聖書

天国や地獄というものは、あらゆる宗教でも教えられてきました。キリスト教徒ではなくても、天国や地獄という言葉の意味を把握できます。

悪いことをすれば地獄にいき、誠実な人生を送れば天国にいけるといったイメージが強いのではないでしょうか。

 

ですが、天国は死んでからの世界なので、死ななければ、その存在があるのか解りません。死んだ人は、普通は生き返りませんから結局、死んだ後に天国があるのか、誰も解らないのです。

天国があるのか、それともないのかは、霊があるのかないのか、天使や悪魔はいるのかいないのかと言ったような、雲を掴むようなことで、霊は形もなければ、匂いも重さもないので実証することは難しいのです。

 

ですが、わたしは、天国の存在は信じています。そして、信じているだけではなく、無いと考える方が、不自然だとも考えています。

今回は、天国と地獄はあるのかについて、考えていきましょう

1、天国の証明は難しいが、この世界があることは否定できない

奇跡や不思議なことをすべて否定する人がいますが、そのような人は、科学者でもなければ、学者でもありません。

不思議なことは、大昔から今現在まで、常に起こされていて、すぐ目の前に存在しているからです。

 

例えば、わたしたち人間のように知能がある動物は、他にはいません。

 

みなさんの中で、「あの国は、犬が支配している」とか、「あの場所は、猿が支配している」などと考える人がいるでしょうか?

 

猿の惑星という映画や小説などの空想上の物語なら考えられますが、実際は、世界中どこにいっても、人間がこの世界をコントロールして、もの凄い数を増やし続けているのです。

 

この人間以上の動物がいて、人間よりも世界を支配し、システムなどを構築しているなんて、動物がいるでしょうか?

 

現実は、「いない」のです。

 

では、なぜ人間だけは、知能を持って、世界を支配しているのでしょうか。

それは偶然でしょうか?

 

それが偶然だというのなら、なぜ他の多種多様な種類の動物たちは、偶然知能を人間のように発達しないのでしょうか。

 

それは、人間は人間、動物は動物だからです。

 

昔も今も、ずっと人間は人間で、別の生き物になどなりません。

 

みなさんの飼っていたハムスターが、10年後、犬になったとか、猫になったとか、みたことあるでしょうか?

 

昔も今も、犬は犬で、猿は猿なのです。

 

空想の世界では、悪魔宗教が昔から教えてきたように、動物から人間へと変化してきたと空想することはできても、現実は違うのです。

 

 

そして、現実は、人間が世界を支配していて、人間は、信じられないほど、能力の高い存在として、人間だけがゆるされているのです。

 

 

しかも、この世界のものは、もの凄く精密に、高性能に作られています。みなさんは、顔がぐちゃぐちゃの犬を何匹みたことあるでしょうか?

 

頭の後ろに目があるようなお化けのような犬をみたことあるでしょうか?

 

ベトナム戦争で、枯葉剤が使用されました。その毒素は、人の遺伝子を破壊する強力なもので、それを浴びたひとたちの子孫は、まるでお化けのような姿で生まれてきました。それを蒔いたアメリカ人でさえも、その枯葉剤の被害者になったほどです。

 

では、そのような奇形のこどもたちのほうが、世の中多いのでしょうか?

 

現実は違います。なぜか、もの凄くバランスのいい体でほとんど100%生まれてくるのです。犬も猫も、ハムスターも、猿も、花も植物も、虫もです。

 

つばめの子は、なぜつばめが生まれると、あなたは予想できるのでしょうか?

 

予想ができるということは、そこには、法則があるということを認めているのです。

 

この世界は、人間が感情論で考えれば、悪だとか、偶然だとか言えますが、論理的に現実をみれば、この世は、善だらけで、そして、もの凄く精密に必然的に、存在しているのです。

 

わたしたちが今、こうして生きていることが、すでに奇跡であって、あなたの顔がバランスよく目や鼻があり、口や耳があるのなら、あなたは偶然にしては、綺麗すぎるのです。

 

この世界があるという現実は、頭が変な人ではない限り、否定できないのです。

 

オウムの麻原彰晃は、この世界は無だと何度も発言していました。この世界を無視して、空想の世界にひたらせていき、人を悪の中へと引きずり込んでいくのです。

このような手法は、昔から悪魔宗教が行って来たことです。

 

この世界は空のようなものだと、ソロモンは教えました。そのイスラエルの子孫、イザヤの子孫である釈迦も、その教えを広めました。空の教えです。

 

ですが、本当の空の教えは、この世界は、空のようなもので、むなしいものだという教えで、この現実を否定するものではないのです。それは釈迦も同じです。

 

 

この世界を否定したら、もうそれは、カルトであって、偶像です。

 

 

そして、現実とは、もの凄く綺麗に、善が優位になるように、創られているというものなのです。ほとんど100%の確率で、正常に生まれてくるのがその証拠なのです。パラリンピックではなく、オリンピックが支流なのが、その証拠なのです。

 

足や手が生まれた時から無い人をみると、驚くのは、それが普通ではないことを知っているからなのです。

 

 

みなさんは、この世界が、法則によって規則正しく存在していることを知っていて、多くのその現実をみながらも、それが偶然だという大嘘を一方では信じ込まされているのです。

 

ですが、現実は、偶然ではありません。

 

 

この素晴らしい世界が、現実に存在して、人間もありえないほどの確率で、存在しているのに、次の世界はないなどと言えるのでしょうか?

