聖書

イエスキリストは、罪ひとつなく人生をまっとうされた存在でした。なのになぜ、洗礼を受ける必要があったのでしょうか。

洗礼とは、罪にとりつかれた人間が、罪から解放され、新しいものへと変えられることを表現した象徴の儀式です。

洗礼とは>>

 

洗礼自体に、罪を消し去る効力はありません。いのちの木であるイエスキリストによって罪が消し去られるのであって、洗礼にはありません。

その罪を消し去る存在であるイエス様ご自身が、なぜ洗礼を受ける必要があったのでしょうか。

 

罪がない存在のイエス様が、洗礼を受けることは無意味のようにも思えてしまいます。

 

1、罪がなくても行われた預言の成就

聖書には、預言が書かれています。その預言の的確さゆえに、ユダヤ教が成立しました。

イスラエル人が歩んだ亡国の歴史や捕囚の歴史は、すでに聖書に書かれていたことだったのです。

イスラエルの国は、長く続いてきたことで、唯一の神の存在を忘れ、多くは多神教へと流されていましたが、その預言の成就によって再度目覚めたイスラエル人は、ユダヤ教という復古運動を経て、旧約聖書を学び、唯一の神への信仰を熱心に持つようになったのです。

旧約聖書には、さまざな預言が書かれ、救世主の預言もされていました。それはダビデ王のように、力強い王が立ち上がり、再びイスラエル人の国を復興するという解釈で広がっていたのです。

ですが、人間の願いとは裏腹に、救世主が歩んだ人生は、決して華やかなものではありませんでした。誰よりも苦しめられ、誰よりも貶められ、罪ひとつおかさなかったにも、関わらず、十字架刑に架けられたのです。

イエスキリストの預言>>

これはイエスキリストが生まれる何百年も前から存在していた旧約聖書に書かれた預言どおりだったのです。

イエス様を十字架刑にかけてもよいという許可を出したのは、イスラエル人ではありませんでした。パレスチナ(カナンの地)を治めていたのは、当時のローマ帝国でした。ローマ帝国は、提督ピラトをつかわして、その地を統治させていたのです。

そのピラトは、はっきりとイエスは、十字架刑に架けられるほどの罪をしていないと宣言しました。

にも拘わらず、イエス様は、多くのユダヤ人の十字架にかけろという声によって、処刑されたのです。

あきらかに、十字架刑という重罪人がされる処刑法にかけられるほどの罪をしていないのに、十字架刑にかけられたのです。

罪がないのに、処刑されたのです。

ピラトは、イエスの言葉を聞こうとするのですが、イエス様は、旧約聖書どおり、まるで首輪をつけられた子羊のように、何も話さず、自ら十字架刑にかけられるかのように、弁解1つしなかったのです。

洗礼とは、罪人が罪の解放を表すためにする儀式ですが、罪がないイエス様が洗礼を受けたことは、特におかしなことではないということです。

イエス様は、身代わりとなるために、生まれた存在だからです。

本来、わたしたちが十字架刑にかけられなければいけない存在なのですが、罪1つないイエス様が、わたしたちの代わりに十字架刑にかけられたことで、わたしたちが助けられたからです。

イエス様に罪がなくても、わたしたちに罪があるから、十字架刑にかけられたように、洗礼も、イエス様に罪がなくても、わたしたちに罪があったから、その見本として、儀式を表されたのです。

マタイによる福音書3章6-11節

 6自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けた。 7ヨハネは、パリサイ人やサドカイ人が大ぜいバプテスマを受けようとしてきたのを見て、彼らに言った、「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、おまえたちはのがれられると、だれが教えたのか。 8だから、悔改めにふさわしい実を結べ。 9自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく、神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。 10斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ。 11わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。

バプテスマのヨハネは言いました。

本来、洗礼をさずけられるのは、わたしのほうです。

イエス様が洗礼を受けることは、人間の歩む道を示すことであったのですね。

マタイによる福音書3章1-6節

1そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教を宣べて言った、 2「悔い改めよ、天国は近づいた」。 3預言者イザヤによって、「荒野で呼ばわる者の声がする、『主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ』」と言われたのは、この人のことである。 4このヨハネは、らくだの毛ごろもを着物にし、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた。 5すると、エルサレムとユダヤ全土とヨルダン附近一帯の人々が、ぞくぞくとヨハネのところに出てきて、 6自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けた。 

マタイによる福音書3章13-15節

 13そのときイエスは、ガリラヤを出てヨルダン川に現れ、ヨハネのところにきて、バプテスマを受けようとされた。 14ところがヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った、「わたしこそあなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」。 15しかし、イエスは答えて言われた、「今は受けさせてもらいたい。このように、すべての正しいことを成就するのは、われわれにふさわしいことである」。そこでヨハネはイエスの言われるとおりにした。 

2、イエス様が洗礼を受けられると神の御霊がのぞまれた

マタイによる福音書3章

16イエスはバプテスマを受けるとすぐ、水から上がられた。すると、見よ、天が開け、神の御霊がはとのように自分の上に下ってくるのを、ごらんになった。 17また天から声があって言った、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。

ハトは、ノアの大洪水の象徴でもあります。

ノアの大洪水の後、ノアは、カラスを飛ばすのですが、カラスはすぐに戻ってきました。数日後、次はハトを飛ばすのですが、ハトは戻って来ることはありませんでした。陸地を見つけたからです。

大洪水という水で、神様は一度、悪によって汚れた世界を洗い流され、新たにノアの8人の家族によって世界を統治することをゆるされました。罪は水によって清められ、新たにされるのです。

その象徴として、ハトは使われているのです。

神様は、イエス様の人生の行動を認められました。人間のための道しるべとして、バプテスマを受けたことは、聖書の伝承と一致するものだったからです。

そのため、神様の御霊はハトとなり、イエス様の上に下ったのです。

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