という壁の中で生きてきた日本人には分かりずらいかもしれませんが、世界では本当にさまざまな価値観が存在し、そんな生活や文化があるの?!と驚かされます。

人には、善があることが否定できないように、悪があることも否定できません。

その悪に傾いた子孫、知識、プログラミングをされている脳の継承者が、悪魔宗教なのです。

そして、一般人に、知らないうちに、悪魔宗教が教え込まれているのです。

なぜ世界では、進化論を教えた学校を訴える親がいるのか、お分かりになれたでしょうか。

日本ではありませんが、世界では、毎年のように進化論と創造論の裁判がされ、討論されています。

それに参加したほとんどのひとは、創造論者になると言われています。

 

進化論の宗教指導者たちは、無駄な呪文ばかりを並びたてて、分かりにくく誤魔化し続けるのに対して、創造論は、だれにでも分かりやすく説明していき、現実を基に討論を繰り返すからです。

どちらが、学問でしょうか。

難しく説明すれば、それが正しいのではありません。難しくしか説明できないということは、逃げることもできるということなのです。

ですが、シンプルに簡単に、説明するひとは、逃げることはできません。

なぜなら、みながその話を理解できるので、嘘や誤魔化しができないのです。

イエスキリストも釈迦も、とてもシンプルな説明をした人物としてあげられます。こどもにでもわかるような話をして、理解させていったのです。

そこに悪魔宗教のようなトリックやマジック、詐欺行為は、必要ありません。

巨大な豪華な建物や像や綺麗な物など必要ないのです。

 

野原で、何もないところでも、世界はシンプルにみなさんを守り、神様に文句をいうひとにも、空気や水や食料を与えて、祝福されているのです。

自分の信じている宗教、学校宗教、政治宗教、科学宗教などを信じ込むのではなく、それらを踏み台として、価値観に縛られず、世界を学問的に見ましょう。

そうすれば、わたしたち人間が存在していること自体が、神様がいる証拠だとしかありえないことが理解できるようになるのです。

 

ひとつの分野では長けていても、全体的な学問として中途半端な者ほど、神を信じません。

それは世界がみえていないのです。

テレビが偶然勝手にできるわけがありません。車は、人間が作ったのです。カメラも人間が作ったのです。

それが偶然できたといっている進化論という宗教を本当に信じるのでしょうか。

 

テレビよりも車よりも、複雑で、どんなロボットよりも高性能なものが、人間です。車やテレビが勝手にできないのであれば、どうしてそれ以上の人間が勝手に生まれるのでしょうか。そんな考えこそ、SF小説を語っているようなものなのです。

 

進化論というありえない推論は、とても笑えますが、学問として真面目な顔で、真剣にいわれると困惑してしまいます。

芸人がボケているから笑ったら、その芸人が真剣に怒り始めるようなものですね。

未来では、「お猿さんが親だと思っていたの??」と本気で笑われていることでしょう。

現在でも、進化論をダーウィン以上に利用し、ビジネスとして儲けた悪魔宗教たちからすれば、進化論を心から信じているひとをみると、心から笑っているでしょう。自分から「わたしは猿です。わたしは動物です。わたしは畜生です。わたしはゴイです。」と宣言しているんですからね。

日本では、日本人は温和だから馬から進化したという進化論も存在していました。それほど、適当なのです。

現実とまったく一致せず、何の証拠もない進化論は、学問ではありません。悪魔宗教が作り出した恐ろしい思想なのですね。

科学による不正

進化論の正体

進化論というと、学問だと思い込んでいるひとがいますが、進化論は、学問ではありません。 わたしも、学校が教える宗教の1つだから、ある程度、学問的で現実と一致するものが1つはあるはずだと調べるのですが、残念ながら進化論による […]