 

現実にこの世界は存在しているから、天国があるのか?ないのか?と悩めているのです。

 

天国があるのか?と考えられるほど、豊でのんびりとした世界で生きている現実があるのに、次の世界がないなどと言えるはずがないのです。

 

むしろ、あると考えるほうが自然です。

このことは、聖書にも書かれています。

第一コリント人への手紙15章44節

肉のからだでまかれ、霊のからだによみがえるのである。肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。

わたしは、天国はあると信じています。それは、この世界が現実に規則正しく存在しているからです。この世界をみると、規則正しく善なので、神様は、あらゆる生き物を愛されていることが分かります。

ですから、天国はあるでしょう。

 

神が愛なのは、否定できないからです。

 

天国とはどのようなものなのかが知りたい人は、違う記事をお読みください

天国とはどのようなところなのか>>

 

 

2、地獄はあるのか

この世界をみれば、天国はあってもなんらおかしくもありません。世界が綺麗すぎるからです。

 

ですが、そんな綺麗な世界を創られた神様が、地獄を本当に創られるのか?と言われると、これは解りません。

天国があるという確率よりは、低くなるかもしれませんが、ないとも言い切れません。

 

聖書には、地獄という言葉ではなく、ゲヘナなどの言葉によって、表されています。

また、永遠の炎で焼かれるとも書かれています。

 

血の池地獄とか、針の山といったものは、仏教や他の宗教のイメージです。

 

聖書は、あまり地獄のことは、強調されて書かれていません。

 

神が愛なのは、解った、この世界も美しいことも分かった。じゃー地獄はない?とは、言い切れません。

 

 

なぜなら、神様は、悪をゆるされないからです。

 

この世界の大半は、綺麗で美しく、とても善が広がっていますが、反面、悪のようなものもたった一部だけ、神様は許可されているからです。

みなさんの人生を振り返ってみましょう。感情論ではなく、事実として、人生を振り返れば、多くが平和で安定した生活をおくれてきた来たと判断できますが、完全にすべてが良いわけではなく、悲しみや苦しみも味わったことがあるのも事実です。

 

事故や事件、争いなどが、たまに一部、体験しているはずです。

 

それは、人間社会だけではありません。自然界でも同じです。多くは善で根ざした素晴らしいものですが、一部は、毒キノコやいあばらやあざみ、ハイエナなどの腐敗した肉を喰うような生き物がいたり、存在しています。

 

かなり一部ですが、なんでだろう?と首をかしげる現実も、たった一部だけ実際の世界にもあるのです。

 

なぜ自然界に残酷な現実が存在しているのか>>

 

悪魔宗教や犯罪者たちは、この事実をきちんと理解することです。神様は、悪をゆるされません。今生きているから神様はゆるしていると片隅で考えるかもしれませんが、それは神様の愛によってギリギリまで忍耐されてゆるされているだけにすぎないのです。

カナン人でさえも、神様は400年も彼らの意思や選択を待たれました。

 

ですが、最終的には、悪を滅ぼされているのです。

 

人が、どれだけ悪をしても、何の痛みも悲しみも味合わないような世界なら、世界は、すぐに滅びます。

 

悪をしたら、悪が帰って来るという世界をきちんと、創られているから、今この世は、滅びずに存在できているのです。

 

ノアの大洪水前の地球環境は、とても恵まれていました。多くのひとたちが1000歳近く生きれたように、生き物も巨大になれるほどの環境が、あったのです。

 

ですが、だからこそ、滅びたのです。

悪をしても、なんら問題もないような恵まれた環境なら、人は悪をしない理由がなくなってしまうからです。

 

神様は、辛抱強くとても、忍耐を持って待たれますが、最後の最後は、ゆるしません。

 

悪を滅ぼします。

 

ベトナム戦争や核被害や奇形というものは、極一部存在していることも事実なのです。

 

地獄もまた、天国に比べれば、極一部かもしれませんが、わたしは、ないとも言い切れないと考えます。

 

 

麻原彰晃は、どうみても、偽預言者でした。彼が天国にいけたのかは、わたしには解りません。ですが、確率は低くなったはずです。

彼が最後の最後に、心から悔い改めて、天国で一番小さいものとして、入れられた可能性はるかもしれません。

 

しかし、それは彼が、最後追い詰められたから、可能性が残っているだけで、世界を支配している悪魔宗教やその手下になって、利益をもらっているひとたちが、心から本当に悔い改められるでしょうか。

 

死ぬ直前に信じて悔い改めればいいや!といった策略が、本当に心をみられる神様に通じるとは思えません。わたしには彼らのように楽観的には考えられませんが、地獄という場所に行きたくないのなら、本気で悔い改める必要があります。

 

目先の利益のために、魂を売って、地獄にいくなんて、もの凄い損だとわたしは思うだけです・・・。

 

神様は、哀れみ深いですが、悪に対しては、とても厳しいということを知って置いてほしいです。

 

だからこそ、地獄は存在しているとも言えるのです。

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